HOKKAIDO
北海道
「もし1ミリでもやりたいっていう気持ちが上回っているなら、やってみたらいい」
頭ではわかっていても、新しい挑戦には不安がつきもの。
何から始めればいいのか、自分にできるのかもわからない——。
そんなアナタへ、ある女性の挑戦にヒントがあります。
舞台は、北海道のほぼ中央に位置する北広島市。隣接する札幌市や空港のある千歳市へは、車で30分程度で行ける利便性のよい場所です。
この人口約56,000人のまち*が全国から注目されるようになったのは、2023年3月に「北海道ボールパークFビレッジ」が開業したことでした。
*北広島市役所公式HP人口(住民基本台帳)https://www.city.kitahiroshima.hokkaido.jp/hotnews/detail/00127308.html
約32ヘクタール、東京ドーム約6.8個分に相当する広大な敷地には、野球をはじめとする様々なスポーツ、エンターテイメント施設があり、宿泊やサウナ、温泉などもあります。
ボールパークFビレッジへの年間来場者数は、2年目には350万人を超えました。そのうち、野球観戦に訪れた人は207万人にのぼります。
数字だけを追うと、とてつもなく大きい人の流れを感じますが、野球のシーズンは3月から10月まで。試合時間も数時間と限定されます。広大な場所ゆえに施設が点在し、球場のとなりにある建物まで人が足を運んでくれない、店があることに気がついてくれないという悩みもありました。
今回ご紹介する「HUB HOKKAIDO SELECTSHOP(以下、HUB)」 は、この敷地内に出店した北広島市の観光協会が運営する特産品のセレクトショップです。
全国でも前例のない特殊な立地にオープンしたセレクトショップ。いったいどうやって悩みと向き合い、切り拓いていったのでしょうか。HUBの立ち上げから携わっている店長・表谷明美さんにお話を伺いました。
HUB HOKKAIDO SELECTSHOPは、野球場に隣接する商業施設THE LODGEの2階にあります。
約8坪の店内には、食品や雑貨、衣料品など幅広いジャンルの商品がところ狭しと並んでいます。オープン当初、立ち上げスタッフや、道内の地域おこし協力隊の皆さんと情報共有して、北海道中のいいものを探し出して集めました。
「これまで延べ900アイテムほど仕入れてきました。いま店頭にならんでいるのは300ほどです」(表谷さん)
店のキャッチコピーは「きたひろから旅をする」。
北広島市だけでなく、北海道各地の商品を手に取ってもらう、そうすることで、その商品が作られた場所や作った人に興味をもってもらい、できれば足を運んでいただきたい。そんな想いがこめられています。
北海道を代表するお土産や日本ハムファイターズ関連のお菓子を置いている一方で、他店にはあまりない珍しいグッズも並ぶHUB。人気No.1商品は、地元・北広島市でこだわりの燻製素材を使った料理を提供するレストラン「Smoke-Café燻」が製造する、無添加の燻製たまごです。
燻製たまごは、Smoke-Café燻・代表の荻窪さんがカフェの奥にある工房で150時間いぶして作っています。香りがよく程よい塩気は食欲をそそります。野球観戦など気軽に携帯できる便利な一品。
「私がいま着ているクマのキャラクターシリーズや、デザイナーさんの缶バッジ、ピンバッジなどの雑貨もよく売れています」(表谷さん)
表谷さんイチオシは、十勝中札内村に暮らす編集・デザインチーム「チームヤムヤム」が作った「あいうえおつまみシリーズ」の缶バッジと自由帳。北海道の人気おつまみをあいうえお順で説明しているイラストは、見ていてホッコリします。大人から子供にまで人気で、みなさん楽しみながら気になる缶バッジを選んで購入されるそうです。
チームヤムヤムのグッズの背景には、楽しみながら北海道を知ってもらいたいという想いがあります。たまたまHUBの前を通った人が、「かわいい!」と反応して買っていくことも多いそう。
これらの商品を店頭に揃え、ヒットさせる表谷さんの「さじかげん」は、これまでの多彩な仕事経験や感性によるところが大きいようです。
