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LOCAL LETTER

心地よくいられる場を地域にひらく。一人でいてもいい「みんなの居場所」としての本屋ができるまで

JUL. 10

HIROSHIMA

拝啓、一人の時間も大切にしながら、人とゆるやかにつながりたいアナタへ

一人の時間も大切だけど、誰かとつながりたい。新しい出会いにも触れたい。
そんな気持ちが湧いてくることはありませんか?

肩肘張らず、無理もせず、自然体のままでいられる「居場所」が、もし地域のなかにあったならーー。

SNSの広がりやコロナ禍をきっかけに、以前よりもリアルな人と人とのつながりの機会が減りつつあるこの頃。そんな今だからこそ、安心して過ごせて、新たな交流が生まれるような「居場所づくり」に関心が高まる地域も増えています。

フェリーから眺める江田島市の風景。暖かな日差しと穏やかな瀬戸内の海が迎えてくれました

広島市内から、路面電車とフェリーを乗り継いで約1時間。

瀬戸内海に浮かぶ人口約2万人の島・江田島市に、居場所づくりのヒントとなりそうな本屋さんがあります。

それが、本屋でありながら「居心地の良さと安心できる場所」を大切にしている「MIN-NANO BOOKS」。

店内の棚をレンタルすることで、棚という小さな空間を自由に使って、誰でも好きな本を販売したり、表現活動をしたりできる「シェア本棚」。さらに、参加者がそれぞれのペースで創作活動に取り組む「部活動」なども行っています。

ここは、本を介して人や新たな知見と出会うことができる場所です。

従来の本屋の枠に収まらない活動を展開する MIN-NANO BOOKS は、どのようにして生まれたのでしょうか?店主の正田創士さんに、「お店を“稼ぐ場所”としない」その創業秘話を伺いました。

正田創士(Shoda Soshi)さん MIN-NANO BOOKS店主 / 1980年、広島県広島市生まれ。大手人材サービス企業で働いた後、Uターンで広島へ。転職により拠点を江田島市に設け、2024年3月、MIN-NANO BOOKSをオープン。

本屋を始めたきっかけは、古民家との偶然の出会い

店内に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは歴史を感じさせる大きな梁(はり)。築100年の古民家の趣を残しつつ、きれいにリノベーションされた広々とした空間。

そこには、まるで友人の家に遊びに来た時のようなアットホームな空気が流れていました。

古民家ならではの温かみが感じられる、居心地のいい空間。ゆったりとした広さも魅力です

実は正田さん、最初から本屋を開こうと決めていたわけではありませんでした。転職を機に引っ越し先を探していたところ、偶然この古民家と出会ったことが、本屋を始めるきっかけになったと言います。

「たまたま、この物件を見た時に『この環境なら住むだけじゃなく、何かできるんじゃない?』って思ったんです。『じゃあ何をする?』と考えて本屋になった。それだけなんですよ」と笑いながら話す正田さん。

けれど、なぜ本屋だったのでしょうか?

MIN-NANO BOOKSを始める前、正田さんは広島市内で会社員として働いていました。人と人をつなぐ媒体として、本に注目しはじめたのは、友人たちとの会話の中である気づきを得たことがきっかけだったと言います。

「自分では手に取らなかった本も、友人から話を聞くと『ちょっと読んでみようかな』って思える。そして、その本を読むことで、友人と自分との間に共通点が1つ増えるんですよね。

さらに『そういう視点もあるね』『自分もそう思った』とかいったふうに感想を言い合うと、関係性がより強固になるのも実感したんです」(正田さん)

本を読むことで世界が広がるだけでなく、本を通じて人と人との関係も深まっていく。

それが日々の暮らしに彩りや豊かさを生み出していくのではないかーー そんな発想から、正田さんは友人と「タチマチシコウ委員会」というユニットを結成。

広島市内にある大学に、さまざまな人の「推し本」を、おすすめの理由とともに展示。訪問者は自由に本を読んだり、本をおすすめする人のSNSにアクセスして、つながりを作ることができるという「図書空間2.0」など、本を介してコミュニティをつくる試みを始めました。

タチマチシコウ委員会として実施した「図書空間2.0」(ひろしまサンドボックス【公式】noteより)

「タチマチシコウ」って不思議な名前ですよね。どんな意味があるのでしょうか?

