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LOCAL LETTER

一脚の椅子から、まちの風景は変わり始める。居場所を編み直す、はじめの一歩

MAY. 11

SHIZUOKA

拝啓、地域で「何かやりたい」という思いはあるけれど、一歩が踏み出せないアナタへ

地元に愛着がある。

地元で何かやりたい。
でも、周りにどうみられるかが気になる。
行政や商店街にどう関わればいいか分からない。

そんな風に足踏みしてしまうアナタに、知っていただきたい方がいます。

静岡県沼津市で八百屋「REFS(レフズ)」や、公共空間・遊休不動産を活用するまちづくり会社「lanescape(レーンスケープ)」を営む小松浩二さん。

今では公民連携のプロジェクトにも関わる存在ですが、はじまりは、たった一つの机と椅子でした。

小松さんがどうやって小さな一歩を踏み出し、まちの風景を変えていったのか。すぐに結果を出そうと焦る私たちの背中をそっと押してくれる、時間を耕す生き方のヒントをお届けします。

小松浩二氏 REFS 代表代表取締役 / 一般社団法人lanescape 代表理事 / 1979年沼津市生まれ。大学を休学しユーラシア大陸を横断した時、「食と場の力」の面白さを実感しライフワークにすることを決める。食品会社勤務を経て2009年にUターンをし沼津で産直八百屋を創業。2017年にlanescapeを設立し、宿泊業やシェアキッチン運営、河川敷管理など公民連携の取り組みに携わる。

「縦割り」にしない生き方。食もまちも、すべては“有機的”につながっている

小松さんは、複数の事業を手掛けています。

静岡県沼津市と熱海市で、有機野菜を扱う八百屋「REFS(レフズ)」。公共空間や遊休不動産を活用するまちづくりの『lanescape(レーンスケープ)』。そして、新たに立ち上げたエリアマネジメントの会社。

あげつち商店街に佇む「REFS」。ガラス張りの外観が目を引く。

食と不動産と公共空間。
一見すると、それぞれ別の世界のようにも見えます。

けれど小松さんは、こう言います。

「自分の中では、動き方は一緒なんです。

REFS(レフズ)では有機的な野菜を扱っているんですけど、有機的な都市とまちとの関係みたいな感じで、いろいろなことがつながっているなと思っていて。

例えば、沼津に観光に来て宿に泊まった方が、まちをどう楽しむか。地元の食材を使った美味しいお店を紹介したら、そこではうちの野菜を使ってくれている。翌日に『畑体験がしたい』と思ったらREFSがある。

事業を縦割りにするのではなく、そうやって色々なことが有機的につながっていくことで、地域が面白くなっていくと思うんです」

“有機的”という言葉が、小松さんの考え方をよく表しているように感じました。

事業ごとに切り分けて考えるのではなく、人と人、場と場、食と空間がゆるやかにつながり、影響し合っていく状態をつくること。

それぞれの点が自然につながるように、流れをつくる。囲い込むのではなく、循環させる。

「縦割りにせず、有機的に」

事業の数の多さよりも、その一貫した動き方こそが、小松さんの軸なのかもしれません。

孤独な一人旅で見つけた、「日常」という名の風景


活動の原点をたずねると、小松さんは少し遠くを見るように話してくれました。

「21歳のとき、大学を休学して、ユーラシア大陸をひとりで旅しました。何も予定を決めずに。自分の行動だけで毎日がきまっていくんです」

行く先を流れに任せる自由な旅は、孤独でもあったといいます。

そんなある日、ギリシャで見た光景に目を奪われたそう。

「旅人や地元の方との交流を楽しみつつも、ひとり旅をしていると、ふと孤独を感じる時もありました。そんな時に、ギリシャでレストランの前を通ったら、家族や友だちが美味しそうに食事している姿を見て、この風景いいなと思って」

