取材
よく目にするようになった、空き家やシャッター商店街。
その土地の風景を活かしたまま、なんとか遊休地の活用をと考えてはみるものの、「アイディアが浮かばない」と頭を抱えている方も多いかと思います。
そんな中、遊休地の中でも特に活用しにくい辺境地や廃墟といったものを「宝の山」と捉え、リノベーション・リブランディングをして非日常を提供し続けている一人の男性がいます。彼の名は、橋村和徳さん。
橋村さんの活躍については、以前「辺境の遊休地を地域の宝に変える事業づくり」としてLOCAL LETTERでも取り上げましたが、今回は、橋村さんが代表取締役社長を務める株式会社VILLAGE INCが手掛けた福岡県うきは市の『うきは酒宿 いそのさわ』を訪問。
「アウトドア × 日本酒」のコンセプトの元に生まれ変わった築130年の酒宿を楽しみながら、地域を活かしたプロデュース術、橋村さんが大事にしている拠点選びの想いについて伺いました。
『うきは酒宿 いそのさわ』は、「世界で唯一酒蔵に泊まれる宿」として2022年に誕生。1893年創業の蔵元『磯乃澤(いそのさわ)』の創業者が住んでいた古民家をリノベーションした建物です。
酒蔵の中に宿があるため、リアルな酒蔵風景を見ることができることはもちろんのこと、サウナや水風呂、美味しい料理を通して、まるで酒米になった気分を味わえる「酒米なりきり体験」を堪能できます。
思わず「何それ行ってみたい!」と言いたくなる仕掛けづくりがたくさんの『いそのさわ』ですが、人々を魅了し続けている唯一無二のコンセプトはどのようにして生み出されたのでしょうか。
「実を言うと、 “酒宿” というネーミングや、 “酒米体験” といったコンセプトは後付けなんです。僕らはサウナブームより前からサウナを手掛けていたアウトドア系の会社なので、『酒蔵の宿には酒樽のバレルサウナは必然!』と設置するサウナを決定。そこからは設計士が『醸造タンクで水風呂をつくるのはどうですか?』とアイデアを出してくれたんですよ」(橋村さん)
「アイデア出しはまるでセッション。プロデュースについては、ストーリーに添ったものをつくっていると思われがちですが、実は全然違う。最初からガチガチに決めてしまうのではなく、 “これだけは譲れない” という部分を埋めていった後、会話であったり、その街にある歴史を調べていく中でストーリーを練っていくんです。どんな街や建物にも必ず歴史がありますからね。そこを紐解いて言語化します」(橋村さん)
「何故うきは市で宿をやるのか」を紐解いた結果、 “酒宿” という個性にたどり着いた橋村さん。酒宿だからこそのこだわり、プロデュースする上での難しさについて聞いてみました。
「酒蔵の宿なんだから、飲む酒は日本酒だけ!というこだわりはあります!ビールは飲めない(笑)。あとは、酒蔵だからの難しさよりも、限られた予算の中で直すという古民家ゆえの難しさはありました。
でも僕は最初から完璧を求めなくてもいいと思っているんです。つまりはそれが個性で、僕らの拠点は常に “永遠の未完成” 。代わりにずっとアップデートをしていけばいいわけですから、それを楽しめる人に、泊まりに来てもらいたいと思います」(橋村さん)
「アップデートを担っていくのは現場のスタッフたち」と話す橋村さん。全国各地にスタッフがいる中で、自身の想いを共有することは至難の業と想像しますが、橋村さんからは意外な言葉が返ってきました。
「正直に言うと想いは全然共有できていません(笑)。本当は社内メディアを使って僕の想いを発信すればいいんですけど、言語化する時間もなかなかとれないですし、自分で発信することをこそばゆいと感じるところもある。
でも、そういうことのためにLOCAL LETTERのようなメディアがある。僕もスタッフも『情報は自分でとりにいくもの』と徹底していますが、僕たちの想いに共鳴してくれて取材をし、それを第三者が読む用にまとめてくれる。これを活用するほかないと思っています」(橋村さん)
