AICHI
愛知
地方で何かを始めたい。でも、実際はどうなんだろう——
そんな不安を抱くあなたに、知ってほしい場所があります。
愛知県南知多町の内海エリアは知多半島の先端に位置する観光地で、穏やかな海や温泉、豊かな海の幸が魅力のまち。
新しく来た人を温かく受け入れてくれる場所で、一度訪れるとそのまま住み続ける人も多い、そんな居心地の良さがあります。
このまちで3軒の旅館を営みながら、2025年には就労支援事業を立ち上げた鈴木貴子さんは、14年前にほかの地域から移住し、今ではこの地に根を張っています。
まちの観光を支える立場から、観光業の厳しさも、地域の課題も、率直な想いを語ってくださいました。鈴木さんの目に映る内海についても、魅力や可能性とともにお聞きしました。
愛知県南知多町・内海エリアで、3軒の旅館で女将をしている鈴木さん。ほかにも飲食店の運営、夏のバーベキューやフェスの企画まで、仕事は多岐にわたります。

さらに2025年8月、旅館とはまったく異なる就労支援の事業所を開設しました。拠点は同じ愛知県の知多半島にある半田市。福祉に注力している市で、行政も一緒になってサポートしてくれる環境が魅力だったといいます。就労支援の利用者さんは半田市内と、鈴木さんの旅館で仕事をしています。
観光と福祉。一見関わりが見えない2つの事業がつながった理由を聞くと、まず挙がったのは人材不足の問題でした。
「サービス業って、若い方は避ける傾向があって。特にこういう地方の旅館だと人が集まりにくい。それをどうにかしたいというのがまずひとつでした」
そしてもうひとつ。旅館で働く人たちを長年見てきたなかで、感じていた想いがありました。
「内海は知多半島の先にあるので、いろいろなところを転々としてきた人が行き着く場所でもあります。特に旅館には寮があるので、住む場所と働き口を求めてやってくる人も多いんです」

一緒に働くうちに、心に病を抱える方が多いことにも気づきます。働きたいがために、最初はそのことを伏せて頑張っていても、時間が経つとどこかで無理が出てきてしまう。体の不調が出てしまい続けられなくなる人を何人も見てきました。
「最初から話してくれていれば、配慮して、無理なく働ける仕事を一緒に考えられたのに、って。でも面接の場で、こちらから聞くこともできないので……」
働きたいのに、なかなか一般の職場では難しい。そういう人たちのために何かできないか。その想いがずっとありました。
一方で、旅館という場所には仕事の多様さがあります。

「旅館って、本当にいろんな仕事があるんですよ。接客、清掃、調理補助、力仕事まで。その分、働く人の体調や得意なこと、特性に合わせて仕事を作りやすいんです。
仕事はしたいけど、事情があってなかなか就職が難しいという方はたくさんいらっしゃいます。そういう方たちにも活躍できる場所をつくりたいと思ったのが、就労支援を始めたいちばんの理由でした」
就労支援と観光を掛け合わせることで、新しい働き方の余白を作る。これまで積み重ねてきた経験が、新しい挑戦につながっています。
はじまりは今から14年前のこと。結婚を機にこの内海のまちへ来ることになりました。もともとは名古屋にある外資系の会社で、販売サービスの仕事をしていた鈴木さん。接客業の経験もあり、仕事に対する不安はまったくなかったといいます。
「新しい土地への不安もあまりなかったですね。生まれは東海市、職場は名古屋市。これまで住んでいた地域と比べると不便さはありましたが」

実際に来て働き始めると、長年続く旅館業の習わしに、苦労したと言います。
「当時は、ここに行き着いて働いているという人も多く、テレビドラマに出てくるような“昔ながらの仲居さん”がたくさんいました。約束や時間に対する感覚も、お客様への対応も、これまで自分がいた世界とまったく違っていたんです。
なぜそれがダメなのか、こうしたほうがお客様に喜んでもらえるのに、ということがなかなか伝わらず、苦労しましたね」
後から入ったものの、女将として長くいるスタッフをまとめていかなければならない。無理にやり方を変えようとすれば摩擦が生まれる。対お客様よりも、対社内のほうが難しかった時期があったと振り返ります。
「今は時代も変わりましたし、この旅館も若いスタッフが増えて、状況は変わりました。当時大変だったのは、業界全体がそういう時代だったんだと思います」

試行錯誤の日々。そんななかでのやりがいについてもうかがいました。
「みなさんが楽しい時間を過ごしてくださって、『また来るね』と言ってくださる。そんな瞬間は本当に嬉しいですね」
リピーターの方やご家族連れが多いことも、この旅館の特徴です。若い世代からご年配の方、3世代で来てくださるご家族まで、さまざまな方が訪れます。
「毎年欠かさず足を運んでくださる方も多く、嬉しい限りです」
鈴木さんが3代目女将を務める旅館『豆千待月(まめせんたいげつ)』は、あと数年で創業100年を迎えます。「なんとか100年を迎えたい」そう目標を語ります。