店長の表谷さんは、高校を卒業して土産物店に就職し、15年ほど販売業にたずさわりました。当時からお店づくりが大好きで、売り場を変えるために何時間も作業をしても苦にならなかったそうです。
「私が20代の頃は、商品の値段を伝えるプライスカードを書く人があまりいなかったので、『じゃあ、私がやります』と手をあげて、商品の魅力を伝える手書きPOPも書くようになりました」 (表谷さん)
独学で学んだPOPは好評で、講師として声がかかるまでになりました。
「販売業はすごく楽しかったです。正社員として何カ所かお土産屋で働いて、店長も経験しました」(表谷さん)
一方で、「時間や場所に制限されず、好きなことをとことんやってみたい」という想いが強くなっていきました。30代前半に正社員という安定を捨て、仕事を辞めます。
色彩やディスプレイを勉強し、POPも学びなおしました。学生時代ぶりに猛勉強をし、色彩検定1級を見事取得。その後、POP広告やVMD(※)の講師として、北海道の専門学校で教えながら、全国の企業研修でも教えるという忙しい日々を送りました。
(※)VMD…ビジュアルマーチャンダイジングの略。小売・流通業界において、視覚的に商品やサービスを魅力的にみせて顧客にアピールし購買につなげるための一連の戦略手法。
仕事でもプライベートでも、数々の挑戦をして人生を切り拓いてきた表谷さん。新しいことに挑戦するうえで、大切にしていることは何でしょうか。
「なんでしょうね、楽しいか楽しくないか…かな」(表谷さん)
30代前半までは履歴書の資格欄に、車の免許くらいしか書けるものがなかったという表谷さん。色彩検定1級に合格したことが自信になり、その後も様々なやりたいことに挑戦していきました。
やりたいと思うことがあったら、迷わず挑戦し続ける人生。これまで一度も決断をするうえで悩むことはなかったのでしょうか。
「仕事でもプライベートでも、何か挑戦したいことがあったとして、もし自分があきらめた事を他の人がやってたら、悔しいなって思うんですよ。そう思っちゃうくらいなら、やっちゃおう!って。
やりたいかどうしようか悩んでいる人がいたら、もし1ミリでもやりたいっていう気持ちが上回っているならやってみたらいいと思います。もしやってみて違うと思えば、戻ればいいんです。仮に資格をとったとしても、必ずしもそれを使う必要はないと思います」(表谷さん)
新型コロナのパンデミックが起こる前、10年ほど働いた講師業にひと区切りをつけた表谷さんは、その後、現場でもう一度働きたいと、スーパーの販促の仕事につきます。
スーパーで5年間働くうちに、観光の仕事にいつか戻りたいと思うように。そんな時、たまたまHUBのスタッフ募集を知りました。
ただ、求人内容をはじめて見た時は正直あまりピンとこなかったそうです。
「北海道ボールパークFビレッジが開業するのは何となく知っていましたが、いまと違って全然野球には興味がなかったので、気にとめませんでした。
HUBの求人を見つけたのは、ちょうど前職をやりきった感があった頃で転職を考えている時でした。新規で0から1にする『立ち上げ』が好きだから、とにかくスタッフの一員としてやれればいいなぁって、それだけで応募して。まさか自分が店長になるとは、全く思っていませんでした」(表谷さん)
HUBは2023年にオープンし、早くも2年目を迎えました。
「立ち上げは大変な部分もあったけれど楽しかった」と、立ち上げの時期を振り返る表谷さん。 立ち上げスタッフは全員販売の経験者でしたが、球場のとなりに店を出すという、これまでとは全然違う環境のため、「はじめは手さぐり状態だった」と言います。
「同期のスタッフや北広島市の地域おこし協力隊の円谷さん、観光協会の皆さんとも協力して、お互いに助け合いながら、毎日なんでこんなに笑うんだろうっていうくらい楽しく仕事してました」(表谷さん)
新しいことにとまどうこともありましたが、信頼できる仲間とともに、表谷さんは大変なことがあったとしても笑いにかえて。日々、「がんばっていこう」に変換し、力にしていきました。
チームの力で1年目を乗りこえ、2年目の「いま」があります。
1年間を通してみて、はじめてわかることも多くありました。お客様の傾向もその一つ。売り場のディスプレイにも役立てています。
