YAMANASHI
山梨
富士山のお膝元にあり、かつては喫茶店や商店などで賑わっていたという山梨県富士吉田市の月江寺大門(げっこうじだいもん)商店街。しかし、時代の流れと共にシャッターの閉まったお店が目立つようになりました。
生まれ育ったまちが活気を失っていく姿を目の当たりにすると、「このまちで生きていきたい」という若者が減り続ける悪循環が生まれ、ますます地域は活気を失っていきます。
地元を離れる若者が増える中、一度は東京に上京したものの、生まれ育ったこの商店街にUターンしてカフェを開業したのは、FUUTO COFFEE AND BAKE SHOP(フウト コーヒー&ベイクショップ)の店主である梶原さん。
東京でお店を持つことを考えていた梶原さんが、地元に戻って開店した背景と、自分の興味を突きつめ流れついた幸せの形とは。
梶原さんの実家は、月江寺大門商店街で70年続いた豆腐屋「梶原豆富店」。FUUTO COFFEE AND BAKE SHOPは実家を改装し開業した、手作りお菓子とこだわりのコーヒーを提供するカフェです。
「幼い頃から自営業でものをつくる父と母の姿が常に身近にあったため、サラリーマンという働き方は最初から頭に浮かばなかった」と梶原さんはいいます。
実家は豆腐屋でしたが、梶原さんが幼い頃に興味をもったのはお菓子づくり。親戚のおばさんが製菓材料などを扱う会社に勤めていたため、おばさんの所へ遊びに行くたびにお菓子を一緒に作っていたことがきっかけだったといいます。
「元々、甘いものがめちゃくちゃ好きで。 お腹いっぱい食べたいというのが一番の目的でした。 自分で作れば好きなだけ食べられるじゃないですか」と、無邪気に笑う梶原さん。
お菓子づくりが大好きになった梶原さんが目指したのは、洋菓子を作るパティシエ。東京に上京し、2年制のパティシエ専門学校で1年目は和菓子・洋菓子づくりの両方を学びました。2年目は和と洋のどちらかを専攻できましたが、梶原さんはあえて和菓子づくりのコースを専攻したそうです。
友人たちの多くが洋菓子づくりのコースを選ぶ中、梶原さんは人と同じ道に行くのは面白くないと感じたそう。洋菓子を学ぶために入った専門学校で和菓子を学び、卒業後は都内の和菓子店に就職したといいます。
しかし、この和菓子店への就職が梶原さんに転機をもたらします。和菓子店の先輩に連れられて行った渋谷のカフェで、自分の今までの日常にはない世界を体感し、強い刺激を受けたのだといいます。
「和菓子職人さんは自分の作るものだけに黙々と向かっているので、華やかな感じがあまりなかったんですよね。それに対して、そのカフェは音楽も空間もそこにいる人たちも、すごく刺激を受けるものが多くて。そのカフェに出会ったことで、自分の中で『いずれカフェを開こう』という想いが芽生えました」(梶原さん)
憧れるカフェとの出会いによってカフェを開く夢を持った梶原さんでしたが、和菓子店をすぐに辞める考えはなかったといいます。一度足を踏み入れた和菓子職人の世界を一通り経験して、技術を身に付けてから次に行きたいと考えていたためです。
和菓子店で9年間修業した梶原さんが次に目指したのは、カフェでの経験を積むこと。好きな洋服店の事務所のデザインやインテリアを手掛ける会社が、たまたまカフェも経営していることを知り訪れてみたそうです。
千駄ヶ谷にある「Tas Yard」というカフェでした。その店内は、まさに梶原さんの理想が詰まった内装デザイン・インテリア・雰囲気だったとのこと。このカフェで経験を積めばカフェ開業の夢が叶えられると感じ、働き始めたといいます。
理想のカフェで働き、コーヒーの知識だけでなく、お客さんとのコミュニケーションやお客さんが喜ぶことを考える大切さを学んだ梶原さん。
この当時は東京での開業を考えていたそうですが、2020年のコロナウイルス流行を機に、開業場所に変化が起きたといいます。
東京でカフェを開業することを見据えて、準備を進めてきた梶原さん。しかし、コロナウイルスの流行で、東京を出ることを頭の中でうっすらと考え始めました。
そのうっすらとした考えは徐々に濃くなっていき、奥様の出身地である静岡市でカフェの開業を決めた梶原さん。東京から静岡へ移住し、半年間ほど店舗用の物件を探しますが、自分の知らないまちということもあり、お店のイメージがあまり湧かなったとのこと。
静岡市で開業の準備を進めていく中で、時々、富士吉田市の実家へ帰省することもあり、梶原さんは自身の故郷への想いに気づきます。
「たまに実家に戻ってきて、この富士山の風景はここでないと見られないことに気づきました。 実家にいたときは富士山の存在は当たり前のもので、気にもしなかったんですけどね」(梶原さん)
「その時はもう父と母もその豆腐屋の仕事を廃業していたので、 この場所で開業するのも悪くないと自然に思うようになりました」(梶原さん)
