YAMANASHI
山梨
人生は選択の連続。忙しない日々の中で、自分とゆっくり向き合う時間が欲しいと思ってもなかなか叶わなかったりしますよね。
山梨県富士吉田市にある自然共生型ホテル「BLANC FUJI」は、大自然の中に佇む新しいスタイルの宿泊施設として注目を集めています。
BLANC FUJIが目指すのは、人と自然が境界線なく関わり合えるようなホテル。
自然と共生することで体感できる「余白」の体験です。
運営会社である株式会社BLANCのCOOである安部さんに「五感で自然を感じるホテル」の魅力を伺いました。
日本で富士山に最も近い町、富士吉田市。街のメインストリートから車で10分ほど走り、隣には畑がみえる細い小道を通り抜けた先にBLANC FUJIはありました。民家が途切れ、ひらけた視界の向こうに里山が見えます。耳を澄まさずとも聞こえてくる桂川のせせらぎ。視界を上げた先には、威風堂々たる富士山がありました。
まるで秘境の入り口のような場所に、スタイリッシュな白いヴィラが立ち並びます。
年間約16万人が富士登山に訪れる富士吉田市では、近隣に河口湖や大型遊園地などがあり、豊富な観光資源があります。しかし、BLANC FUJIでは敢えてそういった「観光地」をホテルの立地として選ばなかったそうです。
「河口湖が見えて、富士山も見える。そういった場所の方が宿泊業としては メリットは大きいんです。でも僕らはなるべく自然を壊さないで、あくまでも自然中心の場作りをするということを大切にしていて。そのためには、なるべく奥まっていて、自然を感じられ、かつ従来ならば使い道がないような場所を探す。そこに新しい命を吹き込むことが、我々の土地探しのポイントでした」(安部さん)
BLANC FUJIは建築制限により長年利用されることのなかった土地に建設されています。客室やレストランといった全ての施設を建築物ではない「トレーラーハウス」にすることで、目の前が大自然という最高の立地でホテルを作ることができたのです。
「トレーラーハウスというとコンテナをくり抜いて部屋にするといったイメージがあると思いますが、実際には車輪のついた土台の上に『家』を建てているといった方が近いと思います」(安部さん)
トレーラーハウスの利点は使われていなかった土地が活用できることだけではありません。建てて壊すといった従来のホテル建築ではなく、移動できる客室を自社開発することで、土地や周辺環境への負荷も最低限に抑えられるそうです。
「一般的なホテルであれば1階にはロビー、2階にはお風呂、というように積み上げて作られていきます。それに対して、僕らの場合は、自社で開発した居室をホテルの開設地に持ってくる形になるので、フィールドの設計と部屋作りを同時並行で行うことができるんです。環境への配慮はもちろん、オープンするまでの工期が短くなるのも大きなメリットの1つです」(安部さん)
全ての居室の下には車輪がついているので、後から場所を移動することもできます。そのため、従来のホテルでは不可能だった、大きなイベントの開催に合わせて一時的に宿泊施設を展開するといったこともトレーラーハウス型のホテルであれば可能になります。
必要な時に、必要な分だけのホテルを造る。そんな新しいホテルの取り組みが、始まっています。
BLANC FUJIには大切にしているコンセプトがあります。それが社名の元にもなっている「余白」です。
敢えて少し不便な部分を残して環境に「余白」を作ることで、宿泊客がより五感で自然を体験できるようになると安部さんは言います。
「僕らの会社として、自然によって人間が何かを感じることを信じているんですよね。だから、自然により近いところに人が行くことによって、その人にとって大切なことに気付けたり、普段考えないことを考えられたりするといった『余白』が生まれていくのではないかと思っているんです」(安部さん)
「自然により近い」ということは言い換えると都市と比べると不便な場所ということでもあります。実際にBLANC FUJIでは客室だけでなく、フロントやレストランといった共同部もそれぞれトレーラーになっているため、宿泊客はその都度外に出て移動する必要があります。
「晴れている日はいいですけど、雨や雪になったら少し大変です。でもその分、各部屋では焚き火ができたり、サウナを楽しめたりといった、不便だからこその体験もある。都市部の人たちが敢えてこういった場所に来ることによって、普段は得られないような体験とか経験とか記憶みたいなものが作られるのではと思っています」(安部さん)
