TOKYO
東京
地域で店を開き、人が集まる場をつくりたい。
そんな思いを抱いたとき、まず考えるのは空間やメニューに込める自分の理想やこだわりかもしれません。けれど、地域で店を続けていくうえで、大切なのはそれだけなのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、東京の離島・伊豆大島で『喫茶酒場なべきち』を営む渡辺さん。
「どのようなお店って聞かれて、一言で表せられないお店だなと思ってるんです。元町港から一番近いお店なので、観光の方も島民の方もいらっしゃる。そこの交流の場として使ってもらえたら、という思いがあります 」
『なべきち』があるのは、島の玄関口のひとつである元町港の近く。 観光客や島民、移住者などが訪れる飲食店。月に一度、交流会も開かれています。
「料理に関しては、自分のやりたいことと立地条件と、バランスを取りながらやっています」
自分のやりたいことと、場所に合う形。その間で、渡辺さんはどのように『なべきち』を育ててきたのでしょうか。

伊豆大島は、東京から船で最短2時間ほどでアクセスできる離島。自然や海に囲まれ、観光や釣りを目的に訪れる人も少なくありません。

渡辺さんにとって、伊豆大島は最初から店を開くと決めていた場所ではありませんでした。
「もともと釣具屋に勤務していて、その頃に伊豆大島や西伊豆によく来ていました。釣りをするために遊びに来ていたことが、一番大きなきっかけです」
釣った魚を自分で捌き、料理する。それを重ねるうちに、料理への関心が広がっていきました。
「自分で魚を釣ったら捌き、料理もする。そういうことを重ねるうちに、あれもやりたい、これもやりたいと広がってきて。じゃあ、せっかくだし飲食店をやってみようかなと思い始めたんです」
料理の原点には、小学校の家庭科の授業でリンゴの皮をむいた記憶もあるといいます。素材に触れ、手を動かしながら工夫する楽しさは、今の『なべきち』にも通じているように感じられました。
飲食店を開くことを考え始めた渡辺さんは、その後2年間にわたって懐石料理を学びます。
「誰かのもとで働くというより、自分で店を開きたいという目標がありました。釣りもしたいし、店も開きたい。伊豆大島だったらどちらも叶うかなと思って移住しました」
とはいえ、伊豆大島でなければならないという強いこだわりがあったわけではありません。
「半年で物件が見つからなければ、他の場所を考えようみたいな。ここじゃなきゃいけないという強い意志はなくて、ここで見つかったらラッキーだなみたいな気持ちでした」

開業を考える上では、年齢の区切りもありました。
「30歳までにまずやってみよう。失敗しても、そこからだったら2回目、他のこともできるだろう。そう考えて、30歳に節目のラインを引きました。
その時は27歳だったので、30歳までの3年間で開業するにはどうすればいいかを考えました。2年間料理を学び、残りの1年で物件を探せばギリギリ間に合う。
そんなざっくりしたプランを立てて、その通りに進めてきました」
釣りもしたい。店も開きたい。30歳までにまずやってみたい。渡辺さんは、自分の興味と現実的な見通しを重ねながら、伊豆大島での開業に向かっていきました。
そうして開業した『なべきち』は、元町港近くで観光客や島の人たちを迎えています。。けれど、渡辺さんが当初思い描いていたのは、今とは少し違う店の形でした。
「懐石料理を学んでいたので、最初はカウンター席のお店をやりたかったんです。時間がかかっても、一つひとつ丁寧に料理を出していく。最初に思い描いていたのは、そういうお店でした」
けれど、半年ほどで見つかった物件は、元町港の近くにある喫茶店の居抜き物件。
「立地的に、観光の方とかいろんな方が多く来店できるようなお店づくりの方が合っていると思い、そっちに寄せていきました。
喫茶店の居抜きで、内装も外装も特にいじっていない状態なんですよ。キッチンは喫茶店のものなので、ほぼ家庭のキッチンです。本格的に料理するにはちょっと設備が足りないかな、という状態でした」
そこで、渡辺さんは、今ある条件の中でできる形を考えました。
「もともとある形を生かして、どうすれば低コストでよくなるかを、1カ月以上考えていました」

