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全国
もし、生まれ育ったまちに、安心して過ごせる場所があったなら。
ふるさとを離れずにすんだーーそう話す人がいます。
近年、「人がまちを離れる背景には、その地域の“寛容性”が関係している」と言われるようになりました。
けれど、「寛容性」とは何なのか。本当に誰もが安心して過ごせる地域をつくるには、どんな一歩が必要なのでしょうか。
LOCAL LETTERでは今回、プライド月間*に合わせて、LGBTやそうかもしれない子ども・若者が安心して過ごせる居場所づくりに挑んできた、遠藤まめたさんにお話を伺いました。
*プライド月間…6月は「プライド月間(Pride Month)」と呼ばれ、セクシュアルマイノリティの人権に関わる啓発活動・イベント等が数多く実施されます。
「LGBTの子ども・若者が安心して思春期をサバイバルできるつながりを作る」。
これは、遠藤さんが代表を務める一般社団法人「にじーず」が掲げるミッションです。
性のあり方だけでなく、家庭環境や特性など、多様な背景を持つ人がのびのびと集まれる居場所を作ることで、子どもや若者の不安や孤立をなくしたいと考えています。
現在、全国12都府県の拠点で、10代から23歳までが無料で参加できる「オープンデー」を開催中。参加者はのんびりお話をしたり、ゲームをしたりと、思い思いの時間を過ごしています。
遠藤さんが10代から23歳までを参加対象に設定した理由は、「同世代の当事者に会いたい」という強いニーズに応えるため。「若者は、自分と似た立場のゲイやトランスジェンダーの人に会いたいと思っても、安心して交流できる場が少ない」と語ります。
遠藤さんが「にじーず」を立ち上げたきっかけも、若者向けの安全な居場所がない、という相談を受けたことが始まりでした。
大学時代から、学校の先生向けにLGBTに関する活動を行なっていた遠藤さん。先生から、「性のあり方に悩む学生に、紹介できる団体を教えてほしい」と多くの相談が寄せられました。
ところが、当時紹介できた団体は関東圏で一つだけ。移動手段が限られる若者にとって、安心して通える居場所がない状態でした。
そんな中、遠藤さんは学生時代に共に働いていた後輩から提案を受け、居場所づくりを始めます。
「自分が当事者ということもあり、アルバイトをしていた青少年施設がLGBTの大学生のたまり場になっていて、すごく楽しかったんです。でも、就職した後は離れてしまい、その場に当事者が集まることも減っていました。
そんな折、後輩から『当事者が集まれる場を、ここで正式にやってみたら?』と提案があって。まずは月1回、オープンデーを開催することから始めてみました」
活動開始から約1年、思いも寄らない反響がありました。
「最初は参加者が5〜6人ほどでしたが、次第に35人ほどに。椅子も足りず、部屋にも入りきらないほどになりました。
さらに、『始発で来ました』と遠くから来る子や、『近くに居場所を作ってください』と関西や九州など遠方の参加者から連絡がたくさん来るんです。これは大変なことになったと思いました」
そう軽やかに笑う遠藤さん。けれどその目は、とてもまっすぐで、静かな決意を宿していました。
居場所の必要性を訴える多くの声に応えて、各地に拠点を増やし、現在、北は仙台、南は岡山まで、12都府県・17の拠点を展開しています。
「にじーず」が月に1度、各地で開催しているオープンデーには、その場を安全な居場所にするための「みんなのルール」が存在しています。
言いたくないことは言わないでいい。
相手の性別を決め付けない。
正しさはひとつじゃない。
多様な背景を持つ参加者がお互いを尊重し、共に安心して過ごせるよう、活動初期から大切にされてきたルールです。
「性のあり方だけではなく、過ごし方の好みも違う。ルールがあることによって、それぞれが安心していられると思い、作りました。
学校では自分のセクシュアリティを隠していても、ここでは本当の自分を出しても否定する人はいない。そんな安心感が癒しになっていると思います」
ルールを体現するのは、「にじーず」スタッフも同じ。年齢を聞かれ、あえて「言いたくない」と発言することも。スタッフ自ら率先して体現する姿からも、居場所全体にルールがじんわりと広がっていきます。
2025年に9年目を迎えた「にじーず」。遠藤さんが活動を続ける原動力は、参加者の変化の瞬間です。
「最初はみんな、よく『しょうがない』って言うんです。プールの授業は、水着を着るのも男女で分かれているのも嫌。でも、学校の授業だからしょうがないとか。先生が名前を『ちゃん付け』で呼んできて嫌。でもしょうがない、とか。
けれど、居場所に参加して、他の子が先生に提言して変わった例や大人に相談した話を聞いていると、諦めていたことも『なんとかなるかもしれない』と気付いて変わっていく。
自信がなかった子も、自分の発言が『にじーず』の人たちに否定されず受け入れられたことで、 『問題は自分ではなく、受け止める側にあるのかも』と発想の転換をしていく。
その結果、『学校でも自分を出せるようになって、楽しく学校生活が送れるようになった』と聞いた時は、本当に嬉しかったです」
同じような悩みを抱えながらも、立ち向かう仲間との出会いや、本当の自分を受け入れられた経験が、「なんとかなるかもしれない」という希望を生み出しています。
「にじーず」では、日頃から子どもと接している大人に向けて、LGBTの基礎知識や、子どもたちとの関わり方を学べる冊子や動画を作成しています。
「最近では、LGBTに限らずとも、子どもの自殺が深刻な問題になっているので、悩んでいる子どもの力になりたいと思う大人が増えています。子どもに関わる活動をしている方だけでなく、多くの方に動画や冊子をご覧いただければと思います」
