OKINAWA
沖縄
石垣島にあり、70年以上の歴史を持つ池原酒造。2013年にUターンした池原優さんが家業である酒蔵を継業し、伝統の泡盛「白百合」を受け継ぎました。池原さんはさらに、新しい商品の開発や企業とのコラボレーションを実現させるなど、泡盛を造るだけにとどまらない様々な事業展開でも注目されています。
前編記事では、池原さんが池原酒造を継業した過程をお伝えしました。後半記事となるこちらでは、白百合の楽しみ方をアップデートし、ファンを惹きつけ続ける魅力に迫ります。
池原さんのどんな思いや行動が、白百合の魅力を高め、注目を集めているのでしょうか。
一時は廃業も考えた酒蔵を継業し、泡盛造りを受け継いだ池原さん。しかし、伝統的な手法を守り、ただただ造り続けるだけでは、白百合を広げていくことはできません。
「お酒の販売は、利益が少なく、注文が来なければ終わり。営業もしますが、結局最後に商品を手に取るユーザーが選んでくれなければ終わりの世界です。お酒は嗜好品なので、 売り方が難しいですね」(池原さん)
消費者に届いてはじめて価値が伝わる。これは、酒類などの嗜好品をつくる業界にとって共通の壁です。中でも白百合は、他の琉球泡盛と比べ、味も香りも独特な個性派蒸留酒。万人受けするものではないからこそ、売り込むことにも難しさがありました。
「うちのお酒、白百合は癖が強すぎるので地域では嫌われ者。地元の人はほぼ飲まなかったんですね。なので、白百合のファンは県外の方が多いです。遠方から見学に来てくださった際には、昔のもっと臭かった白百合が良かったと度々言われることがあります」(池原さん)
今の白百合は個性派泡盛の面影は残しつつも、池原さんが継業する前と比べ、かなり飲みやすくなったといいます。継業する前の味を愛するファンがいることは、白百合ならではのことです。
泡盛のファンではなく、白百合のファンがいる。
「シラユリスト」と呼ばれる熱狂的な白百合のファンは、池原さんとともに、もしかしたら池原さん以上に白百合を楽しんでいます。実は、直売所で店番をしているスタッフも白百合好きが高じて沖縄に移住してきた方だといいます。
SNSが発展している時代だからこそ、全国にファンがいることは大きな強みになります。
「ここ数年で、大多数がSNSを使い始めた。ハッシュタグで探せば、どこで誰が自分のお酒を飲んでいるかがわかるようになってきたんですよ。
それまでは、出荷したあとにどこで白百合が飲まれているかはわからなかったんですね。でも、SNSのおかげでどこの店のどこの常連が飲んでいる、と調べられるようになりました。
そこの店長に連絡して、常連さんの連絡先を聞いて。例えば大阪だったら『大阪でイベントやりたいんですけど、その方に手伝ってもらえますか?』って声をかけるんです」(池原さん)
池原さんはSNSで「#白百合」のタグが付いている投稿をチェック。Instagramの投稿を見つければ、その投稿を自身のストーリーズにも投稿しています。これで、白百合ファンは自分の投稿が作り手にまで届いていることがわかります。
ファンのSNS投稿をきっかけに始まった、白百合ファンが集うイベントも実施。通称「白百合ナイト」はこれまでに全国様々な場所で開催されています。
「例えば東京で実施した時は、六本木のお店とコラボして、1人2万円のコースで泡盛と熟成肉を楽しむ会をしました。他にも、1人3,000円の立ち飲みで、がやがや騒いでファン同士がコミュニティを作った会もあります。参加者はお1人様が多いので、互いに自然と繋がっていくんですよ。 僕が知らないところで友達になってくれたらいいなと思います」(池原さん)
白百合ナイトを開催する場合は、お酒の提供はもちろん、必ず地元石垣の食材を提供し、白百合ナイト限定のメニューを毎回揃えているそう。ファンのための特別な会です。
「8割ぐらいの食材は石垣島から送っています。お肉や島の野菜を送って、これを調理してその日だけのメニューを作ってほしいと頼むんです」(池原さん)
これまで、札幌、東京、鎌倉、大阪…開催地となる飲食店と繋がっているファンを見つけ、様々な場所で開催してきました。
白百合ナイトには、シラユリストのようなコアなファンだけではなく、ファンの知り合いの人、お店の常連だけれど白百合を飲んだことがなかった人など、白百合を知らなかった人々の集客もあり、多くの人に白百合に触れてもらえる貴重な機会となっています。
池原さんがファン同士のつながりを大切にする背景は、純粋にその場を楽しみ、イベントでたくさん白百合を飲んでもらいたいという想いにとどまりません。
「ファンが集まって友達になるじゃないですか。 その友達同士って、別の機会にどこ行くかっていったら、絶対に白百合を置いてくれているお店に行くと思うんですよ。最初はそんなことを期待してはいなくてあくまで後付けですが、こうしたイベントは『自動営業マン』がたくさん生まれるシステムです。最初は本当にただ繋がってくれたらいいなって思いから始めました」(池原さん)
さらに池原さんは、蔵の見学、麹作りや酒造りを体験できるようにするなど、白百合に触れる機会作りを進化させてきました。
