地域通貨
現在、IT技術の進化はめざましく、ネットバンクやキャッシュレス決済など私たちの日常に金融と技術を組み合わせたフィンテックサービスは身近になりつつあります。
中でも、地域通貨は、特定地域やコミュニティの中で発行・使用される貨幣のこと。約20年前にも地域通貨ブームが起こり、北海道内でも複数の市町村で地域通貨が登場しました。この時は、ブームとして下火になったものの、近年、再び注目されるように。
こうした中、地域に根付き、地域の成長をつくりだすため、地域通貨を活用しようと奮闘する企業があります。
その名も、サツドラホールディングス(以下、サツドラ)。
北海道で『サツドラ』という約200店舗のドラッグストアを運営し、地域のインフラを担う小売業の特性を活かした北海道独自の共通ポイントカード『EZOCA(エゾカ)』の運営を手がけている同社。
今回は、サツドラの2代目代表を務める富山浩樹さんに、地域通貨を生み出そうとした経緯や、地域のデメリットを活かした持続可能な地域の存続方法についてお聞きしました。
『EZOKA』はサツドラホールディングスが中心となって展開する、北海道独自の共通ポイントカード。北海道内の提携店で利用ができ、現在の会員数は約200万人を超える成長を遂げています。
この『EZOCA』を立ち上げたのが、今回取材をさせてもらった富山さん。サービス着想の背景には2つの思いがあったんだそう。
1つ目の思いは「危機感」。サツドラに入社した当時から、チェーンストアビジネスの経営を学んでいた富山さんは、先端を走るアメリカ発祥のドラッグストアを見る中で、危機感を高めていたといいます。
「M&Aが常に行われていて、競争が激しい世界を痛感しました。どんなチェーンストアも差別化ができていないと、経済合理性を理由に統廃合が繰り返されている。どこも業界で残るのは3つの企業に絞られていて。
統廃合は決して悪いことではありませんが、こうした動きは人々の生活にも変化を及ぼしてしまうんですよね。チェーンストア(サツドラ)の役割はどのような地域でも都心部と同様のサービスを受けられ、経済格差や地域格差を無くしていくことだと思った時に、このままではマズイと思いました」(富山さん)
当時からサツドラは、北海道内では一定の認知度があったものの、ドラッグストアとしていずれ国内で3本の指に入る企業にしていくことには、ハードルの高さを感じていた富山さん。店舗改革を押し進めることに向き合いながらも、それだけでは統廃合に巻き込まれる危機感を抱き、「北海道のみ展開する弱みを強みに変換する」ことに辿り着きます。
そんな危機感を感じていた一方で、2つ目の思いとして「今こそチャンスだ」と感じていた側面も。日本全国の共通ポイントカードを一緒につくる提案を受けたことを機に、地域独自のポイントカードに可能性を感じたといいます。
「全国展開を狙うのではなく、地域の中で新しいサービスを作っていくことのほうがワクワクできるし、まだ取り組む企業がいないなら挑戦するチャンスだと思ったんです。『地域ならでは』のサービスとして、ポイントカードをつくることで、地域のマーケティングができるんじゃないかと」(富山さん)
さらに、大前研一氏の著書『クオリティ国家という戦略 これが日本の生きる道』を読んだことで、さらに北海道にも可能性を感じていきます。
「道州制(日本の行政区画を「道」と「州」に区分けしようとする地方行政制度のひとつ)を学ぶうちに、世界にはスイスやデンマークのような “クオリティ国家” と言われる小国で質の高い国が数多くあることを知りました。
それらの国々と比較をしたときに、日本は人口減少をしていても、クオリティ国家に匹敵するポテンシャルを持っているし、中でも北海道は、スイスやデンマークと同様の人口規模や土地を有していて経済合理性があると気づきました。北海道内で地域通貨のポジションを取る企業はなかなかいないと思ったところも、着想のポイントでしたね」(富山さん)
『EZOCA』を作る際に考えたのは、北海道に根ざした地域企業のみを巻き込むこと。しかしそうすると、ナショナルチェーンのポイントカードと比べた際に、どうしても認知度が上がりにくい。そこで地域への愛着やカードの定着を目指したコミュニティ『EZOCLUB(エゾクラブ)』という概念に辿り着きます。
「『EZOCA』はお得や便利といったベネフィットを与え、『EZOCLUB』は繋がることや楽しいといった、価値を届けるものと定義づけました。
地域の独自カードの意義を感じてもらう意味でも、“楽しい” ということが高いエンゲージメントにつながると思いましたし、多くの方に楽しんでいただけるよう、スポーツや子育て、ペットといったコミュニティテーマを最初につくりました」(富山さん)
『EZOCLUB』を立ち上げてまもなく、大きな転機が舞い込みます。それが、Jリーグチームであるコンサドーレ札幌からのスポンサー依頼の連絡でした。
当時のコンサドーレ札幌は、新たなファンの獲得や集客などマーケティングに課題を抱えている状況。そこで、富山さんは『EZOCA』がどんな想いや構想で誕生したビジネスなのかを丁寧に伝え、単にスポンサー企業となるのではなく一緒にマーケティングをやろうと提案。コンサドーレ札幌と『EZOCA』のタッグが決まります。
