FUKUSHIMA
福島
「ひし茶」。ほんのり甘く、ほのかに穀物の香り。とても飲みやすい、やさしい味です。
「菱(ひし)」は、池や湖に自生する水草で、非常に硬く、鋭いトゲを持つ実をつけます。繁殖力が強く、猪苗代湖では毎年大量に繁茂するため、秋以降に刈り取らず放置すると枯れて腐敗し、水質汚濁や景観悪化につながることから、長年課題とされてきました。
株式会社いなびし代表取締役の長友海夢さんは、この菱をわずか2、3年という短い時間で新たな地域資源「ひし茶」へと変えたのでした。長友さんはその功績により、第9回ふくしま産業賞銀賞、ふくしまベンチャーアワード2022優秀賞といった数々の賞を受賞し、2年前には猪苗代町議会議員にも当選。今や時の人とも言える存在です。
ですが、地域おこし協力隊として猪苗代に移住してきたとき、長友さんが持っていたのは、「猪苗代のために役立ちたい」という思いだけでした。
この記事は、地域での起業を考えながらも、一歩を踏み出せないでいるアナタに贈る一編です。

長友さんと猪苗代とのご縁は、幼い頃から始まります。
「競技スキーを小さい頃からやっていて、その練習拠点が磐梯山のスキー場でした。練習のために会津若松の小学校に転校してきた時期もありました。冬はスキー、夏は猪苗代湖でウィンドサーフィンを楽しんでいました。
自分の中では、第二の故郷と呼べるほど思い入れが強く、自分のライフスタイルにすごく合っている場所だと昔から感じていました」
大学進学、就職と猪苗代から離れた長友さんでしたが、猪苗代との運命的な再会を果たします。
「就職先の仕事は営業をしていました。夜遅くまで、上司にイヤホンで営業トークを聞かれながら、ひたすら一般家庭を訪問する毎日。『このお客さまは本当にこの商品を必要としているのだろうか』『会社の利益だけを考えた営業なのではないだろうか』と、自問自答していました」
しかし、この営業での経験が長友さんの大きな転換点となりました。
「ビジネスをするなら、自分で何か良い価値を生み出してみたい。それを世の中に提供し、何か良い影響を地域に与えたい、と考えるようになりました。ちょうどその頃、猪苗代で地域おこし協力隊の募集があることを知ったんです」
小さい頃から、遊び、慣れ親しんだ猪苗代。長友さんは、地域おこし協力隊の制度を利用し、移住することを決めました。

地域おこし協力隊に着任した当時のことを「何も持っていなかった」と長友さんは振り返ります。
「あの時はスキルもない、実績もない、お金もない状態でした。商品開発のノウハウもなく、本当に初歩の初歩から始めていきました」
ですが、長友さんは猪苗代の役に立ちたいという熱い思いを持っていました。
前職で「自分で何か良い価値を生み出し、何か良い影響を地域に与えたい」と気づいた長友さんの心からの思い。この思いが長友さんのこれからを生み出していきます。
「協力隊の任期3年以内に起業するという目標がありました。その時点で、具体的な事業プランはありませんでしたが、地域資源や地域の課題を見つけ、事業に結び付けたいと考えていました。活動の出口は起業と決めたものの、3年間という短い期間なので、スピード感を持たないと間に合わないと感じていました」

長友さんが、事業が軌道に乗るまでに何よりも大事にしていたことは「まず行動すること」です。
ひし茶につながるまでに、いろいろと試行錯誤をしたという長友さん。
「正直、自信があったわけではないんです。むしろ『最初からうまくいくわけない』くらいの感覚で、ひし茶につながるまでにも実はいろいろ試していて。試行錯誤する中で、結果につながったのがひし茶の事業だったんです」
まずは菱の実のおつまみを作ろうと思ったと話します。
「猪苗代湖では水環境保全が大きな問題となっており、長年大量発生する菱の処分が課題でした。一方で、地元でもごく一部の人は食べられることを知っていました。
最初は自治体の支援制度で提供された10万円を資金に、一人で進めていきました。やってみるものの、とにかく菱の実の殻を剥くのが想像を絶するほど大変で、なかなか事業ベースに乗らず苦戦しましたね」
しかし、そこで長友さんは諦めませんでした。「殻ごと使えば、剥く作業がなくなって楽になるのでは」という逆転の発想で、殻(皮)の活用方法を調べます。外皮にアンチエイジングや、血糖値の抑制になる成分があることを知り、殻ごと使う方針に変更しました。
長友さんはピンチをチャンスへと変えたのでした。

