YAMANASHI
山梨
東京から高速バスで1時間半ほどの山梨県富士吉田市。人も風景もやさしく、はじめて足を踏み入れた人も、普段着の顔であたたかく出迎えてくれます。
この街で、旅宿「SARUYA HOSTEL」や世界中の芸術家の活動を応援する「SARUYA Artist Residency」を運営する八木毅さん。最近、「FabCafe Fuji」も市内にオープンし、運営されています。
芸術大学出身で海外留学のご経験もある八木さんの考える「まちづくり」は、未来までを深く考え、富士吉田への愛をひしひしと感じさせます。
「まちづくり」に取り組んでいる真っ最中の人も、これから関わっていきたいと考えている人も、アーティスト視点のまちづくりを参考にしてみませんか。
「いまの富士吉田市に無くてはならない人」そう地元の方が断言する八木さんがまちへ移り住んだのは2014年4月。「富士吉田みんなの貯金箱財団」(現:ふじよしだ定住促進センター)にグラフィックデザイナーとして参加したことからでした。
2011年3月の東日本大震災発生後、東京にいた八木さんは不安定な社会情勢のなかで、地方で自分らしく活躍できる場所を探していたそうです。「スタートアップやフリーランスというキーワードで探していました。自分はアート畑出身なので、もっと面白い独創的なことができるといいなと」(八木さん)
そんな時、たまたま友人に誘われたのが富士吉田市での仕事でした。紹介された翌月には移住していたそうです。
二次元の世界から空間・立体の世界へ自然に関心が移っていったようです。
大学では油絵や美術史を学んでいた八木さん。いつしか、キャンバスを飛び出して、コンセプチュアルアートという空間や思考概念の領域に興味をもつようになりました。
コンセプチュアルアートとは、1960年代後半から70年代にかけてアメリカから広がった動きで、現代アートの主流になっているものです。作品の美しさや技術のうまさといった従来の価値観ではなく、作品にこめられた発想や思想を重視しています。
「基本的に『美学』というアート概念に興味がありました。そういう視野を持つことをフランス留学時代の7年間で培ったように思います」(八木さん)
海外での暮らしで培われたことが、もうひとつあります。それは、「日本」を知り、想い、考えること。
「海外に留学して何が起こるかというと、日本のことを散々聞かれるんですよ。そうするとその質問に答えられるように自分で調べたり、こうした方が良いのではと考えたりするようになりました」(八木さん)
2015年7月、富士吉田市に住まいを移してから1年あまりで、友人と宿泊施設「SARUYA HOSTEL」をオープンしました。なぜ、その場所にオープンしたのでしょうか。そこには八木さんが見出した新しい価値と風景がありました。
八木さんが初めて富士吉田市に来た時の印象は、「決してきれいなものばかりではなかった」と言います。SARUYA HOSTELの前にある本町通りは市の中心にあたる商店街。昭和の香りがするどこか懐かしさを感じる通りですが、当時は人がおらず閑散としていたそうです。
「この辺りのエリアは河口湖が中心で人気です。当時は河口湖から見て、富士吉田市は遠くてアクセスが悪いと言われていました」と八木さんは振り返ります。通り道で誰も来なかったのが、SARUYA HOSTELができてから少しずつ人が来るようになったそうです。
「どこに価値をおくか、ポイントをおくかで、アクセスが悪いから良いに変わる。人々の視点によって全部の価値が逆転する。富士吉田市ではこれからももっとそういうポイントを作っていくことが大事だと思う。それは全国のローカルにも言えることではないでしょうか」
八木さんは、SARUYA HOSTEL前の風景に「美しさ」を見出し、新たな価値に変換させることに成功しています。閑散としていた本町通りが、いまでは海外からの多くの観光客でにぎわっている活気のある通りになりました。昭和レトロな商店街の後ろには、圧倒的な存在感の富士山がそびえ立っています。
この成功を得るまでに、八木さんはゆっくりと時間をかけたといいます。
「一般の方に短時間で新たな価値に気づいてもらうのは難しいと思いました。時間をかけてもいいから、ちゃんとわかってもらうようにしようと考えて
当時は写真を撮る人なんて誰もいなかったんですけど、この風景に大きな可能性を感じていたんです。HOSTELオープン時のポスター広告にこの富士山を背景にした商店街の写真を使って配りました」(八木さん)
やがて、写真家たちがこの風景を撮りインターネットにあげるようになって、徐々に世の中にこの富士吉田の風景が知られていきました。オープンから1年ほど経った頃、香港から女性のお客様が訪れます。なぜここに泊まりに来たのか理由を聞いたところ、返ってきたのは「商店街と富士山の写真を見て、自分で撮ってみたいと思ったから」。
