企業コラボ
「大切にしていた服だけど、大きなシミをつけてしまった。」
「好きな形だけど、今の流行りの色じゃない。」
そんな経験はないでしょうか?
ファッション業界の大量生産大量廃棄が懸念される中、2020年に日本国内で廃棄された衣類の量は、なんと51万トン。廃棄処分を一枚でも減らそうと、サスティナブルの観点から注目を集めているのが、“アップサイクル” という考え方です。
アップサイクルは、 “捨てられるはずだったものに付加価値をつけてアップデートさせるもの” 。 “別のものへと作り変える” リサイクルとは違い、エネルギー活用の面でも地球にやさしいと期待が高まっています。
そんなアップサイクルの選択肢として、日本が誇る文化「染色」というアイディアはいかがでしょうか。
今回は染色の中でも、日本のラグジュアリーブランドから「漆黒に染まる」と定評がある、丸幸産業株式会社・代表取締役社長の堀内茂利さんを取材。染めを通じて捨てられるはずだった衣類に命を宿す、サスティナブルな後染め技術について伺いました。
布に彩りを生み出すのに欠かせない「染色」という技術。方法は主に2種類で、生地にする前に色をつける「先染め」(糸を染めて生地を織る)と、出来上がった生地に直接色を入れる「後染め」があります。
丸幸産業は、山梨県富士吉田市で50年以上の歴史を持つ「後染め・後加工」の専門店。しかし、“機織りのまち” として1,000年以上の歴史がある富士吉田市は、先染めが主流!
“富士吉田市=先染め” と言われるまちで、あえて後染め専門店として仕事をはじめられた経緯について伺いました。
「私たちも元々は糸を染める仕事をしていました。その当時は外から仕事をもらってくるという発想がなく、競合と張り合うために、仕事の単価を下げる流れが当たり前。でも値段を下げ続ければ、会社を存続することができない危機感から、事業内容を後染めに変え、外から仕事をもらってくるという思考にシフトしました」(堀内さん)
地元で生き残るため、あえて地元の主流業から離れた丸幸産業。当時は苦渋の選択だったが、先染め・後染めの両方の技術を学べたことが、今の仕事の幅を広げているのだとか。
「ほとんどの糸は染めたことがあるので、生地を見たらだいたいのことはわかるんです。この知識は染色の見極めに役に立つんですよ」と堀内さんは笑います。
「生地を染める」と言われると、「浸けた染色液の色に全て染まる」と考える人も多いと思いますが、実はそうではありません。後染めで染色できるのは、綿・麻・ウール・シルク・ナイロン・レーヨンといった素材のみ。服をまるごと染色液に浸けても、異素材の部分は染まらないといった、不思議な現象が起こります。
「天然繊維の衣類でも、縫い糸はポリエステルといった化学繊維で使われていることがほとんど。そのまま染色液に浸けても、写真のように糸だけが染まらずに染めあがります。天然繊維であれば、日焼けや色落ち、シミがあっても染めることができ、1枚の依頼でも対応ができます」(堀内さん)
過去にはわざわざ1枚のために九州から商品を送ってくださった方がいて、日焼けしてしまった30年前のコートを染めたということも。
「ヨーロッパの消防士が着ていた服で、重厚感のある立派なコートだったんですが、どう染めあげられるか、腕の見せどころでした。黒染めが素敵かなと思ったんですが、カーキに染めて欲しいと希望されたので、お客さんのイメージに近づけられるよう、予定していなかった二度染めもしましたね」(堀内さん)
できるだけお客様の要望に応えたい一心で、気が付けば13種類にもなっていた丸幸産業の染色・加工メニュー。一色に美しく染め上げることはもちろんのこと、多色同時に染め上げる「タイダイ染め」や、色割れをつくる「ムラ染め」、「シワ加工」や「ダメージ加工」といったさまざまな技法を楽しめます。
その中でも、丸幸産業の強みは染めの鮮やかさ。ファッション業界から一目置かれる、美しい色味の秘訣を教えていただきました。
秘訣は染める際に使用する水にあります。うちは富士山の伏流水を使って染色しているので、化学物質が何も入っておらず色が入りやすいです。富士吉田が「織物のまち」として栄えた所以でもありますね。堀内茂利さん 丸幸産業株式会社
「秘訣は染める際に使用する水にあります。うちは富士山の伏流水を使って染色しているので、化学物質が何も入っておらず色が入りやすいです。富士吉田が “織物のまち” として栄えた所以でもありますね」(堀内さん)
「あとは染料づくり。元々の染料を使うこともありますが、例えば紺だったら紺という染料を使うのではなく、赤や黄といった複数の色味を混ぜ合わせた染料を作り出します。最終的には紺色に染まりますが、生地に色が入っていく順は、赤だったり黄だったり生地によってさまざま。生地の特徴を見極め、染料の種類や時間を計算をしたうえで染色します」(堀内さん)
何百色とある染料の配合、手法、時間を全てを操り、希望の色を生み出す堀内さん。まさに驚きの職人技ですが、その手助けのキーとなるのが、今から30年以上前に購入した測色器。サンプルの生地や色見本を頼りに弾き出された数値を読み解くことで、堀内さんの理想を越えた美しい色へと導きます。
「その測色器、とても古いでしょう。メンテナンスをしながら大切に使っています。古いっていうのもありますが、値段も値段で、今ではとてもじゃないですけど買えないです。幸い、うちには昔から使ってきた設備がたくさんあるので、今あるものを使って、自分たちのできることを考えて工夫する。毎日が実験です」と堀内さんは話します。
