NAGANO
長野
「自分らしく生きるってどういうことだろう」
「自分らしく生きられる“場所”ってどういうところだろう」
忙しい現代人。目の前のことに精一杯になって、「自分らしさ」を見失ってしまっている人も多いのではないでしょうか。
昨今、“自分らしく生きられる場所”を求めて地方へ移住する人が増えています。長野県も移住者が多い都道府県のひとつ。今回は、長野県のある村に移住した園田翼さんにお話を伺いました。
翼さんが暮らすのは、長野県の北東部に位置する野沢温泉村。日本有数の豪雪地帯として知られ、古くから湯処として栄え、現在も外湯文化を有しています。広大なゲレンデを有するスキーの名所としても知られ、冬場は国内外から多くのスキー客が訪れます。
村を歩いてみると、そこかしこから水の音が聞こえてきます。キンキンに冷えた湧き水に、アツアツの温泉、そして冬のパウダースノー。人口3,500人に満たない村ですが、豊富な水資源から生まれた豊かな自然と、その中で育まれた温かい人柄の野沢温泉村の人たちに魅了され、この地に移住を決める人も少なくありません。
今回お話を伺った翼さんも野沢温泉村に魅了され、“ご縁”あって村に移住したひとりです。
現在は村民の一員として、温泉街で飲食店を経営されている翼さんの“生き方”と“野沢温泉村に移住した経緯”について伺いました。
翼さんは福岡県北九州市の出身。雪を見ることがほとんどない地域で生まれ育ちました。大学進学を機に愛知へ引越し、冬休み中、友人とスノーボードをしに訪れたのが、野沢温泉村との出会いでした。
民宿に泊まっていた翼さんは、その宿のスタッフの人手が急遽、足りなくなってしまったことを知ります。困っていた女将さんを見かね、住み込みで働くことを申し出たことがきっかけとなり、以降、毎年訪れるたびに良くしてもらえる関係になったそうです。
大学卒業後、すぐには就職活動をせず、冬場は野沢温泉村を訪れる機会が多かった翼さん。
その後、就職もしましたが、気付けば野沢温泉村に癒されに来ている自分を自覚しました。シーズンを重ねるごとに村で触れ合える人が増えて来たことに魅力を感じたといいます。
「20年ほど前は、今と違って外国人観光客がほとんどおらず、村の人ばかりの環境だったんですよね。当時はあまり栄えてなくて、若い人も少なくて。
でも、隣に誰が住んでるかわからないコミュニティとは全く違ったものが野沢温泉村にはあった。僕はそういうのを欲していたんですよね」(翼さん)
当初は村への定住を考えていなかった翼さんですが、玄関に野菜が置いてあったりと“お節介すぎる”村の人の人柄に惹かれていきました。
「無償というか、リターンを求めない施しが野沢温泉村にはあって、そこが好きになりました」(翼さん)
野沢温泉村では浴室が備え付けられている家が少なく、子どもから大人、おじいさんおばあさんまで、みんなで外湯にいく文化があったといいます。地域のみんなで子どもを育てる環境が魅力的だったと翼さんは語ります。
現在は野沢温泉村ご出身のパートナーさんとご結婚されていますが、結婚が移住のきっかけだったわけではなく、その前から村の人や文化に惹かれ、「村で人を育てる」憧れから、村への移住を決めました。
当時は移住者も少なく、夏は閑散としていたという野沢温泉村。ことあるごとに「どこのあんちゃだ〜(どこのお兄さんだ)」と声をかけられたそうです。
26歳から30歳まで村で働きながら過ごした翼さんですが、栄養士の資格を取ることを目指し、一度村を出て地元へ戻ることになりました。地元である北九州市に住む、お母様の体調の悪化を受けてのことだったといいます。自宅でも療養ができるようにとの想いによる選択でした。
「母のために地元に残るか」、「自分が愛した野沢温泉村に戻るか」の選択を迫られた翼さんでしたが、親からの励ましの言葉と、野沢温泉村に住む義両親への愛を受けて野沢温泉村に戻る決断をしました。
大学時代から、賄いのある飲食店でのアルバイトを経験していた翼さん。料理好きということもあり、村でもスキー場のレストランや居酒屋などの飲食店で働いていました。当時憧れていた人が村で飲食店を経営されていたことで、自然と飲食店経営を志すようになったそうです。
奥様のお父様が農業をされており、野沢温泉村の広い畑でおでん用の大根をつくっていたことが、現在経営されているおでん屋さんを始めるきっかけだったといいます。
「いろんなご縁が重なって移住したので、飲食店をするなら“縁”という名前にしようと決めていました」(翼さん)
現在は温泉街で飲食店を経営し、村の一員になっている翼さんですが、移住当初、ぶつかった壁がありました。
「村に来た当初は移住者がほとんどいなくて、ローカルに踏み込めませんでした。この地元で生まれ育った人のコミュニティに入りたかったけど入れなかった」(翼さん)
移住してきた人と元から住んでいる人との間に壁を感じて、一歩踏み込むことを躊躇してしまい、「どんなに仲良くなってもこの壁は越えられない」と思っていたそうです。
「でも壁を越えられないと思っていたのは僕だけだったんです」(翼さん)
