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LOCAL LETTER

「もったいない」から始まる、清水町の観光革新。まちまるごとホテルへ

SEP. 05

HOKKAIDO

拝啓、遊休資産を活用して、新たな価値を生みだしたいと思うアナタへ

旅先でホテルや旅館に泊まる。そんな当たり前の宿泊文化に、「もったいない」を存分に活かした新たな風が吹き込みつつあります。

近年、民泊サービス「Airbnb(エアビーアンドビー)」の登場を契機に、観光業界にもシェアリングエコノミー*が急速に普及。個人が旅人へ空き部屋や空き家を貸し出すという、今までにない宿泊スタイルが確立され始めているのです。

*シェアリングエコノミー…モノや場所、スキルなどを必要な人に提供したり、共有したりする新しい経済の動きのこと

そして、この時代の変化をいち早く察知し、「まちまるごとホテル」という構想を打ち出した自治体が北海道にあります。

北海道清水町。札幌から車で約2時間半、千歳空港から約1時間と北海道のほぼ中央に位置します。その地理的優位性から、「道東への交通の要衝」として古くから親しまれてきました。

しかし長年、町内には観光滞在者向けの宿泊施設はゼロ。まちを訪れる方々は、単なる通過や休憩での滞在ばかりで、足早にまた次のまちへと去ってしまいます。

観光客の誘致は、まちの財源確保にも重要。「まちに泊まって、より長く滞在してもらうには」という問いは、清水町の課題の一つになっていました。

そして2022年から始まった「まちまるごとホテル」。この取り組みが3年目となった今、なんと町内の民泊施設の宿泊可能人数は100名を越え、「清水町に泊まる」ことを目的に多くの観光客が訪れる環境へと変化しています。

どのようにこの取り組みが始まり、たった2年でどう地域に根付かせていったのか。2017年より清水町長を務める阿部一男さんにお話を伺いました。

阿部 一男氏 北海道清水町長 / 1952年生まれ。北海道職員を経て、清水町職員として、農林課長、産業振興課長、保健福祉課長を歴任。2017年、清水町長に就任し現在2期目。全国初の首町として民泊ホストを務め、自宅の使われていない部屋をシェアリングしている。
阿部 一男氏 北海道清水町長 / 1952年生まれ。北海道職員を経て、清水町職員として、農林課長、産業振興課長、保健福祉課長を歴任。2017年、清水町長に就任し現在2期目。全国初の首町として民泊ホストを務め、自宅の使われていない部屋をシェアリングしている。

通過・休憩型から滞在型へ。変わりゆく清水町の観光スタイル

清水町の観光は、いくつかの変遷を辿りながら発展してきました。

元々は交通の要衝として、多くの人が「通過するだけのまちでした。そこから、地元グルメを充実させたり、高速自動車道の完成という追い風も活かしながら、人々が「休憩に立ち寄るまち」へと進化させてきました。

そして、次なる目標として立ち上げたのは、「人々が滞在するまち。観光客のまちへの滞在時間を大幅に伸ばすことにより、地域経済を活性化させることを目指しました。

しかしその折、2016年の北海道豪雨や、2020年からのパンデミックが発生。こうした煽りを受け、町内の宿泊施設の多くが縮小・廃業してしまいました。

こうした状況を立て直す策として、清水町がまず取り組んだのはビジネスホテルの誘致。有名ホテルへの積極的なPRが評価され、建設の有力候補地にまで挙がったと言います。しかし、最終的な建設地は別の地域に決定しました。

「これだけやっても、清水町には建設が回ってこなかった。じゃあ別の方法を考えるしかないと頭を切り替えました」(阿部さん)

考えを変え、新たな方向を模索する中で出会ったのが、イタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)」でした。集落の空き家を宿泊施設として利活用し、伝統的な集落の暮らしを外部の人に楽しんでもらう、この形式にヒントを得た阿部さんや当時の担当者たち。

この日本版の取り組みとして「まちまるごとホテル」の構想が生まれました。

町長の自宅に泊まれるまち。「つなぐ・つむぐ・つくる」の循環

「まちまるごとホテル」とは、町内に点在する遊休不動産などを民泊として活用する取り組みです。その名の通り、観光客に清水町全体を宿泊場所として楽しんでもらおうという願いが込められています。

これにより、単なる観光より深い、地域内外の人びとのつながりが生みだされています。

自宅に受け入れた宿泊客と夕食を楽しむ阿部さん。民泊の宿泊者は、清水町での日常を体感し、通常のホテルではできない宿泊体験を堪能できる
自宅に受け入れた宿泊客と夕食を楽しむ阿部さん。民泊の宿泊者は、清水町での日常を体感し、通常のホテルではできない宿泊体験を堪能できる

「まちまるごとホテル」のコンセプトは「つなぐ・つむぐ・つくる」。

ホテルや旅館といった宿泊施設を新設するのではなく、活用したのは町内の古民家や使われていない教員住宅など。使われず「もったいない」状態だった施設を宿泊場所として提供しています。こうして、観光客を地元の人々や、地域の歴史、文化とより深く「つなぐ」。

