郷土料理
平日は国家公務員、休日は食材マニアとしてマルチに活動する、公務員フードアナリスの松本純子さん(通称 松純)とお届けする「地域×郷土料理」をテーマにした連載シリーズ。
今回は、石川県能美市(のみし)出身で管理栄養士として活躍しながら、出身地である石川県の観光特使もされている作田雅子さんにお話を伺いました。
フリーランスの管理栄養士として活躍する傍ら、人・食材・物・事をつなぐ「つながりご飯会」を主催し、出身地である石川県への郷土愛の強さから、いしかわ観光特使として情報発信もしている、「食」のエキスパート作田さんにとって「100年先も守りたい郷土料理」とはーー。
公務員フードアナリスト松純さんが、作田さんの想いの原点や「食」の記憶を伺いながら、「食」への向き合い方をお聞きしました。
──作ちゃん(作田さんの愛称)とは地方のおいしいもの好きが高じて意気投合した仲ですが、そもそもの生い立ちや石川県の食文化について、この機会にいろいろ教えて欲しいなと思っています。
作田:石川県は南西から北東に向かって細長い地形で、能登と加賀エリアに分かれています。私の出身である能美市から能登方面に向かうのは大阪に行くよりも時間がかかってしまうくらい遠いんですよ(笑)。能美市は、独特の色彩やデザインが特徴的な伝統工芸の陶磁器「九谷焼」がとても有名なところです。
私はかなりの大食いなので、幼少期から石川の食を堪能してきた自信がありますね。
──作ちゃんは本当にすっごく食べますよね。(笑)
作田:(スポーツ栄養士として関わっている)選手からラーメン鉢でご飯をもらうことがあるほどね(笑)。石川は米農家も多いので、祖父や祖母の代がお米をつくり、父親世代はサラリーマンをしながら週末に田んぼ仕事をするというような家が多いんです。金沢のお寿司屋さんで能美市出身というと『お米をよく食べるエリアだよね』と言われたこともあります。
コミュニケーションの一環と言っても過言ではないくらいお米が身近なまちです。
──能美市は冬の寒さが厳しいエリアとも聞きました。寒いからこその特徴もありますか?
作田:発酵文化が特徴の一つですね。「かぶらずし」という石川県の伝統的な発酵食品が有名で、塩漬けしたかぶに塩漬けした鰤を挟んで、米麹で漬け込んで発酵させて仕込みます。
我が家は庶民の出なので、かぶと鰤ではなく、にしんと大根を麹で漬けた「大根寿し」でした。寒い冬に作るので、麹を発酵させるときは祖母が麹が入った鍋を風呂敷につつんでこたつの中に入れるため、足を入れたら鍋に当たるみたいな感じでした。
──石川県は今でも「殿様文化」が残っている地域でもありますよね。
作田:藩主前田家の家紋「剣梅鉢」に由来する正月の和菓子『福梅』があるんですが、石川県を出るまで、お正月に必ず食べるものと思っていたので、他の地域では食べられていないことを知った時は衝撃でした(笑)。意識は薄まってきているかもしれませんが、そうした文化は続いているなと実感しています。
──わかります。私も大学生になるまで地元(愛媛)の “いもたき” は全国共通で、秋になるとみんなが河原に行っていもたきをすると思い込んでいました(笑)。
作田:難しさを感じるのは『それが普通だと思っていた』ということにあると思っていて。私は地元を一度離れたことで、貴重なものだと気づかされました。当たり前だと思っているからこそ広まらないし、継承できていないことがあるかもしれません。
──スポーツ栄養士として「運動と食」の仕事に携わりつつ、プライベートで産地の生産者さんや漁師さんたちと繋がったきっかけは、なんだったのでしょうか?
作田:これはすごく難しい質問で「友達ってどういう手法で作っているんですか?」って聞かれているような感じです(笑)。でも一番は、生産者さんに直接「行ってみてもいいですか」と連絡をとることですかね。実際に行けば、受け入れてくれて、その後も交流が続きます。
SNSで情報発信している農家さんや漁師さんは、自分たちのフィールドを知ってほしい方も多いので、直接のお声がけもしやすいです。
──地域と繋がるキーワードとして「SNS」は大きいのかもしれませんね。近頃はSNSをやっている方も多いので、そこを入口にして。
──作ちゃんが主催している「つながりご飯会」では、そうして繋がった生産者の食材を取り寄せて参加者と共に料理をし、食卓を囲んで交流をした後に、生の声を生産者さんにフィードバックまでしているのがすごいと思っています。
作田:単に私が話を聞くだけなら、生産者さんにとって仕事の手を止めてしまうだけでメリットがないですからね。食材のことを知る場をつくり、やがて自らその食材を買うようになるーー。持続可能にしていくためにも、小さな範囲でもいいから紹介をしていきたいんです。
──「つながりご飯会」は食材を机に置き、役割は敢えて与えず、各々がやりたいことをやっていくスタイルですよね。初めて参加した時は驚きました。
作田:私が指示するとすれば、お魚やりたい人この辺、野菜はこの辺でやってねという場所の分担くらいです(笑)。お料理はせず写真撮影やテーブルセッティングに徹する人もいます。誰かしらが何かしら声かけて進めていく空気感の中でやっていますね。
──「美味しいを真ん中に」というキーワードは、どこから浮かんだのでしょうか?
