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LOCAL LETTER

わたしたちは、働き方を選ぶことができる。会社員を辞め、移住を決めたデザイナーのいま

NOV. 29

拝啓、移住や二拠点生活に憧れを抱いているけれど、なかなか行動に移せていないアナタへ

※本記事は「ローカルライター養成講座」を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。(第2期募集もスタートしました。詳細をチェック

長野県富士見町にあるコワーキングスペース「富士見 森のオフィス(以下 森のオフィス)」との出会いをきっかけに、縁もゆかりもなかった富士見町に移住した松田裕多さん。地域おこし協力隊の任期を終え、自身のデザイン会社を設立し新たなキャリアを築いています。

会社員を手放し、新しい生き方を手にした松田さんの当時の葛藤や、地域との関わり、今の生き方を取材しました。

松田裕多(Matsuda Yuta)さん 「富士見 森のオフィス」クリエイティブ・ディレクター/静岡県出身。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)芸術大学卒業。都内メーカーでのプロダクトデザイナーをなど経て、2016年に長野県富士見町に移住し地域おこし協力隊に着任(2019年に任期満了)商品開発・プロダクトデザインを基軸にしたブランディングをはじめ、地域産業のクリエイティブ制作全般に携わる。

働き方を変えたい。そんな時に声がかかり、3ヶ月後には移住していた。

富士見町としての初代地域おこし協力隊だったという松田さん。移住前は東京の会社でプロダクトデザイナーとして働いていました。会社を休職しているタイミングで、現在森のオフィスの現運営代表でありRoute Design合同会社の代表・津田賀央氏と東京で出会い、それが松田さんの人生の大きなターニングポイントとなります。

「もともと移住を考えていたわけではなく、働き方を変えたい気持ちがまず最初にありました。いち会社員という働き方だけしてていいのかなという疑問はなんとなくずっと自分の中にあって。2016年に東京で今の代表と知り合い、誘われました。結構勢いというか、(代表と)会って3ヶ月頃にはもう移住してたと思うんですけど。当時の僕はすでにちょっと押したら前のめりになる状態で、そこを代表に押してもらって、もう止まれなかったんでしょうね(笑)」(松田さん)

仕事を休み、働き方について考えているなか、森のオフィスの運営の誘いに背中を押され、縁もゆかりもなかった富士見町への移住を決めます。

「たまたま雇用形態が地域おこし協力隊だった」だけで、松田さん本人としては、森のオフィス自体に興味を持ったことが最終意思決定の理由なのだそう。

移住してから1〜2年は、森のオフィスの立ち上げに全力を注いでいたという松田さん。コワーキング施設の会員を増やすことを目標に、地域内外でのイベント企画などもたくさん行いました。

「地域おこし協力隊としてもそうですし、僕ら自身も移住者なので、自分たちが主催するイベント以外でもイベントには積極的に顔を出したりと、地道にやっていきました。来てくれた会員さんに対しても、やっぱり移住したてなので、生活のサポートから仕事のサポートまで、もう家族みたいな関係性を作ってやっていた感じですね」(松田さん)

森のオフィスでは、会員登録している人が1,000人以上にもなるんだとか。立ち上げ当初から会員の方とも密に関係性を築いていて、プライベートで一緒にスキーをしに行くなど深い交流があります。

「コロナの前ですけど、知り合いを一挙に集めて行う飲み会をすることなどが日常的にあった感じですね。ここに来てくれた会員さんが閉館時間まで仕事してたら、そのあとみんなで一緒にご飯作って食卓囲んで、みんなで帰るみたいな。そういう職場と生活が延長線上にあると言いますか、そういう雰囲気でした」(松田さん)

『地域おこし協力隊だから』というある種の責任感で動いているのではなく、人と人との日常的に自然と生まれるコミュニケーションを大切にしているからこそ、生活と仕事場の境界線が交わっているような雰囲気を感じます。

町民としてのつながりが高まったきっかけは、7年に一度の誇り高き伝統行事「御柱祭」。

富士見町を含む長野県の6市町村で構成されている諏訪地域では、日本三大奇祭のひとつである「御柱祭」があります。7年に一度行われ、1,200年以上もの歴史ある伝統行事です。

松田さんが移住をした2016年は、ちょうど御柱祭がある年でした。当時は移住したての頃で、地域のことや御柱祭についてもよくわかっていなかったそう。そんな松田さんは、6年経った2022年にはじめて御柱祭に参加をし、自分と町とのつながりに変化を感じたといいます。

「お祭りに参加できたのは、子どもが生まれたり、一軒家を買ったっていうのもあると思います。これは僕だけじゃなくて、僕と同じ時期に移住してきたメンバーもやっぱり7年くらい経つと自分の家を構えるフェーズに入ってくるので、みんな地域に馴染み始めていて。

家を買うってなると急に区の人との関わりが増えたりするので、森のオフィスで関わる人とは違う、元々町にいた地元の人と関わるきっかけができたんですよ。関係ができていったら『祭りに参加しないか』と誘われて、参加したらまたつながりが増えていって」(松田さん)

お祭りに誘われた時は、楽しみな気持ちと不安とで半信半疑だったそうですが、大変な思いをしながら毎週ある準備や練習を一緒にやってきた地元の人や、同時期に移住してきた人たちとの仲間意識が育まれるきっかけになったとのこと。

