ISHIKAWA
石川
地方に住む人が減っている。そんな声がよく聞かれるようになりました。
1970年と比較して、地方の主要産業である農林水産業に関わる国内の人口の割合は5分の1にまで減り※、これからの地域の担い手の減少が懸念されてきたのです。
※令和3年度版 過疎対策の現況,2023,
https://www.soumu.go.jp/main_content/000875712.pdf
そんななか、注目されているのが、地域外からその土地と長期的に関わりを持つ「関係人口」の存在です。「関係人口」とは、観光でも移住でもなく、その間で地域に関わる人々。
ワーケーションや研修、プロボノなど仕事で地域に関わる人、その地域が好きでイベント開催や地域おこしをする人など、関わり方も背景もさまざまです。
能登の風土や文化に惚れ込み、合同会社NOTONOを立ち上げた島田由香さんもその一人。
能登の森を守る木こりの生き様の情報発信と、他地域から能登への訪問イベントを実施する島田さんに、能登と関わりを持つようになったきっかけや、進めている取り組みをうかがいました。
「若い木こりたちの仕事への向き合い方に、心が震えた」
そう話すのは、合同会社NOTONO代表の島田由香さん。能登の木こりの仕事をあらゆる人に知ってもらうことを目的に、2022年に事業を立ち上げました。
きっかけは、多数の地域を巡る中で能登を訪れたこと。現在は東京の自宅を起点としながら2〜3つほどの拠点を持ち、さまざまな地域と密接に関わっている島田さんですが、なぜなのでしょうか。それは島田さんが長年取り組まれていた、「働き方」というテーマに大きく関連していました。
島田さんは大手人材派遣企業に就職後、留学や企業での経験を経てユニリーバ・ジャパン・ホールディングス(以下、ユニリーバ・ジャパン)の取締役人事本部長に就任。
「あらゆる人が幸せに働くために」を軸に、組織づくりや人材開発、ウェルビーイング向上のための仕組みづくりに取り組んできました。「働き方」について最初に考えさせられたのが、島田さんが会社に入社したての頃だったそうです。
「社会人になりたての頃、朝9時〜18時までオフィスで働くのが普通でした。でも私はそれが本当に嫌で。なんで満員電車に乗ってみんなが決まった時間と場所で働かなくちゃいけないのかが本当にわからなかったんです。『結果さえ出していれば、いつどこで仕事してもいいんじゃないの?』と思っていました」(島田さん)
当時の上司に図書館で仕事してから出社してもいいか聞いてみると、あっさりOKが出たそう。大学時代から「幸せに働く」をテーマにしていた島田さんは、その後、自身だけではなく、チームメンバーにも自由な働き方を継続しました。転職先のユニリーバ・ジャパンでは、当時の社長に制度化を提案。「素晴らしいアイデアだ、やろう」と制度化が実現したとのこと。
ここから、いわゆる地域でのワーケーションも制度として導入されるようになりました。それからは薪割りや雑草取りなど、オフィスから離れたさまざまな場所に社員を案内し、多彩な体験を共にしたと言います。
「ワーケーションを実施する前は、場所や景色を変えることでこんなにも人間の脳が活性化するとは思っていませんでした。脳の活性化によって仕事の能率も上がります。また、薪割りなど目の前の作業に没入することで、新たなことに気づけたりもします。
特に印象的だったのは、薪割りを体験した入社2年目の社員。斧を振り下ろすときに、最初は怖くて腰が引けていたのですが、何回かやるとパッカーンと割れて。『仕事も一緒ですね』と言ったんです。恐れを超えて心を決めて思い切り振り下ろした結果です。その体感覚を得たこと以上の気づきはないなと思いました」(島田さん)
続けて島田さんは話します。
