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LOCAL LETTER

価値を掘り起こし、新たな価値へ。美学が土台の「まちづくり」

APR. 25

YAMANASHI

拝啓、ローカルで古くからの伝統を活かしたまちづくりがしたいアナタへ

富士山のほど近く、1000年以上も続く機織りのまち、山梨県富士吉田市。近年は、代替わりや移住者など新たな世代の流入によって、織物だけにとどまらない新たな価値創造に挑むまちとして、多くのクリエイター達から注目を集めるようになっています。

そんな富士吉田市も、数年前までは商店街のほとんどのシャッターが閉まり、年々空き家が増えるなど活気を失った状態にありました。

そんな中、グラフィックデザイナーとして、富士吉田市に移住してきた八木毅さん。空き家をリノベーションによって生まれ変わらせ、「SARUYA HOSTEL」、「SARUYA Artisit Residency」という2つの宿泊施設と、「FabCafe Fuji」というカフェを創業。

八木さんに、富士吉田市への移住に至った経緯や、まちづくりの事業にかける想いについて伺いました

住みたいまちがなかったから、住みたいまちをつくることにした

八木さんは静岡県の三島市の出身。名古屋の芸術大学で油絵を専攻。その後、フランスに留学して4年間コンセプチュアルアートを学びました。大学院卒業後は日本に帰国し、東京のデザイン会社で働くなど、世界を股にかけて活躍しています。

写真はFabCafe Fuji内のサイン 八木 毅(やぎつよし)さん 株式会社DOSO 代表/ 静岡県出身。グラフィックデザイナー。名古屋芸術大学芸術学部絵画科卒業後、フランスに留学。L’École Nationale Supérieure d’art de Dijon大学院卒業後帰国。東京でデザインの仕事に従事した後、2014年に山梨県富士吉田市に移住。 地域活性事業を行う富士吉田みんなの貯金箱財団を経て、SARUYA HOSTEL、SARUYA Artisit Residency、FabCafe Fujiを運営。
写真はFabCafe Fuji内のサイン
八木 毅(やぎつよし)さん 株式会社DOSO 代表/ 静岡県出身。グラフィックデザイナー。名古屋芸術大学芸術学部絵画科卒業後、フランスに留学。L’École Nationale Supérieure d’art de Dijon大学院卒業後帰国。東京でデザインの仕事に従事した後、2014年に山梨県富士吉田市に移住。 地域活性事業を行う富士吉田みんなの貯金箱財団を経て、SARUYA HOSTEL、SARUYA Artisit Residency、FabCafe Fujiを運営。

しかし、東日本大震災を機に、「東京ではなくもう少し地方で、自分が活躍できる場所を見つけたい」と、ローカルに目が向くようになったといいます

折しも、八木さんが日本に帰国した2000年代は、「地方創生」というワードが世間で話題になり始めた時期でもありました。そこで、自身も移住を考え始めたという八木さん。しかし、「どこへ移住するのか」という問題にぶち当たります。

「京都、金沢、長野。建物や文化が魅力的なまちは沢山あります。でも、知り合いがいるわけでもなく、そこが自分の住みたい場所なのかは分からない。地元の静岡も考えたけれど、高校を卒業してから色々な場所を点々としていたので、せっかくなら、また新しい土地に行ってみたい気持ちもあって」(八木さん)

自分の活動拠点をどこに置くか。悩んでいた八木さんにたまたま声をかけてくれたのが、富士吉田市の地域活性を目的に立ち上げられた「富士吉田みんなの貯金箱財団」(現:ふじよしだ定住促進センター)でした。

初めて富士吉田市を訪れ、1か月後には引っ越しをしてきたという八木さん。同じ世代のクリエイティブな仲間が集まる「みんなの貯金箱財団」で、2年間デザイナーとして活動。

その後も、2015年にゲストハウス「SARUYA HOSTEL」を、2017年に長期滞在に特化した宿泊施設「SARUYA Artist Residency」を、そして2022年にはカフェ「FabCafe Fuji」を立ち上げるなど、精力的に富士吉田市のまちづくりに関わってきました。

本来の良さを引き出すまちづくり。事業の根幹にある「美学」

数々の事業を手がける八木さんですが、その全てに共通するコンセプトは「価値を継承して、新たな価値を作り、その場所に新たな風景を作る」ということ。このコンセプトに基づいて、これまでに創業した施設はすべて、使われなくなった空き家をリノベーションして作り上げてきました。

築80年の木造建築を改装した「SARUYA HOSTEL」
築80年の木造建築を改装した「SARUYA HOSTEL」

なぜこのようなコンセプトを掲げるようになったのか。これには、八木さんが長年培ってきたアート的な観点が影響しています。

単に「まちをつくる」のではなく「風景をつくる」。この発想は、キャンバスの中だけでなく、空間や思考の世界における「美しさ」を追求するというコンセプチュアルアートの世界観に通ずるものがあるそう。また、「風景をつくる」時に、古くからある景観や文化を尊重するのも重要なポイント。当たり前化して、埋もれてしまったものの価値を掘り起こし、それによって人々の価値観を転換していくことこそが、八木さんにとっての「美学」だと言います。

では、富士吉田市でその「美学」をどのように活かすか。そこで八木さんが大きなポテンシャルを感じたのが、目の前にそびえたつ雄大な富士山でした。

本町通りから望む富士山。この風景を見るため多くの観光客が街を訪れる。
本町通りから望む富士山。この風景を見るため多くの観光客がまちを訪れる。

「価値は人々の視点によって決まる。この山の美しさを価値として共有できるように人々の視点を変えていければ、自然とこの場所にも人が集まるようになる」そう確信した八木さん。

