副業
プレイヤーとしての仕事が減って現場の感覚が失われていく。このまま経営層クラスへのキャリアステップを昇っていくべきなのか。自分のキャリアの可能性はもっと他にあるのではないか――。
組織で長く働いてきた人なら多かれ少なかれ、キャリアにモヤモヤを感じた経験があるのではないでしょうか。働くのが上手くなったがゆえに薄らいできた成長実感を取り戻そうと、地域に出て副業に取り組み、新たなキャリアを見つけた鹿野島 淳一さんに話をうかがいました。
新卒からおよそ20年にわたって勤めた大手百貨店を退職し、コンサルタントへのキャリアチェンジを決断した鹿野島さん。副業として携わった地域活性プロジェクトで得た出会いから、わずか一ヶ月で転職を決めたのだとか。
鹿野島さんの人生の大きな節目をもたらしたといえる副業ですが、副収入や転職を目的に始めたわけではありませんでした。
「副業を始める端緒はコロナでした。2020年のコロナ禍で、それまでも課題のあった地域の百貨店の売り上げが非常に厳しい状況になって。何億、何十億という赤字を垂れ流している状況に、百貨店の経営企画に近い部署にいた私は、赤字が膨らむ地域百貨店の事業をどうやって好転させるか頭を悩ませていました」(鹿野島さん)
売り場にたくさんの人を配置する百貨店では、新型コロナウイルスの影響で売り上げが落ち込む中でも、固定費として大きな割合を占める人件費が経営課題に。
「人件費が課題なら、その人材を活かして会社が利益を上げられるような提案ができないかと考えたんです。自治体や地域の事業者と一緒に自社の人材が汗をかいて、地域を盛り上げる、社内人材活用による地域共創事業を社内起業プログラムを通じて提案しました」(鹿野島さん)
社内の人材が地域で本当に役に立つのか、そもそも地域にニーズがあるのかを探るため、自ら地域に出て検証することにした鹿野島さん。検証の手段として選んだのが、都市部の人材と地域を繋いで地域活性を目指すビジネスに、副業としてかかわることでした。
「会社や地域の課題を自分だったらどう解決していくか、考えて行きついたのが副業だったんです」(鹿野島さん)
課題解決策の検証手段として2021年・春にスタートした鹿野島さんの副業は、茨城での地域と都市部の人材を繋ぐことから始まって、京都の料亭の新規事業立ち上げ支援、鹿児島の畜産農家のファンマーケティング支援と、各地へ多様な業種へと広がっていきます。
いくつも並走する副業プロジェクトは、取り組むきっかけもさまざま。一般公募に応募して採用過程を経ることもあれば、あちこちのコミュニティに顔を出しているうちに人とのつながりで声がかかって始まることもあったのだそう。
参画するプロジェクトが増える中、鹿野島さんには副業として引き受ける上で大切にしているポリシーがありました。
「『この仕事をやってください』といったスキルの切り売りでは、副業をしないんです。誰と一緒に仕事するかを大事にしていて。だからこそ、副業を始める前も後も “対話” する時間を必ずつくっています。
私の価値は話さなければ伝わらないし、コミュニケーションを通して相手の想いを知ったり、自分の想いを伝えたりしないと良い時間にならない。コミュニケーションがないと、お金のやり取りだけの仕事になってしまいますから」(鹿野島さん)
個人で取り組む副業の範囲が広がっていくものの、鹿野島さんの副業の目的は地域と会社の課題を解決すること。自分ひとりが副業をすることの限界を感じていた鹿野島さんは、社内でオンラインセミナーを開催するなどして、少しずつ仲間を増やしていきます。
「鳥取県の副業を促進する方から “百貨店の人材に県内の事業者と関わってほしい” というお声がけをいただいたんです。そこで2021年末から社内の有志メンバー2名が副業を始めました。兵庫県の副業を促進する方からも都市部の人材を県内企業と結び付けたいというお声がけがあって、私ともう一人が鞄材料卸を行う企業に副業で関わっています」(鹿野島さん)
社内の人が副業に取り組むきっかけをつくったものの、鹿野島さんは副業する人を増やすことが目的ではないなと意識が変わっていったといいます。
「私も40代ですが、この年代はキャリアにモヤモヤを感じがちだと思うんです。昇格して部長になればプレイヤーはできなくなるけど、これからの将来を考えたときに、本当にプレイヤーを離れていいのかなと悩んだり、逆に昇格しない選択をすれば、定年までの20年をどう過ごすか悩んだり。
