教育
文部科学省の調査によれば、令和2年度の小中学校における不登校児童生徒数は約20万人に達し、前年度比8.2%増となっている。
この子どもたちのために、新しい義務教育と暮らし方を創造し、地域創生を目指す「地域特例校100校開校プロジェクト」。
仕掛け人は、 不登校の高校生のための「N高」設立メンバーの一人であり、現在は不登校の小中学生のためのオンラインスクール『クラスジャパン小中学園』代表取締役を務める中島武さん。
中島さんに、同プロジェクトの背景、目的、実現方法などについて聞きました。
地域特例校とは?
新しい義務教育とは?
地域創生との関係はーー?
中島さんが率いる“地域特例校100開校プロジェクト”は、「子どもたちが学びたいものを学べる、子どもたちが通いたい学校」を全国に100校設立することを目的としている。
地方行政と民間企業団体が協力・融合して、『新しい日本の義務教育の仕組み』と『新しい地域創生のカタチ』を創ります中島武 地域特例校100校開校プロジェクト発起人
同プロジェクトが対象とするのは不登校の小中学生。オンラインで教科教育を受け、リアルの場でその地域ならではのコンテンツを学ぶ。例えば、その地域の伝統工芸を職人から直接学んだり、地域特有の動植物について研究者と共に調べたり、特産の農作物を農家と一緒に育てたり。
「その地域の子どもを集めるのではなく、日本全国から子ども自身が学びたいコンテンツのある学校を選んで集まるんです。子どもの“好き”を徹底的に伸ばす教育を目指しています」(中島さん)
地域特例校は不登校特例校の仕組みを使って設置する学校、いわゆる一条校(学校教育法第一条に定められた学校)である。不登校の児童生徒にとって新しい学びの場になると同時に、地域にとっては地域独自の資源と教育を核とした新しい地方創生の形を生み出す。さらに、100校を横に繋ぎ、一つの教育圏にして転校可能にするという。
「例えば、半年間奄美大島でマングローブの研究に没頭した後、次の半年間は北海道でスキーに夢中になる。全国のキャンパスを転校して、日本全国を家族で短期移住しながら、学び・暮らす新しいスタイルが可能になるんです」(中島さん)
家族で移住するスタイルだけでなく、他地域から子どもだけでも来られるように寮やホームステイの仕組みも用意する。
遠い未来の話に聞こえるかもしれないが、中島さんは、2024年度に30校、2026年度に100校開校を目指しているという。
小中学校は義務教育なので、不登校であっても卒業できる。しかし、出席日数が少なく、成績もオール1 などになってしまうと、内申が足りず、公立高校に合格できなくなってしまう。卒業後の進路が狭められてしまうのだ。
「この問題を解決するために、令和元年に文部科学省が通達を出し、不登校児童生徒が学校以外の場所で学校と連携した学習活動を行うことで、授業出席の取り扱いが可能となり、成績に反映できるようになりました」(中島さん)
学校と連携した学習活動が行える場所として、中島さんは2019年にオンラインスクール『クラスジャパン小中学園』を設立した。
同校では、個別最適化した学習、部活、体験活動をオンラインで提供。教科学習は教科書に準拠した映像授業を活用し、プログラミングの授業ではIT企業のプログラミング教材を利用。部活には工作部やプログラミング部、声優部などがある。
ネット担任が毎日声がけをし、学習計画を立ててメンターの役割も担う。児童生徒が学んだ内容をネット担任がレポートにまとめて在籍校に渡すことで、学校長の裁量で出席や成績に反映される。
「クラスジャパン小中学園を設立する前に、N高校を含む複数のオンライン通信制高校の設立・運営に携わりました。その経験で得た、遠隔での学びのノウハウを活かしています」(中島さん)
2022年1月現在、クラスジャパン小中学園では500名近い(休会含め在籍生約1200名)児童生徒が学んでおり、その約80%が在籍校で出席扱いとなり、成績にも反映されている。
「集団に合わせるのが苦手なために不登校になる子どももいますが、特定の分野に秀でた能力があるが故に平均的な学校教育をつまらなく感じたり、理解の深度と速度のバランスが学校のペースに合わなかったりすることが原因の子どもも少なくありません。特に近年は増えていると感じています」(中島さん)
自分のやりたいことを思い切りやれたり、自分のペースで集中できたり、没頭できる何かを見つけたりすることで、子どもたちの目が輝く。教育に携わってきた25年間に、中島さんが数えきれないほど目にし、新しい試みに挑戦する原動力としてきたシーンだ。
子どもたちの目を輝かせる「やりたい/なりたい」を見つけたり、叶えたりするために、クラスジャパン小中学園では、様々なオンラインの体験活動を実施している。
その中で、加賀友禅の職人の絵付け現場をオンラインで子どもたちに見せたところ、「自分でもやってみたい」という声があがった。そこで金沢市の協力を得て3泊4日のツアーを企画。2021年12月に、加賀友禅と九谷焼の工房で1日6時間、合計15時間の体験プログラムを開催した。