八木さんは、この答えを聞いて、「あぁ、新たな価値に変換されたんだな」と実感したそうです。(トップ写真)
現在、八木さんが掘り起こした「美しい風景」は、少し違う形に変換されて、#Honcho StreetとしてSNS上で話題になっています。SARUYA HOSTELから60メートルほど歩いたところにある「FabCafe Fuji」前の交差点では、連日海外からの観光客が写真を撮ろうと押し寄せ、にぎわっています。
「FabCafe Fuji」は、2022年11月、SARUYA HOSTELの並び、本町通りに面した場所に、八木さんがオープンした店舗です。
もともとは銀行だった建物で、90年代から空き店舗になっていたものをリノベーションしています。通りに面した壁はガラス張り、打ちっ放しのコンクリートの壁に2階まで届くほどの高い吹き抜けの天井はとても解放感があります。
SARUYA HOSTELやSARUYA Artist Residencyは、「住むように滞在しよう」というキーワードで長時間ステイに価値をおいてきました。滞在時間の短いカフェをオープンした理由を八木さんはこう語ります。
「宿をやっていて、もう少し複数の人に開けた別の場所を提供する必要があるとずっと思っていました。カフェでの人々の滞在は数時間と短い。いろんな人に伝えていくスピード感だったり、情報発信の出方だったり質や量が変わると思いました。
宿のサービスとして、旅の体験としての食事提供という意味合いもあります。食事から富士吉田を伝えることもできると思っています」(八木さん)
FabCafe Fuji をオープンして1年あまりが経ち、八木さんはこう語ります。
「富士吉田について伝えたいことがまだまだ正しく伝えられていないと思っているので、これからは質の問題をもう少しがんばりたいです。
やりながら新しく気づくことがいっぱい出てくるので、このまちに住みながら、自分も勉強していく。自分が住みたいまちにするためにはどうすればいいのかと考えていくと、終わりはなくてずっと続いていくと思っています」(八木さん)
FabCafeは全国に5拠点あり、それぞれ「地方の産業」「ローカルに根ざして」などのテーマを持って活動しています。Fujiのテーマは、「地域の産業」について、「ものづくり」を考えて新しいプロジェクトをおこすというもの。
富士吉田市は1000年続く織物の産地として栄えてきました。FabCafe Fujiの店内には地元のテキスタイルがさりげなく展示販売されています。また、年に一度の市をあげてのイベントFUJI TEXTILE WEEK「布の芸術祭」では、SARUYA HOSTELとともにFabCafe Fujiも会場を提供しています。
地域産業の応援は、テキスタイルに限らず、古くから根づいている薬草文化や、富士山の湧水に代表される水など、これからも、FabCafe Fuji /SARUYA HOSTELの両方を使って、いろいろと発信していきたいとのこと。
SARUYA HOSTELも、元は空き家だった建物をリノベーションして見事に生まれ変わらせ、新しい価値を付加して新しい風景を作り出しました。
沢山の価値をつくりだした八木さん。その価値に気づいた多くの人に支持され、いま富士吉田市はにぎわいを取り戻しつつあります。
富士吉田がまちとして発展してきたのは、富士山信仰と機織り産業の二つの軸があったから。
いまや世界遺産で日本のシンボルである富士山。いまも浅間神社が8合目以上を所有している神聖な場所でもあります。その信仰登山の入り口として、まちは栄えてきました。
国立公園にあたる部分も多く、開発がされず自然が多く残っている地域でもあります。
「富士山に対する根底の想いは、自然への畏怖、接し方だと思います。その想いがあるからこそヴィジョンができる。他のまちと同じとか、なるようになるではなく、地元に根付いた、責任をともなう『まちづくり』を次の世代のためにやっていくのが正しい道なのかなと思います」(八木さん)
まちのヴィジョンをしっかり持ち、継承して次世代へ伝えていく。そのうえで、「一市民」として、住みやすい魅力的なまちづくりのために、いま自分ができる事を地道に取り組んでいく。
2014年に移り住んで今年で10年。
地元出身ではないかと錯覚してしまうほどの富士吉田市への深い想い。
2Dはとっくに超え、アート視点を駆使した八木さんの「美しいまちづくり」は、これからも市民の皆さんとともに続いていきます。
FabCafe Fuji Webサイト
https://fabcafe.com/jp/fuji/
Editor's Note
地元の方たちに、八木さんにお会いすると伝えると、みなさん笑顔になります。初めて会ったときのエピソードや「いまの富士吉田市になくてはならない人なのよ」と嬉しそうに話してくださいました。まずは旅人として、古き良き町なみと圧倒的な富士山が待つ富士吉田に足を運んでみてはいかがでしょうか。
Keiko Saito
齊藤 恵子