KIGURUMI
着ぐるみ
「この人の人生が気になる!」そんな旬なゲストと、LOCAL LETTERプロデューサー平林和樹が対談する企画『生き方 – 人生に刺激を与える対談 – 』。
第11回目のゲストは、宮崎県新富町で「女性の働きやすい職場環境」を目指す「KIGURUMI.BIZ株式会社」代表取締役を務める加納ひろみさんです。
加納さんは会社経営のほか、宮崎県の女性を応援する活動も積極的にサポート。各企業や団体の職場環境の改善を進めるべく、一人ひとりの声を拾い、女性が活躍できる環境作りに邁進しています。
そんな加納さんの人生の変遷に触れた前編でしたが、後編では生きる上で大切な「好奇心」や、職場環境の改善に踏み切ったきっかけについて語られました。
自分自身の人生を精一杯生き続けているアナタに注ぐ、一匙の刺激をお届けします。
平林:加納さんはコロナ禍を経て、「着ぐるみ」や「ゆるキャラ」とのコミュニケーションにはリアルの場が必要不可欠だと感じられたわけですが、ネットとリアルの違いはどこにあるのでしょうか。
加納:匂いかな。きれいにケアされている着ぐるみは、シャボンの匂いがするんですよ。キャラクターにもよるんですけど、その匂いが好きな人たちがいるので。
平林:「匂い」は、唯一ロジックを通さずに感じられると言いますよね。
加納:あとは手触りかな。
平林:触ることもできるんですか。
加納:「ハグしてください」と言うファンの方は多いですよ。コロナ禍の時は無理でしたけど、今は触れ合いがNGの着ぐるみ以外は、みんなハグしてくれます。キャラクターと「結婚したい」と思うほど熱烈なファンの方もいらっしゃって、そういう人たちに支えられながら、日々着ぐるみを作っています。
平林:どうすれば、そこまでキャラクターが愛されるのでしょうか。
加納:自分がキャラクターに「否定されない」ところに安心感を抱くのではないでしょうか。あとハグをした時に、人の脳内からオキシトシンというホルモンが出ることが証明されています。これは、お母さんが赤ちゃんにおっぱいを飲ませる時に出ると言われている、 “安心・癒し” のホルモンなんです。
日本人同士って、あまりハグをしないじゃないですか。密室ではハグするけど、外ではしない。でも自分が好きなキャラクターにハグしてもらえたら、嬉しいですよね。自分を肯定してくれて、ハグしてくれる。それが愛される一番の要因なのだと思います。
平林:加納さんがデザインをする上でこだわっているところや、想いを教えてください。
加納:私はやっぱり、可愛いものが好き。だから、 “可愛く描きたい” という想いがあります。それと中に人が入った時の安全性や、子どもが近づいてくることを考えて素材を決めています。極端な話ですけど、「舐めても大丈夫」な素材を使うとかね。「安心・安全」であることが大前提で、かつ「可愛い」ものを、スタッフが一針一針、全て手作りで製作しています。
平林:「可愛いは正義」ですもんね。
加納:はい。「可愛いは正義」です!でも人によって「可愛い」の定義は違うので、そこは難しいところですね。
平林:前職ではコンピューターやインターネットに関わるお仕事をされていて、そこからデザインやものづくりの領域に転身されていったわけですよね。そこには、ものすごい努力が必要だったのではと思うのですが、いかがですか。
加納:言われてみればそうかもしれないですが、「努力」とは思っていなかったですね。私は多分人より好奇心が強くて、 “新しいもの好き” なんです。Appleの新製品が出たら、すぐ欲しくなっちゃう。TwitterもFacebookも、日本に入ってきた直後にはじめました。
着ぐるみの作り方も、誰かが教えてくれるわけではないので、図書館で縫製関係の本を借りて勉強しました。「パンツってどうやって縫うんだろう」と思った時に、息子のパンツを分解してみたりとか。(笑)
嫌いなことだったらやらなかったですね。好きなことだからいくらでもできるし、知りたくてしょうがないんです。
平林:僕もサウナが好きで、出張のたびにいろんなサウナに行って、「どういう作りなんだろう」とか「意外と隙間があっても成り立つんだな」とか観察してしまうので、すごく共感します。
加納:よく「若い人たちや学生さんに向けて何かメッセージを」と言われるんですけど、「好き」という言葉はキーワードだと思っています。好きなことは、一生の宝物にできる。好奇心を持って好きなことだけをやっていても、けっこう生きていけます。
平林:起業からこれまで、仕事内容や職場環境の改善も含めて、楽なことばかりではなかったと思うのですが、どのように今の会社の状態をつくり上げたのでしょうか。
加納:私は社長に向いているか、向いていないかと考えると、向いていない気がします。指示出しが苦手だし、頼まれたら断れなくて、つい引き受けてしまう。でも、それでは対処しきれないので、できるだけ周りを頼るようにしています。
