NEBA, NAGANO
長野県根羽村
「未来の教育」は地域にあり。
長野県に位置する人口約900人の根羽村の「教育」は今、変わろうとしている。
…といっても、新たな進学校が設立されるとか、そんな話ではない。元々地域に豊かに広がる「森林」を活かした教育事業を始めようとしているのだ。
根羽村には、一家に一台チェンソーがある。昔から「林業」と密接した村であり、ここに住むおじいちゃんおばあちゃんたちは幼少期、山や、森や、木のそばで、遊んで林業の手伝いもしながら育ってきた。村長=森林組合長という伝統は今でも残っている。
そんなユニークな文化に惹かれ、「この環境での生き方を自ら学びながら、ここにある豊かさを村外にも届けたい」と立ち上がったのが、2018年に東京から根羽村へ移住した弊社(株式会社WHERE)社員で、根羽村の地域おこし企業人を担う杉山泰彦氏だ。
杉山氏は現在、村役場の事業部で活動をし、村内で宿場も営みながらいわば「地域のハブ」のような役割を果たしている。
そんな杉山氏が今年度より立ち上げる事業が、森林 × 教育の事業。社会人時代に人事・採用や人材研修などの経験はあるというが、教育事業は未知の領域だという。
地域で教育事業を展開するにあたって、どんなところにポイントがあるのか?
何に価値を置くと、成功するのか?
そんな疑問を元に彼自身が3月23日に開催した「地域×教育の可能性」オンラインディスカッションにて、すでに「地域×教育」の文脈で活躍している方々に話を聞いた中で感じた3つのポイントを紹介してもらった。
今回のイベントで実戦経験を語ってくれたのは、岩手県陸前高田市広田町で教育事業を展開するNPO法人SET(通称: SET)のメンバー、三井俊介氏と上田彩果氏。
SETは、2013年より全国の大学生が広田町に1週間滞在し、実際に町おこしをする「Change Maker Study Program」を開始。小さな規模で始まったこのプログラムは、現在、年間250〜300名が参加するほどに大きく成長。
2016年からは、さらにプログラムを拡張させた最低4ヶ月〜の移住留学プログラム「Change Makers’ College」も展開している。
また、2014年からは地元の中高生向けのキャリア教育事業「高田と僕らの未来開拓プロジェクト」(通称:高プロ)をスタート。毎年夏にメンバーを募集し、大学生と一緒に町づくりに貢献する企画を立案・実行していく。まさに教育を通じた地域おこしを体現している組織だ。
SETのプロジェクトの特徴は、外から来た移住者や留学生が、地元の人たちと一緒にプロジェクトをつくり上げている、という点だ。
例えば、4ヶ月以上滞在する「Change Makers’ College」では、町中がキャンバス。
地元の人たちの協力を得て、共同生活する空き家を中心に、徒歩15分圏内に、アトリエやバー、朝食会場が点在している。
また、2014年からは地元の中高生向けのキャリア教育事業「高田と僕らの未来開拓プロジェクト」(通称:高プロ)をスタート。毎年夏にメンバーを募集し、大学生と一緒に町づくりに貢献する企画を立案・実行していく。
「地域での学びは、どちらか一方ではなく、お互いが成長していくことで、真の成長が得られると思っているんです。一緒に語り合って、一緒に町づくりをしていくことで、人も地域も変わっていくんだ、と感じています。」(三井氏)
「あと基本的には、やることを強制したりしません。全員一斉にやらないといけない環境だと、全体の熱量を保つのは難しい。中高生も大学生も町の人たちも一貫して、“やりたい人に関わってもらう”ことで、意識ある個人が集まる熱量の高い環境を実現しています。」(上田氏)
しかし、その「熱量」は、参加する側から勝手に湧き出てくるものではない。
「もちろん、運営側が一番熱量高く、自分がやるんだ、という覚悟を持っておくことは絶対に必要です。私たちは必ず、参加者1人1人の人生に向き合い切ることにしています。だからこそ、プログラムが終わると、みんなが涙を流して”人生変わりました!”と言ってくれる。そして、その熱量が引き継がれていくんです。やりたい人が本気でやらないと、地域には伝わらないですからね。」(上田氏)
現在は広田町で大きな役割を担い、しかも、それを行政の資金に頼らず、自主財源で運営しているSETだが、意外にも、「そのポジションを得るための逆算的戦略」などは、一切立てていないという。
「僕らは、今を積み上げていくタイプなんです。2013年にプロジェクトを始めた時は、参加側の大学生も友達の友達しかいなかったし、地元側の知り合いもゼロ。逆算的に考えていくのは全然得意じゃないんです(笑) 」(三井氏)
では、どうやって現在の規模にまで広げていったのか。
「そもそも、僕らは”ビジネス”という感覚ではやっていないんです。ビジネスをやりたいんだったら、都会の方が絶対に儲かる。でも、そうじゃないから地方でやってるんですよね。お金を稼ぐのではなく、やりたいことがあるから、田舎で挑戦しているんです。」(三井氏)
その三井氏や運営側の「これをやる!」という熱量の高い覚悟が、人を引き寄せていった結果が、「今」に繋がっている。
参加する大学生に対しては、1人1人の人生に向き合うことで心の繋がりを生み、その1人1人が、次の参加者にバトンを渡してくれる。