BLANC FUJIが提供するのは、自然に囲まれて人それぞれの「余白」を楽しむ贅沢な時間です。決して便利とは言えない立地にあるホテルだからこそ顧客が求めるもの。それこそが「ローカル」な体験だと安部さんは言います。
「BLANC FUJIのお客様は、旅にこだわりを持っている方が多くいらっしゃいます。旅慣れたお客様だからこそ、BLANC FUJIだから体験できる不便さやローカルのストーリーが求められていたりするんです。
例えばBLANC FUJIで提供している食材の一つに、『富士の介』というキングサーモンとニジマスを掛け合わせた山梨県のブランド魚があります。元々山梨県は、全国でも有数のニジマスの生産地。こういった食材一つとっても地元の人が『私が子供の頃は(ニジマスは)あの川でも獲れた身近な食材だったんだ』と語ってくれるような経験はここでしかできません」(安部さん)
バカンスのために初めて訪れた場所で、地元の人とつながってローカルなものに触れる。普通の宿泊ならまず難しい体験が、BLANC FUJIでは簡単にできます。それを実現しているのは、BLANC FUJIが大切にする地域共生の眼差しでした。
「ホテルがその場所に根ざすためには、地元の人との関わりが不可欠だと思っていて。そのためにBLANCが運営するホテルでは、働く人がその地域の人であることを非常に重視しています。実際、レストランの料理長は生まれも育ちも富士吉田で、サービスを担当してくれる女性スタッフは地元で人気の吉田のうどん屋の娘さん。皆ここにルーツを持っているから、ローカルなものが当たり前に側にある環境なんです」(安部さん)
ローカルを感じられるホテルにしたいからこそ、現場発信の情報は大切にしたい。そのため、BLANC FUJIでは雇用主が方針を決めて、従業員はそれを形にするだけといった上位下達のスタイルは採用していません。サービスのアイディア出しの段階から、あくまでも「全員で一緒に作っていく」ことを大切にしているそうです。
BLANC FUJIの考えるローカルとの関わりは、雇用する従業員との関係だけにとどまりません。地主や近隣住民の方、そして宿泊ゲストと地域を繋ぐ取り組みも積極的に行っています。
「近隣の住民の方との関係も大切にしていて、近隣の方向けの特別な宿泊プランを作っています。また、BLANC FUJIに来るまでの道のりに何軒か家があったと思うんですけど、その住民の方と一緒に、道路の路面状況の改善を富士吉田市に求めるといった運動も一緒にやっています」(安部さん)
今後は地元の事業者の方と協働でイベントやマルシェの開催もしていきたいとのこと。
また、BLANC FUJIで提供される季節の料理も、地域との関わりを増やす一助になっているそうです。
「BLANC FUJIでは料理にもこだわっていて、地産地消の素材を使うことで山梨・富士吉田と外部から訪れたゲストの方が間接的にもつながる機会になっています。地元の人が作った食材を、地元の人が提供して、地元のことを話す。関係人口が回りやすいサイクルになっていると思います」(安部さん)
その地域に本当に根ざしている情報だからこそ、宿泊客の記憶にも残ります。そしてその記憶を元に、また別の誰かに地域のことが旅の思い出として伝わる。「そんなサイクルが生まれたら」と安部さんは話します。
昨年11月にプレオープンしたばかりのBLANC FUJI。現在は5室の客室も、今年の春からは11室に拡大します。
「雪解けが終わったら、ハーブガーデンの種まきが始まります。ハーブガーデンでは富士吉田産のハーブを摘んで、自分でハーブティーを作るといった自然体験ができるようになります。BLANC FUJで迎える初めての春なので、季節ごとにアップデートされていく料理も楽しんでいただきたいですね」(安部さん)
「余白を体感する」「お客さんの記憶に残る場を作る」といった事業のコアの部分は変えずに、今後はホテルの敷地で地域を巻き込んだ様々なイベントも行っていけたらと語る安部さん。新しい取り組みを続けながらも、しっかりと地元に根を張った、自然と一緒にヒト・モノ・文化が交流する「五感で楽しむ宿泊施設」が今まさにできあがろうとしています。
Editor's Note
私たちは「余白」に囲まれて生きている。人生の余白、空間の余白、自然と私の間にある余白。BLANC FUJIの事業内容は全てこの「余白」に繋がっていました。余白があるからこそ人と自然とモノに関係性が生まれ、次のアクションが作り出されるのだと強く感じた取材になりました。
ASAHI KAMOSHIDA
鴨志田あさひ