会社は「未来」をつくっていかなきゃいけない。でも現場の人たちは「今の仕事」をしてくれています。そこで未来を作る室長と、現場を見る工場長、お客様とのコミュニケーションを担う事務長、制作フタッフの職人さんたち、4部門の体制で会社を経営しています。私だけではなし得ない技術と知識を用いて、みんながモノと未来を作ってくれているんです。
平林:「女性が働きやすい職場」を意識して環境整備をされていく際、問題点をどのようにクリアしていったのですか。
加納:「KIGURUMI.BIZ」ってどんな会社なんだろうと考えた時、社員全員にアンケートを取ったんです。そしたらみんなの不満がたくさん出てきて。経営者として、従業員の気持ちを理解できていなかった現実を突きつけられました。
当時、私が一番大事にしていたものは「納期」なんです。お客様との約束を破らないことが大事だ、と。
平林:注文が殺到している状況では、尚更ですよね。
加納:今思い出しても恥ずかしくなるエピソードがあって。あの頃、18時くらいになると一度家に帰り、おにぎりを作って「みんなこれ食べて」と差し入れしていたんです。出された方はたまらないですよね。帰れなくなっちゃう。本当はみんな、早く帰りたかったんです。
一度帰って子どもにご飯を食べさせてから、職場に戻ってきてくれていたスタッフもいました。その時に色々ヒアリングしてわかったんですけど、残業代が子どもに食べさせるお惣菜代になっていたんです。17時に帰れたら、野菜を刻んでお肉を炒めて食べさせてあげられる。でも帰宅が19時過ぎになってしまうと、時間的に無理じゃないですか。
「こんなの私が思っていた生き方じゃありません」と泣きながら言われて。私もシングルマザーで、同じような苦労を味わってきたはずなのに、なんでそれを忘れてしまったんだろう、と後悔しました。いつの間にか、スタッフたちに昔の私と同じ思いをさせていたんです。「働いてくれている人たち」を絶対に大事にしないとダメだ、と強く思いましたね。
平林:「女性だから」と特別なことをしたわけではなく、一人ひとりの声を拾って改善につなげたのですね。
加納:スタッフの声をもとに、トップダウンではなくボトムアップを意識して、外部のアドバイザーにも入ってもらい、みんなで解決を目指しました。職場環境の改善には、1年もかからなかったですね。半年ほどで、状況は落ち着いていきました。
平林:そんなに早く。よほど本気で取り組まれたのですね。
加納:怖かったんです。だって、私は弱虫だから。スタッフたちの言葉を聞いて、今私がアクションを起こさないと、ここにいる人たちはみんないなくなってしまうと感じました。私の大好きなスタッフが、みんないなくなってしまう。会社もなくなってしまう。そう思ったら、本当に怖かった。
でも、改善途中でも何度もやり方を間違えました。最初はお母さんたちだけを残業なしにしたんです。そうしたら若い人たちの不満が爆発して。考え直して、今度は若い人たちから先に帰すようにしました。周りの人をケアすることで、自然とお母さんたちも帰りやすい空気感を作ることができたんです。
改善前は残業も休日出勤も多かったのですが、現在は土曜出勤がほとんどなくなり、有給も8割は取れる職場環境になりました。
平林:どこの会社も、まずは事業を成立させるためにがむしゃらにやりますからね。その後に、会社を支えてくれたスタッフたちのためを思って動けるかどうかで、うまくいくかどうかが分かれますよね。
加納:スタッフ全員が同じ気持ちにはならないので、実際はとても大変でした。中には、残業代を当てにしていた人も一定数いるので。だから副業を解禁したり、アート助成金制度を導入するなどの形でケアをしました。
「アート助成金制度」とは、美術館や映画・コンサートなど、アートの刺激になることに使ったお金を、会社が助成する制度です。
平林:いいですね。そのぶん、仕事に還元されますもんね。
加納:私たちの仕事はアートだと思っているので、助成金の支援によって120%のパフォーマンスが出せるなら、その方がいいと思ったんです。
平林:最後に、加納さんが人生で大事にしていることを教えてください。
加納:私は、愛があれば大抵のことはできると思っています。100は無理かもしれないけど、99はなんとかなる。LOVEなんて言葉は恥ずかしくて言いづらいけど、心の真ん中にいつも置いています。
好きなことを、好きな人たちと、好きなようにやる。それはお金には変えられない価値があるし、そこだけを間違えなければ、なんとかなるかな、と。
平林:自分の中の「好き」を大事に生きる、ということですね。素敵なお話をありがとうございました。
Editor's Note
自身の失敗談を包み隠さずお話される加納さんのお人柄に触れて、心が温かくなりました。良かれと思ってやっていたことが、実は相手には負担だった。そんな経験は、誰もが持っている苦い記憶でしょう。でも、そこで守りに入るのではなく、相手の声に耳を傾けられたからこそ、今の「KIGURUMI.BIZ株式会社」があるのだと感じました。
「好き」を原動力として歩み続ける加納さんの背中に勇気をもらえる人が、きっと大勢いらっしゃると思います。
MINORI YACHIYO
八千代 みのり