SHIMANE
島根
海士町(あまちょう)。
いかにも海と結びついていそうな響き。海士町があるのは、島根県沖80kmの日本海に浮かぶ隠岐諸島。2013年にユネスコ世界ジオパークに認定された、美しい離島です。
本土では見られない壮大な自然や、豊富な海産物……数々の資源に恵まれ、観光客が絶えず訪れる場所のように思ってしまう。
しかし、そうではない歴史が海士町にはあります。
まちの財政難や少子高齢化、過疎化……そして、観光業の衰退。
多くの困難を乗り越え、今でこそ地域活性のモデルとして知られるようになったまち。そんな海士町で2021年7月に、ジオパークの拠点と宿の複合施設『Entô(エントウ)』がオープンし、3年が経ちました。
本記事では、Entô代表取締役の青山敦士さんにお話をうかがい、前編では青山さんが目指した離島での持続可能な宿泊施設のあり方について、後編は民間企業がまちの建物の利活用で直面した課題と、行政とのリアルな関係性に迫ります。
4つの有人島と180ほどの無人島からなる隠岐諸島。そのうちのひとつである中ノ島を町域とする、一島一町のまちが海士町です。
1950年代に約7,000人いた島民は、現在2,300人ほど。働き口の少なさから若い世代が島外へ流出し、少子高齢化の島に。
また、2000年を迎える頃、まちの財政は破綻寸前の状態にまで悪化。町長をはじめ、役場職員の給与カットや、新しい食ブランドの開発といった「守りと攻め」の取り組みにより、見事に地域の再構築へと至りました。
海士町が財政難からの脱却を目指していた当時、青山さんはというと海士町観光協会の職員でした。
「2007年に観光協会へ入職し、観光政策が色々とある中で宿泊施設の魅力化に取り組みました。日帰りがしづらい離島なので、宿を充実させる必要があったんです」
青山さん自身が島の民宿に泊まってみると、地域に根差した面白い宿にたくさん出会えたといいます。一方で、オーナーさんの高齢化や事業承継問題といった多くの課題が浮き彫りになりました。そこから、観光協会として民宿とタイアップした企画を考えるなど、宿の魅力化に10年ほど携わったそうです。
そんな中、島で唯一のホテル『マリンポートホテル海士』の老朽化が議題になりました。1971年に国民宿舎として誕生し、1994年に増築された海士町所有の建物です。開業から40年の月日が経過し、古い上に経営状態も苦しい状況でした。
「僕は観光協会の職員の立場で『役場の皆さん、ホテルの皆さん、観光業に関わる皆さん、どうしますか?』と、ファシリテーターの役割をしていました」
古い方の建物を解体し、増築した部分だけを残して運営していくのか、それとも全て建て替えるのか…。議論は3年にも及んだといいます。
「話し合いは月に1回どころじゃなかったですよ。検討委員会での話し合いの他に、飲み会なんかでも話題にのぼりますし。かなりの頻度で議論を重ねていくうちに、僕はファシリテーターでありながら『一番たくさん意見を言っちゃう人』をやってしまって(笑)」
それだけ熱意を持って、マリンポートホテル海士の未来、ひいては海士町の観光の未来を考えていた青山さん。ちょうどホテルの社長が引退を表明されていた時期でもあり、「そこまで意見を言うならば、ということで、僕自身も事業承継者の候補にあがった」と振り返ります。
そして青山さんは、2017年に株式会社海士*の代表取締役に就任。『マリンポートホテル海士』を改修し、『Entô』へと生まれ変わらせたのです。
*株式会社海士…マリンポートホテル海士の運営会社として、1992年に設立された第三セクター。Entôへリニューアル後も、建物は引き続き海士町が所有している。
『Entô』、漢字では“遠島”と書きます。本土からフェリーで3〜4時間もかかる、まさに遠い遠い島に誕生しました。
本館・別館合わせて、ゲストルームは36室。大きなガラス窓からは長い歳月をかけて自然が作り出した、隠岐諸島でしか見られない大絶景を望めます。
青い海に太陽が反射してキラキラと輝き、向こうに見える西ノ島の豊かな緑とのコントラストが息をのむほど美しい。海を横切っていく漁船やフェリーをただ眺めているだけで、今日1日が終わってしまってもいい。