「“タチマチ”は広島弁で『とりあえず』。“シコウ”は“思考”でもあるし、“試行”でもあります。やってみてダメだったらやめればいい、という前提で始めた活動でした」(正田さん)

とりあえず、やってみる。他の人に何を言われても、自分でやってみないと納得できない。そんな正田さんの姿勢こそが、MIN-NANO BOOKSの誕生にもつながっていきました。

本棚を“ショールーム”に。自由に表現できる「シェア本棚」

「MIN-NANO BOOKSは本屋なんですけど、本を仕入れて販売するのをメインには据えていないんです。棚をレンタルして、自由に使える『シェア本棚』を中心にした、シェア型書店なんです」(正田さん)

シェア型書店とは、棚を借りることで誰でも本を紹介・販売できる、新しいスタイルの本屋さん。棚のオーナーは、自分の好きな本やおすすめの一冊を並べ、書店を訪れた人との交流を楽しむこともできます。

MIN-NANO BOOKSでは、「棚オーナーが冊子状のものを一冊でも置けば、本以外のものを置いても良い」という条件で棚を自由にアレンジすることも可能です。

「雑貨を販売してもいいですし、ある意味、自分の家の棚のように使ってもらっても構いません」(正田さん)

棚ごとに、オーナーの紹介や本のポップがずらりと並びます

とても自由度が高い、MIN-NANO BOOKSの本棚。正田さんの言うように、本だけでなく、ミニ四駆やプラモデルなどが飾られている棚もあります。さらに、ファシリテーターとして活動している方の棚には、ワークショップのお知らせや作品集なども並んでいます。

「事業をしている方にも、この棚をショールームみたいに使っていただけたらと思っているんです。店舗を持たない個人事業主さんが、直接営業にいくだけでなく『この棚を見たら、私の事業のことがより深くわかりますよ』と紹介するような使い方ができるのではないかと。

例えば、江田島市で観光事業をしている方なら、本とパンフレットを棚に置いてもらう。そうすれば、観光客の方がお店に来たときに、私からご紹介できるんですよね。『島にはこんな方がいて、こんな事業をしていて、今日は営業していますよ』といった感じで」(正田さん)

自分で棚を自由にアレンジできる「シェア本棚」。こんな使い方もあるんです

「ある方は、60歳で単身海外にホームステイに行った時の日記を本にしています。今は80歳を超えているんですけど、すごく若々しくて、バイタリティに溢れる方なんです。それがこの棚から、ご本人に会わなくても伝わってくるんですよね。そういう場所にしたかった」(正田さん)

本棚だけれど、出会えるのは本だけではありません。

本や棚を通して見えてくるのは、その人の人柄や想い、経験、仕事や趣味の活動など、実にさまざま。「シェア本棚」はただの本棚ではなく、“人そのものに出会う装置”として機能しているとも言えます。

現在20名いるという棚オーナーの一人ひとりと出会うことができる。そんな場所とも言えるのではないでしょうか。

「MIN-NANO BOOKS」の名前に込めた想い。「みんな」も「一人」も大切にしたい

「そもそも『シェア本棚』をやろうと思ったのは、私が一人の時間が大好きだからなんです」(正田さん)

企業の営業職として働いていた正田さんも、実はネットワーク作りや人脈作りが苦手だったと言います。

「今までは、ストレスを抱えながらでも人付き合いは頑張らなきゃダメだという風潮があったと思いますが、私はそれに対してアンチでありたいと思っています」そうはっきりと言い切る正田さん。

「1000人に会えば、1000人の経験を聞くことができるし、それを自分の糧にもできる。でも人付き合いが苦手で1人にしか会わなければ、1人分の知見しか得られない。

じゃあ一人が好きな人でも、1000人分の知見を得るにはどうしたらいいか?そう考えて、辿り着いたのがこの『シェア本棚』だったんです」(正田さん)

一人でいるのが好きな人は、一人でいてもいい。一人でいても、「シェア本棚」を通じて、棚オーナーの人数分の知見と出会うことができる。

実は、その「一人でいること」を肯定する想いは、お店の名前にも込められていました。 

「お店の名前 『MIN-NANO BOOKS』は、シンプルに『みんなのための』という意味もあります。でも、字で書くと min と nanoに分けられる。ミニマムのminと、極めて小さい単位の nano。人に当てはめたら、最小単位 は一人。一人でもいい、っていう思いも実は込めているんです」(正田さん)

一人でいることを肯定するその姿勢は「お客様が来たら挨拶をするし、質問を受けたり話しかけられたらもちろん答えるけれど、私からは基本的に話しかけないようにしています」という言葉にも表れています。

大人数とつながることが苦手だったからこそ、別の形でつながりを生む方法を考えた正田さん。

そんな、一人でも心地よくいられる“みんなの居場所”のような本屋を運営するのは、決して簡単なことではないはず。では、どのようにして事業として成り立たせているのでしょうか。