雄大な富士山が望める本町通沿いに「SARUYA HOSTEL」の居を構えた後、商店街の写真を使ったポスターを制作するなど地道な活動を続けました。また、市役所の積極的な観光推進なども功を奏し、1人また1人と本町通りの景観に魅了される人が増え、今では新たなフォトスポットとして、多くの観光客を呼び寄せるまでになりました。

宿泊業との相乗効果。より広く深く、まちの魅力を発信する拠点としてのカフェ事業

SARUYA HOSTEL」、「SARUYA Artisit Residency」に続き、八木さんが手がけるのが、2022年にオープンした「FabCafe Fuji」。

「FabCafe Fuji」の店内。趣ある建築とアンティーク家具が調和する空間。
「FabCafe Fuji」の店内。趣ある建築とアンティーク家具が調和する空間。

そもそも「FabCafe」とは、世界中に拠点を持つクリエイティブコミュニティ。デジタルファブリケーション等の最新技術を広める場として、海外に8つ、国内に4つの店舗を構えています。「FabCafe Fuji」は国内では最新の店舗。元は銀行だった建物を改築した店内では、カフェの他に図書コーナーやリソグラフを楽しめるスペース、コワーキングスペースも併設しています。

「FabCafe Fuji」では、この土地の地場産業である「織物産業」と、最先端のテクノロジーを掛け合わせたイノベーションをどう起こすかを模索しており、地域のクリエイターやアーティストなど、新たな人を呼び込む拠点となっています。定期的に地域の機屋とコラボレーションした展示会を行うなど、ローカルに根差した活動を続けている点が、数ある「FabCafe」の中でも特徴的です。

これまでは、「SARUYA HOSTEL」や「SARUYA Artist Residency」など、宿泊事業を中心に展開してきた八木さん。2泊から1週間ほどの長期で滞在することで、観光的な消費ではなく、市民としての生活の中に特別な体験を見出してほしいという想いを大切にしてきました。

一方、FabCafe Fujiでは、滞在時間は長くても2、3時間。この場所を開いた意図を、八木さんは「複数の人に開けた場所を作って、宿泊とは違った形で、スピード感を持ちつつ他方面でこのまちの良さを発信していきたい」と語ります。 

例えば、食事を通して。「FabCafe Fuji」ではエシカルを意識したこだわりの「食」を提供していますが、そこにもこのまちの伝統を受け継ぐ想いがあります。

「この地域には昔から富士山信仰が根付いていて、植物を植えたら薬草になるみたいな薬草文化があった。だからハーブとかボタニカルとかがこのまちの新たな産業として盛り上がりつつある。このカフェでも、そういう伝統を食事やドリンクを通じて提供していけたらって思います」(八木さん)

「FabCafe Fuji」で人気のモーニングプレート
「FabCafe Fuji」で人気のモーニングプレート

富士吉田市は、富士山信仰という宗教的なバックグラウンドがあったからこそ、これまで大規模な開発を免れてきたという歴史があるそうです。だからこそ八木さんは、そうした先人たちの「自然への畏敬の念」もひとつの伝統として受け継ぎ、富士山の麓にあるまちとして相応しい、責任あるまちづくりを続けていきたいと語ってくれました。

仕事というより市民としての生活。楽しみながら続ける八木さんの挑戦

3つもの事業を運営し、かなり多忙にも見える八木さん。それでも、今後の事業の展望を生き生きと語ります。

「新たな宿の形として、その建物だからこそ提供できる体験を模索していきたい。この本町通りを歩行者天国のような道路に変えていくとか。そういうことも今後議論していきたい」と事業やまちに対する想いは尽きません。

「SARUYA HOSTEL」では地元の織物工場のリネンを採用。地域ならではの体験を提供する。
「SARUYA HOSTEL」では地元の織物工場のリネンを採用。地域ならではの体験を提供する。

とはいえ、数年前までは縁もゆかりもなかった富士吉田市。八木さんの熱い想いの源泉はどこにあるのでしょうか。

「もちろん、もともと建物のデザインとかが凄く好きというのはあります。でもやっぱり、自分が富士吉田の市民として関わりを持ってる意識があるので、他のまちを歩いていても、自分のまちにどう持って帰ろうかなってずっと考えちゃいますね」(八木さん)

東京に住んでいた頃は、個人としての役割が小さいように感じて、自分に何ができるのか分からなくなったこともあるという八木さん。しかし、富士吉田市に来てからは、自分のやったことがきちんとまちに影響している実感があって、それがやりがいでもあるそうです。

「まあお金は必要なので稼ぐんですけど、自分のビジネスが大きくなることでまちのためにもなる、そのバランスを大事にしたい」と語る八木さん。

今後八木さんの取り組みがどう広がっていくのか。これから富士吉田市がどのように変わっていくのか。楽しみでなりません。

Editor's Note

編集後記

今回のインタビューで印象的だったのは、「まちづくりも民主主義だから」という八木さんの言葉。「民主主義なんだからそれぞれの意見があって当たり前。むしろ今までは議論にならなかったような問いを、積極的に投げかけるのが移住者としての役割だと思う」とお話ししてくださいました。
 口で言うだけなら簡単ですが、意見の対立を乗り越え、アイデアを実現していくというのは相当な忍耐を要するものだと思います。自分なりの「美学」という、アーティスティックで独創的な観点からまちづくりに取組む八木さん。そんな八木さんに会うために、ぜひ1度皆さんにも富士吉田市を訪れてみてほしいと思います。

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