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LOCAL LETTER

やりたいことは、なくてもいい。“気分がいい”を栞にした、店主の生き方

JUN. 26

HIROSHIMA

拝啓、「やりたいことが見つからない」と焦る気持ちから、自由になりたいアナタへ

夢や目標に向かって頑張っている人が羨ましい。

何かしなきゃと焦るけれど、やりたいことが見つからない。
そんなモヤモヤを抱えながら、変わらない毎日に疲れている人も多いのではないでしょうか。

広島県江田島市に、安心できる場づくりを通じて、「自分の心に正直に生きること」の大切さを伝える人がいます。

江田島市は、瀬戸内海に浮かぶ島々からなる人口約23,000人のまち。広島市内からフェリーで約30分で行ける、利便性のよさも魅力です。

そんな江田島市に、だれでも気軽に利用でき、ゆっくりとした時間をすごせる場所があります。2024年オープンの滞在型書店『MIN-NANO BOOKS(みんなのブックス)』です。

外観は民家のような佇まい。手作り感のある看板がやさしく出迎えてくれる。

本の販売も行っているものの、メイン事業は本棚を貸し出す「シェア本棚」サービス。

本棚に並んでいるのは、シェア本棚をレンタルしたオーナーや、これまで来店した人がお薦めしたモノだけ。MIN-NANO BOOKSという店名の通り、まさに「みんなで創る」書店です。

「長時間の試し読み歓迎」気になった本を手に取り、イスに腰掛けてゆったりと楽しむことができます。読書だけでなく、自分と向き合う時間にも。なにも考えず、疲れた心をしずめる時間にもぴったりの場所。

広々とした空間にたくさんのイスが並ぶ店内。自家焙煎のコーヒーも楽しめる(「MIN-NANO BOOKS
公式Instagramより)

そんな居心地の良い、安心できる場づくりをしているのが、店主の正田創士さんです。

正田 創士(しょうだ そうし)氏 / 広島県広島市出身。会社員を20年近く続けた後、休職を機に江田島市へ拠点を設ける。2024年3月、41歳でシェア型書店「MIN-NANO BOOKS」をオープン。

「お客さんからの期待はあると思うんですけど、それは僕がこういう場を作りたいっていうイメージと合致してるから、あんまりプレッシャーなくやっていけます」

都市部の大型書店とは一線を画す、開放的で温かみのある店内で、淀みなく言葉を紡ぐ正田さん。まっすぐこちらを見つめる視線からは、迷いが一切感じられません。

そんな正田さんのこれまでの歩みを辿っていくと、“気分がいいこと”を栞にして選択していく、芯の強さと軽やかさが見つかりました。

誰かの期待に応え続けて、心が壊れた

正田さんは長男として生まれ、家族や周囲から「あなたしかいないんだから、しっかりしなさい」と言われて育ちました。高校時代には両親が離婚し、母親を支えることを期待されるようになったそう。

そうした期待に沿って、学業、友人関係、就職など、常に“及第点”を取り続け、「いい子」の役割をまっとうしてきたのだといいます。

「今思えば、周りから期待されてることに応えるのが僕の仕事で、それが人生そのものなんだって思い込んでいました」

「みんなのおすすめ本」コーナー(上段)とシェア本棚(下段)

大学卒業後、大手人材サービス会社やメーカーで営業職を20年近く続けます。会社からの期待にも懸命に応えてきましたが、数年前に体調を崩します。

「ある時、『会社に合わせなきゃいけないんだ』っていうそれまでの自分と、『でも無理』っていう自分が出てきて。両者がどんどん乖離してきたんですよね。その乖離が膨らんで、風船がバーンって弾けて、もう、放心状態になって。『これ、やばい』みたいな」

その後、病院で「適応障害」と診断され、休職することになりました。適応障害とは、職場や学校、家庭などで起こるストレスによって、憂うつな気分になったり、不安を感じたりすることが続き、日常生活や社会生活に支障をきたす病気です。

この休職期間が誰かの期待に応える人生をこれからも続けていくのか?と深く問い直すきっかけになったといいます。

「会社に戻っても似たような状況になるだろうし、今後どうしていくかなってずっと考えていました。その中で、『親の期待に応えること』が人生の前提にあったと気づいたんです

大手企業を退職することに反対する声もあったそうですが、「安定しているのは会社であって、僕の心は不安定でした」と正田さん。穏やかに話していた正田さんが、少しだけ語気を強めた気がしました。

正田さんは周囲の期待に応えるという前提を取り払い、「もう好きなことをやろう」と吹っ切れたことで、自分の気持ちに正直に生きられるようになりました。

“気分がいい”を栞に、小さな選択を重ねていく

退職を機に、広島市内の社宅から引っ越しすることになった正田さん。

「これも何かのきっかけだから、家を探そうと思いました。せっかくなら郊外に住みたいと思い、空き家バンクで空き家を探し始めました」

広島県南部にあるいくつかの物件を内覧する中で、江田島市の空き家が目に留まったといいます。

江田島市は広島市や呉市からのアクセスが良く、自然豊かな土地で田舎暮らしを楽しめるとあって、移住者から人気を集めています。

「物件を内覧すると、駐車場があって、幹線道路沿いにある。『この立地を活かして何かできるんじゃないか。やるとしたら何だろう?』と考えたら本屋でした」

なんと書店の開業は、当初から計画していたものではなく、物件との出会いから生まれたアイデアでした。

お客さんがおすすめの本を書き残すノート。正田さんが内容を確認して本を取り寄せ、入荷すると「みんなのおすすめ本」コーナーに並ぶ。

正田さんの働き方は、営業職をしていた時から大きく変わりました。書店は平日の夜と土日のみ営業。平日の日中は、東京のベンチャー企業で、人事業務をリモートにて行っています。

