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LOCAL LETTER

「地域にひとつは書店があってほしい」森の中に開いたブックカフェ、5年目の現在地

JUL. 17

YAMANASHI

いつか、自分の本屋さんを開きたいアナタへ

オンラインでポチッとすれば、数日で本が自宅に届く時代。 そんな時代の中、 ここ20年で日本の書店数はほぼ半分に減っています。

一方で、独立系書店と呼ばれる、個人や小さな事業者が営む書店の開業はぽつぽつと話題になります。

小規模な取引を扱う取次(問屋)が増えたことで、開業のハードル自体は下がっていると言えるでしょう。 

東京から山梨県の道志村に移住した酒井七海さんも、独立系書店『本と喫茶 もくめ書店』(以下、もくめ書店)を開業して、2026年の夏に5年目を迎えます。

大きな利益を追求するのとは別の方向を目指し、地域にとって価値ある居場所であり続けるための、実直なトライ&エラーを続けてきました。山あいの村で小さな書店を営む工夫や想いについて、伺いました。

酒井 七海(さかい ななみ)氏 もくめ書店店主 / 20代はバンド活動と旅を繰り返し、世界中の面白いものを見たいと貪欲に移動。30代で書店員となり、その仕事の奥深さに慧眼。40代になった現在は山梨県道志村の山と川の狭間に1軒の本屋を作り、訪れる人々に自然と読書の素晴らしさを伝え続けたいと地道にコツコツやっている。基本的に好きなことしかしていない人生。

はじめは「やりたい」それだけ。人口1500人の村でできること

都心部から車で1時間半ほど、人口およそ1500人が暮らす道志村。もくめ書店ができるまで、ここには書店がありませんでした。

なぜ、この場所に本屋さんを?
誰もが感じる疑問かもしれません。

「来てもらうこと自体、ハードルが高いんです」と酒井さんは笑います。

「とはいえ、店から数分の『道の駅どうし』には、年間80万人ぐらいが訪れていて、豊かな自然を求めて観光客が集まる地域です」

人口の少ない村だけれど、人は来る。 

「この環境の中に、本が読めてお茶も飲める場所があったらいいなと思いました。それに、私は地域に一つは本屋さんがあってほしいと思っているので、それもつくれるなと。

やりたいからつくった』はじめはそれだけでした」

酒井さんがこう語るように、もくめ書店は、東京や神奈川からもキャンプ客の訪れる森の中にあります。

自然の中で本が楽しめるというのが大きな特徴です」

カフェとしても営業する、もくめ書店。木の壁に囲まれた店内にはカウンターが設けられているほか、屋根付きのテラス席、貸し出しのデッキチェアもあり、思い思いの場所でページをめくることができます。

ずっと酒井さんの心にあった ”もくめ” という名前。道志村の木々のイメージや、本と木は似ているという思いとも重なって、「もくめ書店」と店名を決めたそう。

2022年7月のオープン以来、定休日は火曜日と水曜日とし、土日も営業してきました。

「この立地だと土日はお店を開けておかないと商売が成り立たないと思います。定休日にもカフェの仕込みなどの仕事があるので、ほぼプライベートの時間はない状態です。

カフェメニューもワンオペレーションで回せるように、工夫しています」

酒井さんがひとりで営むブックカフェ。ここにはどんな人が訪れるのでしょうか。

「シーズンによってお客さんの層は変わって、春から秋にかけては観光客の方が多くなります。道志村に来たときにはうちに寄ってくれる、という方も増えてきました。

お客さんは1日に5人から10人ぐらい。10人いらっしゃれば今日はよかったなという感じで、連休などには家族連れの方含めて数十人ということもあります」

もくめ書店の外観。取材時はもう少し緑に覆われていた。(写真提供:酒井さん)

実際に開業してみて、想像と違ったこともありました。

「森の中のブックカフェという雰囲気から、女性客が多いかと思ったら、男性が圧倒的に多かったんですよ。

考えてみると、道志村を訪れる観光客自体、キャンプとか山を求めて来られる男性が多かったんですよね」

お客様の特徴から、キャンプやアウトドア関連の本を置いてみたそうですが、反応はいまひとつだったとか。

「あまり売れなくて。男性には小説とかエッセイの方が刺さるのかなという印象です」

もうひとつ、酒井さんにとって想像以上だったのが、冬の厳しさでした。

道志村の冬は、降雪は多くないものの道路の凍結があり、ノーマルタイヤのままでは滑る心配があります。

「過去にはお客さんゼロの日もありました。ただ、この冬はゼロの日がゼロだったんです!年間を通して近隣の地域からは安定して来てもらえるようになり、少しずつ、でも確実に売り上げも伸びています と酒井さんは笑顔を見せます。