作田:おいしさって味だけではなくて、その場の雰囲気であるとか、自分が関わっているという実感からも感じられると思うんです。例えば、有名なフランス料理を怒られながらつくったり食べたりしても楽しくないですよね(笑)。
みんなでワイワイやって、美味しく食べたという楽しい雰囲気を持ち帰ってもらいたいなと思っています。
──調理法も多岐に渡りますし、食べ方に正解不正解なんてないですもんね。それなら、楽しく美味しく食べれたらいいと私も思います。
作田:漁師さんから魚を取り寄せたら、誰も知らない魚が入っていて、魚種や調理法をみんなで調べて食べたことがありました。あとはイベントの参加者が20人しかいないのに、生産者から30匹もの鯛が届いた、なんてことも(笑)
予期せぬ出来事があっても「そんなトラブルもあるよね」って笑いながら、参加者みんなで相談して料理をつくって、楽しんでいます。
──作ちゃんが「100年先も残したい郷土料理」はありますか?
作田:石川県だと「かぶらずし」のイメージが強いかもしれませんが、残したいのは「なすのオランダ煮」。といっても私自身は郷土料理だと思っていないくらい普通の家庭料理です(笑)。
どうして “オランダ” と呼ばれているのかは祖母に聞いても分からないし、ネットで調べたら、揚げてあるものを “オランダ煮” とするそうなんですが、私が食べているのは揚げてもなくて(笑)。
──農水省の「うちの郷土料理」によると、長崎県を経由して伝わった西洋の調理法がオランダ煮の名の由来だと言われてるそうです。和食では揚げるという調理法が少なかったことも起因するかもしれませんが、定義としては揚げたり炒めたりしても正解のようですね。
作田:結局、その土地のつくりやすさで変化していくものだとも思っています。作田家のオランダ煮は正規のものではないかもしれませんが、夏にいっぱい採れるなすを消費するために、鍋いっぱいにつくってました。乱切りにして、あとはお水と調味料でコトコト煮込んで、トロトロな状態のなすをご飯をセットで食べます。
── 一緒に素麺を合わせるというのも聞いたことがあります
作田:「なすそうめん」ですね。なすを一口大の乱切りにして、素麺と一緒に煮込む。うちでは味噌で仕上げます。
──どんな味噌ですか?
作田:「日本海味噌」という麹多めの甘めの味噌です。石川は全体的に甘めの味付けが多くて、祖母が食べていたような料理の味付けは慣れないと食べられないくらいです(笑)。
──それはおいしそう!作田さんにとって「郷土料理」とは?
作田:暮らしの中に密着しているもの。当たり前のように根付いている文化とか、行事やたくさん採れたものを美味しく食べる知恵みたいなもので、自分の地域の外に出て初めて気づく、周囲の人に教えてもらうものじゃないかなと思っています。
──教えてもらって初めて「郷土料理」と認識することもあるかもしれませんね。
作田:ただ、郷土料理そのものよりも、作っていく文化を繋いでいかないと、核家族化が進んだいま、当たり前の日常が変わって無くなってしまう可能性もあります。細かい分量とかはわからなくても、時期によって郷土料理を食べる風習は残していきたいですね。
最後に、取材の中で作田さんに「100年先まで残したい郷土料理」としてご紹介いただいた “なすのオランダ煮” のコツを教えてもらい、つくってみました。
今回、作田さんにその場で作ってもらったのですが、雪平鍋でコトコトと茄子を煮ているのを見ながら、終始幸せな気持ちに。口に入れると、甘辛い茄子がトロトロと溶けて、とても美味しかったです。石川県の文化に思いを馳せて味わうとまた格別ですね。松本 純子 公務員フードアナリスト
Editor's Note
「楽しく食べた」「美味しかった」という体験は、いつまでもその人の記憶に残ります。郷土料理も郷土料理を伝え継がなければならないと考えるのではなく、楽しい「食」の体験にすることができれば、自ずと興味や感心がわく人が生まれ、結果として未来につながっていくようになるのだろうと感じました。なすのオランダ煮、食べてみたいです。
ASUKA KUSANO
草野 明日香