IWATE
岩手
目の前に大きな壁がある。
それも人の力だけじゃ敵わないような大きな厚い壁。
そんな壁に出会った時、あなたはどう考えるでしょうか?
壁を乗り越える、回避する、打ち破るーー。
岩手県の南東部。大船渡市三陸町にある越喜来(おきらい)は、リアス式の入り組んだ地形の恵みを受け、ホタテや海藻の養殖が盛んな海があるまちです。
この越喜来の崎浜(さきはま)で、生まれ育った中野圭(なかのけい)さんは、2016年に家業のホタテ養殖業を継ぎ、中野えびす丸の船長に就任しました。
越喜来の海産物を全国に届けるプロジェクト「OKIRAI PREMIUM」や旅をしながらお手伝いを通じ地域を知る「おたつたび」の受け入れ、ホタテを食べ・知り・つながるイベント「ホタテふぇすた」の開催など、漁業にとどまることなく活動をしている中野さん。
中野さんはこれまでに震災やコロナ禍、いくつもの壁を打ち破ってきた漁師です。
「漁業を通じて、人のつながりをつくる。それが、世の中をよくしていく」
そう語る中野さんの周囲には人が集まり、今、着実にこれまでの漁業に変化を生み出しています。
前後編にわけ、前編では中野さんのこれまでの生き方や漁業に対する想いをお届けします。
困難に立ち向かうアナタが壁を打ち破るヒントになりますように。
2011年、3月11日。
三陸沖を震源に発生した「東日本大震災津波」。
それは、都会に憧れて高校進学から親元を離れていた中野さんを、再び地元に戻す大きなきっかけとなりました。
「3月11日に津波が来て、12日には当時暮らしていた東京をたって、東北に向かいました。結局到着したのは14日でしたね。津波にのまれたままの地元をみた時に、ゼロというか、マイナスになっている状態だと感じました。その時、率直に、地元のためにできることはなんでもやろうと思ったし、やりたいと思いました」(中野さん)
大津波がまちや港、自分の育ってきたなつかしい環境を奪いさり、「なにもない状態」になってしまった。その時に中野さんは、「捨てたはずの故郷を失ってみて、初めて大切さに気づいた」と振り返ります。
中野さんのこの言葉には、震災に対する感情と、自分自身が込めた決意を感じます。
自分が生まれ育ってきた場所を、自分の力の及ばない力によって失った中野さんは、今度は自分たちの力で地元をもう一度つくりあげることを決意しました。
しかし、すぐに中野さんの家業である漁業を引き継げたわけではありませんでした。
津波の影響により、港や船も甚大な被害を受けており、漁に出たりホタテの養殖をしたりするのもままならない状態だったと語ります。
その中で、中野さんは震災復興に関わるNPO法人に所属し、地域の復興に尽力します。
「震災があって、地元を離れていた同級生や友人たちがたくさん戻ってきたんですよ。地元の人や帰ってきた人たちを始めとして、全員が助け合っていました。みんなでどうにか地元をまたつくっていこうと活動している時は、高揚感のようなものもあり、快感でもあるような気持ちにもなっていて。楽しさを感じながら取り組んでいました」(中野さん)
震災復興に携わることも、地元をゼロからつくっていくことも、使命感からではなく「楽しさ」の方が強かったのだとか。一方で、「ハイになっていたかもしれない」と振り返り、有事ならではの特異な感覚を抱いていたことを教えてくれました。
中野さんが中心となって、震災復興を願い犠牲者を追悼するために地元で企画した打ち上げ花火「okirai summer」は毎年8月、東日本大震災の月命日である11日に実施しています。
震災復興のシンボルの1つである「ど根性ポプラ広場」から打ち上がる花火は、越喜来を照らす光となり地域の人をつないでいます。
「一年に一度、このまちに縁のある人が、越喜来を思う日になるように」という思いで続くこの花火は、2024年8月で14回目を迎え、夏の風物詩となっています。
地域に貢献を続けながら活動すること5年。2016年に、ご両親の家業を継ぐ形で「中野えびす丸」の船長に就任した中野さん。しかし、満を持して従事した漁業の世界は、「課題だらけ」のものでした。
日本の水産業の現状は、後継者や担い手不足、環境や水温の変化による漁獲量の減少などに加え、制度面の課題も大きいと中野さんは語ります。
ホタテ養殖に立ち塞がる大きな壁の一つは、貝毒*です。
*貝毒…貝が持つ毒のことで、原因はプランクトンにある。貝自体が毒であったり、海の汚染が直接原因となるものではない。ホタテ貝を出荷する際は、貝をすりつぶして毒の含有量を調べ、その基準値を下回っていないと出荷が認められない。
「昨年は、貝毒の影響でほとんど出荷できない状態でした。
