ものづくり
日本が誇る伝統工芸品は、地域特有の気候風土や地形を活かして生まれた、長く使われる質が高いモノ。バブル期以降、そうしたものづくり産業は低価格の海外製品や大量生産大量消費のマーケットスタイルに取って代わられた。
しかし、ビジネスや暮らしなど、あらゆるモノコトにおいて持続可能かどうかが社会全体で問われている今、100年以上継承されてきた伝統工芸の在り方に学ぶことは多いはずだ。
丹後ちりめんで有名な織物の産地、京都・丹後で生まれたテキスタイルブランド「KUSKA(クスカ)」は、ネクタイの販売を中心に全国の百貨店やセレクトショップ、海外の有名店での取り扱い、他ブランドとのコラボレーションによる新商品展開など、従来の発想にとらわれない新たな観点でマーケットを開拓。伝統工芸業界に次々と話題を生み出していった。
廃業寸前だったブランドの再興に成功した代表・楠泰彦さんが行った革新と、その背景にあった試行錯誤とはーー。
300年以上の歴史がある丹後ちりめん。
京都北部に位置する丹後半島は日本海に面し、秋から冬にかけて雪や雨を伴う季節風が吹く。適度な湿度や良質な水がもたらされることで糸が切れにくく、強い撚り(より)をかけられるため、美しい生地(特に染める前の着物生地である絹製の白生地)の生産地として栄えた。
現在も日本の絹織物の約60%が、ここ丹後で作られている。しかし、1972年以降は和装の機会が激減したことで生地の需要も減り、1,000万反作られていた絹織物は2019年には3%(30万反)、コロナ禍により1.5%の生産量にまで落ち込んだという。
1936年に丹後で創業した機屋「クスカ株式会社」の次男として生まれた楠さん。大学卒業後は東京の建設会社に勤務しながら、趣味で始めたサーフィンにハマり世界中を旅するほどに。
ある時、丹後の海がサーフィンに適していると知り帰省してみたところ、絹織物のマーケット縮小に影響を受けた会社の厳しい状況を目の当たりにした。そこで、「サーフィンをしながら家業を継ごう」と決意。
2008年に代表へ就任して以降、丹後に残るものづくりの姿勢と美意識を伝えるブランドへと舵を取り、主に二つの改革を行っていったという。
「丹後の織物は元来、皇族や貴族、神社仏閣に献上されていた最高級のもの。それを流行に沿って大量に作っても、コスト競争で中国に勝てないことは明らかでした。安い価格で売れば、安い賃金で働いてもらうことになる。丹後の織物職人は平均65歳と高齢化しているのに、そんな労働環境ではますます担い手の確保が難しくなると思いました。
ならば、丹後の職人にしかできない独自性を追求しようと、それまで使っていた機械織り機を全て鉄くずとして処分し、作り手の想いが伝わる “手織り” に思い切ってフォーカスしたんです」
手織りの場合、機械織りに比べると圧倒的に生産時間がかかり、1人の職人が1日に作れるネクタイはたったの3本。しかし、楠さんは効率性以外で生まれるメリットに目をつけた。
素材にストレスをかけることなく仕上げられ、空気を含んだ優しい風合いに仕上がる手織り。機械には表現できない織り柄を研究し、染色や加工などのすべての工程を丹後で行い生産する「オールメイドイン丹後」にすることで、唯一無二のプロダクトを作っていったのだ。
「これまでは、白生地を織ったら京都の問屋に、問屋が染め問屋に、染め問屋が小売問屋に、小売問屋が地方問屋に、と様々な流通業者や小売店を通してやっとユーザーに商品が届く仕組みでした。
つまり、コストがかかるうえ、自分たちの商品がどこで流通しているかも把握できない、生産者として伝えたいことも伝えられないという状況。そこで、既存の流通をDtoCに変えることでコストを抑え、お客様に私たちのものづくりをブランドとして認知してもらうためにKUSKAを立ち上げました」
主力商品をネクタイに絞り、1本13,000〜16,000円という高級かつ上質な商品を作ることで、決して広くはないターゲットに「KUSKA」を訴求した。とはいえ、はじめはバイヤーに見向きもされず苦労続き。素材を研究したり、織り方を変えてみたりと、独自性を追求するべく数え切れないほどの商品改良と営業を繰り返した。
すると、2012年あたりから伊勢丹や高島屋をはじめとする全国の百貨店、ユナイテッドアローズなどのセレクトショップから声がかかり始め、取り扱いが開始。国内の認知が広がりを見せると、イタリアのフィレンツェで毎年2回開催される、世界最大級のメンズ服飾展示会「PITTI IMMAGINE UOMO」に2017年から3年連続、計6回出展。
また、英国王室御用達と言われるロンドンのサヴィルロー(Savile Row)にある紳士服店「HUNTSMAN」との取引もスタートさせるなど、積極的な海外展開も行った。
「機能性や実用性でなく、クオリティ、美しさが評価された結果だと思います。ユーザー層は20代後半から30代のビジネスマンが中心。ネクタイ自体の需要は、クールビズやリモートワーク化によって減ってきていますが、私たちが作っているのは、義務的にするものでなく “気持ちを上げる” ドレスアイテムとしてのネクタイなので、幸いにも売り上げが大幅に下がることはありませんでした」
近年では、ネクタイだけでなく「裂き織り」という伝統技術で作るスニーカーや、手織りマフラーなど商品の幅を拡大中の「KUSKA」。どの商品も職人の手でしか作ることができないモノにこだわっている。
「スニーカーで用いている裂き織りは、江戸時代中期から伝わる伝統技術で、擦り切れたり汚れたりして着用できなくなった布をもう一度ほどき、それを1cm程度に裂いて、職人が丁寧に織りこんでいくことで完成します。最後まで大切に使うという、日本人の精神性から生まれた織物ですね。
また、うちの会社で担えない工程に関しても、同じ “手作り” に共感・実践している会社や職人の技術を組み合わせて新しいモノを制作し、全行程をオンラインサイトで公開しています」
伝統工芸品はある側面から見たら、衰退の一途を辿る非効率的なモノかもしれない。しかし見方を変えれば、その地域、その人、その歴史にしか生み出せない新しいクリエーションのヒントが詰まっているということを、楠さんは証明した。
昨年9月には東京・日比谷に「KUSKA」直営店がオープン。全てのラインナップに加え、職人が使う手織り機を見ることができるので、ぜひ足を運んでみては。
〒100-0011 東京都千代田区内幸町1丁目 7-1 日比谷 OKUROJI H03(Google map)
tel. /03-6205-7822
mail/info@kuska.jp
Information
場所に縛られずに、 オモシロい地域や人と もっと深くつながりたいーー。
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Editor's Note
伝統工芸というと担い手の不足や、生産効率の低さが話題になりがちですが、職人の技術を生かしてそのなかでできることを最大限行うのは、その現場で働く人にとってもウェルビーイングなビジネスのあり方だと思いました。
SAWAKO MOTEGI
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