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※本レポートは「文喫 六本木」が主催したイベント「『文喫の実験室』公開大研究会」のうち、「文喫の実験室」室長・有地和毅とLOCAL LETTERプロデューサー・平林和樹のトークセッション「旅と物語」を記事にしています。
みなさんは何を目的に旅をしていますか。その土地でしか体験できないアクティビティや地産の食材や絶品グルメ、写真に撮りたくなるような美しい景色など、さまざまな目的があると思います。
もし旅で巡る地域に「物語」があったら、体験はどんなものになるでしょうか。アニメや映画の舞台となった地域を訪れるいわゆる「聖地巡礼」では、旅人はその土地に編み込まれた物語を辿るように巡ります。
観光客が少なく「観光資源がない」と嘆く地域にも、もし「物語」というフィルターがあったら、人々のまなざしはどのように変わるか。今回は、本と出会うための本屋「文喫」でブックディレクターを務める有地和毅さんと、さまざまなローカルの現場に携わっているLOCAL LETTERプロデューサーの平林和樹が「旅と物語」をテーマに対談しました。
有地氏(モデレーター / 以下、敬称略):「文喫の実験室*」で取り組んでいる「ものがたりトラベル」というプロジェクトは、「土地に物語というフィルターをかけると、旅する人がその土地の新しい価値を発見できるのではないか」という視点で、トラベルパッケージをつくっています。まさに「旅×物語」を形にしようとしているんです。
*…「本と出会うための本屋」をうたう文喫 六本木が、さまざまなクリエイターやパートナーとタッグを組み、新たな「文化を喫する」スタイルを考える取り組み。
試作として、六本木を舞台にパッケージを制作しました。六本木にはいろんなイメージがあると思います。クラブが多いまちと思っている人もいれば、美術館やギャラリーがたくさんあるまちだと思う人もいる。まちは見る人によっていろんな「物語=顔」を持っていると思うんです。 その顔を意図的に切り替えることで、まちの違う一面を見せられるんじゃないかと考えました。
今回はホラーシナリオを通して、普段と違う六本木の一面を体験してもらいます。イベント期間中にはテストツアーを実施し、音声コンテンツによるガイドや、まちの魅力を文喫らしく収集・編集したしたマップも配布する予定です。
そこで、平林さんにお話をお伺いしたいと思います。私もこうした取り組みを通して地域と関わるなかで、ローカルが持つ課題にどうやってアプローチしていけばいいのかなと考えているのですが、ローカルの課題とはどのようなものでしょうか。
平林:僕たちがやっているLOCAL LETTERは「つくり手を増やすためのメディア」というコンセプトで運営しています。例えば起業したい人やカフェをオープンさせたい人、地域課題を解決して進めていきたい人など、いろんなつくり手が地域には必要だと思っていて。
ローカルの課題ですが、まち全体に焦点を当てて考えると「まちとして維持できなくなること」です。
「まちづくり」って行政がやってくれてるものだと思ってる方が多いと思うんですが、人口が減っていくと行政だけでは解決できなくなります。地域に住んでいる人たちが、助け合う必要が出てきますよね。
その時に一番大事なことって、当事者意識を持つことです。そうじゃないとつくり手は生まれないんです。地域を持続させるための取り組みが生まれるためには、住んでいる人たちに「自分が住むまちだから」という当事者意識がなければなりません。
有地:なるほど。当事者意識を全く持ってない人たちが、持つようになるきっかけづくりって難しそうですね。まちづくりの任務を自ら発案したり、「やりたい」と思えたりするきっかけってなんなんでしょう。
平林:株式会社WHEREの事業をスタートさせたのは、東京ではなく奈良県の東吉野村でした。人口1600人ほどの村です。この写真の村です。