「100年を迎えたときも、“変わらずにいたい”と思っています。10年単位で毎年来てくださったり、毎月来てくださる方もいらっしゃいます。
それは、ここに来るとほっとするという想いで来てくださっていると思っています。いい意味で変わらず、いつも通りお客様をお迎えできるようにいたいですね」
これからも変わらず、この場所を守り続けたいと語る鈴木さん。ではその想いを託す内海とは、どんな場所なのでしょうか。
愛知県でも有名な海水浴場がある観光地。そんな内海で14年暮らしてきた鈴木さんは、この場所の魅力をこう語ります。
「まず海は浅瀬で穏やか。特にこのビーチはサンセットが本当にきれいなんです。夜には星も見えるし、気候も温暖で、自然豊かな土地が魅力ですね」

また、内海はもともと農業と観光の土地。漁師まちの色が強い隣のまちや島とは、少し気質が違うと鈴木さんは話します。
「みなさん温厚でおっとりした人が多くて。声を掛けあって助けあう雰囲気が、自然にある地域なんですよね」
内海の人たちは、誰が決めたわけでもなく自主的にビーチの清掃を続けています。その成果もあって、久しぶりに訪れたお客様から「すごく綺麗になったね」という言葉がもらえるほど。黙々と、地域のために動く方が多いといいます。

こうした、自然と人の魅力がある内海は、いろいろな場所を転々としてきた先の“終着地点”となることも多いそう。
「一度来てそのまま住み続ける人が多くて。それだけここが居心地いい場所だということだと思うんですよね」
鈴木さんの旅館で働くスタッフも、別の地域から来ている人がほとんどです。20代・30代の若い世代が多く、外国籍のスタッフもいます。
さまざまな背景を持つ人たちが、「この場所が好き」「この仕事が好き」といいながら根付いていく。内海という場所が持つ、ある種の引力のようなものを感じます。
こうした魅力がある一方で、内海が抱える課題も少なくありません。
「なかなか外国人観光客も来ないですし、近くの観光地で例えると、下呂や高山、箱根や熱海みたいなブランド力がある温泉街でもない。今は物価高で厳しいけれど、値段を上げようとするとお客様が離れてしまう。ブランディングがなかなか難しいんですよね」

もともと人の結びつきは強い地域ではあるものの、みんな自分の商売でいっぱいいっぱいで、地域のために時間を捻出するのは難しいのが現実だといいます。
「リーダーとして引っ張っていく余裕のある人が、今はいないので。負のスパイラルではありますよね。もし引っ張ってくれる人が来てくれたら、協力的な地域なので変わっていくと思うのですが」
実際、別の地域から移住してきた方が、内海の魅力発信や活性化に取り組んでいました。
「すごくアイデアや才能のある人なんです。でも今年の3月に別のまちに行くことになってしまって。みんなで引き止めたんですが……寂しいですね。
でも、その方が移住してきて、いつしかみんなから頼られるリーダーとなっていたということも事実で。この地域はそういうことが起きやすい土地。よそから来た人だからって変に壁を作ることがまったくない地域なんです」

ここには、それぞれが自分らしく、自分なりのやり方で何かを始められる余白がある。そんな内海の未来について、鈴木さんはこう続けます。
「もっと知名度が上がって、いろんな人が来てくれるといいなと思っています。ここは地元じゃない人が来ても、商売しやすいところだと思うので。いろんな企業が入ってきたりして、もうちょっと賑やかになっていけるといいなと」
課題を抱えながらも、移住してきた人を温かく受け入れる内海。
このまちには、新しい人が来たときにここで何かを描ける余白があります。
鈴木さん自身も別の地域から移住し、この地で試行錯誤をしながら歩んできたひとり。
きっとこの地にはあなたの挑戦を受け止めてくれる場所があるはずです。
地方に興味はあるけれど、受け入れてもらえるか不安——。そんな方にこそ、一度内海を訪れてみてほしいと思います。
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Editor's Note
地域の魅力だけでなく、直面している課題についても、丁寧に言葉を選びながら語ってくれた鈴木さん。
完璧ではなく、課題がある。だからこそ一緒に手を取りあい、引っ張っていけるリーダーを求めている。そんな想いも伝わってきました。
そして、創業100年を迎える旅館を守りながら、新しく就労支援事業を立ち上げる。変わらないことの大切さと、新しいことへの挑戦。その両立を目指す姿に、学ぶことが多くありました。
YURI ENDO
遠藤 由梨