現在では、法人向けのサービスから個人向けの衣類染め直しサービス、染物体験といった幅広い展開を行っている丸幸産業。しかし、染め直しのサービスを大々的にはじめたのは、実を言うとここ数年の話なのだそう。
「サービスをはじめる前にも、ご近所の方や、長年のお付き合いのある古着屋さんから『染めて』と依頼を頂いていたのですが、これを事業としてやろうという考えは全くなかったんです。そもそも、これが仕事になるとも思っていなくて。『頼んでくださるから染める』くらいの感覚でした」(堀内さん)
そんな堀内さんが、「自分たちの技術がみんなの方の驚きに繋がる」と気が付いたのは、富士吉田市で活動を行っている織物を中心としたお祭り『ハタオリマチフェスティバル(通称:ハタフェス)』での出来事。“衣類を集めて全て黒に染め直して展示する” という『黒染め展』のアイディアを頂いたことがきっかけなのだとか。
「地元の人たちが協力してくれて、100着以上の衣類が集まりました。デザインの違う衣類を真っ黒に染めて、ずらーっと並べる。すごい迫力でした。お客さんたちも『こんなに真っ黒になるんだ!』って驚いてくれて、そのリアクションに私たちも驚いたんです」(堀内さん)
堀内さんは、衣類を染めるということは、いい意味で自分たちにとっては “当たり前” のことだったと語る。
「中には、展示品を売り物だと思う方もいたんです。自分たちにとっては、衣類を預けてもらえればできることなので、 “みなさんの周りにある衣類を染めること=価値がある” と気付かされました」(堀内さん)
黒の中にもグラデーションがあるような引き込まれる美しさをつくりだす丸幸産業の黒染め。ファッション業界が認める “黒” を生み出す難しさを伺いました。
「黒の難しさを表現する方法はいくつかあるんですけど、黒っていう色は “黒い光を当てたときに黒く見えること” が大事なんです。最初は全然理解できなかったのですが、色というのは光の当たり方で見え方が変わってくる。そのうえで黒を導き出すのが難しいんです」(堀内さん)
衣類を通して、日々どんな風に染まるのかを考えながら作業している堀内さん。しかし長年染めに関わっているにも関わらず、だいたいが自分の想像を超えた仕上がりになると話す。
染める前は「これぐらいの仕上がりになるな」って予想をしながら作業をする。だけど、何故だか不思議と自分の想像を越えてくる。「こんなに綺麗に仕上がった!」って。それが染めのおもしろさですよね。堀内茂利さん 丸幸産業株式会社
現在は、多くの方に染めの世界に触れてもらおうと、染め物体験ワークショップを行っている丸幸産業。染めあがったものは色落ちや色移りがしないほど深く染め上げているため、ワークショップ後にそのまま着て帰られる方もいるのだとか。
「ワークショップを気に入ってくれて、2週続けて来てくれた方もいます。布をしばったり色味を変えることで、表現の幅が無限に広がる。同じTシャツで同じ染料で染めたとしても、全く同じものにはならないんですよ。世界で一つだけ。お子さんなんかは、喜んでそのまま着て帰られることが多いですね」(堀内さん)
無限に広がる染色の可能性について教えてくださった堀内さん。最後に、丸幸産業の今後のビジョンについて伺いました。
「自社ブランドをつくりたいとも思っていますし、古着の事業も展開していきたいです。うちは会社も機械も古いので、新しいものを買い足すのではなく、古いものに価値をつけ再生させたい。今後は古着店と連携して、お互いにとっても、お客さんや環境にとっても、自信をもって『良い!』と思えるものをつくりたいです」(堀内さん)
古い物に価値をつけ、新しい製品に生まれ変わらせるアップサイクル。ただ古い物を再利用するだけでなく、その服が持つ思い出やストーリーをも引き継ぎます。
丸幸産業では、個人、古着一枚からの染めもお受けしていますが、今後の環境配慮を考え、企業と連携した事業展開を積極的に広げていく予定。アナタの企業で、 “染め” を掛け合わせる新たなチャレンジを一緒にしませんか。
「漆黒染」をはじめ、技術力の高さに定評がある丸幸産業さんは、某有名ブランドとのコラボレーションや、古着屋さんからの発注を多数受注。
ご本人たちも、「今後自分たちの技術を活かし、企業とのコラボレーションを加速させていきたい」と意気込んでいます。
ぜひ、この機会に “企業コラボ” にご興味のある方は、以下問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください!
『丸幸産業株式会社』
〒403-0001 山梨県富士吉田市上暮地2222-1 (Googleマップ)
https://www.marukousangyou.co.jp/
tel. /0555-23-5562
Editor's Note
お話を聞いてから「染めってすごい!」状態の私。
「自分にとって染めは縁遠いもの」と思っていましたが、こんなにサスティナブルで、こんなにかっこいいなんて!思い返せば、自分の家にも捨てられない色あせ服がちらほら。
ただ染めるだけじゃなく、想像以上の服のかっこよさを引き出す、奥が深い染めの世界。クリーニングという選択肢が日常に近いように、染めも身近な存在になってほしいと強く願います。
YURIKA YOSHIMURA
芳村 百里香