2024年は、奇跡的に自分たちの海域は基準を上回る数値にならなかったため、出荷することができました。一方で、今まで貝毒が出なかった地域で初めて貝毒が発生し、1年間出荷ができていない方々もいます。来年、自分たちの地域も出荷できるかわかりません。
現在の制度では、貝毒の数値が基準を超えたら条件付出荷となり、実質的に出荷がストップしてしまいます。貝の一部を取り除くなど対策して出荷できたらと思っていますが、厳しい状況です」(中野さん)
出荷できないということは、収入が途絶えるということ。
自分たちの意思ではコントロールできない不安定な状況に、多くの漁師さんが頭を抱えています。
しかし、こうした実情を知る消費者は多くありません。
中野さんは、その認識のギャップを埋め、苦しい現状を変えていくためにも、消費者と生産者の垣根を超える交流イベントを開催しています。
中野さんが主催するイベントは、ただ美味しくホタテを食べる会ではありません。ホタテや貝毒の正しい知識を伝え、ホタテのイメージアップを図りながら、人々の交流の場にするのが大きな目的です。
「危険性と同時に、安全性も伝えていきたい。フグだって毒をもっているけれど、適切な処理をすれば美味しく食べられる。ホタテも同じように、適切な処理をすれば、美味しく食べられる。ホタテも、フグのような存在にしていきたいと思って活動しています」(中野さん)
ホタテや海藻の養殖業に従事するだけではなく、三陸の漁業やこれからの一次産業に関する課題を提起したり、自分から交流機会を生み出したり、精力的に活動する中野さん。
しかし、元々は故郷に戻り漁業を継ぐつもりはなかったと振り返ります。
地元で海の仕事に就き、越喜来の地で暮らすことを決めたのは、家族の存在や同じ地域に住む人たち、そして地元に戻ってきた友人たちや、震災をきっかけに出会ったボランティアなど、多くの人々との交流やつながりができたことが大きかったそうです。
「震災がなかったら、地元にこんなに人がくることはなかったと思います。ボランティアを始めとする色々な人たちが来てくれて、新たな関わりが生まれて、多くのつながりができました。
つながりを通じて、知識や経験を共有し合えることに楽しさを見出しましたね。こうしたつながりが大切だと思えたのは、来てくれた人との交流があったからだと思っています」(中野さん)
そう話す中野さんは、現在「おてつたび」などを活用して漁業体験を行っています。
「おてつたび」とは、「お手伝い」と「旅」を組み合わせた人材マッチングサービス。
参加者はホタテ養殖に従事し、中野さんと一緒に海にでたり、出荷作業を手伝ったりすることで、豊かな経験のほか、報酬も受け取ります。
慣れない人を短期間で受け入れることや、毎回説明をして初心者でも作業しやすいようにすることなど、来訪者を受け入れることへ負担は感じないのでしょうか?
「一度に受け入れられるのは、せいぜい一人か二人。決して多くない人数だからこそ、人と人として、『濃く』関わりたいなと思っています。初心者だって、うまく作業ができない人だって、この場所にきてくれるだけでありがたい。
受け入れをすることを負担には思っていません。逆に、おもてなしもあまりできていないかな。来てくれる人には、ありのままを見てもらっている感じです」(中野さん)
朗らかな笑顔で答えてくれる中野さんは、風のやんだ海のような穏やかさを感じさせます。
「僕の仕事で大切にしていることとして、『漁業を通じて、人のつながりをつくる』という思いがあります。だから、来てくれた人は、僕の家族や地元の人とまずつながって、知識や経験を共有しあってほしいです。
『役に立たなきゃ』と肩肘張らずに、交流をしに来てほしい。人とのつながりが世の中をよくしていくと思っています」(中野さん)
「日本一楽しい漁業を」を軸に、越喜来からつながりを生み出している中野さん。漁業だけ、越喜来だけには留まらないスーパーマルチなゲームチェンジャー。
数々の壁を乗り越えてきたバイタリティ溢れる行動や着想は、一人で培ったものではなく、周りの人やこれまでの経験、様々な人との交流で生まれたもの。
壁を乗り越えるヒントは、人とのつながりの中にありました。
そんな中野さんの活動の広がりや三陸の漁業に対する思いは、後編に続きます。
LOCAL LETTERのメールマガジンでは、他にも地元に戻り地域を盛り上げているさまざまな人の思いを伝える記事を配信しています。
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Editor's Note
親しみやすく朗らかな笑顔で話す中野さん。ですが三陸の漁業や課題について伺うと、一転して真剣な表情になります。前向きに取り組む姿勢こそが中野さんの強さだと感じました。
Maria Wakamatsu
若松 鞠亜