郷土料理
平日は国家公務員、休日は食材マニアとしてマルチに活動する、公務員フードアナリスの松本純子さん(通称 松純)とお届けする「地域×郷土料理」をテーマにした連載シリーズ。
今回お伺いしたのは、伝承野菜農家として個性あふれる野菜を栽培しつつ、「森の家」という屋号から山形県最上の独特な食文化を発信する佐藤春樹さん。
元会社員でありながら、里芋専業農家へと転身を果たした佐藤さんの「100年先も守りたい郷土料理」とはーー。
公務員フードアナリスト松純さんが、地域の食文化の「未来に対する思い」を佐藤さんにお聞きしました。
──佐藤さんと出会ったのは、あるイベントで芋煮を食べたんですけど、それがあまりにも美味しくて、「なんだこの芋煮は!」って感動したんです。
芋煮が美味しいのは当然なんですけど、芋自体がとろけてなめらか。純粋に芋がおいしい。「こんな美味しい芋をつくってるのはどういう人だろう」と。
佐藤:光栄です。
──「またあの美味しい芋煮が食べられる」って聞いて『芋煮ナイト』というイベントにも行きました。まるで芋のストーカー(笑)。その時に名刺交換をさせてもらったのがはじまりなんですよね。今回改めて、佐藤さんが考える郷土料理への想いを伺っていきたいんですけど、まずは地元・山形県最上の食の特徴を教えてもらえますか?
佐藤:最上郡真室川町は山形県の一番北の地域で、雪がものすごく降るんです。11月下旬から雪が降り始めて、3月末まではずっと雪の中にいる地域なので「どうやって冬を乗り越えるのか」を考えてきた場所でもあります。だからこそ、食べ物を保存する文化がすごく発達している。そうやって『命を繋いでいくことを凄く意識してきた地域』だからこそ、種芋に関しても、在来種が多く残っているんだと思います。
──最上には、芋の他にどんな伝承野菜があるんですか?
佐藤:黄色くてずんぐりとした勘次郎胡瓜(かんじろうきゅうり)や豆類ですね。豆は冬の間保存して食べられるし、味噌をつくることもできるので、この辺りでは生活の中で普通にある作物なんですよ。田んぼのあぜ道に、豆を植えるのが当たり前の風景です。これも、保存食と関連して残ってきた山形の文化なんだろうなと思います。
──佐藤さんは芋農家だけでなくて、果樹園を引き継ぐなど様々な活動をされていますけど、元々は農家ではなかったんですよね?
佐藤:そうです。父方も母方もどちらも農家ですが、僕は農家を継ぐ気はなかったですね。地元の製造業に就いた後、転職してスーパーに勤めていました。そこで農業に興味を持ったんです。きっかけはスーパーで値段がついている野菜を見たとき。純粋に「生産者からいくらで買っているのか」と疑問を持ちました。
というのも夜勤だったので、昼間はじいちゃんばあちゃんの米農家も手伝っていたんでよ。ただ、労力と比べると、米は全然儲かる作物じゃないと感じていて。
「米ではなく、違うものをつくったほうがいいのでは」と考えているときに、ちょうど地元の新聞で「山形県の在来種の野菜」の連載があったんです。ばあちゃんに「昔からうちで種を採ってる野菜ってない?」って聞いたら、「里芋があるよ」って教えてもらって。農大の先生や役場の方からも「その里芋は在来種で、特別柔らかくてとろみがあって美味しい」と聞いたので、じゃあそれをつくる農家になろうと思いました。
──その種はずっと栽培してたんですか?
佐藤:そうです。でも、流通用につくっていたのではなくて、自分たちで食べる分として畑に20株ぐらい。ばあちゃんも姑さんから「残してほしい」と言われてつくり続けていたらしく、孫の自分がその芋を見つけられてなかったら多分消えていたんだろうなって。だから、いいタイミングでばあちゃんから受け継ぐことができたと思います。
──それが今、つくっている『甚五右ヱ門芋(じんごえもんいも)』なんですよね。ネーミングもご自身で考えられたんですか?
佐藤:お世話になっている人たちに「どういう名前にしたらいいか」を相談してたんですよね。そしたら、「佐藤家の初代の名前が甚五右ヱ門だよ」と耳にして。代々受け継がれてきた芋だし、初代の名前から頂こうということで、甚五右ヱ門芋と名づけました。
──お仕事を辞められて、自分が伝承野菜を引き継いで伝えていく決断と熱意って改めてすごいなと思うんですけど、そのモチベーションってどこから来るんでしょうか?