「参加した子どもたちは、お昼ご飯も夜ご飯も食べずに、作業に没頭していました。その姿を見て、付き添いで来られた保護者の方々が驚くんです。毎日『やることがない』『学校が面白くない』と言って、家でずっとゲームをやっている。やりたいことがないんじゃないかと思っていた子が、ここでは、3日間もパソコンもゲーム機も置いて、ずっと作業に没頭しているわけです。やりたいことを見つけたら、うちの子も本当にやるんだと保護者が気づいたんですよね」(中島さん)
もちろん、加賀友禅の細かい作業に興味を引かれない子もいる。その中には、例えばドローンが好きで、ドローンなら1日でも2日でもやっている子がいる。そういう子は、秋田でドローン農業をやっている所に行けばよい。奄美大島に行ってマングローブの生態を調べたい子どももいるであろう。
「単なる観光資源ではなく、子どもたちのやりたいこと、興味を持つこと、子どもたちの成長を促すようなものが、全国の地域にはあるんですよ。その地域の子どもたちが興味を持たなくても、惹かれて止まない子どもがどこかにいる。その子どもたちを全国から集めればいいんです」(中島さん)
クラスジャパン小中学園では、このような体験ツアーを「旅するクラスルーム」と名付け、金沢市や福井県などと協力して定期的に開催している。イベントではなく、常設の学校として通年で実施しようというのが、地域特例校100校開校プロジェクトの原点となった。
地域特例校をいきなり設立するのは難しい。そのため、中島さんは、自治体認定の民営スクールと公設民営スクールを2023年度に10スクール開校し、2025年には100スクールに増やそうとしている。
「市町村が認める民間教育機関であれば、在籍校の出席として扱うことは可能なんです。一条校には建物も含めた設置基準があり、開校までには時間がかかってしまいますが、民営スクールであればずっと早く立ち上げられます。民営なので有償ですが、先々、公設民営化して無償化を目指します」(中島さん)
今、目の前で困っている子どもたちのために、できるだけ早く実現できる方法を採る。30年近く前、中島さんが通信制高校に携わるようになった時から、ずっと変わらない姿勢だ。
「さらに、2拠点居住やワーケーションに伴う子どもの転校にあたり、住民票の移動を必須としない、デュアルスクールの制度を活用すれば、自治体認定の民営スクールの全国のキャンパスを転校して、日本全国を家族で短期移住しながら、学び・暮らす新しいスタイルが実現きるんです」(中島さん)
どの地域でも、オンラインで自分に合ったペースでの教科学習を続けながら、課外学習として、その地域でしかできないことに没頭する。中島さんはそれを「ジャパンデュアルスクール構想」と呼んでいる。
民営スクールの開設・運営を進めるのと並行に、不登校特例校制度を利用して地域特例校を100校設置し、完全義務教育化する。その理由を中島さんは、こう語る。
「地域特例校を100校作って終わりではありません。地域特例校と同じような教育をする学校が全国にできた時、はじめて、今の学校教育とは異なる、もう一つの学校教育が生まれ、子どもたちが選べるようになります。そこを目指すためには、地域特例校がモデル校となり、他の学校の教育を変えるだけの影響力を持つ必要があります」(中島さん)
民営スクールはあくまでスクールであって、学校の補完。モデル校となり、影響を受けて変わる学校が増えるだけの影響力を持つためには、一条校になる必要があると中島さんは力を込める。
今の学校教育を否定するのではなく、選択肢を増やすんです。子どもたちは、どちらか一方を選ぶのではなく、時期によって行き来してもいいと思います中島武 地域特例校100校開校プロジェクト発起人
全国各地に自治体認定の民営スクールを開設するために、2022年3月に中島さんは「一般社団法人教育ジャパン3776地域コンソーシアム」を設立した。
「新しい教育とまちづくりを融合しながら進めるために、各地でまちづくりを担っている民間のプレーヤーと一緒に立ち上げました。2022年3月26日現在、北は秋田県から、南は鹿児島見まで、15の地域支部が開設され、活動を開始しています」(中島さん)
賛同地域の一つである石川県珠洲市とは2022年8月1日に包括協定を交わし、10月には全国から親子が参加する珠洲体験ツアーを企画。埼玉県秩父市でも同様の企画が進んでいる。同じ埼玉県秩父地区の皆野町では、教育サイクルのDX化による質の向上を目指すソニー株式会社の新教育創造プロジェクトチームも参画。他の地域でも様々な動きが活発に進められているという。
「各自治体と包括協定を結び、定例意見交換会を設置するところから進めていきます。想いのあるプレーヤーさん、志を持つ首長さんに是非参画していただきたいですね」(中島さん)
15の地域支部が開設され、活動を開始している『地域特例校100開校プロジェクト』。想いのあるプレーヤーさんや、志を持つ首長さんに参画いただき、2025年には100スクールの開設を目指しています。賛同・協賛してくださる自治体・企業の方は、ぜひ以下より、お問い合わせください。
Editor's Note
全国各地を移り住みながら、その土地でしか学べないことを存分に学ぶ。そんな学び方・暮らし方が選べるようになった時、各地にどんな笑顔が生まれるのでしょうか。
友人知人にも、ご自身やお子さんが不登校経験者の方が何人もおられます。その方々の顔を思い浮かべながら、中島さんのお話をうかがい、原稿にまとめました。
FUSAKO HIRABAYASHI
ひらばやし ふさこ