FUKUSHIMA
福島
「がんばらなくていい」
この言葉に、救われた経験は誰しもあると思います。でも一方で、「今は頑張りたい」。そう思うこともあるのではないでしょうか。
人は、ときには向かい風の中で踏ん張る強さがほしいこともあります。頑張りたい気持ちがあっても、自信がない。弱気になってしまう日もありますよね。
そんななか「大変でも、やるしかない」と続けてきた人がいます。
今回お話を伺ったのは、福島県の会津美里町で「自然農法無の会」のメンバーとして活動されている宇野宏泰さん。野菜や米、果樹などの多品目の有機農法に取り組みながら、無の会の経営や地域活動にも携わっています。
お話をうかがうなかで伝わってきたのは、思うようにいかない状況に置かれても「やり続ける」強い意志と、肩の力を抜いて暮らしを楽しむしなやかさでした。
続けるためのヒントや一緒に頑張る勇気をくれるような——。 宇野さんの言葉には、一緒に踏ん張ってみようと思える不思議な力がありました。

福島県、会津美里町で有機農業をおこなう「自然農法無の会」(以下、無の会)は、今年で創業20年になります。
宇野さんは、無の会に参加し5年目。今では無の会を創設した代表の児島徳夫さんから、若手メンバーと共に農園を引き継いでいる真っ只中にあります。
無の会が創設されたのは、環境保全の意識が高まり始めた頃でした。
「1980年代の終わりから90年代の頭にリゾート開発運動というのが、全国であったんです。日本でも希少なブナの原生林を切って、ゴルフ場にしようとか、地域のご神体の山に廃棄物の最終処分場を作ろうとか」(宇野さん)
無の会のある会津美里町にも、例にも漏れずその波が来ました。
「あるとき、まちが大手建設会社と契約を結んだんです。でも、反対運動が起きて。会津美里町の全住民の過半数、約17,000人の署名を集めて契約した後だったにも関わらず、計画を白紙に戻したことがあったそうです」(宇野さん)

環境意識が高まるなか、代表である児島さんが強く意識するようになったことが「一番自然環境に影響を及ぼしている産業とは何か」という問いでした。
「その答えが『農業』だったと聞いています。当時は、農薬を一気に飛行機で撒くみたいな時代だったんですよね。無農薬なんてありえないし、できない。飛行機で撒いてるくらいだから。
でも最低限、化学肥料と農薬を使わないで栽培できる方法があるんじゃないかって。それを、自分でやっていくしかない、と代表が模索し始めたんです」(宇野さん)
当時児島さんは、地元にある進学率の高い県立高校の英語の先生。しかし農業を本格的に始めるために、あえて教員としての負担が少ない高校に異動し、朝は農業で昼間は教師という二足の草鞋を10年間続けました。
「その退職金を費やして作られたのが、大きな堆肥場です。田んぼについても、僕が無の会に来た時点で、広さはなんと12ヘクタールほどにもなっていました」(宇野さん)
無の会は創設から15年の年月(2020年時点)を経て、福島県で最大級の有機農家となっていました。

「代表が担ってこられたのは、農地や堆肥場といった生産の基盤を整える役割でした」と語る宇野さん。
「代表が整えてきたインフラをどう引き継ぐかを、農園に所属してからの最初の2、3年は色々思案していました。考えた結果、今のままお米を中心とした中規模多品目栽培を比較的大人数で回していくことは正直難しい、という結論に至りました」
無の会を続けるためには農業そのものとは別の形で、経済的な土台をつくる必要がある。そう考えた宇野さんたちは、3年前に無の会と同じメンバーで「株式会社ZEN-BU」を立ち上げました。
ZEN-BUは、会津を拠点に「SHINDO(旧会津百姓一揆プロジェクト)」を推進し、全国から多様なバックグラウンドの仲間を集めながら、持続可能な農業と土づくりのコミュニティモデルをつくっています。
ZEN-BUの活動を記録した映像。ドキュメンタリー映画監督の茂木綾子さん(無の会に参画予定)が撮影を担当した。
児島さんが築いてきた無の会を、この土地で続けていくために。
宇野さんは無の会を支える別のアプローチとして、新しく株式会社を設立する選択をしました。
その一方で、宇野さんはこんな思いも語ってくれました。
「参画しているメンバーの多くは、最初から農家になる必要があったわけではないんです。収入だけで考えれば、ほかに、もっと稼げる仕事はいくらでもあるかもしれない。
それでも単なる経済的なリターンだけにとらわれない魅力みたいなものが無の会にはあります。
かといって、あまりにも経営がギリギリだと続けられない。どうやって経営と理念のバランスを取るかというところは、すごい考えますね」(宇野さん)
宇野さんが、収入や都会での生活よりも「無の会」を選んだ理由。
その魅力は、一体どこにあるのでしょうか。
宇野さんは、これからの無の会の方向性を「人と地域の視点」で捉えています。
「一つ進めようとしているのが、まず人を増やす農業です。少人数で大きな面積をやるのは、そもそも地域としての持続性がないと思っているんです」
宇野さんがそう考える背景には、農業が本来、多くの人手を必要とする営みであるという前提があります
例えば水田には、草刈りやドブさらいなど、維持のために欠かせない作業が数多く存在します。こうした「人手が必要な特性」そのものが、地域にとって良い効果をもたらすのではないか。宇野さんは、そう捉えていました。