地元の人たちとも、説明して分かってもらうのではなく、より深いコミュニケーションが取れる関係性を築いていくことにより、1人1人の主体性を巻き込んでいった。
だからこそ、地元の人たちとの交流も深くなり、外から来た人たちは、その町のことがどんどん好きになる。
「考える順番は、①何をやりたいか?=熱量があるのはどこか? ②そのために何が必要か? ③それを続けるためにどうお金を回すか? です。この順番を間違えてはいけません。 あとは、1人が頑張るのではなく、多くの人をプロジェクトに巻き込んでいくこと。例えば、僕自身が直接影響を与えられる人は、せいぜい10人ほどです。でも、その10人が、さらに10人に広げてくれれば、プロジェクトは大きく広がっていく。順番を間違えないこと、そして人を巻き込むこと。この2点が重要なポイントです。」(三井氏)
地域事業を継続させるためには、実際に経営がうまく回るか、という点も重要だ。自治体に寄りかかりすぎても持続的じゃないし、切り離しすぎても地域に広がらない。
しかし、数字だけを追いかけていても、上手くはいかないのが地域事業。スピード感は大事だが、焦らずに「今」の課題と向き合うこと。
その積み重ねが、プロジェクトの大きな成長に繋がっていく鍵と言えそうだ。
さて、SETは教育事業の中で、実際「何」に一番価値を置いているのか。つまりどこに熱量のピークを持っているのか。
それは、「やりたいができたに変わる」をつくること。
だから、このプロジェクト内で生まれる企画の大きさは関係ない。そして、継続性も、実はそこまで重視していない。
SETにとって重要なのは、「やりたいができたに変わっている」事例が沢山あること。そしてその沢山の事例が、「やりたいができたに変わる雰囲気」となって、町全体に漂うことにある。
現在、人口3000人の町で、年間150ほどのプロジェクトが成立している。内容は「おばあちゃんと一緒にスポーツをしたい!」という日常に寄り添うものから、町全体を巻き込むものまで、その大小は様々だ。
「色々調べていたら、“つながり”、”信頼”、”社会参加”の3つがあれば、協調関係、協力関係が自然と生まれるということが分かったんです。そうすると、町の人たちも自分たちで町づくりをしていこうという雰囲気に自然となる。大事なのはその“雰囲気づくり”で、僕たちはそのハブになれるといいな、と思っています」(三井氏)
そして、もう1つの面白いのが、その年間で沢山生まれるプロジェクトを、どうやって町全体に告知しているのか?という点。
実は、いわゆるPR活動は、ほとんどしていないという。
「中身をどう周知するか、ではなく、”地域のおばちゃんたちのお茶会のネタになること”の方が大事だったりします。例えば、”家に来ている大学生が、都会で流行ってるタピオカを一緒に作ってくれたんだ〜”みたいなネタの提供をする。その積み重ねが”あの外から来てる大学生の子達、なんか言えばやってくれるんだね”という認識を作っていく。」(三井氏)
そして、それもまた「やりたいができたに変わる雰囲気づくり」に繋がっていく。
「田舎では、地球温暖化や人口減少などといった社会問題がリアルに感じられます。外部から来た人たちとの交流を通して、中高生たちはそんな問題を”自分ごと”として捉えてい来ます。そんな生きた学びが、田舎にはあります。」(上田氏)
「僕らは、交流人口を”ソフトインフラ”として捉えています。交流人口に地域でお金を使ってもらう、という行政の考え方とは違って、地域の人が豊かに生きていくための交流人口、という考え方。外の人たちと有意義に深く関わることによって”自分はこの町でこれをやりたい!”が喚起できるんですね。」(三井氏)
イベント終了後、杉山氏は先輩方からの学びを経て「なぜ自分が教育事業を改めてやりたいのか」を問い直したという。
彼自身、大学を卒業したら就職する、大企業こそが正義という社会のレールに違和感を感じ、スタートアップへの新卒入社、地方創生事業の立ち上げを経て、900人の村に移住してきた。
そんな彼が実現したい社会は「人々がイキイキと生きられる社会をつくること」。今回村で立ち上げる教育事業では、根羽村に根付く森や林業文化のエッセンスを大切にしながら、持続的社会を生み出す人材が増えるプラットフォームになることを実現させるための手法と整理した、という。
そして今回のイベントでSETの方々から学んだ重要なことは、「当事者が一番熱量をもつこと」と「熱量を共有できる雰囲気」を作ること。この熱量の伝播こそが、人々の主体性と創造性を育むテコになり、ビジネスとしての持続性を生み出すエネルギーの源になる、と捉えていた。
「自分の子供がイキイキと生きられる環境をつくるために、その環境を根羽村で、村民と一緒に作りたいと思う。もしこのイベントや記事を通じて森×教育の実現を少しでも一緒にやりたいと思った人がいたら、ぜひ一緒に仲間になってほしい」
これから根羽村で、杉山氏が立ち上げていく教育事業がどのような形になっていくのか、注目していきたいと思う。
Editor's Note
一人の母親としても気になる「地域×教育」。自然や暮らしの循環を肌で感じられるのは、豊かな資源のある地方だからこそ。子どもたちだけでなく、大人も学ぶことがたくさんあると思います。これから先が分からない不確かな時代だからこそ、そんな原点を感じる体験が、今こそ必要だと思います!
RIE HAYASHI
林 理永