最も深く体験できるプランは、「仕込み買いプラン」。小ロット生産の設備を活かし、1ロットまるごと自分好みの泡盛を造れるというプランです。1ロットで300本から400本の泡盛ができますが、それをまるごと、自分好みの配合で造ることができます。贈り物や結婚式の返礼品にも使えるほか、酒類販売業免許を持っていれば造った泡盛を売ることもできます。
「最近では、酒かすを使ったドレッシングや味噌、ケーキなども作っています。酒以外の売り上げを立てないとおそらく事業が続かないと思います。
お酒の生産を減らすのではなくて、ほかの商品や体験の売上割合が増えていくようにしたいですね」(池原さん)
池原酒造のドレッシングは、日本野菜ソムリエ協会が主催したドレッシング選手権で泡盛の副産物であるもろみ粕を使ったドレッシングが「地域の味ベスト賞」を受賞するなど、その美味しさは広く認められています。
「レストランをやっている方が近くにいらっしゃったので、『うちのもろみかす、酒かすを使ってなんかできないですか』と提案してみたんです。『レストランで出すのではなく、販売できるようなものを作ってほしい』と言ったら、ドレッシングができました」(池原さん)
そのほかにも、沖縄県産卵と国産小麦を使ったケーキや、 チョコレートに合う泡盛なども販売しています。チョコレートに合う泡盛のパッケージには、沖縄の伝統工芸品、琉球紅型のデザインを施しています。
また、コロナ禍には音声配信に特化したSNS「Clubhouse(クラブハウス)*」を起点にメンバーが集まり、オリジナル商品の開発が進んだことがあるそうです。
* Clubhouse…友人や繋がりを持っていないユーザーとアプリケーションを通して、ラジオのような感覚で会話を楽しめるサービス
「Clubhouseのアプリが日本でリリースされて2日目ぐらいでした。アプリを通して会ったこともない人と、一緒に仕事やりましょうっていう話になったんですよ。それをたまたま聞いていた方が、すごいから記事にしませんか、と言ってくださって。記事に掲載してもらったら、他のメディアからも取材依頼がきました。
コロナ禍でClubhouseが話題になっていた中、それを使ってビジネスができるという事例はほぼ初めてだったと思いますね。
どうやるかも決まらないまま、『とりあえずオリジナル商品を作ろう』という話になって。音声だけのやりとりですから契約書もなければ見積書もない。ただ、 やる、っていうことが決まっていました。そこからSNSアカウントを教えてもらってDMでやりとりして。『見積りもテキストでいいからください』と。そんな流れでした」(池原さん)
このスピード感と柔軟性があったからこそ、新たな商品が生まれ、それが白百合の魅力づくりにつながっています。酒造りにとどまらない白百合のエネルギーが多くの人を惹き付けながら循環しています。
「泡盛は認知度がまだまだ低いと思うので、お酒自体の売り上げを上げるにはまず認知してもらうことだと思います。焼酎との違いも知られていないと思うんですよ。
特に海外からすると泡盛の認知度は0%に近い。これはむしろ伸びしろしかないなと思っているんですよね。認知度0%ってことは、ほぼ新商品。めちゃくちゃ売れる可能性はあるんじゃないかなと期待しています」(池原さん)
池原さんからは、ポジティブな言葉が溢れます。石垣島にUターンし継業してから、まずは前向きにやってみる、その姿勢は一貫しています。
「引き継いだ時から変わらず小さいメーカーなので、『小さいからこれできないよね』『あれできないよね』って言われることがあります。でも、そんなことないでしょって。見ててくださいよという気持ちがずっとあります」(池原さん)
池原さん自身は伝統の泡盛づくりを受け継ぐ傍ら、様々な企業とコラボレーションなどの新たな取り組みを進めてきました。地域に根付く伝統的な産業では、外からの協力者の力を借りることが少ないといいます。
「県外の企業が、沖縄の企業の経営に関わってくることは最近になって出てきましたが、まだまだ嫌悪感がある方もいます。沖縄は一族経営も多いので。
とはいえ、そもそも継ぐ前に倒産してしまったら意味がない。続けるためにも外部の力を借りながらやるというのはひとつの手だと思います。自分たちだけでやることにこだわりすぎなくてもいいと思うんです」(池原さん)
伝統的な白百合を愛するファンとともに、ますますシラユリストの輪を広げながら、事業には柔軟に新しい動きを取り入れていく。伝統と挑戦の両輪が回っているからこそ、池原酒造のエネルギーはとめどなくあふれ、魅力の広がりを生んでいます。
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Editor's Note
SNSの投稿は、ファンの出没マップである。知られていないのは、これから知られる余地があるということである。そんな、ポジティブなものの見方への転換が池原さんの言葉の端々に感じられました。ファンに愛され続けるために攻め続ける、そんな池原酒造の取り組みを知ると、思わずシラユリストになってその熱狂を味わってみたくなります。
AYAMI NAKAZAWA
中澤 文実