本業を別に持つ複業スタイルを選択したことによって、「MIN-NANO BOOKS」では「安心できる場づくり」に専念。

「『お金は結果としてついてくるもの』っていうぐらいの捉え方をしています。こういう場所を気に入ってくださる方にずっと来てほしいし、そういう方が少しずつでいいから増えていったらいいなと思ってます

自分の心に素直に従い、郊外で肩肘張らずにマイペースに働く。正田さんが気分のいい”選択を重ねたことで、お客さんにとっても居心地のよい場所を提供できています。

お店では必ずお金を支払わなければいけないという前提を取っ払ってほしいと話す正田さんの思いに引き寄せられるように、気軽に利用する人たちが増えています。

「ご常連さんでも来て、お話して、ちょっと立ち読みして、自分で持ってきた本を読んで帰っていく、みたいなことも割とあって。『それでもいいです』って言ってます」

店主とお客さんという利害関係を超えた、フラットな関係性を築く。頬を緩めて話す正田さんの姿から、充実感が伝わってきます。

納得できないなら、やってみたらいい

正田さんの地道な取り組みの甲斐あって、「MIN-NANO BOOKS」はみんなの居場所として、江田島の地に根付きつつあります。

「ありがたいことに、シェア本棚のオーナーさんも少しずつ増えてきて、お客さんにも来ていただいています。昨日もここでヨガ教室をやったり、この後もワークショップをやったりするんですけど、僕が『やりませんか』って言わなくても、いろんな人から、『ここでやりたい』と言ってもらっています。MIN-NANO BOOKSがそうやって声をかけてもらえる存在に少しずつなっていっているのは、嬉しいことです

月に1回開催されるワークショップの作品が展示されている

今でこそたくさんのお客さんが足を運んでいますが、書店の開業にあたっては、懐疑的な意見も多かったと言います。

「本屋なんて立ち行くわけがない。シェア本棚を利用したい人や、本屋で本を買いたい人は本当にいるのか」

出版不況で書店の数が激減し、Amazonなどのネット注文が主流となった今、周りの人の意見は一見正しいように思えます。

しかし、蓋を開けてみれば、シェア本棚のオーナーは20名を超えました。正田さんがお客さんから直接本の注文を受け付けて販売する、注文販売の依頼も月に数十冊あります。

事前に人の意見や体験談を聞くって、いい面もあるけど、悪い面もあるなって実感して。例えば、『やめとけよ』と言われてやめていたら、この店はできてないんですよね」

シェア本棚にはオーナーの名前と紹介文が書かれている。マンガや雑貨も並ぶ

元々は自分の思いよりも他人の考えが正しいと思って生きてきたそうですが、自分の意思で行動するようになったと言います。

「自分で失敗しないとわかんないというか、周りからアドバイス受けても、『本当にそうかな』って思うようになりました。

疑問に思ったら自分でやってみて失敗した方がいい。そういう意味でも、やっぱりやってみて、『これはいけるな』とか『ダメだな』とかいうことを繰り返す中で、なんとかできるなって。やっぱり『やってみないとわからない』って実感しました

自分の思いに正直に行動した結果、なんとかなるという「実体験」を得た正田さん。他人の意見に納得できないときは、自分で確かめるのも一つの手かもしれません。

やりたいことは、“気分がいい”の先にある

2025年3月、「MIN-NANO BOOKS」は1周年を迎えました。

ここまでお店を続けてきた、正田さんの口から飛び出したのは、意外な言葉でした。

「1回やったらやり通すっていうのは、1つ美徳ではあると思うんです。だけど、何もそうじゃなくていい。やめていいっていうことの重要さもあると思います

やり通す覚悟を持つことは重要である一方で、何かを始める上での足枷にもなる。正田さんがラジオ番組「しまだのいるラジオ」(沖縄・FMぎのわんで毎週土曜日8時放送)への出演を決めたのも、気楽な心持ちでいたからだと言います。

「思いついたら少しやってみて、やっぱり違うってなったら、引き返せばいい。その積み重ねで、『やりたいことって何だろう、続けられることって何だろう』っていうことを見つけられるんじゃないかなって思ってますね

そんな正田さんが今やりたいことは何なのでしょうか。

「本を受け身で読むだけじゃなくて、作る方が増えていったらいいなと思っています」

文章や絵に興味があるメンバーが自由に集まり、創作活動に励む「とある島の創作部」には、現在30名ほどが所属しています。店内はもちろん、オンライン参加も可能で、参加頻度や出入りも自由。

「何か出版物のようなアウトプットを出す時に、『ここでやってた創作活動がきっかけの1つです』っていう人が1人でも出てきたら、すごく素敵だなと思います」

正田さんの「“気分がいい”を栞にした生き方」が、誰もが安心して創作活動を楽しめる場づくりにつながっています。

「やりたいことがなかったら、それはそれでいい。気分がいいことをやっていれば、いつの間にか、『そういえばこれやりたかったな』ってことが出てくると思うので」

たとえやりたいことが見つからなかったとしても、今できることはある。

まずは正田さんのように、自分の心に正直に生きることから始めてみませんか。軽やかに行動し続けているうちに、自然とやりたいことが見えてくるはずです。

正田さんがみんなと創る滞在型書店「MIN-NANO BOOKS」に、ぜひ一度足を運んでみてください。アナタの心がスッと軽くなる、そんな時間になるかもしれません。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

Editor's Note

編集後記

正田さんは気遣いの人。取材中はずっと相づちを打ちながら話をきいてくださり、終始和やかな雰囲気でした。これほど居心地の良い本屋さんははじめてで、近くにあったら毎日通っていると思います。本好きの方はもちろん、そうでない方にもオススメしたいです。

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