外に置かれたテーブル。
笑い声。
ゆったり流れる時間。
特別な観光地ではなく、ありふれた日常の風景。

「すごく憧れたんですよね。ファニチャーが外にある風景や、そこに友だちや家族が集まる姿がいいなって」

外に置かれた場所に人が集まり、同じ時間を共有している。その空気に、強く惹かれたといいます。

狩野川を望む机と椅子。ギリシャで見た「外にファニチャーがある風景」への憧れが原点に。

「そういえば」と思い出したように続けます。

「大学時代から、自然と机や椅子を外に出していましたね。アイスを持って、外で過ごしたり」

それは、ギリシャの風景にどこかつながっているのかもしれません。

かつて風景に憧れた小松さんは、やがて沼津のまちで、自ら「風景をつくる側」へと回っていくことになります。

まちに馴染む活動へ。8人から始めた、慎重で丁寧な最初の一歩

いちばん初めに開催したイベントのような集まりは、ナイトマーケットでした。

舞台は、小松さんが八百屋を構える商店街。2011年の東日本大震災後、計画停電によって人影が消え、暗く静まり返ってしまった時のことでした。

「当時、計画停電でまちがすごく静かになってしまって、『まちなかに若者がいない』って言われていたんです。だから、若者たちがまちを明るくしようとしているんだっていう姿を、見せつけたいなと思ったんです」

小松さんがやったこと。
それは、机と椅子を出す。
それだけのこと。

それだけ聞くと、なんでもないことのように思えるかもしれません。けれど、決して勢いだけで動いたわけではありませんでした。あらゆる場面を想定し、準備を重ねていったと言います。

商店街に置かれた机と椅子。

「自分たちの行動が、年配の方にとって『若者が勝手に騒いでいる』と映ってしまわないよう、まちに住む方々の目線を大切に考えていました。一番初めは特に慎重でしたね」

小松さんは、そう振り返ります。

だからこそ、最初から“イベント”として大きく打ち出すことはしませんでした。

はじめに開いたのは、「わさび漬けを美味しく食べる会」。

「お店の隣に老舗のわさび漬け屋さんがあるんですけど、『わさび漬けを美味しく食べる会』という体(てい)で始めたんです。そこに年配の方がひとりいるだけで『若者が勝手にやっている感』がなくなって」

小松さんは、自分たちの活動がまちに馴染むよう、あらかじめ行政にも相談を重ねていたといいます。

8人から始まった会は、次の月には20人に。そこにも、若者だけではなく、年配の方にもいてもらったといいます。

そうして少しずつ、まちの風景に溶け込んでいきました。

8人から小さく始まったナイトマーケット。

“勝手にやっている若者”ではなく、“顔が見える人たちがやっている、いい雰囲気の場へ。

一時のにぎわいで、そのまちで生活する方が居心地悪くならないよう、丁寧に組み立てる。

「例えば、キャンプ用の椅子ではなく、あえて木の机や椅子を置いていい雰囲気を作ったり。そういう小さな工夫を重ねていくと、だんだん周りの目も『あの人たちがやっているの、いいよね』という感じに変わって、やりやすくなっていったんです」

まちの雰囲気や状況にあわせた配慮も欠かさない。そうして、小さく始めたことを続けていきました。

長い時間をかけて関係を「耕し」、まちの物語を編み直していく

小松さんの「時間をかける」姿勢の背景には、東京で食品会社のバイヤーとして働いていた頃の経験があります。

「反面教師だった」と小松さんは当時を振り返ります。

時間がない中、チラシやカタログの紙面の作り方を工夫して売り上げを達成し、それが評価される世界。

「売上を作るために、紙面に商品を何個も入れてバーンと数字を作る。バイヤーとしては評価されるけれど、ふと思ったんです。東京では基本時間がなかったから、業者さんや生産者さんを呼んで机の上で価値を考えていたけれど、『この机の上だけで生み出せるものには、限界がある』って。

本当に時間があったら、生産者のところに行って、ちゃんと話を聞いて、その商品の強みや美味しさを伝える写真を撮って、その物語を伝えたかった。でもできなかったんです」

効率よく商品を流通させることへの違和感。

その経験から、「自分が地域に入ってその物語を伝えればいいんだ」と思ったと言います。

REFSに並ぶ地元の朝採れ野菜。一つひとつに生産者の物語が詰まっている。

その後、東京からUターンをして、八百屋を始める前に、小松さんは半年をかけて西伊豆の生産者を巡りました。今のようにSNSもなく、紹介もなく、誰がどこにいるのかもわからない。

もう足で稼ぐしかないなと思って

しかし、お店もない若者が、「野菜を仕入れさせてください」と言っても、すぐには信用されません。

「『この子は何なの?』みたいな感じで、最初は仕入れさせてくれなかったんです。だから、美味しいなと思った生産者さんのところに毎週通って、畑のお手伝いをして。OKをもらうのに3ヶ月かかったこともあります」

