SHIZUOKA
静岡
地元に愛着がある。
地元で何かやりたい。
でも、周りにどうみられるかが気になる。
行政や商店街にどう関わればいいか分からない。
そんな風に足踏みしてしまうアナタに、知っていただきたい方がいます。
静岡県沼津市で八百屋「REFS(レフズ)」や、公共空間・遊休不動産を活用するまちづくり会社「lanescape(レーンスケープ)」を営む小松浩二さん。
今では公民連携のプロジェクトにも関わる存在ですが、はじまりは、たった一つの机と椅子でした。
小松さんがどうやって小さな一歩を踏み出し、まちの風景を変えていったのか。すぐに結果を出そうと焦る私たちの背中をそっと押してくれる、時間を耕す生き方のヒントをお届けします。

小松さんは、複数の事業を手掛けています。
静岡県沼津市と熱海市で、有機野菜を扱う八百屋「REFS(レフズ)」。公共空間や遊休不動産を活用するまちづくりの『lanescape(レーンスケープ)』。そして、新たに立ち上げたエリアマネジメントの会社。

食と不動産と公共空間。
一見すると、それぞれ別の世界のようにも見えます。
けれど小松さんは、こう言います。
「自分の中では、動き方は一緒なんです。
REFS(レフズ)では有機的な野菜を扱っているんですけど、有機的な都市とまちとの関係みたいな感じで、いろいろなことがつながっているなと思っていて。
例えば、沼津に観光に来て宿に泊まった方が、まちをどう楽しむか。地元の食材を使った美味しいお店を紹介したら、そこではうちの野菜を使ってくれている。翌日に『畑体験がしたい』と思ったらREFSがある。
事業を縦割りにするのではなく、そうやって色々なことが有機的につながっていくことで、地域が面白くなっていくと思うんです」
“有機的”という言葉が、小松さんの考え方をよく表しているように感じました。
事業ごとに切り分けて考えるのではなく、人と人、場と場、食と空間がゆるやかにつながり、影響し合っていく状態をつくること。
それぞれの点が自然につながるように、流れをつくる。囲い込むのではなく、循環させる。
「縦割りにせず、有機的に」
事業の数の多さよりも、その一貫した動き方こそが、小松さんの軸なのかもしれません。
活動の原点をたずねると、小松さんは少し遠くを見るように話してくれました。

「21歳のとき、大学を休学して、ユーラシア大陸をひとりで旅しました。何も予定を決めずに。自分の行動だけで毎日がきまっていくんです」
行く先を流れに任せる自由な旅は、孤独でもあったといいます。
そんなある日、ギリシャで見た光景に目を奪われたそう。
「旅人や地元の方との交流を楽しみつつも、ひとり旅をしていると、ふと孤独を感じる時もありました。そんな時に、ギリシャでレストランの前を通ったら、家族や友だちが美味しそうに食事している姿を見て、この風景いいなと思って」
外に置かれたテーブル。
笑い声。
ゆったり流れる時間。
特別な観光地ではなく、ありふれた日常の風景。
「すごく憧れたんですよね。ファニチャーが外にある風景や、そこに友だちや家族が集まる姿がいいなって」
外に置かれた場所に人が集まり、同じ時間を共有している。その空気に、強く惹かれたといいます。

「そういえば」と思い出したように続けます。
「大学時代から、自然と机や椅子を外に出していましたね。アイスを持って、外で過ごしたり」
それは、ギリシャの風景にどこかつながっているのかもしれません。
かつて風景に憧れた小松さんは、やがて沼津のまちで、自ら「風景をつくる側」へと回っていくことになります。
いちばん初めに開催したイベントのような集まりは、ナイトマーケットでした。
舞台は、小松さんが八百屋を構える商店街。2011年の東日本大震災後、計画停電によって人影が消え、暗く静まり返ってしまった時のことでした。
「当時、計画停電でまちがすごく静かになってしまって、『まちなかに若者がいない』って言われていたんです。だから、若者たちがまちを明るくしようとしているんだっていう姿を、見せつけたいなと思ったんです」
小松さんがやったこと。
それは、机と椅子を出す。
それだけのこと。
それだけ聞くと、なんでもないことのように思えるかもしれません。けれど、決して勢いだけで動いたわけではありませんでした。あらゆる場面を想定し、準備を重ねていったと言います。

