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LOCAL LETTER

地域にアートを根付かせる。酒蔵Art Restaurantアートプロデューサーが語る「アートイベント」立上げ秘話

NOV. 25

拝啓、自分自身が好きな “アート” を切り口に地域を盛り上げたいアナタへ

※本記事は「ローカルライター養成講座」を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。(第2期募集もスタートしました。詳細をチェック

好きな場所で、好きなことをする。
そんな生活に憧れて、移住する人も多いはず。

でももし、新しく飛び込んだ地域が、自分がやりたいことに対しての土壌がなく、理解してくれる人がいない環境だったら?
周りの理解を得られるためにはどうすれば良いのか?

そんな不安や苦悩を抱えて、なかなか前に進めない方も多くいるのではないでしょうか。

今回取材したのは、瀬戸内国際芸術祭をきっかけに香川県の三豊市に移住し、自分が大好きな “アート” を仕事にしている牛込麻依さん。

彼女もまた大好きな場所に移住したけれども、アートが根付いていないこの地域で、試行錯誤しながら活動をしている移住者の一人です。

そんな彼女が、“アート” を切り口に地域を盛り上げようと奮闘する姿を取材しました。

牛込麻依(Mai Ushigome)さん 三豊鶴アートプロデューサー / 群馬県出身。東京の大学で美術史を専攻。大学時代に瀬戸内の島と出会い、すっかり島旅にハマる。瀬戸内国際芸術祭の時期にはボランティアスタッフとしても活動。東京のWeb広告会社で2年働いた後、2019年冬、先輩を頼りに香川県三豊市へ移住。住み込みをしながら、うどん屋、カフェ、宿、豆腐屋、居酒屋など、さまざまな仕事をしながら地域の人脈を広げていく。現在は三豊鶴のアートプロデューサーとして、夢だった「アートの仕事」に奮闘している。

地域のシンボル「三豊鶴」を残すために。アートを手段にしたプロジェクト「酒蔵 Art Restaurant」とは

香川県三豊市にある築150年以上の歴史のある「三豊鶴」は、酒造りの役割を終えた “元酒蔵” 。13年間空き家であった同施設を再び地域のシンボルにしようと、2019年に合同会社三豊鶴が発足され、現在は宿泊施設やレンタルスペースを中心に運営されています。

そんな中、今回新たに「アート」「食」「酒蔵」の組み合わせで期間限定のプロジェクトとしてはじまったのが「酒蔵Art Restaurant」。本プロジェクトのコンセプトは “醸造” だと牛込さんは語ります。

「『三豊鶴』に酒蔵としての機能があった時は、地域の人が遊びに来たり、お酒を買いに来たり、職人さんが楽しくお酒を作ったりと、ここ『三豊鶴』は地元の方に愛される地域のシンボルでした。『三豊鶴』を後世に残したいという思いから継続運営を目指して、合同会社三豊鶴は試行錯誤を続けています。

今回初めて開催した『酒蔵Art Restaurant』は、三豊鶴の持つ古き良き価値に現代アートという新たな価値をぶつけることで、更に新しい価値を生み出し、そこで生み出される刺激によってお客さんはもちろん、アーティストやシェフ、スタッフを含めた関係者自身も醸造され、アップデートしていくことをコンセプトにしています」(牛込さん)

この『酒蔵Art Restaurant』の開催をきっかけに、アートプロデューサーとしてメンバーに加わった牛込さんの仕事は、『酒蔵Art Restaurant』に展示する作家選びから、作家さんとの関係構築、出展作品の選定、展示場所の決定、搬入作業、期間中にLIVEパフォーマンスを行うアーティストとの調整、進行管理など、アーティストに関わること全般。

そのほかにも『酒蔵Art Restaurant』の来場者にアート作品の説明をしたり、レストランでの食事の後にギャラリーツアーを案内したりなど、牛込さんの仕事は多岐に渡ります。

想像しただけでも膨大な仕事量、かつ、初めてのアートイベントでより一層の大変さが想定できますが、それでも展示をお願いしたアーティストや、ジャンルにも牛込さんのこだわりが光ります。