「野球のシーズン中は、試合を見に来るお客様メインで売り場づくりをします。HUBの商品は、瓶・缶・ペットボトル以外はすべて球場内に持ち込めます。試合の時には、よく売れるおつまみを全面に出すなど工夫をしています」(表谷さん)
シーズン中でも、試合のある日とない日では売れ筋が違うので、こまめにディスプレイを変えるようにしているのだとか。オフシーズンには、品揃えから変えます。
「オフの時期は、どちらかというと野球に興味がないお客様がいらっしゃるので、雑貨などを中心にディスプレイしています。年間をとおしてシーズン、シーズンオフを意識した店作りをこころがけています」(表谷さん)
地元や道内から来てくださるリピーターのお客様も増え、顔なじみの方も出てきました。
道内のお客様が「野球のときに珍味を買ったら美味しかったから、また来たよ」と定期的にきてくれたり、地元のお客様がお酒を飲みによく来てくれたりするそう。また、なんと自宅から2時間半かけてお店に来てくださる方も。野球観戦中にHUBに立ち寄り、お店のファンになってからはシーズンが終わっても来てくださるそうです。
「HUBがここまで来られたのは、関わってくださった皆さまのおかげです。これからも『HUBがあって良かったね』って、たくさんの方に言ってもらえたら嬉しいです」(表谷さん)
さまざまな仕事経験をしてきた表谷さんですが、いまも「もっとアンテナをはらないといけない」と考えているといいます。
「経験年数はあるけれど、『全然できていない』といつも思っています。もっと売り場をよくしたい、もっと楽しく見やすくしたいです。たぶん一生思い続けるんじゃないかな」(表谷さん)
今後の目標は、HUBに来ることを第一目的とするお客様を増やすこと。
「これまでは、ボールパーク目当てでいらっしゃったお客様が『そこにHUBがあったから寄ってみた』となったらいいと思ってきました。いずれは、第一目的でHUBにいらっしゃるお客様を増やしていきたいです」(表谷さん)
もっとHUBをみなさんに知ってもらいたい。
その想いで、ショップロゴの入ったオリジナルミニトートバッグとステッカーを、デザイナーと作りました。
「HUBトートバッグを持ったお客様が、日常使いでまちを歩いてくださればPRになりますし、認知度アップにつながるかなと」(表谷さん)
ひととおりお話をうかがって、改めて店内を見渡しながら気がついたことがあります。それは、HUBの売場、イコール、表谷さん自身の豊かな人間性、情熱の集大成ではないかということ。
商品を通して、ワクワクする気持ち、おもしろがったり楽しんだり。時には作り手の想いを知って心を寄せてみたり。HUBにいると、まるで旅をした時と同じように五感をフルに使っている感覚があります。
表谷さんは、これまで自分の気持ちに忠実に「ワクワクするか。やってみたいか」という軸で、「挑戦」の積み重ねをしてきました。どんな状況であろうと、そこにできない理由はありませんでした。そして、大好きな現場であるHUBにたどりつきました。
ある時期から、「やりたい事を全部口に出して人に言うようにした」と言う表谷さん。「先生になりたい」と口に出していたら、講師の話がきたのは、まさに一例だそう。
まずは、恥ずかしがらず口に出していってみる。
自分の好きなことに諦めずアンテナを張りめぐらせてみる。
そうすれば、やりたい事の情報をいいタイミングでキャッチすることができる。いつか情報がつながる時が来る。しかし、いざ「やるぞ!」と決断するときは、もしかしたら孤独感がともなうかもしれません。
でも、大丈夫。その先には、志が同じ新しい仲間がきっとアナタを待っているはず。
いつかの「挑戦の日」のために、まずは表谷さんのように口に出すことからはじめてみませんか。
2年目のいまも楽しく仕事をしているという表谷さん。
仲間とともに、これからもお客様がワクワクする売場づくりに挑戦していきます。
Editor's Note
「HUBに働きに来るたびに感動しています。こんな素晴らしい場所で働かせてもらえて幸せです」という表谷さん。千歳空港から札幌へ行く途中、ふらっと下車して訪れてみてはいかがでしょうか。HUBスタッフの皆さんが北海道旅先案内人として皆さんをお待ちしています。
Keiko Saito
齊藤 恵子