「自分たちの行動が、年配の方にとって『若者が勝手に騒いでいる』と映ってしまわないよう、まちに住む方々の目線を大切に考えていました。一番初めは特に慎重でしたね」
小松さんは、そう振り返ります。
だからこそ、最初から“イベント”として大きく打ち出すことはしませんでした。
はじめに開いたのは、「わさび漬けを美味しく食べる会」。
「お店の隣に老舗のわさび漬け屋さんがあるんですけど、『わさび漬けを美味しく食べる会』という体(てい)で始めたんです。そこに年配の方がひとりいるだけで『若者が勝手にやっている感』がなくなって」
小松さんは、自分たちの活動がまちに馴染むよう、あらかじめ行政にも相談を重ねていたといいます。
8人から始まった会は、次の月には20人に。そこにも、若者だけではなく、年配の方にもいてもらったといいます。
そうして少しずつ、まちの風景に溶け込んでいきました。

“勝手にやっている若者”ではなく、“顔が見える人たちがやっている、いい雰囲気の場”へ。
一時のにぎわいで、そのまちで生活する方が居心地悪くならないよう、丁寧に組み立てる。
「例えば、キャンプ用の椅子ではなく、あえて木の机や椅子を置いていい雰囲気を作ったり。そういう小さな工夫を重ねていくと、だんだん周りの目も『あの人たちがやっているの、いいよね』という感じに変わって、やりやすくなっていったんです」
まちの雰囲気や状況にあわせた配慮も欠かさない。そうして、小さく始めたことを続けていきました。
小松さんの「時間をかける」姿勢の背景には、東京で食品会社のバイヤーとして働いていた頃の経験があります。
「反面教師だった」と小松さんは当時を振り返ります。
時間がない中、チラシやカタログの紙面の作り方を工夫して売り上げを達成し、それが評価される世界。
「売上を作るために、紙面に商品を何個も入れてバーンと数字を作る。バイヤーとしては評価されるけれど、ふと思ったんです。東京では基本時間がなかったから、業者さんや生産者さんを呼んで机の上で価値を考えていたけれど、『この机の上だけで生み出せるものには、限界がある』って。
本当に時間があったら、生産者のところに行って、ちゃんと話を聞いて、その商品の強みや美味しさを伝える写真を撮って、その物語を伝えたかった。でもできなかったんです」
効率よく商品を流通させることへの違和感。
その経験から、「自分が地域に入ってその物語を伝えればいいんだ」と思ったと言います。

その後、東京からUターンをして、八百屋を始める前に、小松さんは半年をかけて西伊豆の生産者を巡りました。今のようにSNSもなく、紹介もなく、誰がどこにいるのかもわからない。
「もう足で稼ぐしかないなと思って」
しかし、お店もない若者が、「野菜を仕入れさせてください」と言っても、すぐには信用されません。
「『この子は何なの?』みたいな感じで、最初は仕入れさせてくれなかったんです。だから、美味しいなと思った生産者さんのところに毎週通って、畑のお手伝いをして。OKをもらうのに3ヶ月かかったこともあります」
関係をゼロから構築する時間の中で、生産者の課題を聞き、「じゃあ自分が八百屋になったらこういうことができる」と道が見え、生産者へもいろいろな提案をできるようになったといいます。
そうして時間をかけて耕してきた関係は、現在、具体的な形となってまちの風景を作っています。
沼津にある八百屋「REFS」の店頭には、毎朝小松さん自らが生産者を回って仕入れた、朝採れの野菜が並びます。みずみずしく緑の濃い葉物野菜、採れたて感が伝わるニンジンやヤーコン。地元で見つけたこだわりの塩やドレッシング。
店内に並ぶ一つひとつから、小松さんの愛情とこだわりが伝わってきます。
熱海店にはレストランも併設されており、野菜の素材そのままの味を楽しむことができます。