次に思いついたのは、菱を使ったお酒造りです。
「お酒が好きなので、お酒とか作れたら面白いのではと思いました。ですが当時は、コロナ禍の真っ只中。酒蔵さんに協力をお願いできるような状況ではなく、断念しました。製造工程の一部を外部に依頼することを考えると、乾燥、粉砕、焙煎、包装工程など、お茶であれば現実的に可能でした」
殻ごと使え、外部に依頼しながらも製造できるもの。いきついた商品が「ひし茶」でした。
「正直なところうまくいくかは不安でした。しかし10万円という少額で行った挑戦で、リスクとしては小さい。うまくいかなかったとしても、まだ挽回ができるはずだと信じていました」
ひし茶づくりでは、乾燥条件を間違え失敗につながってしまったこともあったそうです。ミスがあっても、走り続けることが今のキャリアにつながったと言います。
「条件を間違え、頑張って収穫した菱の実の8割が使えなくなってしまったこともありました。実が採取できるのは1年のうち、1か月ほどしかないんです。残った分で何とかするしかない。
始めた当初は初歩的なミスもたくさんあった。でも手を止めずに、勢いを止めずに作っていきました。ダメだったらすぐ次、次、と小さいタスクを高速に回すような感覚で進めていました」

長年厄介者で地域の課題だった「菱」を「ひし茶」という新たな地域資源に変えた長友さん。菱の可能性に気づき、自ら行動を起こし、地域の課題を自分の資源へと変え、事業化を成し遂げたのです。
長友さんは、地域の課題を必ずしもネガティブな側面だけで捉えてはいません。
「課題が大きければ大きいほど、関係人口もたくさんいます。それは、多くの支援者や協力者を得やすいということでもあります」
長友さんの成功の背景には、課題の大きさだけでなく、猪苗代湖を中心とした地域全体の価値を統合的に捉える広い視点がありました。
「ひし茶事業は猪苗代湖の『水』を起点に始まっています。ここまで進めてきた中で、歴史的な背景なども含め、全てがマッチングされてきた感覚があります。
湖の水を飲料水として利用しているエリアもあるので、水は大事な生活資源であり、観光客も多い土地柄、観光資源としても水は大切です」
自分のやりたいことが地域のニーズに応えられているのか、長友さんは問い続けていました。地域の中で活動するためには、ひとりよがりはいけません。しかし、そこに自分もいなければなりません。

「自分のやりたいことを周囲から求められる形にデザインしていくことが必要です。周囲から求められていることと、自分がやろうとしていることが合っているかは、周囲の人たちの反応を見れば確認できます。合っていれば、周囲の人たちは自然と協力してくれる。そのためにも、地域のことを本当によく知る『地域オタク』になれるといいですね」
長友さんにとって 「自分のやりたいこと」とは「自分の経験に基づいて生まれたビジョン」のようなものです。
「地域での活動を続けてこられたのは、自分が好きだった飲食店や施設がなくなったら嫌だ、が原点のように思います。ちゃんと人が来て、外貨が地域に落ちて、後継者やプレイヤーがいる状態にしていきたい。地域全体の底上げをしたいと考えています」
目先の利益だけでなく、地域全体の向上を見据えて行動し続ける長友さんは、オフも全力で楽しむ理想的なライフスタイルを送っています。
「最近は仕事が趣味みたいな感じにもなりつつありますが、ときには町内で友達が運営するゲストハウスで夜に焚き火してお酒を飲んで過ごすこともあります」