村の行事に一つひとつ深く関わりを持つごとに、自分の損得ではなく、村のために動けるようになっていたといいます。それを実感した瞬間、村民の一員になれたと自分で思えるようになったと翼さんは語ります。
2021年の12月に翼さんがオープンした「おでん処 縁(えん)」。コロナ禍の大変な時期を乗り越えての開店かと思いきや、コロナ禍での思いがけないメリットを経験されていました。野沢温泉で新しく飲食店をやる人、村を盛り上げてくれる人に対する行政からの補助があったのです。
野沢温泉村には不動産会社が存在せず、物件や土地を村が管理しています。普段は空きテナントが出るとすぐ埋まってしまうそうですが、コロナ禍のおかげで、当時はテナントの空きがあったとのこと。海外の方が少ない時期であったことが、地元に根付いた人にとってのチャンスだったといいます。
前々から飲食店をやりたいと考えていた翼さんですが、なかなか場所が見つからず、機会が回ってきませんでした。そんな時、現在店舗を構えているこの場所と巡り会いました。
野沢温泉村で創業400年近い「常盤屋旅館」さんに、野沢温泉村を通年で盛り上げてくれるならと、背中を押され、旅館の一階部分を貸して貰うことに繋がりました。
「ずっと野沢温泉村にいたことでチャンスがきたと思いました。開店作業も周りのみんなが助けてくれたので、大変だと思ったことはないですね」(翼さん)
念願だった「おでん処 縁」を開店した翼さん。お店を続けていく中で見つけた“喜び”がありました。
お店のお客さんやスタッフなど、それぞれの理由で村を離れても、翼さんに会いに会いに野沢温泉村に帰ってきてくれてお店に顔を出してくれる人たちがいます。その存在に幸せを感じ、仕事のやりがいに繋がっているといいます。
幼少期から家族との時間を大切にする両親の元に育った翼さん。野沢温泉村でも、ご年配の方々の無償の愛に触れたといいます。自身もそんな慈愛に満ちた人になりたいと感じ、両親、そして村の人からもらったもの、助けてもらってきたものを、今度は返していきたいと語ります。
「僕が両親や野沢温泉村の上の世代にしてきてもらった施しを、下の子達にして教えていってあげたいというのと、受けた恩を返していきたいという想いがあります。恩とか義理を一番大事にしていきたいと思っているので、そこはブレたくないです」(翼さん)
スキー客をターゲットにした冬季のみの営業をする店も少ない中、夏の野沢温泉村を盛り上げたいという想いから、村の人のためのお店づくりを意識しているという翼さん。
若者たちが、朝まで村について熱い話を繰り広げられる村の拠り所として、「おでん処 縁」は温泉街を四季を問わず盛り上げるホットスポットのひとつになっています。
移住当初は赤ちゃんだった子供たちが成人して、外に出て沢山吸収してきた子や、村を守ってくれている子たちの成長過程を見られるのは、とても刺激になると語ります。人の成長を見られるこの“場所”に喜びを感じるそうです。情熱溢れる若い世代を目の当たりにし、自分にできることで力になりたいと語ります。
「様々な人から貰った継承があるから今の僕があると思えるので、村で教えてもらった人の繋がりの継承を、野沢温泉村にいる限りはずっと僕のスタイルで伝えてきたい」(翼さん)
当初から野沢温泉村に住みたいと考えていたわけではない翼さんが定住するに至ったのは、本能的に居心地の良さを感じたから。
「考えて考えて来た場所ではなくて、気づいたら本能的にここにいたんですよね。人って居心地がいい、自分の居たい場所に、こっちがベストアンサーだなと思う方に最終的には動いていくと思うんですよね。僕は一個一個考えたわけじゃなくて、気づいたらここにいたって感じなので」(翼さん)
我慢しなくていい、自分らしくいられる野沢温泉村に本能的にたどり着いた翼さん。しなくてもいい我慢はしたくないと語ります。
「自分の居心地の良さを求めてきた結果、それが今の生き方なのかもしれないです」(翼さん)
自分らしく生きられる場所を探し求め続けてきた結果にたどり着いた野沢温泉村。温かい翼さんの人柄から、野沢温泉村への大きな愛を感じることができました。
ご縁が重なり繋いだ“自分らしく生きられる場所”との出会い。きっかけは十人十色。“自分らしく生きられる場所”を探しに、あなたも一度、地方へ足を運んでみませんか?
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Information
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Editor's Note
「おでん処 縁」の名物「おらちのおでん大根」は芯まで味が沁みていて、ホクホクと柔らかくペロリといただけました。お出汁も優しい味で飲み干してしまうほどのおいしさでした。訪れた受講生全員にお土産としてお米をお配り頂き、giveの精神に溢れた方で、今回のインタビューを担当させていただき、本当に光栄でした。前泊したお宿を切り盛りするご夫婦の温かさに感動したばかりでしたが、野沢温泉村の人柄なのだと、翼さんにお話を伺って気づくことができました。自然豊かで温かい人が魅力の野沢温泉村。また絶対訪れたいと心から思える場所になりました。
Sakura Endo
遠藤 桜