「農業はもともと人手がいる生業で、有機農業はさらに人手がかかる。やらなきゃいけないことを終わらせるために、たくさんの人に関わってもらわなきゃいけない。人が必要な構造にそもそもなっているんです。
『人手はいらないんだけど、遊びに来たら?』なんて提案だったら、人は集まらないですよね。来る理由がない。人を呼び込むという機能が、農業には確実にあると思います。
人を外部から地域に呼ぶ役割は、農業だからこそ果たせるのではないでしょうか」
農業があるから、ここに人が集まる。宇野さんは、そう語ります。
「人手が必要であること」を地域のために、あえて活かす。では、地域に人が増えると、どんな変化が生まれるのでしょうか。
「人がいれば、学校や病院といった地域に必要なものが維持されるし、農業に関わる仕事も少しずつ地域に増えていくはずです。例えば、農業機械を整備する人が地域に住むようになるかもしれない。
当たり前のことかもしれないですが、地域ってある程度人が住んでれば住んでるほど、みんなが楽に住めるようになって、人が減れば減るほど、住むのが大変になるんです」
人がいないと、地域に住む一人ひとりの負担は大きくなってしまう。
けれど、人がいればいるほど、暮らしは楽になる。
宇野さんは農家が増えていくための「受け皿」を作りたい、と考えています。
「今、農家がどんどん減っていって、後継ぎも少なくなっています。農家を増やさなくてはいけないとなった時に、ゼロから自分たちの力だけで営農するのはすごくハードルが高いんですよね。やはりどこかで研修できたり、話を聞きにいける人がいたりする方が良いのではないかと」
農業をやりたい人自体は、社会的には増えてきている潮流ではあると思う、と宇野さんは続けます。
「農業のリアルな部分も含めて伝えて、外から来た人を受け入れていく。その活動は地域として大事だからやっていますね。無の会が次世代に向けた受け皿になるには、まだまだ至らないし孤軍奮闘な部分はあるんですけど。これからも新しい人を受け入れていくことは、自分たちの一つの役割だと思います」
人が減っているという地域の課題。農家さんが減っているという農業の課題。
その両方に向き合う手段として「地方での農業」があるのかもしれません。

無の会では畑を引き継ぐ活動もしています。その背景には農家の高齢化が進み、耕作放棄地が増え続けているという現状がありました。
「自分たちの農地だけで手はいっぱいだから、もうできませんと簡単に言えるような状況じゃないんです。だからこれから10年ぐらいは、ちょっと無理してでも、限界を突破し続けるか。経営的に非合理的だったとしても。
団体としてやりたいことと利益のバランスは、もちろん大切です。でも僕らのような団体だからこそ、ある程度無理をし続ける必要があると思っています」
耕作放棄地を引き取るたびに、耕作面積は少しずつ増えてきました。必ずしも条件のいい土地ばかりではないので、その大変さもあると宇野さんは冷静に語ります。