稼ぐ仕事が別にあるからこそ、自然体でできる場づくり

全国の書店数は2024年3月末時点で約1万1000店舗。10年前の約1万6000店舗から、約3分の2に減少しました。(公益社団法人 全国出版協会「日本の書店数」を参照)

地方では、書店のない自治体も増え、本屋をとりまく状況は厳しいと言えます。

「この規模で、本屋一本だけでやるのは、地方ではなかなか難しいと思います。それは前もって察していたんですけど、実際にこの1年間やってみて、改めて実感しました。私の中で行き着いた今の結論は、本業は別に持つこと」(正田さん)

お客さんが少ない平日の日中はお店を閉めて、企業のリモートワークをしている正田さん。

代わりに、仕事帰りのお客さんが立ち寄れるよう、19時から22時までお店を開けるスタイルで、土日は終日営業しています。しかし、本屋を専業にしない理由は、それだけではありません。

このお店を“稼ぐ場所”って位置付けてしまうと、今のこの雰囲気を好きでいてくれる方は、きっと離れていってしまうと思うんですよ。私が営業っぽさを前面に出してしまうと、『なんか本屋さんって営業くさくて嫌だよね』ってなる。それが私はすごく嫌なんです。

そこを考えなくてもいいのは、すごく気持ちが軽くなる。お金を稼ぐことを目指すんじゃなくて、『お金は結果としてついてくるもの』ぐらいの位置付けにしておいて、このような場所を気に入ってくださる方にずっと来てほしい。それに、そういう方が少しずつでいいから増えていったらいいなと思います」(正田さん)

お店を訪れる人たちも、ここではお金を前提とした関係ではないことを理解しているからこそ、お互いにリラックスしていられる。素の人間同士として、つながることができる。そんな風に語る正田さん。

「私の理想的な出会い方が、ここではできているんじゃないかなと思います」という言葉からは、これまでの経験から、人との出会いで本当に大切なのは出会う人数の多さではなく“出会い方”だという思いに、長く向き合ってきた日々の積み重ねが感じられました。

それぞれが自由に、楽しんでその場にいられること 

MIN-NANO BOOKSでは月に2回、「とある島の創作部」という活動も行っています。

一人ひとりが作品を自由に作る部活動で、作るものはなんでもOK。書き物でも、絵を描くのでも大丈夫。いつ来ても、いつ帰ってもいいし、幽霊部員も歓迎という、ゆるやかな自由さがあります。

この活動が始まったきっかけは、お客さんとの何気ない会話。「この島には、隠れた創作家が多い」と気づいたことが発端でした。

創作のモチベーションを一人で保つのは、案外むずかしい。だからこそ、創る人同士がゆるやかにつながり、励ましあいながら続けられるような場所があったらという思いと、「この本屋を通じて、創作活動がもっと広がっていったらいいな」という願いが重なった活動が、「とある島の創作部」です。

本を受け身で読むだけじゃなく、作る側にまわる方が増えたらいいなと思っているんです。理想は、ここで本を読んだり創作活動をした人が、いつか出版したりなど、何かしらのアウトプットをすること。そのきっかけが、ふらっと参加したこの活動だったら、すごく素敵だなと」(正田さん)

訪れた人がおすすめの本を紹介する「推しリレーノート」。「ノートが埋まったら本にしたい」という夢も正田さんは語ってくれました

自分も、なれるなら「創る側」になりたいという正田さん。

「うちのお店はこういうものを提供しますよ、という上からのスタンスじゃなくて、こんな場所を作ってみたので、来たい人はどうぞって場をシェアするスタンスなんです。

一応、店主という立場ではあるけれど、上でもなく下でもなく、横並びでお客さんと一緒。自分自身もここを楽しんでる、そんな感覚でやっています」(正田さん)

気負わず、自分が「心地いい」と思えることを、まずは始めてみる。

そして、そうしてできあがった場所を、ゆるやかにみんなにひらいていく。そんな風にやわらかに、本屋をはじめた正田さん。

そんな正田さんの姿勢が、「MIN-NANO BOOKS」という、一人でもたくさんの人と出会える、みんなが安心していられる「居場所」としての本屋をつくり上げています。

その物語の続きは、これからどんな風に綴られていくのでしょうか。

本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。

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Editor's Note

編集後記

正田さんの自然体で軽やかだけど、芯のあるあり方、佇まいが印象的でした。いま自分が地方に住んでいることもあり、新たな人やモノに出会える場所の大切さを身に染みて感じます。こんな本屋さんが近くにあったらなあ...!

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