当社にとっても『EZOCA』ブランドをコンサドーレ札幌のサポーターが支持してくれるようになり、提携店での使用につながってどんどん加盟店も増えていきました。これが地域カードの価値だと感じましたね。富山 浩樹 サツドラホールディングス株式会社
お得や便利さのメリット以外に、「共感」を感じてもらえるポイントをいかに多くのユーザーに届けられるかを考え、設計したことが『EZOCA』のブレイクスルーにつながったと富山さんは話します。
『EZOCA』と同じように富山さんが今力を入れているのが『QUALITY HOKKAIDO』としての活動。
一般社団法人として、人口減少や産業の縮小が進む中でも、北海道の価値や人々の暮らしの質、産業価値を高め、持続可能な地域をつくるため、富山さんが代表理事に就任し、2021年に他業種連携型コンソーシアムを立ち上げました。メンバーには、コンサドーレ札幌、北海道銀行や大丸松坂屋百貨店、石屋製菓など北海道内の多種多様な企業・団体が加盟。
サツドラホールディングスが手がけてきた『EZOCA』のポイントカードやデータ利活用の経験と可能性の実感をもとに、自社だけでなく北海道全体の経済や産業の底上げにつなげるため「みんなでやっていこう」と立ち上げたといいます。
「『QUALITY HOKKAIDO』のような全体を巻き込んだ動きは、『EZOCA』の立ち上げ当初から、いずれは取り組みたい事業でした。デジタル技術やキャッシュレスの感覚が浸透してきて、法整備もされ、今後、地域通貨の流れはくるだろうと予想していたんです」(富山さん)
インフラとして地域通貨が定着するためには、サツドラが単独でやるのではなく、より巻き込みやすい組織体が必要と考え、民間主導でスピーディーに物事を進めていけるよう、道内を中心に活躍する多様な事業者を入れた組織体を形成。
小売、旅行業界、不動産、電力会社など多様な業態が集まるこれまでにない団体が誕生し、オール北海道で新たなインフラとなる決済プラットフォームを構築していこうとしています。
IT企業がデジタル化を主導する取り組みは多数ありますが、『QUALITY HOKKAIDO』のように小売業やスポーツ業界、旅行業界などの情報産業の人たちが推進していくのは全国的にみても珍しい取り組み。
多様な業種がメンバーとして次々と加入する背景には、店舗などの現場を所有していることが一つの強みになり、実店舗とデジタルの組み合わせによる可能性を感じているからなんだそう。
「私たちもそうですが、小売業は日常生活におけるリアルなインフラを持っているので、DX推進やデジタル化の促進を考えるうえでも、重要な情報になります。だからこそ、多業種の企業が協力してやっていくことで、北海道の推進に繋がっていくと考えています」(富山さん)
一社や一団体の規模は小さくても、集結し、さまざまな取り組みを連携して行うことで、弱みを強みに変えてまちをグロースさせていく旗振りを行なっている富山さん。
今ある生活に大きな変革をもたらすのではなく、いかにして地域の人たちの日常に溶け込む戦略ができるか。まさに、日常の暮らしを提供しているサツドラならではのノウハウや仕組みが活きています。
2025年には北海道の半分以上の市町村で人口が5,000人以下になり、団塊世代の人口割合が最も多く、生産人口が減少すると予測されている北海道。富山さんは「この数字は小売業に当てはめると、町に1軒の小売業があるかどうかくらいの規模感」と話します。
このままでは今ある産業が存続できないという危機感があるんです。でもだからこそ、ローカルでやりきる事例をつくって日本の新しいモデルになるチャンスがあると思っています。北海道モデルのような形をつくりたいですね。富山 浩樹 サツドラホールディングス株式会社
サツドラの繁栄も見据えながらも、それ以上に北海道全体に新たなクリエイティブが加わったり、グローバルに稼いだりできる土台をつくりたいと考えている富山さん。まだまだ彼の挑戦は続きます。
「今推進している北海道での活動やまちづくりに、『サツドラ』や『EZOCA』のリソースを足していくのが第1目標です。2030年までに都市開発の計画があることや札幌オリンピックの実現可能性もあり、北海道にとっての大きな出来事が待っています。ここは間違いなく、グローバルに注目されるエリアになっていくはずです」(富山さん)
北海道内の社会課題を解決するサービスで、日本の新たなビジネスモデルをつくろうと奮闘している真っ只中にいる富山さん。「楽しいからやっちゃうんだよね」と話す彼の思いには、「2代目社長として、最初からわらじを履かせてもらっている以上、もっと挑戦をしないと」と、今の場所に甘んじることなく、挑戦し続ける経営者の顔がありました。
Editor's Note
お話を聞いていて「シンプルに楽しい」と挑戦を楽しんでいることがひしひしと伝わってきました。まだ誰もやったことがないことに挑むというのは勇気や覚悟がいるはずです。しかし、北海道のネガティブ要素をプラスに変えていく発想と今ある技術を掛け合わせていく姿勢は、事業者にとっても、地域にとってもきっと参考になるでしょう。北海道は、これから面白くなっていきそうです。
ASUKA KUSANO
草野 明日香