厚生労働省が発表した2023年度の「人口動態統計*」によると、10〜39歳までの死因の1位は自殺。対象を10代に絞ると、1日に2.1人が自ら命を絶っているということになります。
*厚生労働省,2023,「令和5年(2023)人口動態統計月報年計(概数)の概況」,https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai23/dl/gaikyouR5.pdf
このあまりにも悲しく、厳しい現実に向き合いながら、まちの若者に手を差し伸べるにはどうしたらいいのでしょうか。
「子どもや若者の孤立を防止したいのであれば、当事者限定ではなく、誰でも来れるイベントを開催するのもおすすめですね。そこで例えばLGBTを扱う映画を上映して、イベントの参加者同士で感想を話し合う。
小さい規模のまちは、当事者限定にするとかえって参加しづらいケースもあるので、『にじーず』のような居場所ではなく、別のやり方の方がうまくいくこともあると思います」
深いつながりのある地域ならではの工夫は、いわゆる当事者だけでなく、取り巻く環境へポジティブな影響をもたらします。
「誰でも来れる会を開催するメリットは学ぶ機会が増えること。開かれた会には、LGBTについて興味がある、友達からカミングアウトされたなど、様々な事情を抱える人が参加でき、他の人の話を聞く中で理解が深まります。
イベントに知り合いがいることでカミングアウトができない人が一定数出てくるデメリットもありますが、地域やコミュニティの中で、普通の話題としてLGBTのことが言及されるメリットもあると思います」
映画や漫画、本など、親しみやすいカテゴリーを開かれた会で取り扱うことで、ポジティブに話題が及ぶ。その結果、自分と近しい経験を持つ仲間を見つけたり、周囲の人の理解が深まったりする機会となる。
居場所を作るという大きなステップでなくても、私たちができる小さな一歩のヒントを遠藤さんは教えてくれました。
実際のところ、「にじーず」のような居場所が自分のまちにあったとしても、参加をためらってしまう人がいます。
その理由のひとつは、「参加することで、自分がLGBT当事者だと周囲に知られてしまうのではないか」という不安。匿名性が守られない心配や、アウティング(性のあり方について本人の了解なく周囲に伝えてしまう行為)の可能性が、参加のハードルになっていると考えられます。
「地元だから参加できない、こうした現象は東京でも起きています。自分の住んでるエリアだと参加しづらい。けど、隣の県なら参加できる。そういう子も多くいます」
そんな中、2024年1月より本格始動した「バーチャルにじーず」。
LGBTやそうかもしれない若者の孤立を解消することを目的に、メタバース空間上で安心して交流できる居場所を用意しています。
参加者は、パソコンやスマートフォンなど身近なデバイスを使い、匿名性とプライバシーが保たれた居場所に全国どこからでもアクセスが可能です。
「『バーチャルにじーず』については、本当に色々な地域から問い合わせをいただいています。おかげで居場所に参加できた子がたくさんいます」
自分の好きなアバターを選べることで、その日のありたい姿で参加できる。距離の問題を解消するだけでなく、個々のアイデンティティをより自由に表現できる点においても、唯一無二の空間になっています。
多様な性を当たり前のこととする、あたたかなコミュニティ。そんな居場所のひとつとして、子どもや若者に明日を生きる希望を与えている「にじーず」。
地域社会へ、その余波を広げていく際の課題は何でしょうか。
「LGBTの人たちの中には、周囲の偏見、匿名性の確保の難しさ、コミュニティの不足など、様々な理由でふるさとを離れる方が多くいます。
一方で、自分のふるさとが好きで、いつか帰れたらいいなと思う人もいる。ふるさとに複雑な気持ちを持っている人もいるのではと思います」
本来、生きていくうえで必要なつながりは、人を助ける時もあれば、苦しめることもある。とりわけ、この社会において自身のアイデンティティを打ち明けることに戸惑いを抱えるマイノリティにとって、その重みは計り知れません。
生まれ育ったふるさとをいつでも戻れる場所にするために、私たちにできることとは?
取材の最後に、遠藤さんがあるヒントをくれました。
「親しい人や信頼できる人だからこそ、話せないこともあります。でも、居場所やイベントで出会った知らない人だから話せることもある。知り合いばかりの地域もある中で、知らない人と話せることは大事だと思います」
支えるのは、必ずしも家族や友人、顔見知りでなくていい。むしろ、遠い存在だから近付ける心の距離がある。分かり合える想いがある。
何か力になりたいと願い、正しい知識を学ぼうとする人。
異なる背景や悩みを持つ者が安心して共に過ごせるように、場の均衡をそっと守ろうとする人。
目の前の人を自分の価値観に当てはめず、受け止めようと努める人。
そんな存在が、子どもや若者を救う寛容な居場所を作っています。
『近さ』だけが支援の近道ではない。このまちに住む、まだ知らない誰かのために寛容な居場所を作れるとしたら、アナタはどんな一歩を踏み出しますか?
Information
「自信のあるスキルがなく、一歩踏み出しにくい…」
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Editor's Note
日常のあらゆる場面に散りばめられた、性のあり方への乱暴な言動。知識を少し得たことでそれらに気付き、考える機会が増えました。私にも何かできることをしたいと、今年の5月17日には虹の絵文字とともに「多様な性にYESの日」の情報をSNSでシェア。大きな一歩は踏み出せなくても、知ることから始められることもあるのでは、と気付くきっかけをいただいたインタビューでした。
MARIKO ONODERA
小野寺真理子