そんな特別な時間を過ごせるEntôに、青山さんは『ホテル』という名前を付けませんでした。
「『ホテルEntô』みたいな名称ではなく、『ジオパークの泊まれる拠点』という冠をつけました。ジオパークとは何なのかを考え、拠点であることの意味に向き合い続けてほしいという思いがあります」
ホテルをリニューアルする際、施設内にジオパークの展示スペースを設けた青山さん。ジオパークの入口としてホテルに立ち寄り、ここからさらなる大自然へと出発し、戻ってきて身体を休め、自分を見つめたり立ち返ったりする場所でありたい。だからこそ“ホテル”という括りにとらわれていないのです。
「僕はホテルというものを、ある意味疑い続けています。快適性・清潔性・利便性・ホスピタリティ……これらが備わっているのが、良いホテルと一般的に思われているような気がします。でも、本当にそうなのかな、と」
ホテルの起源をたどっていくうちに「聖地巡礼」にたどりついたという青山さん。人類ははるか昔、宗教上の聖地などを参拝する時に「旅」をしていたのだと知りました。
「今でいう、お伊勢参りのような旅の途中に、人々が泊めてもらっていたのが神社やお寺、教会でした。だとすると、旅人はホスピタリティを求めていなかったはず。このまちには何があるのかといった情報や、時には牧師さんの問いにこそ価値があったのでは、と思うのです」
青山さんの言葉に、ハッとさせられます。「ホテルのスタッフは気が利いて当然だ」、「〇〇ホテルなら、あんなことまでしてくれたのに……」こんな風に思った経験、多くの方にあるのではないでしょうか。
ホテルのスタッフ自身も、お客さんに消費されることに慣れてしまい、ホテル業界全体が「私たちは提供する人です」というマインドセットになりすぎている部分があるかもしれません。
「現場で働いていると、ホスピタリティや利便性の向上に集中してしまいがち。けれど、それらはこの数年だけもてはやされている機能かもしれません。そこには疑りすぎない。本来のホテルの役割や機能だけを残し、それ以外を削ぎ落とすことを大切に考えています」
観光客の過剰な期待に応えようとしていると、「スタッフの心は消費され、表面的な接客になったり、どの地域でも同じようなサービスになったりする」と青山さんはいいます。
「スタッフもその人らしく、その土地らしく。ありのままの姿を『素敵だ』と理解してくれる、そんなゲストと分かち合える方が、働いていて楽しいじゃないですか。サービスするスタッフとサービスを受ける観光客という構図ではなく、双方に境目のない自然なコミュニティが生まれると良いですよね」
Entôの中からジオパークの景色を眺めていると、まるで手付かずの美しい自然を貸し切りにしたような気分に。さらに、本土では感じたことのない地球のパワーを真正面から受け取っているよう。これ以上の贅沢など、あるでしょうか。
そういえば、海士町にはこんなキャッチコピーが。
『ないものはない』
これは、『必要なものも大切なものも、全部ここにあるよ』という、まちへの愛に溢れたメッセージ。
ありのままを受け入れる。そうすることで、いつまでも持続していける新しいツーリズムを生み出せるのです。
ここまで、海士町は静かで穏やかなまちのように記してしまったでしょうか。青山さんいわく、海士町には意外な一面も。
「僕が海士町にきた当初から思っているのは、小さな島だけど刺激が多い。島民と交流したり、スナックにいって騒いだり。アクティブになる場面が多いと感じます。だからこそ、Entôでは『静』の時間をとても大事にしています。
旅先ですごく興奮する出来事があっても、Entôの空間に戻った時に『あれだけ騒いだけど、あの時間は何だったのかな』と振り返ることができる、そういった施設でありたい」
刺激的な旅先で、自然と力んでいた身体を休める。ふっと肩の力を抜いて一日を振り返る。
「地球に、ぽつん」をコンセプトにするEntôには、たった1人自然に抱かれながら自分の内面を見つめられる、穏やかな時間が待っています。
ただ、オープンして実際にホテルを稼働させてみた結果、青山さんは強烈な気づきを得ることとなりました。