佐藤:実を言うと、自信もないままはじめてしまったんです。でも、周りの人からの「美味しい!すごい!」っていう声が大きくなってしまって、結果的に芋に引っ張られているというか、芋が僕のモチベーションを引っ張り上げているというか(笑)。買ってくれる人たちの反応が、モチベーションをあげてくれていると思います。
──『芋煮ナイト』も含めて『芋祭り』など、いろんなイベントを開催されていると思いますが、それらも佐藤さんが発案されているんですか?
佐藤:そうですね。みんなで芋掘りをして、郷土料理である芋煮を食べてもらって、とにかく地域に人を呼び込みたいなって思ったんです。
──素晴らしいですね。そういう活動は、甚五右ヱ門芋の栽培をし始めて何年ぐらいでスタートされたんでしょうか
佐藤:2、3年目ぐらいの認識ですね。甚五右ヱ門芋をブランド化していこうと思って、森の家のHPやパッケージデザインに入ってもらっているデザイン会社さんに相談したら、「面白い、やろう!」ってアイディアを出してくれてたんですよ。
──HPもすごい素敵ですもんね。
佐藤:ブランド化ももちろんそうですが、芋掘りって純粋におもしろいじゃないですか。芋って地面からは何も見えないんですけど、彫り上げると芋がボワッと出てきて、「これが美味しい芋煮になるんだよ」って子供たちとも一緒に楽しめる。最近はコロナの影響で開催していなかったですけど、「芋祭りまたやらないんですか?」って声もあったりして、またやりたいなと思っています。
──なるほど。佐藤さんは地域内外の方たちも巻き込んで伝承野菜を伝えていこうとされていると思うんですが、森の家ではコミュニティの場所として宿泊できる場所もつくられたんですよね
佐藤:今はまだゲストハウス化できていないんですけど、『おてつたび』(旅先で就労体験を積むことで、相手側が宿泊費などを負担するというマッチングプラットフォームサービス)をしてくださる方が泊まれる用に改装をしたところですね。ちょうど今日から『おてつたび』の方に来てもらっているんですよ。
今の仕事が落ち着いたらそこをゲストハウスにして、山形県最上の野菜を楽しんでもらえるような場所ができたらいいなと思っています。
──この連載のテーマなんですが、佐藤さんは『郷土料理』ってどういうものだと思いますか?
佐藤:僕にとって郷土料理はおばあちゃんの味。小学校2年生までこの真室川町でおばあちゃんたちと同居していたんですけど、おばあちゃんの漬物だったり、保存食だったり、おばあちゃんがつくる料理が好きでした。おばあちゃんの料理が僕の味覚を育ててくれたので、自分の中で一番ほっとする味かなって思っています。
──そんななかで残したい『100年先も残したい郷土料理』といえばやっぱり・・・・・・
佐藤:やっぱり、芋煮ですね。
──芋農家さんがつくる芋煮に興味津々なんですけど、つくり方のコツってありますか?
佐藤:火をしっかり通すことですね。火が入ってなくて固いまんまになってしまうと、芋の良さが発揮できないんで、最初に芋とこんにゃくを茹でておく。この時、少し醤油を入れておくと吹きこぼれが軽減できますよ。とろみがあるので吹きこぼることもあるんですが、うちの芋煮はこの『芋のとろみ』と『具材のなめこからのとろみ』がおいしさにつながっているんですよ。
──おいしい芋煮のポイントはとろみなんですね!
佐藤:寒い地方ですからとろみがあると体を芯まで温めてくれる。それが本当においしいんです。芋煮会で若い人たちがよくやるのが、芋煮を食べたあとに市販のカレールーとうどんを入れる、締めの芋煮のカレーうどん。芋煮もカレーも二度美味しいしすごく喜ばれますね。
──受け継いだ芋煮に、ちょっと今どきのカレー風味っていうのがいいですね。
最後に、取材の中で佐藤さんに「100年先まで残したい郷土料理」としてご紹介いただいた “芋煮” のコツを教えてもらい、つくってみました。
食べたとたんに甚五右ヱ門芋がふわっと口にあたり、そのまま溶けてなくなりそうなほど柔らかく、滋味深い味わいでした。おつゆは芋やなめこの旨味が凝縮していて、とろみが最高。森の家で今度は食べてみたいです。松本 純子 公務員フードアナリスト
Editor's Note
「こんなにもお腹がすく取材はない」と思ったほど、美味しそうな食べ物の話題が行き来した楽しい取材!郷土料理=おばあちゃんの味とお答えになった佐藤さんですが、長年地域に受け継がれてきた郷土料理は、佐藤さんたちのように「自身の懐かしい味、食べたい味」として代々受け継がれてきたのかなと思いました。
パッケージもかわいく、思わず買いたくなる佐藤さんの「甚五右ヱ門芋」。佐藤さんのHPも是非ご覧ください。
YURIKA YOSHIMURA
芳村 百里香