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岐阜
日本各地に244品目*ある、伝統的工芸品。地域で受け継がれてきたそれらには、先人たちの知恵が詰まっています。
しかし、人々のライフスタイルの変化や安い輸入品の流入によって、需要が減っているのが現状。
*経済産業省公式サイト内、国が指定した伝統的工芸品244品目(2025年10月27日時点)より
今回は、そんな伝統工芸のひとつ、岐阜県の飛騨高山で発展してきた『一位一刀彫(いちいいっとうぼり)』について、伝統工芸士の鷲塚浩さんにお話を伺いました。
市場の縮小という厳しい現実と向き合いながらも、この一位一刀彫を未来に残していくために、取り組んでいることとは。
そこには、どんな状況でも行動を止めずに挑戦し続ける職人としての姿、そして、一位一刀彫への深い愛がありました。

岐阜県高山市。
日本一の面積を誇り、その92%が森林に覆われたこの地域*では、古くから、木工芸が盛んに行われてきました。
*高山市公式サイトより
江戸時代から始まったとされる一位一刀彫も、そのうちのひとつ。岐阜県の『県の木』でもある『イチイ』を材料に、彫刻刀で彫り上げます。主な製品は、置物や茶道具、お面などで、年月と共に色艶の増す、滑らかな木肌と美しい木目が魅力です。
この世界に飛び込んで30年以上の職人、鷲塚さんが最もこだわるのも、まさに『木目の美しさ』だと言います。
「イチイの木の特徴は、成長が遅いことなんです。だから年輪が緻密で綺麗に出る。そこを最大限活かす彫り方をしています。この木目は、やっぱりイチイでしか出せないですね」
そう言って鷲塚さんが見せてくれたのが、愛らしく丸いフォルムをした、一体のくじらの置物。

「木目をくじらの頭のところに合わせてあるんです。ここに木目が来るように、木の塊の状態の時からすべて計算しています」
整った木目は見た目にも美しく、艶のある木肌はすべすべとしていて、とても心地いい手触り。手作業のみで彫り上げたとは、にわかには信じられません。
「木目の良さを前面に出すために、仕上げに艶出しをする以外は色を塗りません。モチーフのフォルムも、細工を施すものもありますが、このくじらのように、あえて細工を省いたものをつくることもあります。その辺りは作り手の特徴が出るところです」
そう語る鷲塚さんの表情はイキイキとしていて、作品への誇りと矜持が現れています。
「この般若面も、木目が左右対称になるようにしています。こういった細かな気遣いは、今でいう“AIが真似できない仕事”になるんじゃないかな」
まさに一位一刀彫は、人の手だからこそ表現できる“美”を追求した伝統工芸なのです。

しかし、一位一刀彫の産業としての現状は、とても厳しいものだと言います。
「特にここ5年くらいで、業界全体がかなり衰退しているのを強く感じています。作り手も減っていて、同じ仕事をしている人たちも、なかなか希望を見出せていないのが現状です。
高山は観光地なので、観光客の人に一位一刀彫を見てもらう機会はありますが、正直地元の人たちからの反応は今ひとつ。今の若い人で、一位一刀彫を家に置いている人はほとんどいないと思います。働き詰めになっても、全く儲かるものではない」

時代の流れなのか、需要そのものが減ってきている一位一刀彫。加えて、材料となるイチイの入手も困難になってきているそう。
「もともとは飛騨の山でとれたイチイの木を使って作ったのが一位一刀彫の始まりですが、地元から材料が取れることは少なくなりました。今は飛行機で足を運び、北海道産のイチイを買い付けています。
それも取れる量が少なくなっていて、今の採取量は一番多かった時の20分の1以下。作り手が減っているのでなんとか賄えていますが、材料は枯渇してきています」
実は、筆者も高山に7年ほど住みながら、これまでの暮らしの中で、一位一刀彫に触れたことはありませんでした。一位一刀彫が、人々にとって馴染みの薄いものになってきていることは、抗えない事実なのかもしれません。

厳しい時代の波に晒されている一位一刀彫。鷲塚さんはこの現状に一石を投じるべく、20年ほど前から外の世界に目を向けるようになりました。そして、これが仕事の転機になったそう。
「職人になって10年ほど経った頃、他の都市で行われた物産展に参加したんです。でも全然売り上げが出なくて、大赤字の仕事をしてしまいまして。コテンパンにやられました。
当時の僕は作ることにしか興味がなくて、来てくださったお客さんと話すことも、営業することも、何もできない人間だったんです。これではダメだと気づきました」
この苦い経験が、鷲塚さんの見る世界を広げていきます。
「そこから無理やりパソコンも覚えましたし、営業もするようになって、どうしたらお客さんに手に取ってもらえるだろうかと考えるようになったんです」
外の世界に出たことで、制作以外にも力を入れるようになったそう。そして、活動の中で始めたことのひとつが、2015年から行っている、海外での実演販売です。

「高山はインバウンドに力を入れていることもあって、行政などから海外でのイベント出展に声がかかる機会が多いんです」
とはいえ、「英語は中学1年生のレベル」と笑いながら話す鷲塚さん。参加することに躊躇はなかったのでしょうか。
「それはもう、最初は大冒険ですよ。周りの同業者からも『あいつ何やってるんや』という目で見られていたと思います」
しかし、この海外進出で、新しい世界が見えたそうです。
「言葉の通じないお客さんが喜んでくださるのを見て、モチベーションが上がりましたね。これから先のビジネスの展開も、いくらでも広がりがあるのだと感じました。イベント出展自体はめちゃくちゃえらくて(しんどくて)、毎回くたくたで帰ってくるのですが、それでも行く価値は十分にありますね」