「当初から変わらず、僕やスタッフの目指す先は、牧師さんのような問いをゲストに出せる人になること。ラグジュアリーなホテルのホスピタリティを提供できる人を目指してはいません。
けれど、僕が否定しようとしていたホスピタリティが土台になければ、本当に伝えたいことは全く伝わらないと、この数年で感じました。
Entôがオープンしてちょうど3年。ホスピタリティの必要性に、ぐるっと回って行き着きました。ラグジュアリーを追求したホテルを決して否定するわけではなく、それらから学ぶべきところや、Entôの独自性を出せるところなど、見極めていきたいと思っています」
オープンから3年たったEntôには、どんな人たちが訪れているのでしょうか。
「50代のミドルシニア層、それから『ナチュラルパークホッパー』と呼んでいるのですが、国内外の消費型のラグジュアリーに飽き、アウトドアを楽しみながら自然の中で自分の時間を大切にされている、そんな方々が多くいらっしゃっています」
ホテルのリニューアルプロジェクトには、まだこの土地に来ていないマーケット層にも来てもらいたいという想いがありました。「今、そこに届いている実感がある」と青山さん。
しかし、ある程度 時間的にも経済的にも自由度の高い方々や、これまでラグジュアリーなホテルにもたくさん訪れているような人々…そういった客層の動向を変えていこう!というわけではありません。
目指すのは、豪華さよりも『価値のある過ごし方』で選ばれる施設。
「ナチュラルパークホッパーの方々は、資本がちゃんと地域も含めて循環するようなお金の使い方を希望されています。
例えば、以前は1万円でやっていたサービスを、10万円に変えたとします。この10万円は、いわばゲストからの『バトン』なんです。預かった我々としては、そのうちいくらを社会資本としてどう使って、環境にはどう還元して…と、いかにいただいたお金を循環させていくかを求められています。
旅人の存在によってこの土地が変わる、と言うとしっくりきます」
ゲストからは「この土地や環境へ投資をしているんだよ」、とお話をいただくケースもあるのだとか。「消費しない観光」を体現している来客者の方々から、より良いお宿や地域を共に創っていく方法を教わる。それらを吸収することで良い変化が起きているようです。
「僕やスタッフのみんなも、海士町や隠岐ジオパークへの投資を小さくてもいいからはじめようという考え方が強くなっています。ゲストの皆さんから学ばせてもらったおかげです」
Entôの客層について、青山さんからこんなお話も。
「20代後半の方々が、記念日利用や転職の合間といった、人生の節目にたくさん来てくださっています。僕らの期待以上です」
世代や顧客層に関係なく、人々は一般的な豪華さよりも、その人が思う「価値ある過ごし方」を重視した旅先選びを大事にしはじめているのかもしれません。
小さな島での観光の再構築には、さまざまな課題を乗り越えてきた道のりがあったはず。青山さんは民間企業として、行政とどのように手を取り合ってきたのでしょうか。
そういえば、Entôの中で『官民共創スペース』という部屋を見かけましたが……?
「官民共創スペースには、海士町役場の交流促進課の事務所が入っているんですよ!」
「えぇ!?(耳を疑うLOCAL LETTER編集部)」
引き続き、青山さんに詳しくお聞きします!! 後編へ続く。
Information
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https://localletter.jp/articles/sns_academy/
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Editor's Note
テーマパークのすぐそばの、ちょっと豪華なホテルを選んでおきながら、遊び疲れてただ眠るだけになってしまった旅の思い出があります。青山さんがおっしゃった「本来のホテルって何だろう」という問いは、泊まる側にも考えさせられるものがありました。
Megumi Tsukuba
津久場 恵