「季節によっては、いくらここでお店を開けていても、東京や神奈川方面からのお客さんは来られなくなる。それは仕方がないので、冬場は、近隣で開催されるマルシェや一箱古本市などへ積極的に出店しようと考えて、昨シーズンから少し増やしているところです」

開業してみてわかること。その状況に応じて、酒井さんは工夫を重ねています。 

(写真提供:酒井さん)

師匠から受け継いだもの。森の中の書店が生まれるまで

酒井さんが書店開業に至ったいきさつは、30代の頃に始まります。

「20代の頃はふらふらと旅を続けていましたが、小さい頃から本は好きだったし、本屋さんで働くのもいいかなと思って」初めて勤務した書店で、ある人物との出会いがありました。

「上司がちょっと変わった方で。普通、本屋さんでは、レジや陳列など、実質的な作業は教えても、『棚のつくり方』はなかなか教えていない。

でもその上司は、情熱をもって本に接していく仕事のやり方を丁寧に教えてくれました。私にとって『書店員としての師匠』です」

どの本を仕入れ、どう並べるか。納入された本の中でどれを返品するのか。『棚をつくる』仕事は売れ行きに影響するという。

「お客さんから反応があるのも楽しくて、のめり込んでいきました。次に勤めた本屋で、売れ行きのよくなかった棚の総入れ替えを任されたときも、目に見えて売り上げが上がって、店長も喜んでくれて!」

植物の世話をするように手をかけ、棚を育てる。売れ行きが変わるということは、お客さんに伝わっている、ということ。

こうして、書店員という仕事に魅了された酒井さんは、いつか自分で書店をやってみたい、と夢を思い描くように。

その夢がなぜ、道志村での開業につながったのでしょうか。

「道志村には、もともと義理の母が先に移住していました」

酒井さんは、当時住んでいた東京から子どもを連れて遊びに行くうちに、隣で売り出されていた空き物件と出会います。その環境に心を惹かれ、物件を購入して家族で移住することに。そして、「ここで書店開業の夢も実現しよう」と1年ほどかけて準備を進めました。

それは、書店員時代に学んだ棚づくりへの思いを、自分の店で形にするための準備でもありました。  

秋には紅葉も見られる。(写真提供:酒井さん)

準備期間は、子育てと仕事の合間を縫って、仕入れルートの検討や古本販売のための古物商免許の取得、必要な書類の作成など、地道にひとつひとつを進めました。

「どんな本屋にしようかと考えて、いろいろなお店に足を運びました。事業計画書も最初は全然わかりませんでしたが商工会のサポートで完成できました」

別荘だった建物の改装工事は地元の工務店と大工さんに依頼。「大工さんにとてもよくしていただきました」と酒井さん。自身も慣れない工具を持ち杉板の皮をむくなど作業を手伝った。(写真提供:酒井さん)

そのプロセスをメディアプラットフォーム“note”につづっていました。

「この場所で書店を開業し、運営していくことのハードルが高いのはわかっていたので、少しでも知ってもらおうという気持ちで、経緯を詳しく発信していました

自身のお店のためであると同時に、いつか開業したい人の参考になれば、という気持ちもあったそうです。

「noteを読んで来てくれた方もいたり、『いつか行きたいです』とコメントもいただけたりして、書いてよかったですね」

ここにしかない出会いを。人と人が交わる場としての書店

酒井さんは最近インスタグラムで、届いた新刊の段ボールを開封するライブ配信をしています。

「やってみたら自分も楽しいし、毎回楽しみに見てくれる方がいて好評です。配信を見て、あの本ありますか、と買いに来てくれる方もいますね」

取材時はご自愛フェアの開催中。奥に見えるのは小さなキッズスペース。

「この規模なので飽きないように、棚を常に更新していて、センターテーブルも、2か月ごとにテーマを決めて変えています」

もくめ書店で現在、売り上げナンバーワンの本は、道志村に伝わる民話の本。

「ここでしか買えない本です」

店内に並ぶ雑貨、ケーキやパン、ハーブティーなども、地元で作られたものが多く使われています。

「地域でお店を開いていると、移住してきた方も来ますし、ここを通じて紹介できたり、みんながつながったりできるような場にもなれたら

その言葉の通り、取材中にも、立ち寄ったお客さんとの会話の流れの中で「近くでこんな活動をしている人がいますよ」と自然に紹介するような一幕がありました。

道志村に伝わる民話の本。

酒井さんには、もくめ書店という場に対して、意識していることがあります。

「人間って居場所が必要だと思う。誰かと交流できる場がないとどんどん孤立してしまいますよね。本屋は文化と文化が交わる場であり、文化の発信点だということを意識しています。