平林:この写真は鮎釣りをしてる人を写しています。鮎釣りは趣味というイメージがありませんか。でも、東吉野の人たちは趣味はもちろん、食べるために釣りをしてるんです。これだけでも僕は、めちゃくちゃ面白いなって思ったんです。
それで村の人に「人を連れてくるので、一緒に鮎釣りしたり、薪割り体験をしたり、夜に村民の家に行って夕飯を囲んだり、そういった体験コンテンツを提供してください」と言ったんです。その時は「いやいや平林くん。ここは観光地じゃないし人は来ないから」という反応でした。
「いや、来ます!連れてくるんで」と言い切りました。周りに声をかけたら、東京の知り合いが来てくれたんです。若い子たちが「鮎だー!おいしい」と言っている姿を見た時に「この村って素晴らしいところなんだ。この暮らしっていいものなんだ」と思ってくれたようで。
何度かこうした来訪を繰り返していくと「平林くん。次はいつ人を連れてくるの」と聞いてくるようになりました。自分が暮らしている村を「いろんな人に伝えたい」という気持ちを生むことができたと考えています。
有地:最初は関わりのなかった他地域の人と村の人に、 観光を通して接点が生まれる。訪れた旅人のリアクションを見ているうちに、地域の人も乗り気になっていったんですね。アプローチすべき相手が見えてくるみたいな感覚があるのでしょうか。
平林:そうですね。観光で訪れる人もそうですし、定期的に行き来する関係人口と呼ばれる人たちの存在の重要なところって、地元の人たちにも良い変化を起こすことだと思ってます。
有地:訪れる人と住んでいる人が触れ合う中で、お互いに変わっていくんですね。とても面白いです。
平林:それが大事ですね。話を「物語」に戻すんですけど。僕は、「物語」は行動のきっかけとなるトリガーのひとつだと思っていて。例えば、食べ物を買う時は「お腹減った」というのが行動のトリガーですよね。「物語」というものが人を旅に駆り立てる、ひとつのトリガーとして機能するんじゃないかと話していて思いました。
先ほど紹介があった六本木のツアーもそうですよね。 六本木自体には興味なくても、ホラーが好きな人たちはホラーツアーには参加してみたい。参加することで興味がなかった六本木を知るきっかけになる。
有地:そうですね。今回「物語と土地を掛け合わせる」と考えた時に、これは「観光資源がない」と思い込んでいる地域にも活かせるんじゃないかって思ったんです。物語を付与することで、その土地の持つ別の顔を見せる手段になるのではないでしょうか。
今言っていただいたように「ホラーに興味があったから来ました」ということもありますし、「ホラーじゃなかったら来ないよな、こんな場所」みたいな所にもスポットライトを当てることもできます。
平林さんから見て、「観光資源がない」と思い込んでしまっている地域って多いのでしょうか。
平林:それこそ、先ほど紹介した奈良県の東吉野村は、観光で来る人はほとんどいなかったので、そういった実感はあったと思います。僕が6、7年お付き合いしている山梨県の富士吉田市もそうかもしれません。
富士吉田市には、富士急ハイランドや富士山の吉田登山口があるなど、有名な観光地があるんです。でも、観光客は富士急へ行っておしまいだったり、河口湖だけ行って帰っちゃったりと、富士吉田市自体に人は来ているけど「富士吉田が最高だった」ではなく「富士急が良かった」や「富士山が良かった」で終わってしまうんですよね。
地元の人たちにとっては観光地って意識ってあんまりないんですよ。観光客の方がまち中にも入ってきてくれれば、意識も変わってくると思います。
有地:富士吉田市のまち中の魅力ってなんでしょうか。
平林:いいパスをありがとうございます。 実は、富士吉田市は1000年続く旗織の町なんです。ここで生産された生地は、バーバリーの裏地にも使われているんです。
有地:それはすごい!