起業当初に実施したクラウドファンディングでは、猪苗代湖周辺の個人や団体、中小企業を中心に、温かな支援が集まりました。その後も地元のNPO法人と連携し、高校生たちと猪苗代湖を舞台にした学びのプログラムを行うなど、長友さんの活動には、立場や世代を超えた人の輪が生まれています。
企業から高校生まで、自然と仲間が集まってくるように見えるその背景には、どんな工夫があるのでしょうか。
「僕自身は本当は、誰にでも社交的に話しかけられるタイプではないんです。なので積極的にこちらから『仲間になれるなら誰とでも』といった感じではやってはいなくて。私たちの取り組みに必要なスキルをお持ちの方というのはもちろんですが、それだけではなく、関わってくださる方にもメリットがあるような関係性が理想だなと感じます」
“周囲を巻き込む力”の具体的な事例として、こんな話もしてくれました。
「菱に詳しい先生が西九州大学にいると知り、特に面識などはなかったのですが、思い切って大学に連絡してみました。すると安田みどり教授につないでいただけて。菱に興味を持つ人は少ないからと、安田先生はとても喜んでくださって、本当に多くのことを教えていただきました」
一方で長友さんは、地域で活動するからこそ、信頼関係を丁寧に育てていくことの大切さも実感していると話してくれました。過去の経験から、地域では小さな行き違いが大きな影響を及ぼすことがあると学んだそうです。
「新しいことをやろうとすると、どうしても周りも不安になります。こっちも初めてのことばかりで、先が見えない。そんな中で、説明不足や段取りの甘さがあると、簡単に誤解を生んでしまうんですよね。一度敵をつくってしまうと、地域では本当に動きづらくなる。これは実際にやってみて、身をもって学びました」

「菱の実も地域課題を解決するためのひとつの手段にすぎません。地域全体の活性があくまでも活動の目的です。
猪苗代という地域全体のまちおこしが行動のベースにあって、いろんな地域課題がある中で、その一つとして猪苗代湖の存在がありました。自分自身も、蕎麦であったり、ワークショップの開催など複数の活動を続けています」
この「地域全体の活性」という目的達成のために手段に固執する必要はありません。ひとつの手段に拘らず、何かあれば方向を見直していく姿勢が重要だと長友さんは語ります。

また、第三者からのアドバイスも事業に活かしながら、自分軸を忘れないことの大切さを長友さんは強調します。
「『事業としては厳しいんじゃないか』『そんな雑草みたいなもの使ってどうするの』といった厳しい声を鵜呑みにしていたら、今の自分はありません。一方で、たくさんの方からアドバイスをいただきました。その中には、すぐに腑に落ちるものもあれば、当時はピンとこなかったものもあります。
新しいことに挑戦する際には、自分のやろうとしていることに近い分野の専門家の意見を取り入れつつ、さまざまな分野の視点を持つこと、その上で、自分の思いを曲げずに、冷静に情報を取捨選択していくことが大切だと感じます」
批判やアドバイスに流されることなく、情報を整理しながら、自身が最後に判断を下す。「地域のために役立ちたい」という思いが、行動の源であるだけでなく、意思決定を支えるものだということを、長友さんは教えてくれています。

「何もなかった僕でもできたんです」と、長友さんは繰り返します。
長友さんは、「若者のために、まず自分でもできることを見せて、若者が取り組みやすい土壌を作りたい」と強く望んでいます。
地域課題を解決し、まちおこしをすること。そのための、土壌を作ること。
菱の事業化に取り組み、さまざまな評価を受け、町議会議員という立場になった今も、その姿勢は変わりません。立場が変わるにつれ、周囲との関わり方に変化を感じることはあっても、目線は常に地域に向けられています。
5年前、長友さんは「何者でもない」存在でした。どんな偉人も、誰もが始めは「何者でもない」のです。
完璧な準備はいりません。「地域のために役立ちたい」その思いがあれば、課題や失敗も貴重な資源やチャンスに変え、前に進んでいくことができます。
長友さんが歩んだ軌跡が、迷ったときに背中を押すヒントになるはずです。
<長友さんの活動の様子はこちらから>
猪苗代湖産ひし茶
・Instagram:@inabishi_fukushima_inawashiro
・Facebook:猪苗代湖産ひし茶(いなびし)
・X(旧Twitter):@inabishi_17846
空き家を活用した集落支援事業
・Instagram:@ryokatei_inawashiro
観音寺川の桜並木を守る保勝会プロジェクト
・Instagram:@kannonji_sakura_aizu
Editor's Note
猪苗代に移住してからたった5年で大きく変わった長友さん。現在も古民家再生への取り組みや町議会議員としてのまちづくりなど、活動領域はどんどん広がっています。この記事を執筆しながら、すでにもっと長友さんのことを知りたいと感じています。これからも長友さんの活動、要チェックです。
RINTARO MATSUOKA
松岡 林太郎