これにより、清水町の関係人口として、新たな文化交流やまちづくりを「つむぐ」人を増やす。

徐々に地域経済を活性化させながら、さらに多くのファンを生むために施設を「つくる」。

そしてまた、地域内外の人を「つなぐ」という循環型のモデルとなっています。
とはいえ、この理念に共感を仰ぎ、町民からの協力を得ていくことは並大抵のことではありませんでした。

知らない人を自宅やまちに泊めるなんて、大丈夫なのか。漠然とした心配が蔓延していました」(阿部さん)

そこで阿部さんは、自ら先陣を切って町内の民泊ホストとして活動を開始。首長が民泊ホストとなるのは全国初でした。Airbnbと連携協定を結ぶ際には、同社の社長を宿泊者として招き入れ、Airbnbというサービスを町内に導入することの安全性を身を持って町民にアピールしました。

阿部さんのご自宅。お庭の畑から採れた新鮮なお野菜を朝食でいただけることも
阿部さんのご自宅。お庭の畑から採れた新鮮なお野菜を朝食でいただけることも
阿部さん宅にあるゲスト用のベッドルーム。可愛らしく、清潔感が溢れる内装
阿部さん宅にあるゲスト用のベッドルーム。可愛らしく、清潔感が溢れる内装

こうした活動が効を奏し、1人また1人と協力者が増加。町内にぽつぽつと民泊施設が増え始め、構想発表から3年目を迎える現在では、施設数が30を超え、100名以上が宿泊できるまでになりました。

「心配はゼロにはできないし、100%安全だとは言えない。けれど、まずは自分が動いた上で、大丈夫だよと周囲に伝えていく。そうすると、意外と乗っかってくれる人たちが出てくるのだと実感しました」(阿部さん)

まずは自ら動き出す、そして動きながら整備する。そんな推進力を以て、町長自らが渦の中心となり、「まちまるごとホテル」の構想は着実に実現へと向かっていきました。

「泊まってくれた方とは夜ご飯に出かけたり、地元のお土産を必ずお渡ししたりしています。私が利益をあげるのではなく、地域にお金が落ちるのが大事。我が家の民泊は、ずっと赤字ですよ」と嬉しそうに笑う阿部さん。

地域を牽引するためにひと肌脱ぐ、その懐の深さが人々の信頼につながっているのだと感じさせます。

シェアリングシティの鍵は、「もったいない」の気持ち

この先進的な取り組みが評価され、清水町は第1回全国シェアリングシティ大賞にて、LOCAL LETTER賞を受賞。今でこそ、シェアリングシティの先進事例として注目を集める清水町ですが、初めから「シェア」を意識して戦略立ててきたわけではありませんでした。

「最初の頃は、シェアを活用しようといった意識はなかった。最初にあったのは、ただ”もったいない”という気持ちだったかな」と振り返る阿部さん。

「シェア」という言葉が今よりずっと聞き馴染みなかった頃、阿部さんは自宅で学習塾を開いたこともありました。使用したのは、娘さんが自立して使わなくなっていた子ども部屋です。

加えて、取得したものの使わずにいた教員免許を「もったいない」と有効活用した結果、学習塾にたどり着いたのでした。まさに、場所のシェアと、スキルのシェアです。

「もったいない」を軸に、結果的にシェアリングに落ち着くという法則は「まちまるごとホテル」にもそのまま表れています。

もともとある古民家や、使わなくなった教員住宅など、町内で使われていないもったいないものがたくさんありました。それらを活用して、清水町に人が滞在できるようになるなら、それが1番いいよねという話になっていきました」(阿部さん)

「古いものを捨てて、新しいものを作る」が主流だった消費拡大の時代から、小さな変化が起こり始めています。

人々の中に元々ある「もったいない」という気持ち。この自然発生的な感情を軸にするからこそ、清水町でのシェアリングの取り組みは、多種多様な広がりを見せているのかもしれません。

清水町とAirbnbとの連携協定式の様子
清水町とAirbnbとの連携協定式の様子

ただ宿泊するよりも深く、地域内の人や暮らし、文化を体感してもらえるようになった清水町の「つなぐ・つむぐ・つくる」の循環。

「最初からすべての構想を考えるのではなくて、お金や手間暇をかけるのでもなくて、まずはできることから走り出してみる。そして走り出した以上は、点を線にしていくために色々なことにアンテナを張る。そうしていると、取り組みが次に、また次にと繋がっていくと思います」(阿部さん)

軽やかで、堅実な、清水町の新しいまちづくり。

後編では、そんな革新的なまちづくりがなぜ可能なのか、町長としての阿部さんの想いに触れながら、取り組みの裏側に迫ります。

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Editor's Note

編集後記

町長のお話で印象的だったのが、まちを思う強い気持ちです。自宅の民泊は赤字でいいから、その分サービスを手厚くして、結果的にまちでお金を落としてくれる人を増やしたい。迷いなくそう言い切れるリーダーがいるからこそ、まち一丸となった取り組みが実現できたのかもしれないと感じました。

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