地元出身の森のオフィスの利用者が、地元の人と移住者をつないでくれたということも相当心強かったと話す松田さん。

「1人じゃないっていうのは、心の支えとしては大きかったです。個人でっていうのはなかなか辛い気がしますね」(松田さん)

普段仕事場で顔を合わせているメンバーとは違う、お祭りでの地元の人の別の顔を知れるのも、面白かったとか。

「祭り当日になって、目的が達成されたときにすげー感動したんです。簡単にお伝えすると、10トン以上ある柱をみんなで引っ張って立てるお祭りなんですけど、なんか妙に感動してる自分がいて。『あぁ、なんかきついけど、大事だなあ』と思いました」(松田さん)

御柱祭に参加することができて認められたというより、必要としてくれたんだという感覚があり、嬉しかったですね。やっと町民になれたというかと松田さん自身、感じ方の変化があったと語ります。

移住者目線、そして移住者を受け入れる目線での、地域との向き合い方とは。

仕事でもプライベートでも地域内のつながりが増え、御柱祭にも参加し町民としての感覚が強くなっていったという松田さん。

その反面、距離が近すぎる所以のしがらみや苦労もあるのでは?とお聞きしました。

「やることが多いなとは思いますね。人口が少ないから仕方ないですけど、僕は消防をやったりとか、入区すると出払い(※地域で所有する森林の草刈りや道路清掃などのこと)があったりとか、やっぱり大変っちゃ大変なんです。地元の人すごいなって思うんですよね」(松田さん)

一緒に仕事をしている仲間のカレンダーをみて、地域の奉仕活動の時間が画面上に入っていることもよくあるそう。

「みんな区に参加して頑張るんですけど、でもどこかで線を引かないと自分の生活に無理がくるっていうのはなんとなく予想できていて。移住者と元々住んでいる人同士、理解が及ばないまま変に壁ができたりするのもよくないので、それは伝えていくしかないし、その役割は僕自身なのかなと感じています」(松田さん)

自分も移住者という立場であるということで、移住者の気持ちを代弁したり、信頼関係を築きお互いに暮らしやすいように歩み寄る。これから町で暮らし始める人のことも視野に入れつつ、みんながよりよく暮らすということを考え、丁寧にコミュニケーションをとっているのだと感じます。

自分の領域を拡げ続ける、デザイナーとしての生き方。

芸術大学を卒業している松田さん。当時から、30歳くらいで自分でデザイン事務所を作り、デザイナーとして独立したいと考えていました。

東京の会社を辞め、地域おこし協力隊として活動すると決めましたが、独立するための環境作りも意識していたそうです。

とはいえ最初は、森のオフィスの立ち上げにほぼ全部の力を注いでいた状況。地域おこし協力隊任期の3年後、本当にデザインで食べていけるようになるのか不安が大きかったそう。そんな中でも、役割である“森のオフィスという場の運営”を頑張っていったからこそデザインの仕事につながることがありました。

「会員さんの中には自分と近しい業種の方もいて、そういう方が僕に仕事を振ってくれたり、『こういうことできる?』と会員さんから相談されたところから仕事が生まれていったり。森のオフィスの運営をやりながらデザインの仕事のお手伝いもさせてもらって、関係を作っていけたという感じです。

(デザイナーの)営業活動とかは全くしてないです。この場を作ってると、自然と仕事が入ってくる環境になっていったのか、自分が無意識に作っていったのかわかんないですけど。デザイナーさんが移住して来るケースも増えているので、そういう人たちに仕事が生まれるような環境は作っていくべきだと思っていて。

自分がここを運営することは自分のためでもあるし、移住された方々のためにもなるので、この場を作ることに力を注ぎました」(松田さん)

地元寒天メーカーさんからの依頼で、松田さんが移住後はじめてデザイナーとして手がけた商品開発、パッケージデザインの仕事。

森のオフィスという場づくりを通して、人とつながり、結果自分の仕事にもつながりができていったといいます。デザイナーと名乗ると、ロゴの制作や写真撮影などなんでもできると思われ、ピンポイントで相談されることもよくあるそう。

「ちょっと違うんだけどなあと思いながら(笑)でもやれそうなことはやってあげると、自分もできることが増えていく。そうしたらなんか自分が何屋なのかわかんなくなってくるんですよ。でも関係値を作っていくっていう意味でも、自分の領域を広げるという意味でも、特に移住したばかりで仕事をつくっていくときには、〇〇を専門としているデザイナーというふうにあんまり自分を絞りすぎないほうが良いのかなと思いますね」(松田さん)

現在は、森のオフィスのディレクターや自分のデザインスタジオである「MATSUDA SHOJI DESIGN LLC(マツダショウジデザイン合同会社)」を設立し、デザイナーとして幅広く活動している松田さん。

声をかけられたら、とりあえず飛びついてやってみる。食わず嫌いや取捨選択をしすぎず、その場その場で困っている人の手助けをする。

そのような松田さんの生き方・在り方が、自身のデザイナーとしての幅、そして人生の選択肢をも拡げているように思います。

現在、森のオフィスでは新しい地域おこし協力隊の仲間を募集しているとのこと。興味のある方はぜひ、ご応募ください!

Editor's Note

編集後記

7年間、町に住む一人として暮らしをつくり、ご縁やつながりを本当に大切にされているのだと感じます。それが自分の仕事にもつながる、そんなことを自然にやられていること、とても尊敬します。松田さんのやわらかいお人柄で、ライター自身の緊張も溶け、森の美味しい空気も相まって、取材中非常に和やかな雰囲気でした!

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