平林:かつては「機織りを一度ガチャンと動かすと、一万円も稼げるガチャマン時代があった」と言われるほど儲かっていたと言われています。各地から商人が富士吉田に生地を買い付けに来るので、彼らが遊ぶまちとして栄えたようです。その名残で今でも飲み屋街が多く、居酒屋からスナックやバー、イタリアンレストランまで、徒歩圏内に60店舗以上のお店があります。
有地:そう言われたら行ってみたくなりますね。「ガチャマン時代」みたいな強烈なキーワードが出てくると物語を感じますよね。「1000年続く」というところも、江戸時代より前から連綿と続いてきた歴史的な厚さが出てます。
富士吉田市のように、歴史を掘り起こすことで物語が生まれるまちもあると思います。逆に歴史や文化的背景がない地域でも、後から物語を付与することで土地に接近する方法を新しく生み出せるとも思ってます。六本木のコースをつくった時に、観光客が絶対来ないような裏路地でも、ストーリーがあることによって見方が変わることを実感したんです。
物語には、起承転結で読み手を物語の世界に引き込んでいく手法がありますよね。そういうテクニックは、土地の魅力を編集していくときに使えるんじゃないかと思っています。
有地:どんな土地でも物語がつくれるというのはポイントだと思っています。物語によって土地の印象を塗り換えていく、上書きしていくってことも可能なのかなと。まちによっては色々な過去があると思うんですが、イメージを変えていこうと活動している地域もありますよね。
まちのイメージを変えるために、地域住民が自分たちで新しい物語をつくることで、一人ひとりに当事者意識を持ってもらいやすくなるのではないでしょうか。
平林:そうですね。過去の犯罪率の高さから「治安が悪い」というイメージが根付いてしまっている地域もあります。僕も、行政の方から相談を受けることがあるんです。「犯罪率も下がっているのにイメージが改善しません。どうしたらいいんでしょうか」と。
有地:犯罪率の高さのようなマイナスな現状を改善していくことも重要なんですが、その先のイメージの向上のような施策こそ、地域が求めているような気がしています。今回の「ものがたりトラベル」は、その先の施策をつくっていきたいなと思ってるんですよ。
物語を住民の方と一緒につくっていきたいなと。
今回、六本木のツアーではOYOGEというたい焼き屋さんに協力していただいてます。OYOGEではたい焼きを買った人に必ずメッセージカードを渡してくれるんです。「もしこれがホラーのシナリオだったら、何が渡されるんだろうか」みたいな妄想をしたり。まちの人が仕掛け人として、一緒に関わる施策を試してみたいなと思い、あえて入れ込んでいるんですよ。
結局、その土地で生活する“人”が一番の軸になってくるのかなと改めて思っています。
平林:まちには絶対ひとりはいるんですよ。そのまちのことが大好きな人。でも、周りが「このまちのイメージは悪い」と言うから、空気を読んで発信できないんです。そういう人たちを見つけて「一緒にやろうよ」と言うんです。「好き」と言えるような環境をつくって巻き込んであげると、それが電波して新しい物語になっていきます。
有地:確かに、誰も「好き」と言ってない状態で、自分だけ「好きだ」と言うのは難しいですよね。自分の個人的な感覚なのかなって思っちゃう。それぞれの土地に暮らしていたり、根付いてたりする人が、個人的な「好き」を発信して、それを繋ぐだけでもすごくいい物語になるんじゃないかと思えました。
平林:なると思います。例えば、今日来てくださった方々に「好きなものなんですか。好きな地域はどこですか」と聞いてみたら面白いことになりますよ。
有地:確かにそれでトラベルパッケージをつくったら面白そうです。平林さんとお話ししていたら、人が持ってる個人的な物語にフォーカスするのも面白いと思ってきました。
LOCAL LETTERが地域に住んでる人だったり、そこで暮らしてる人の個人の話を聞いてたりするじゃないですか。その先にある世界というか、個人の世界を体験できたら、めっちゃ面白いんじゃないかなと思います。
平林:そうですね。僕らがやりたいことはやっぱり「つくり手を増やす」ことなんです。個人にインタビューして、その人が今やってることや「なぜそこにたどり着いたのか」を深掘りしていく記事が多いんです。そういう記事では、その人の人生を追体験できるんですね。
それを読んだ人が「私も二拠点生活始めてみよう」とか「副業でこの地域と関わってみよう」とか、つくり手に変わっていく。こうした流れが生まれていくことを目指しています。
有地:なるほど。私たちが「ものがたりトラベル」を考えた時は SFやホラーなど誰もが想像する物語をイメージしていました。平林さんのお話を聞いて、地域のローカルな話題や個人のストーリーが編集できた時に、旅人と土地との接点が変わるんじゃないかなと思えました。平林さん、本日はありがとうございました。
Editor's Note
僕の住んでいる岩手県遠野市は「遠野物語」で有名な土地です。旅行者のみなさんもこの物語の舞台をなぞるように観光をしています。そうすると「遠野物語」が目前の出来事として浮かび上がってくるような感覚があり、遠野にハマってしまうそうです。
DAIKI ODAGIRI
小田切 大輝