「まず三豊鶴メンバーの方針としても、香川県内や三豊市内の作家さんにアートの発表の機会をつくり、応援していきたいという思いがあったので、県内作家さんを中心にお声がけさせていただきました。県外や海外の作家さんの作品にも触れていただきたかったので、繋がりのない作家さんには直談判したりもしましたね。あとは敢えてジャンルをバラけさせることも意識しました。絵画だけではなく彫刻や盆栽とか。

三豊市には公営の美術館がなく、ギャラリーも少ないです。瀬戸内国際芸術祭以外にアートに触れる機会もなかなかないので、気軽にいろんな形のアートに触れてもらいたいという想いでアーティストさんと作品を選びました」(牛込さん)

世界的な作家にはHPの問い合わせから交渉。過去の経験を活かし、好きだけど未経験の領域「アート」を成功へ導く

瀬戸内国際芸術祭をきっかけに三豊市に移住してしまうほどアートが好きだった牛込さんですが、実は『酒蔵Art Restaurant』に関わる前は、仕事でアートに関わる経験はなかったというから驚きです。

東京では新規営業の仕事、三豊に移住してからはうどん屋や宿泊施設で働きながら、いつか好きなアートで仕事がしたい想いから、とにかく「アートが好きなんです」とやりたいことを常に声に出していた牛込さん。ついに念願が叶い、昨年の2021年11月に『酒蔵Art Restaurant』の相談を受け、「こんな素敵な場所で自分の好きなアートの仕事ができるなら是非!」と二つ返事でアートプロデューサーになることを決意されました。

「アートディレクションやプロデュースに関しての知識やノウハウは全く持ち合わせてないし、ギャラリーの仕事がどんなものかも知らなかったのですが、東京での会社員時代に新規開拓の営業経験で学んだプロセスを意識して作り上げていきました。

新進気鋭の作家さん以外に、すでに世界的に活躍されている方も呼びたいと思っていたので、全くコネクションがない中で、ホームページのお問い合わせフォームからご連絡して、他の三豊鶴メンバーと協力しながら、地道に確実なプロセスを踏んで交渉をしました結果的に気に入っていただけて、理念にも共感してくださり、ご参加いただけた時は奇跡かと思いましたね。」(牛込さん)

『酒蔵Art Restaurant』に参加しているアーティストは25名、作品はなんと約240点。初めてアートプロデュースをされたとは思えないほど、多くの作品が展示されている事実が、牛込さんの熱意と努力を物語っています。

「もっと多くの方に断られる前提でお声がけしていたんですが、断られたのは2,3人くらいで、正直私もこれだけ沢山の作家さんが『酒蔵Art Restaurant』に共感し、ご参加いただけたことに驚いています。本当にありがたいです」(牛込さん)

瀬戸内国際芸術祭との違いも演出。『酒蔵Art Restaurant』だからこそ楽しめるアートの世界とは

香川でアートといえば、牛込さんも惚れ込んだ瀬戸内国際芸術祭がある一方で、『酒蔵Art Restaurant』では、ここでしか楽しめないアートの魅力や見せ方をしているのも大きな特徴であり、牛込さんのこだわりです。

「個人的には、瀬戸内国際芸術祭との棲み分けもうまくできたなと思っていて。瀬戸内国際芸術祭は一つの建物につき、一つの作品が展示されていることが多いイメージですが、『酒蔵Art Restaurant』では一つの建物に何百個もいろんなジャンルのアートがあり、全然違う見せ方でお客様を楽しませることができたと手応えを感じています」(牛込さん)

さらに『酒蔵Art Restaurant』のもう一つ特徴的な点は、展示されているアート作品ほぼ全てに価格が付けられていることここにも牛込さんの狙いがあるのだとか。

「瀬戸内国際芸術祭とのもう一つの棲み分けとして、『酒蔵Art Restaurant』では、アートの販売も行っています。私自身は、値段をつけることで、アートを身近に感じてもらえるんじゃないかと思っていて。

アートというと、どうしても難しさや敷居の高さを感じる人が多いと思うんですが、価格がついていると『あれ、意外とこの値段で買えるんだ』という親近感を持つようになったり、買うことを意識することで自然と自分の「好き」「嫌い」の世界に入っていったりするわけです。インテリアを選ぶような、そんな気軽な気持ちでアートを見てほしいですね」(牛込さん)