現在の『なべきち』は、ハワイアンな雰囲気が感じられます。
「大島とハワイ島が姉妹島で結ばれているんです。そういったところも広めていきたいと思ってハワイテイストに寄せてお店づくりを進めています」
その中で生まれたメニューのひとつが、『ハワイアンべっこう丼』でした。
「ハワイの料理ってなんだろうと思って調べていたら、伊豆大島の郷土料理のべっこう丼が魚のピリ辛の漬けなので、ポキ丼と相性いいかなと思って、試行錯誤して作りました」
ただ、ハワイアンメニューを何品も増やすことはしませんでした。
「ハワイのイメージに合わせて肉を焼いたり、ガーリックシュリンプを作ったりしようとすると、コンロを占領してしまい、他の料理に手が回らなくなってしまう。
だから、最初はハワイっぽいメニューが一品あるだけでもいいかなと考えて、今の設備でも簡単にできるところから始めました」

一方で貸し切りの場では、自分のやりたいことにも挑戦しています。
「貸し切りの時は自分が作りたいものを作らせてもらって、通常メニューに入れられないようなものを出したりしています。
基本一人で料理するので、懐石料理のように小分けにして出すのは、人数が多いとどうしてもできないので、そこも考慮しつつやっています。
毎年予約してくださる方には、がっつり懐石っぽくしたり、フランス料理を食べに行って、やりたいなと思ったものを取り入れたり。毎年飽きないようにメニューを考えています」
理想を押し通すのでもなく、すべて手放すのでもなく、その場に合う形で実現していく。『なべきち』の店づくりには、渡辺さんのしなやかな姿勢が表れています。
『なべきち』は、モーニング、喫茶、夜の酒場という3つの時間帯で営業しています。けれど、それは最初から明確な戦略があったわけではありません。
「1年目は、伊豆大島のお客様の来店や、観光の方の流れが全く分からなかったんです。
だから、どこで売上が立つか、簡単なデータが欲しくて、とりあえず1年間はなるべく朝昼晩やるようにしました」

実際に店を開けてみることで、島ならではの波が見えてきました。
「繁忙期、閑散期が明らかに出ていました。大型船が来る日やゴールデンウィーク、夏休みとかはモーニングをやった方がいい。朝は競合店舗が少ないので、そこで売上を立てた方がいいなと思いました」
一年を通して昼は食事をする人が多い。一方で、夜は繁忙期と閑散期で大きく変わります。
「夜に関しては、繁忙期はもちろんちゃんとやるんですけど、閑散期は正直、夜ゼロのことも多かったりします。
入口を開けてても、車何台通ったかな、何人歩いたかな、みたいな。閑散期はそんな感じになったりもするので」
人が来ない時間に店を開け続ければ、体力も気持ちも削られていきます。
「時間を割くんだったら、はっきり自分の時間でした方がいいな思って、休むことにしました。そこは他とは違って、離島の観光地の休み方でいいかなと割り切っています」
繁忙期にしっかり働き、その分、閑散期に休む。
もともとバスケをしていた渡辺さんは、島でも社会人バスケチームに入り、活動日に店を休みにすることもあります。
「夏に関しては3カ月、ほぼ朝昼晩で毎日店をやる感じなので、働きすぎにはなるんですけど、その分ほかで休む。そうやって年間を通してバランスを取り、一般の社会人と同じくらいの休暇日数を確保できるようには頑張っています。
繁忙期と閑散期の波が激しいので、常に100%で準備して、100%の気持ちで続けていたら、正直、心が折れると思います」
朝昼晩実際にやってみて、人の流れを知る。
渡辺さんは、島の波に合わせながら、続けるリズムを見つけていきました。
『なべきち』が地域の中で続いてきた背景には、開業前の物件探しから続く人とのつながりがありました。
「元町エリアがいいなとは思っていました。でも、絶対にそこじゃなきゃいけないというよりは、元町を基準にしつつ、条件が良ければ他の場所でもいいかなというくらいで、幅広く探しました」
物件の探し方は、不動産情報を見るだけではありません。
「お店に行って、お客さんや店主の方に、お店をやりたいけど物件ないですかっていうのを、初めのうちはずっといろんなところに顔を出して相談していました。
人と話せるところにはなるべく行って。飲食店とか、島の方が集まりやすい飲食店には特に頻繁に顔を出していました」
島では、インターネットには出てこない情報が、人づてに伝わることもあります。
「昔ながらの情報コミュニティがあるので。
上の方に話を聞くと、『誰々さんちが家を売りたいとか言ってたよね』とか、『空き物件が誰々さんちにあるからちょっと聞いてみようか』とか、知らない情報をかなり持っていたり。すごく協力してもらいました。
とりあえずいろんな人に自分がこうしたい、ああしたいを伝えることです。
『誰々さんが探してたよ』っていうところから、『見つかったよ』っていうのもわりかしあるので」
店を開いたあとも、人とのつながりは渡辺さんにとって大切なテーマになっていきます。
「お店を開けるまでに半年しか島にいなかったので、島の人たちとのつながりがまだ少なかったんです。
お店を開いた後はどうしても自分が動ける時間が減ってしまい、自分から足を運んでつながりを広げていくのは難しくなりました」
だからこそ、自分の店を人が集まる場所にしようと考えました。
「であれば、交流会などの集まりを企画して、それをきっかけに他の方がお店に来店して、そこでどんどんつながっていった方がいいなと考えました。