関係をゼロから構築する時間の中で、生産者の課題を聞き、「じゃあ自分が八百屋になったらこういうことができる」と道が見え、生産者へもいろいろな提案をできるようになったといいます。

そうして時間をかけて耕してきた関係は、現在、具体的な形となってまちの風景を作っています。

沼津にある八百屋「REFS」の店頭には、毎朝小松さん自らが生産者を回って仕入れた、朝採れの野菜が並びます。みずみずしく緑の濃い葉物野菜、採れたて感が伝わるニンジンやヤーコン。地元で見つけたこだわりの塩やドレッシング。

店内に並ぶ一つひとつから、小松さんの愛情とこだわりが伝わってきます。

熱海店にはレストランも併設されており、野菜の素材そのままの味を楽しむことができます。

店内には、小松さんが愛情とこだわりをもって選んだ地元の調味料も並ぶ。

さらに近年は、大量調理や加工ができる「まちのセントラルキッチン」も稼働させました。

「農産物を作る人も、飲食店で働く人も減ってきていて、今大変なことになっています。なので、セントラルキッチンで下ごしらえを請け負ったり、イベントに出る露店の方たちが仕込みをしたりと、皆さんの困りごとを解決しながら、畑と施設をうまくつなげていきたいんです」

沼津にUターンして築き始めた生産者との関係は、15年経った今も続いています。

例えば近年の気候変動で、いままで作っていた野菜が作れなくなった時には「じゃあこの野菜を作りましょう」と提案をする。

「生産をやめようとしている農家さんに、『この野菜、美味しいからやめるのはもったいないですよ』とお願いをして、作り続けてくれる方もいます。お互い年月を重ねて、思いを交差しながら形を作っていったからなのかな」

簡単につながった関係ではないからこそ、長く続く。

「SNSなどで簡単に入る情報も大切かもしれないけど、終わりも簡単にくるかもしれない」

派手な発信よりも、長く続く関係を選ぶ。

半年。
3ヶ月。
15年。

すぐには形にならない時間。けれど、土の中では確かに根が伸びていたのです。

自分がいなくても、生きる場をつくる

時間をかけて関係を育て、まちに新たな居場所をつくってきた小松さんは、こう振り返ります。

「八百屋を一軒でやっていた頃は、僕がハブのような役割だったと思います」

ハブとは、交差点のような存在。人と人をつなぎ、中心に立つ役割です。

ここまで聞くと、小松さんは常にまちの“中心に立つ人”のように見えるかもしれません。けれど、これから目指す未来の風景は、少し違うようです。

「その人がいるから、そこがハブになっていく、というのもいいかもしれない。でも、僕がいても、いなくてもどちらでも成り立つ、そういう場を作っていきたいんです」

自分が主役になるのではなく、場を整える。自分がいなくても動いていく状態をつくる。

小松さんは言います。

おもしろい場所、おもしろいまちには、おもしろい人が集まると思っていて」

人が人をよぶのではなく、おもしろい場を作り、楽しむ人がまたおもしろい人をよぶ。誰かが主役にならなくても、まちは動く。

地方で何かを始めたいけれど、自分が前にでるのが少し怖い。

そんな人にとって、この言葉はひとつの光になるかもしれません。

今では官民連携のプロジェクトにも関わる小松さん。

けれど、有機野菜を扱う八百屋も、空きテナントを活かす事業も、シェアキッチンも、日常に溶け込むマーケットも。今の小松さんが手がける多様な活動のすべては、たった一つの「机と椅子」からはじまっていました。
成果がすぐに見えなくても、その時間は無駄ではなく、静かに関係が育っていく時間なのです。

もし今、地元で何かを始めたいと思いながら立ち止まっているなら。

まずは、あなたにとって心地よい形で、机と椅子をひとつ外に出してみる。そこから、風景は少しずつ変わっていくのかもしれません。

lanescapeが手がける宿泊施設「魚町 蔵ノ上」から望む、狩野川の夜明け。

 

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

Editor's Note

編集後記

取材を通して印象的だったのは、小松さんの軽やかさでした。大学時代、予定を決めずにひとり旅をした経験から「『男はつらいよ』のフーテンの寅さんってすごい。風が吹く方にいくんですよ」と笑って話す姿が忘れられません。大きな視野をもちながらも、目の前を面白がり、小さくやってみる。その姿に、「この人と一緒に何かやったら楽しそうだな」と人が集まり、まちの風景を少しずつ変えてきたのだと感じました。

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