地元から一度離れて戻って来たからこそ、地元の良さを実感した梶原さん。しかし、その当時は家族の存在もあり、人口減少と高齢化が進むこのまちで開業することに不安を抱いていたそうです。
ですが、梶原さんにはある想いがありました。
「自分が上京してこのまちを出るときに、自分の生まれたまちがどんどん錆びれていく姿を目の当たりにしました。その姿を見て、自分のお店がきっかけになって、自分の生まれたこの場所に足を運んでもらえたらいいなと思いました」(梶原さん)
内装の設計やデザインなども手掛ける、前の職場へお店づくりの相談をして実家の豆腐屋を改装してもらい、ついに地元で理想のお店をつくり上げた梶原さん。
開店前は、なかなかお客さんが来てくれず暇な日が続くと考えていましたが、良い意味で予想は裏切られたそうです。
「1番予想外だったのは、こんなにお客さんが来てくれたことですね。 昔、うちの豆腐屋までよく商品を買いに来てくれていた人が、『あそこの豆腐屋さんが新しいことを始めたらしいよ』って来てくださって。
ご近所のおじいちゃんやおばあちゃんが、周りの人にお店の存在を知ってもらおうとお菓子を買ってどんどん周りに持って行ってくれました。そのおかげで最初からお客さんがたくさん来てくれて。本当に、地元の人が一番お店の力になってくれたと思います」(梶原さん)
地元の魅力は、景色や生活環境に愛着を持てるだけでなく、幼いころから近くで一緒に過ごしてきた地元の人々との関係にもあるようです。
そんな大好きな地元で理想のカフェを営業する梶原さんは、朝5時前から開店準備を始め、深夜0時以降まで仕込みをこなすストイックな日々を過ごされています。
しかし、その表情は“やりがい”と“幸せ”に満ち溢れていました。
「とにかく仕事をしていれば幸せというか、大変とは全然思ってないです」と笑う梶原さん。
仕事が好きだからこそ苦にならないという梶原さんですが、楽しく続けられる秘訣があるそうです。
「コーヒーを作るのとお菓子を作るのは、自分にとっては全然別物なんです。多分、コーヒーだけをずっと作っていると、しんどくなるのかなと思うんですけど、 その息抜きでお菓子づくりをしている感じですね。その時に全然違うスイッチが入るので、そこからまた新しい気持ちで仕事ができるんですよね」(梶原さん)
お菓子づくりとコーヒーづくりを交互に行うことでスイッチを切り替え、リフレッシュできているという梶原さん。「お客さんが笑顔で帰ってくれればそれだけで幸せです。それさえあれば、そこまでの努力は全くいとわないですね」と語ります。
幸せに働かれている梶原さんですが、観光客で賑わう富士吉田市の状況がいつまで続くのかという不安は常にあるそうです。そのため、「払った以上の対価をお客さんに与えないと、お客さんはもう1回来てくれないと思っています」と表情を引き締めます。
お客さんに「他の店と違うよね」と思ってもらえるよう、和菓子とコーヒーの“職人”という意識を持って、常に技術を磨き続ける努力をされているそうです。
その考え方の原点は、和菓子店で教えてもらった利益の概念にあるといいます。それは、原価に自分たちの技術を乗せた料金で、お客さんに商品を買ってもらっているということ。その概念を大切にしているからこそ、「技術がないものは、全く商品にする価値もない」と、厳しい表情で語りました。
技術を磨くだけでなく、家族との時間を大切にするためにも、人材育成が今後の課題なのだそうです。
最後に、梶原さんのように地元にUターンしてお店を開業したい方にアドバイスをいただきました。
「正直、やっぱり楽じゃないですね。でも、自分の生まれ育ったまちにまた戻って働けるというのは、 昔からの知り合いが来てくれることも含めて楽しいと思います。
やっぱり一番必要なのは、『そこでちゃんとやる』という覚悟ですかね。『なんかやってみようかな』程度では厳しくて、ちゃんとそこに根を張って頑張るという覚悟がないと、しんどい部分が出てくると思います。
でも、自分のように上京して修行する必要は別にないと思います。地元には地元でしか学べないこともありますし、結局その時に興味があるものを突き詰めていくうちに、行きたいところに流れついてくるんじゃないですかね」(梶原さん)
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Editor's Note
はじめから地元でお店を開こうという想いがあったわけではなかった、梶原さん。その時々で興味を持ったものや好きなものを追いかけているうちに、流れ着いた先が慣れ親しんだ地元だったという印象でした。
今はまだ地元に戻る決心がつかない方も、今興味を持っているものを突き詰めていけば、本当に自分が開きたいお店の場所やイメージが湧いてくるのかもしれません。
YUMIE TAKAHASHI
髙橋 ユミエ