「『あそこであんなことしてみたい』『あれが食べてみたい』っていう望み、誰にでもありますよね。でも仕事があるから行けないのはすごくもったいないこと。働く場所に選択肢が持てると、フレキシブルになって人生がより豊かになりますよね」(島田さん)
島田さんは現在、一般社団法人日本ウェルビーイング推進協議会の代表理事を務め、自律人材を育む研修「TUNAGUプロジェクト」を推進。それ以外にも和歌山県のみなべ町で梅収穫ワーケーション、三重県御浜町でみかん収穫ワーケーションに代表される一次産業ワーケーション®︎開催し、働く人たちに対して新たな気づきをもたらそうとしています。
「一次産業は今、衰退の一途を辿っています。都心にいる私たちが地域の一次産業に微力でも何かしらの貢献を続けていくことで産業を盛り上げることになるかもしれないし、何より関係人口としてその地域に愛着が持てる。そして自然とリピートするようになる。そこから地域活性は生まれてくるのだと思います」(島田さん)
「最初の体験がすごく重要」と島田さんは続けます。
「そのときにしっかりとその地域の住民の方と接点を持って帰ってくる。これがあるかないかでリピートするかしないかが大きく変わります。そういう体験ができるような場作りが、今私がやってることの大きな柱になります」(島田さん)
ワーケーションを軸に各地で活動を続ける島田さんが、2022年4月に能登で立ち上げたのが合同会社「NOTONO」。能登の木こりの生き様を情報発信し、他地域からの訪問イベントを主催しています。
「NOTONOでは、能登を訪れた参加者に、木こりの仕事を実際に体験してもらう『木こりワーケーション』を主催しています。参加者にかれらの仕事を知ってもらうのはもちろんのこと、普段得られないような多くの気づきや学びを得てもらう。そして自分たちの仕事に生かす。NOTONOが目指すのは、そんな体験を通した自律人材の育成です」(島田さん)
では、なぜ「木こり」に着目したのでしょうか。そのきっかけは2021年、当時ユニリーバ・ジャパンに在籍していた島田さんが、能登町が主催するローカルベンチャースクールの講師として現地に招かれたときの体験にありました。
「能登に初めて赴いて驚いたのは、美しい海と山に囲まれた自然と文化。その里山里海は世界農業遺産にも認定され、山や森、海がもたらしてくれる産物を享受しながらも、生物と共存し地域固有の景観が形成されているところです。
さらに、それをベースとした伝統的な風習や祭礼といった文化が残り続けているところも魅力で、人と自然とのつながりが切っても切り離せない関係になっていることが非常に特別でした。『これって、日本人のDNAというか根幹になるものなのでは?』と自然と惹かれていきました」(島田さん)
自然や古くからの伝統や文化が少しずつ姿を消し始めているいま、初めて訪れた能登の地で見た景色が、島田さんの心を捉えて離さなかったのだと言います。
「印象的だったのは能登の森の深さ、青さと神秘的な空気感。これは誰が守っているんだろう、と純粋に知りたくなりました。それが能登の木こりたちだったのです」(島田さん)
実際に目にした木こりたちは、島田さんのイメージとは違うものでした。かれらは物語に出てくる架空の人物ではなく、ちゃんと実世界に存在したのです。見た目だけではなく、かれらの仕事の向き合い方が、島田さんのイメージを180度変えたのでした。
「かれらの働き方を見させてもらう機会がありました。かれらは仕事に行く前に、『今日も仕事を無事に終え、安全に帰ってこられるように』と祈りを捧げるのです。そしてきちんとマインドを整える。そして仕事を終えたら、『今日もありがとう』と感謝し、1日を生きた!という感覚でいっぱいになって寝床につくのだそうです。こんな尊い仕事への向き合い方ってあるんだろうかと、心が震えました」(島田さん)
そう話す島田さんの目には、気づけばじんわりと涙が溜まっていました。