丸2日間に渡る『いそのさわ』での体験を通じ、見えてきたのは橋村さんのストイックすぎるアンテナの張り方。目に映るもの全てを自分事化する橋村さんに、アイデア生成のヒントを頂きました。
「意識的に読んでいる本であったり、SNSであったり、メンターにしている人がいるわけではないですが、『全てのものから吸収しよう!』が僕の中に自然とある。だからずっと考えているんです。
特に人の会話から意識的にキャッチアップをするのが得意なんですよね。あとは元々テレビ業界出身なので、つり革広告を見るのも好き。『ずっと考えてるの疲れませんか?』と聞かれることもありますが、これが僕の当たり前なので大丈夫なんですよね(笑)」(橋村さん)
2012年に創業以来、今では全国9箇所に拠点を持つVILLAGE INC。「非日常を体験してもらうことで、より日常を豊かにする」という想いを実現するため日々邁進する橋村さんに、今もなお全力で走り続けられる理由を伺いました。
「シンプルに、みんなが楽しいと俺も楽しいんですよね。俺が楽しいから皆にも楽しくなってほしいというか、そういうことが日常を豊かにするヒントになると思う。今プロジェクトを進めている場所も、オファーがくるから全部受けてるんじゃなくて、一番大事にしているのは『自分が行きたいかどうか』と『自分が好きかどうか』という点。
キャンプ場なんかまさにそうで、『今流行ってるから』っていう理由で参入しちゃうと絶対に続かない。今は昔の旅館や観光の条件だった風光明媚(ふうこうめいび)とか、立地がいいとか、そういうのは関係なくなっている。だから、進出する場所を条件で選んでるんじゃなくて、俺がここでやりたいか、そしてその場所に『一緒にやってもいいな』と思えるような面白い人がいるかを大事にしていますね」(橋村さん)
『いそのさわ』だけでなく、うきは市にある『旧姫治小学校』や『うきは酒宿 いそのさわ 別邸』『うきは駅』といったエリアを含めたプロデュースを行う予定の橋村さん。「集落が全部VILLAGE INC監修になるかも」と笑う橋村さんに、今後のビジョンについてお聞きしました。
「僕たちが活動することで、うきは市を知る人が増えて、滞在する人が増え、関わりをもつ人が増える =(イコール) 予定調和ではない化学反応が起きるということ。僕は予定調和が一番嫌い。だからこそ僕らができることは、化学反応が起こる可能性のある仕組み、つまりはコミュニケーションが生まれる場をつくることなんです。
うきは市でいうと、『いそのさわ』をつくったことで、泊まる方はうちのスタッフとも会話がうまれますし、泊まった際は、うきはのどこかに必ず訪問することになると思う。(現在VILLAGE INCが改修を進めている)うきは市の旧姫治小学校も、うきは駅も、うきは市のゲートウェイとして、僕らの想像を越える化学反応が生まれる仕組みをこれからも提供していきたいですね」(橋村さん)
辺境・廃墟・変態を『誇り高き3H』と呼ぶ橋村さん。一般的に「そこがお宝になるの!?」と疑いたくなるような場所に価値をつけ、まさしくみんなが宝の山を目指すようにこぞって集まる場所へと生まれ変わらせます。そんな橋村さんの奥に見え隠れするのが、大切にしている「コミュニケーション」への想い。
「キャンプも酒も、全ては人と人とのコミュニケーションのツールでしかない。そのコミュニケーションをどう設計していくかが、僕らが大事にしているオリジナリティなんだと思います」と橋村さんは笑います。
『うきは宿屋 いそのさわ』
〒839-1404 福岡県うきは市浮羽町西隈上2-4(Googleマップ)
https://sakayado.jp/
Editor's Note
顔いっぱいの笑顔が特徴の橋村さん。全国への進出が相次ぐなか、「みんなが楽しいと俺も楽しい」と笑う姿に、橋村さんが与える影響力の強さを感じざるを得ません。
「橋村さんとだったら、何か楽しいことができるかも!」とたくさんの人が思い、心を動かされてきた所以を、たっぷり感じた2日間となりました。
YURIKA YOSHIMURA
芳村 百里香