言葉の壁を超えて伝わる、繊細な匠の技術と感性。実際、対面で販売をしていても、外国人からの反応が抜群にいいのだとか。
「先日もロンドンに出張して、実演と、通訳を交えての質疑応答をしました。その時も、すごく興味をもってくださる方がいらっしゃいましたね。日本全体へのイメージの良さもあると思いますが、お客さんがリスペクトの目でこちらを見てくださっているのを感じました」
一位一刀彫の購入者に占める外国人の割合も、年々高くなってきているそう。
「ここ2、3年で言うと、対面で買っていかれる方は日本人よりも外国人の方が多いんじゃないかな。半分以上は外国人だと思います」
海を越えた販路の拡大により、一位一刀彫の新たな需要を探る鷲塚さん。加えて、時代に合わせて、作品の見せ方や作るものを変化させてきたのだとか。
「かつては家の床の間に一位一刀彫を置く方が多くいらっしゃったのですが、今の家には床の間がほとんどないですよね。
今はどちらかというと、ちょっとしたテーブルの上や段差に置くようなものの需要の方が多いので、そんな場所に置きたくなるような小ぶりなもの、柔らかい印象のものも作るようにしています。時にはお客さんの要望で発展するモチーフもありますね」

流行に合わせて新しいモチーフを彫ることには、抵抗はなかったのでしょうか。
「僕の師匠からも、『仕事にするならいろいろなものを彫れるようになった方がいいぞ』と言われていたので、モチーフのバリエーションを増やすことには、さほど抵抗はありませんでしたね」
そう語る鷲塚さんの前には、おちょこでお酒を飲むねずみ、つぶらな瞳でこちらを見つめるふくろうの置物などが並んでいました。高尚なイメージも聞かれる一位一刀彫ですが、思わず顔がほころんでしまうような、愛らしいものも増えているのです。

一位一刀彫という文化の継承のために奮闘する鷲塚さん。これからやりたいことを伺いました。
「やっぱり、『後継者育成』です。理想としては、まずは高山の若い子たちにもっと一位一刀彫に親しんでもらって、地元から職人を誕生させたいですね。例えば、何かを作ることが好きな中学生や高校生が放課後に集って、彫刻刀を持って少し木を彫ることができるような、サロンを作れたらいいなと思っています」

自身も、『木を彫ることが好き、木に携わる仕事がしたい』という思いを抱いたことをきっかけに、この仕事に就いたそう。しかし、これからは、『作る』以外の部分でも行動力が必要だと鷲塚さんは言います。
「ただ作れるだけではない。セルフプロデュースも、デザインも、営業も、行政関係の交渉やパソコン作業も、幅広くできる人材を育てていかなければと考えています。身体ひとつで行う仕事なので、体力も重要。正直、本当に大変な仕事です」
一位一刀彫の文化を受け継ぐ覚悟と、販路を拡大する行動力。それを併せ持つ人材を育てるのは、並大抵のことではないように思われます。
「でも、物産展などで、他の地域の伝統工芸と出会うと、後継者育成に向けて奮闘しているところがいくつもあるんです。地域をあげて育成に取り組み、うまく後継者が誕生しているところもあります。
気概を持って頑張っている人たちを見ると、自分は何をやっているんだと思う。ああいう人たちみたいになりたいと、育成のモチベーションが上がるんです」
絶対に一位一刀彫の文化を後世に受け継ぐ。鷲塚さんの目からは、そんな強い意志を感じました。

ところで、鷲塚さんにとって、一位一刀彫の文化が存在し続ける意義とは何でしょうか。
「この伝統がある意義とか、そういったものは考えたことがありませんでした。こちらから伝えるというよりは、見ていただいた方、手に取っていただいた方に感じてもらうしかない。実用性とか、機能性とかで語れるところではないですからね」
息を呑むような、繊細な彫りの技術。艶やかでイキイキとした、モチーフとなる神々や動物たち。
一位一刀彫の世界観を感じると、不思議と心が鎮まり、穏やかな気持ちになれる気がします。人々にそんな時間をもたらすことが、この文化が存在し続ける意義のひとつなのかもしれません。
そして私たちがそれを感じる心を持ち続けることで、一位一刀彫の未来がつくられていくのでしょう。

「高山、そして日本からこの文化がなくなってはいけないと思うから、先のことを考え続けています。30年続けてきたこの仕事が、50年後にないと思うと寂しゅうてしょうがない」
最後にこう語った鷲塚さん。伝統文化を受け継いできた先人たちへの大きなリスペクトを感じた瞬間でした。
鷲塚さんはこれまで、一位一刀彫の文化を後世に受け継ぐために、自身を柔軟に変化させてきました。
外に目を向け、視野を広く持つこと。将来を見据えたアクションを起こし続けること。
鷲塚さんの取り組みや姿勢は、地域の伝統工芸を未来に繋ぐ方法を探すアナタに、何らかのヒントをもたらしてくれるのではないでしょうか。
とはいえ、100年先、この一位一刀彫がどんな未来を歩んでいるのか、答えは誰にもわかりません。
それでも鷲塚さんは、彫刻刀を握り続けるのです。
江戸時代から続く、誇り高き伝統文化を背負い、その未来を、まっすぐに見つめながら。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Editor's Note
「どんなことがあっても、やめたいと思ったことは一度もない」と断言されていた鷲塚さん。一位一刀彫への心からの愛が、随所で感じられる取材でした。地元民として、これからも一位一刀彫を応援したいと強く思いました。
YUI SUGANO
菅野ゆい