今回の『酒蔵Art Restaurant』をきっかけに、ご自身も初めてアート作品を購入したという牛込さん。ご自身の心とお財布がときめく作品に出会い、自分の手元に置くことで、これまでとは違った喜びを伝えてくれました。

「作家さんが心を込めてつくった世界にたった一つの作品が自分のものになるって、なんだか誇らしい気持ちになるんです。人生が豊かになるこの体験を多くの方に味わってもらいたいと思っていて。ついつい作品をお買い上げいただいた方には『アートコレクターの仲間入り、おめでとうございます。豊かな人生になりますね』と声をかけてしまうほどなんですよ(笑)」(牛込さん)

「三豊にアートを根付かせたい」牛込さんの新たな挑戦に向けて

自分がやりたかった「アート」を仕事にすることができた牛込さんですが、未経験の状況で、自分にできるのか不安に思ったことはなかったのでしょうか?

「もちろん不安もありましたが、声をかけていただいた三豊鶴のメンバーから話をいただいた時に『(アートに関しては)自分たちの方が素人だ』という言葉をもらったんです。三豊鶴の経営メンバーの5人は農家、木材加工、建材、土木など異業種の集まりで、レストランや宿泊業など彼らもプロではない中で、『三豊鶴』を後世に残していくために、自分たちができることを考えて色々とチャレンジをされていてこの組織文化の中なら、自分のチャレンジや頑張りが認められると背中を押されました。

あと『(逆に)固定概念に囚われた仕事をしないで欲しい』とも言われていて。素人だからこそできる面白いイベントもあるよね、と。こうしたメンバーだったからこそ、『やらせてください』と手を挙げられたのだと思います」(牛込さん)

2022年8月から始まった『酒蔵Art Restaurant』は、11月6日で一旦幕を閉じます。このプロジェクトが終わった後、牛込さんはどうされるのでしょうか。

「今の時点では、次どうするか具体的に思いついていなくて、とりあえずゆっくりしようかなと思っています(笑)。でもやっぱり考えていることは『アートに携わりたい』ということ。

一方で、何がこの地域のためになるのかという視点は無くさないようにと考えています。美術館やギャラリーがなかったりとアートを受け入れる土壌がまだない地域なので、アートの仕事が現状ないという厳しい状況には変わりありません。でもだからこそ、ニーズはあると思っています。アートがあったらもっと豊かになるエリアになると感じているので、これからもアート分野でアプローチしていきたいですね」(牛込さん)

アートを三豊に根付かせるために、地道に、一歩一歩種まき活動をしている牛込さん。『酒蔵Art Restaurant』に対する地域の反応も上々なんだとか。

「地域の井戸端会議グループのおばあちゃんが『酒蔵Art Restaurant』の噂を駆けつけて『すごいね』と声をかけてくれたり、新型コロナウィルスの関係で三豊から出ていた方が3年ぶりに戻ってきて『私が知っている昔の思い出の場所をすごく素敵にしてくれてありがとう』と声をかけてくれたり。嬉しいお声も届いています」(牛込さん)

少しずつ牛込さんがまいた種は、順調に実ってきています。

三豊にアートを根付かせようと奮闘する牛込さんの挑戦は、地域で新しいことにチャレンジしたいアナタの背中も押してくれたのではないでしょうか。

挑戦できる環境があり、アートに対する熱い想いから、未経験の仕事現場でも活躍している牛込さん。今後は『酒蔵Art Restaurant』に留まらず、三豊のアートプロデューサーとして活躍する彼女の活躍に期待が溢れます。

『三豊鶴』
〒769-1101 香川県三豊市詫間町詫間須田5437
https://www.mitoyotsuru.com/

Editor's Note

編集後記

「アートプロデューサー」という肩書きのついた方なので取材前はドキドキしていましたが、この取材を通して牛込さんの「アートをやりたい」想いと過去の経験などを活かして着実に夢を叶えたという印象があり、私自身も大変勇気づけられました!また、人見知りと言いながらも勢いがあったり、地域の方に愛されるお人柄も取材から親しみも感じられ、終始楽しい取材になりました。次回はゆっくり三豊鶴に行き、牛込さんのギャラリーツアーに参加してアートの購入体験(牛込さんから「おめでとう」と言われることも含め)をしたいです。

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