自分自身、島の人たちと知り合えるような交流の場を探し求めて動いていたので、他の方にとっても、つながりをつくるきっかけになるかなと思って」
そうして始めたのが、月に一度の交流会でした。
「最初は6人ぐらいしかいなかったんですけど、2回目、3回目と回数を経るごとに10人とか、最大で20人ちょっと集まりました」
人数が増えると、ほかの店舗を会場にすることもありました。
参加者の中に飲食店を営む人がいれば、「次はお願いできませんか」と声をかけることもあったといいます。

島で店を続けるいいところを尋ねると、渡辺さんは始めやすさを挙げました。
「お店目線で言うと、固定費が少ない。今のお店の規模だからっていうのもあるんですけど、一人でやれる想定でお店づくりをしたので、人件費がほぼほぼかからない。
都内だったら、売上をこれぐらい達成しないとすぐ赤字になっちゃう、みたいなところが、大島だと、売上これぐらいだけどギリギリ生活できるしいいか、みたいな。そういう気持ちが持てるのがいいところかなと」
そしてもうひとつ、渡辺さんが話してくれたのは、人に頼れる環境でした。
「やりたいことを始めやすいって思うので、何かやりたかったら他の人にちょっと相談すれば、じゃあその人に相談して始めてみれば、みたいな。教えてくれる人が基本的にはどこかしらにいるので。
人に甘える、甘えられる性格であれば、すごいのびのびと生活できるんじゃないかなと思います」
島で事業を続けていく上で大事だったことは何か。
最後にそう尋ねると、渡辺さんは迷わずこう答えてくれました。
「コミュニケーションが一番。自分が助けられたところがほとんどそれなので。
人とのつながりっていうのは、実家に住んでいた頃にはなかったので、そこは大事にしたいなと思っています」
やりたいことを、最初から完璧な形で始めなくてもいい。
人に話し、人に頼り、地域の中でできる形を探していく。
その積み重ねの中で、『なべきち』は、渡辺さん自身の店でありながら、島の人たちが出会う場にもなっていきました。
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Editor's Note
地域で場をつくるには、思いだけでなく、土地を観察し、仮説を立て、試しながら調整する柔軟さも必要なのだと感じました。人が出会い、関係が生まれる場づくりを考えるうえで、多くの学びがありました。
AYA HIRATA
Aya