能登で島田さんが出会った5人の木こり集団、「GOEN」は、特殊伐採と呼ばれる、木や崖の上など、危険なところに生える木を安全に伐採する仕事をしています。チームを組み、綿密なコミュニケーションと計画が必要とされます。
一歩間違えると怪我をしたり、命を落とすこともあるほど。スキルと経験が要求される一方で、常に危険と隣り合わせだからこそ、一日無事に作業を完了することの大切さを、かれらは人一倍感じているようです。
「かれらを見ていて素晴らしいなと思ったのは、仕事に向かう前に、自分だけではなくて仲間たちも無事に家族の元へちゃんと帰れるように祈っていること。危険を伴う仕事だからこそ、当たり前のように他人を気遣う。
それが最高のチームを作っていること。みんな口を揃えて、こんな楽しい仕事はない!と目を輝かせて話してくれるんです。私が目指しているウェルビーイングって、こういうことなのかもしれない、と思わせてくれました」(島田さん)
長年人事部門でチーム作りに携わってきた島田さんも、かれらを見て「理想の形」を発見したようです。
「木こりワーケーションの作業内容は、かれらが切った木を整理したり枝葉を切ったりして整えたりなど、実際に木こりたちの助けにもなるよう、かれらと話し合って決めました。木こりたちの仕事への真摯な姿勢や向き合い方に触れることで、参加者に新たなインスピレーションを与えられれば。また、参加者との触れ合いを通して木こりのみんなが気づきを得ることもあって。そんなとき、とても嬉しく思いますね」(島田さん)
ワーケーションの推進やNOTONOの立ち上げなどを通じて、地域と濃密に関わってきた島田さん。地域と長く関わっていくことについて、どう考えているのでしょうか。
「私にはふるさとというものがありませんでした。でも今は、ふるさとと思える場所がいくつもあります。何かあった時には助けたい、って思うし、きっとかれらも助けてくれる。血が繋がっていなくても、そう思える人たちがたくさんいるのです」(島田さん)
地域活性は、地域の課題に向き合い、それに取り組んでいくことから始まる。そう思っている方も多いのではないでしょうか。しかし、島田さんの口から出たのはもっと軽やかで、もっと人間的な自然な感情でした。
「何か地域課題を解決したい、というきっかけで地域に関わったことはなくて。それよりも出会った人個人への想いが起点になっている気がします。
その人のことを思い浮かべると、『あぁ、会いたいなぁ。元気にしてるかな』と考える。近くに寄ったら、顔を見たくて会いに行って、困ったことがあったら少しでも関わって帰りたい。
思いやりを持つって表面的な言葉に聞こえがちですが、そうじゃなくて相手への感謝の気持ちが自然と溢れ出ちゃうみたいな、そんな感情だと思います」(島田さん)
島田さんはそう話しながら、はにかんだ笑顔を見せてくれました。会いたい、と思える人が色んな地域にいること。それ自体が人生を彩ってくれるものだと、島田さんは言います。
「純粋に会いたいという気持ち。そしてもしできるなら困りごとを無くしてあげたいとか、してもらったことへの感謝の気持ち。それが続いていくことで、関係人口って出来ていくんだと思います。これからもそんな温かい関係性を続けていきたいと思います」(島田さん)
あらゆる人が幸せに働くこと。そんなゴールを掲げる島田さんの挑戦は、まだまだ続きます。
関係人口、一緒に増やしていきませんか?
NOTONOの取り組みは、内閣府が実施する「令和6年度中間支援組織の提案型モデル事業」の採択事業の一つです。関係人口創出・拡大施策について、もっと知りたい方は、「かかわりラボ」(関係人口創出・拡大官民連携全国協議会)をぜひチェックしてみてください。
Editor's Note
どんなことにもエネルギッシュに取り組む一方で、木こりの方たちの仕事への真摯な姿勢を思い浮かべて涙する島田さんの心の真っ直ぐさに、大きな愛を感じた取材でした。ありがとうございました!
Nanako Kato
加藤 菜々子