さらに近年は、大量調理や加工ができる「まちのセントラルキッチン」も稼働させました。
「農産物を作る人も、飲食店で働く人も減ってきていて、今大変なことになっています。なので、セントラルキッチンで下ごしらえを請け負ったり、イベントに出る露店の方たちが仕込みをしたりと、皆さんの困りごとを解決しながら、畑と施設をうまくつなげていきたいんです」
沼津にUターンして築き始めた生産者との関係は、15年経った今も続いています。
例えば近年の気候変動で、いままで作っていた野菜が作れなくなった時には「じゃあこの野菜を作りましょう」と提案をする。
「生産をやめようとしている農家さんに、『この野菜、美味しいからやめるのはもったいないですよ』とお願いをして、作り続けてくれる方もいます。お互い年月を重ねて、思いを交差しながら形を作っていったからなのかな」
簡単につながった関係ではないからこそ、長く続く。
「SNSなどで簡単に入る情報も大切かもしれないけど、終わりも簡単にくるかもしれない」
派手な発信よりも、長く続く関係を選ぶ。
半年。
3ヶ月。
15年。
すぐには形にならない時間。けれど、土の中では確かに根が伸びていたのです。

時間をかけて関係を育て、まちに新たな居場所をつくってきた小松さんは、こう振り返ります。
「八百屋を一軒でやっていた頃は、僕がハブのような役割だったと思います」
ハブとは、交差点のような存在。人と人をつなぎ、中心に立つ役割です。
ここまで聞くと、小松さんは常にまちの“中心に立つ人”のように見えるかもしれません。けれど、これから目指す未来の風景は、少し違うようです。
「その人がいるから、そこがハブになっていく、というのもいいかもしれない。でも、僕がいても、いなくてもどちらでも成り立つ、そういう場を作っていきたいんです」

自分が主役になるのではなく、場を整える。自分がいなくても動いていく状態をつくる。
小松さんは言います。
「おもしろい場所、おもしろいまちには、おもしろい人が集まると思っていて」
人が人をよぶのではなく、おもしろい場を作り、楽しむ人がまたおもしろい人をよぶ。誰かが主役にならなくても、まちは動く。
地方で何かを始めたいけれど、自分が前にでるのが少し怖い。
そんな人にとって、この言葉はひとつの光になるかもしれません。
今では官民連携のプロジェクトにも関わる小松さん。
けれど、有機野菜を扱う八百屋も、空きテナントを活かす事業も、シェアキッチンも、日常に溶け込むマーケットも。今の小松さんが手がける多様な活動のすべては、たった一つの「机と椅子」からはじまっていました。
成果がすぐに見えなくても、その時間は無駄ではなく、静かに関係が育っていく時間なのです。
もし今、地元で何かを始めたいと思いながら立ち止まっているなら。
まずは、あなたにとって心地よい形で、机と椅子をひとつ外に出してみる。そこから、風景は少しずつ変わっていくのかもしれません。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Editor's Note
取材を通して印象的だったのは、小松さんの軽やかさでした。大学時代、予定を決めずにひとり旅をした経験から「『男はつらいよ』のフーテンの寅さんってすごい。風が吹く方にいくんですよ」と笑って話す姿が忘れられません。大きな視野をもちながらも、目の前を面白がり、小さくやってみる。その姿に、「この人と一緒に何かやったら楽しそうだな」と人が集まり、まちの風景を少しずつ変えてきたのだと感じました。
MAIKO MIYAGAWA
宮川まいこ