「無理をしていると言うと『経済的にはもっと合理的にできるよね、スリムにできるよね』という話になりがちですけれど。今そこを目指してしまうと、結果的に経済合理性がなくなってしまう」
「結果的に経済合理性がなくなる」とは、どういうことなのか。
地域のために少し無理をしてでも動かなければ、地域そのものが続かなくなってしまうと宇野さんは警鐘を鳴らします。
「地域として続かなくなると、僕らも続かなくなる。だから無理をする時期で、踏ん張りどころです」
地域がなくなってしまったら、この地で無の会は続けられない。
だからこそ、「一農園としての経済合理化」よりも「地域としての存続をかけた活動」を選ぶ。
地域も、無の会も、農業も、持続させる。そのための道を、試行錯誤しながら探り続けています。
また農法に関しても、あえて大変な有機農法をおこなう理由があるといいます。
「背景にあるのは、日本の農業を取り巻く資材供給の不安定さです。日本の農業で使われる肥料は、すべてが国内で作られているわけではありません。農薬や除草剤についても、輸入品に頼っているものが多いのが現状です。海外資材に依存するだけではなく、自分たちの力で農業を続けられるよう、準備をしていく必要があります」
日本の農業では尿素や、りん酸アンモニウム、塩化カリウムといった化学肥料で使われる主な原料をほぼ全て海外からの輸入に頼っています。また、除草剤を含む農薬についても、国内で流通している量の約24%が輸入品という現状*があります。
(*出典: 農林水産省, 「肥料をめぐる情勢」, 2023 および 農林水産省, 「農薬をめぐる情勢」, 2025 より)
「最終的には、化学肥料や化学合成農薬を使わずに農業ができる人間が、はたして何人いるか。技術を持った有機農業者の不足が農業を持続させるための最大のボトルネックだと思います」
だからこそ今、農業ができる人材の育成が必要だ、と語ります。
「人間を育てるってお金がかかって、効率が悪いことなんです。経済的に合理性があるかで考えると、一番無駄に見えますよね。
それでも農業を続けていくためには、そこを避けて通れないと考えています。
必ずしもすぐにはコスト回収ができないかもしれないけれど、農業を始めたい人たちを受け入れて。2年、3年かけて、それなりにでも農業ができるようになっていく。そのためのサポートをひたすらやっています」
人を育てることで、地域や農業も豊かになっていく。一見遠回りに見えても、着実に積み重ねている取り組みです。

「お金に結びつきづらくても、誰かがやらなきゃいけない」ことを、誰にも頼まれていないのにあえてよくやっている、という宇野さんは、農業以外にも手がける幅広い活動についても語ってくれました。
「最近では空き家問題についても、僕らで取り組みを始めています」と、無の会で短期滞在した人のなかに、会津に住みたい人がいれば空き家の紹介をしているといいます。
また、近くに転校してきた小学生の子の親御さんから「家から学校が遠いから、学校の後に無の会の事務所で面倒を見てくれないか」という相談があり、その受け入れも始めたそう。
託児所じゃないんですけどね、と言いながらも笑う宇野さん。こういった偶発的な出来事にこそ、地域で暮らす楽しさが垣間見えます。
「あとは文化継承として、地域の獅子舞や神事に関わることもあります。無の会に2人ほど、笛を吹いたり、獅子舞ができたりするメンバーがいるんです。あと高校や小学校で授業や講演をすることもあります」
空き家のこと、文化行事への関わり、教育の場での活動。そうした一つひとつから、多種多様な活動をするメンバーが集まっていることが伝わってきます。
「地元の経営者グループが開催する勉強会に参加して、40代、50代ぐらいの若手の社長さんたちと一緒に活動しているメンバーもいます。僕のように地域外に出ていって、外部からいろんな人を連れてくる役割の人もいる。
あと、いわゆるおじいちゃんおばあちゃんに愛されるタイプの人もいますね。地域の高齢者に親しまれて、土地や家を任されるようなケースに発展することもあります。守備範囲は、メンバーそれぞれ。人数が増えることで、地域と関われる幅も広がっていきます」
メンバーそれぞれの個性が、無の会を彩っているのでしょう。

「地域活動って、ほぼお金にならない。だけど、お金にこだわらない活動をしないといい地域が作れないと思っています」
まあ、農業だけやってたら、楽しくないですし、と話す宇野さんは、なんだか楽しそう。
「活動を続けるなかで、正直に言えば経営にものすごく余裕があるわけじゃない。シンプルに1つの品種だけを作って販売していたら、もっと簡単な話なのかもしれないと思うこともあります。でも、利益だけを追求していたら魅力的な農園でもなんでもなくなってしまう。『僕らは一旦これでやろう』くらいの余白を残した方向性でやっています」
その言葉は「無理をし続ける必要がある」という強い言葉とは反対の、柔らかい、力の抜きどころのようにも見えました。
「大変だけどやる必要がある」地域の役割と、「農業以外にも広がる豊かな暮らし」。そのバランスこそが、宇野さんが無の会や地域に感じている魅力なのかもしれません。
宇野さんがお話ししてくださったように、地域や農業には、様々な関わりしろがあります。
仲間と一緒に、地域と関わり、農業に触れてみませんか。
無の会でも、無來人(むらびと)という制度などで、農業に関わることができます。
気になった方は、自然農法無の会のHPをご覧くださいね。
Editor's Note
「無理をし続ける必要がある」と言う言葉が出てきたときに、一瞬ドキッとしました。今、自分は無理をするほど頑張れているのだろうかと。でも、宇野さんの力の抜きどころのようなものが見えた時に、「頑張るとき」「頑張らないとき」のバランスが大事なのではないかと感じました。自分がいざ「ここは踏ん張りどきだ」と感じたとき、宇野さんのことを思い出して頑張ろうと思います。
RISAKO SUGAWARA
菅原理紗子