自分の人生を考えて『このままじゃないほうがいいよな』と考えている人はたくさんいるはず。そんな人たちが地域のフィールドに一緒に出て行ってモヤモヤを解消する。生き方がアップデートされていくきっかけを提供できたらなと」(鹿野島さん)
社外に“越境体験”することで、キャリア・生き方のアップデートが図れると考える鹿野島さん。“越境体験”の手段は副業以外にプロボノや出向もありますが、やはり副業がおすすめの手段のようです。
「報酬を得ることでプロジェクトに深くコミットすることになるので、無報酬のプロボノではなく、副業で関わる方が結果として相手とも良い関係を築けると思います。
出向は報酬を得る・仕事するという意味では副業と同じですが、自分がやりたいことをやれるかという点で違う。想いをのせて仕事できるのが副業の利点です。さらに、自分がその分野のプロでなくても、副業ならスモールスタートを切れるチャンスもあるでしょう」(鹿野島さん)
2023年春からコンサルタントという新たなキャリアへ踏み出す鹿野島さんは、転職活動をまったくしていませんでした。
「新卒から勤めてきたこの会社にいる仲間が好きで、この仲間と一緒に仕事をするのが好きだったんです。不満があったわけでも、やりがいがなかったわけでもなかった。一方で自分の成長が感じられなくなって、これでいいのかなと」(鹿野島さん)
「定年まで、まだ20年ある。副業で地域にあるお店の人の顔もみえていたし、こういう人たちとずっと一緒に仕事をしていきたい、地域をフィールドとしたところに自分の身を置きたいなという思いがフツフツと湧き上がってきて。地域のビジネスで成長しようとするなら、この会社にいると選択肢が少ない。40代前半で体力もまだある今が、キャリアチェンジのタイミングだと感じました」(鹿野島さん)
地域で副業する中で、自分でプロジェクトをつくれるようになりたいとも考えていた鹿野島さん。仕組みをつくる側にまわればもっとたくさんの人を幸せにできると感じていた折に、副業の縁から転職先の会社の地域分野のビジネスを知り、この仕事なら仕組みづくりのスキルを磨いて成長できると転職を決断しました。
新卒から勤めた百貨店を退職するにあたって、鹿野島さんは「迷いはなかった」そう。オファーがあってから1ヶ月での判断の支えとなったのは、家族の応援と地域での活動から得られた人とのつながり、そこから得られた情報の蓄積でした。
「プランド・ハップンスタンス(Planned Happenstance)※、まさにこれが起こって地域の副業や人とのつながりが生まれたんだなと。
インプットして行動する連鎖。自分が動くと自分の周り、空気や家族、仲間や想い、その全てが動くんですよね。そうして行動が変容して、コミュニケーションが変わって――。そうやっていろんなものが自分や周囲に蓄積されていった結果として実ったのが副業で、地域とのつながり。その蓄積の総量が、キャリアにおける決断につながったという感じです」
※プランド・ハップンスタンス(Planned Happenstance):「意図された偶然」や「計画された偶発性理論」と訳され、20世紀末にスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した比較的新しいキャリア論。変化の激しい時代において、キャリアは偶然の出来事で形成されるとし、自ら偶然の出来事を引き寄せるよう働きかけて積極的にキャリア形成の機会を創出しようとする考え方。
「地域で副業すると、それこそいろんな人と会えます。チームのメンバーからも学びがあるし。話せる、相談できる相手が会社の外にできたこと、つまり社会関係資本が副業で得られた僕の財産なんです」(鹿野島さん)
Editor's Note
同時に3〜4つの副業を走らせ、本業でも成果を出していた鹿野島さん。どうやって両立をさせていたのか聞いてみました。
本業は徹底的に効率化し、いい意味でがんばらずに人にまかせていくことを意識されたのだそう。一方で副業でも長く良い関係を築きたいからこそ、無理はしないようにしているのだとか。
相手の期待値を調整して、必要な工数をあらかじめ把握して動く。面白い人間でいるためにインプットは欠かさない――。
鹿野島さんの仕事・人生への向き合い方は、キャリアにモヤる幅広い世代の人の背中を押してくれるに違いありません。
YUKIE WADA
ワダ ユキエ