文化は人間の営みそのもので、本にはそれが書かれている。そういう大事なものを扱っていくのだという気持ちです。人間らしく自分らしく生きていく、そういうものが感じられる場にしたいという思いがありますね」

「そういう本屋として必要とされる場になりたい」という酒井さんは、ブックカフェというスタイルでその入り口を作っています。

人気メニューのスパイスカレー2種がけ。奥に載っているのは道志産のクレソン。

自分のお金で買った本を読むことが重要だと思っていて、その入り口として、自然の中でお茶を飲みながら本を読む、という体験があっていい。

来た方にこの場所ならではの感覚を届けられると思ったので、絶対カフェはやろうと思っていました」

実際に、来店客の多くはカフェメニューを頼むそうです。

「今は書籍販売よりカフェの売り上げの方が多いのですが、その比率を反転させていきたいですね」

また、「人と人が交わる場をつくりたい」という酒井さんは、お話会などの主催イベントを月2回ほど開催しています。

毎年8月には、平和をテーマにしたお話会を行っているそう。

「春と秋に開催する音楽会は、私が音楽好きなので始めたんですが、毎回参加してくださる方がいて、定着してきていると思います。楽しみにしてくださっている方がいるので、続けていきたいですね。

他業種の方ともコラボをしたりして、ゲストをもっと招いていきたい思いがあります」

酒井さんは、書店として目指す場をつくるため、試行錯誤を続けます。

葛藤と信念。選ばれる書店であるために大切なこと

本との出会いの場である書店。もくめ書店には、新刊と古本の両方が並んでいます。

酒井さんによると、古本は自由に値段を決められて利益率は高いけれど、まとめて仕入れるため、ほしい本だけが集まるわけではないのが難しいところだそう。

「今は、4:6で新刊の方が少ないんですけど、新刊の方が好まれるので、新刊を増やしていきたいと思っています。新刊の仕入れは主に月2回。小さな取次さんが増えたので、何社か契約しています」

小規模な取引を扱う取次会社ができて、書店を始めやすくなったこと。その先には、開業後にどう持続的に経営していくか、というハードルもあります。

「著者さんや個人の出版社さんとの直取引もしています。そちらの方が利益は出やすいです。

今は資金の問題で、ほしい本が全部入れられない状態です。今月はこれぐらいの予算だから何を入れようか、と考えながらやっています」

酒井さんが大切にしているサービスのひとつに、「パーソナルブックセレクト」があります。

「私の考えた10個の質問への回答をもとに、店内にある本から選書するサービスです。その人に合わせて、一対一で接客するということを念頭において始めました」

選書代は、本代プラス1,000円。質問の答え方にその人らしさが表れるそう。

この「パーソナルブックセレクト」は、これまでに100人ぐらいが受けたそう。

「今の世の中、コスパやタイパなどと言われ、損をしないやり方に流れていると思います。ただ、小さな店がそれを追及したところで大きな店には太刀打ちできない。これからは個人に寄り添った接客が求められるのでは、とも思っています。

あなただけの本屋さんですよ』ということを感じてもらえたら、ファンになってもらえるんじゃないかと。効率は悪くても、ここでしかできない体験や感情が生まれる可能性があると思っています」

世の中の大きな流れに巻き込まれない、信念のようなものが、酒井さんのお話から伝わってきました。

もくめ書店のそばに流れる川。

これから地域で書店を始めてみたい人に言葉をかけるなら、と問いかけると、酒井さんは即答してくれました。

是非やってみてください。一度の人生、やりたいことはやったほうがいいやってみてダメだったら辞めたっていいので。

やったことは自分の中に残ります。

本も、読んだ内容を忘れてしまいますよね。それでも、自分の中に何かしらは残っていて、核となるものがいつの間にか積み上がっているんです」

晴れやかな表情で、酒井さんは続けます。

「私は今のところ、一度もやめたいと思ったことはないですね」

Editor's Note

編集後記

本との出会いが何かを始めるきっかけになることもあれば、行動できない自分に本が寄り添ってくれることもある。大切な一冊との出会いは、ネット通販よりもこんな本屋さんがいいと思いませんか。「地域にひとつは本屋さんがあってほしい」。私も同じ気持ちで、地域の本屋さんを応援したいと思います。

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