二拠点生活
「帰る旅」をキーワードに、二拠点居住(デュアルライフ)や移住・定住の少し手前、従来型旅行の少し先「新たな旅行のカタチ」をつくり、広げる実証実験プロジェクトの中間報告として実施した、『「帰る旅」から始まる新たな地域・旅先との関わりかた【行政・宿泊観光事業者の皆様対象】「帰る旅」プロジェクト共有会』のオンラインイベント。前編では、帰る旅が誕生した背景や、実施内容について語られました。
後編では「帰る旅研究会」の共同代表で、株式会社いせん 代表取締役と一般社団法人 雪国観光の代表を勤めている井口 智裕さんが登壇。
これまでの常識であった『非日常型観光』ではなく、地域の宿屋や民泊に宿泊し、その地域特有の文化や歴史を識る『異日常型観光』を体現する場所として、2022年に誕生した会員制ワークインレジデンス「さかとケ」の誕生秘話や、ハウスワーク(家業の宿しごと)を手伝いながら、無償でハウスステイ(宿泊)する「家系」な拠点をつくった理由について迫ります。
地域が大好きで仕事をしながら旅したいと思いつつ、なかなか今の自分の能力と理想を結び付けられていないのなら、まずは「さかとケ」から地域に関わる方法もあるかもしれません。
観光庁が発足した2008年当時に作られた「雪国観光圏」は、新潟県・群馬県・長野県に接する3県7市町村が協力して作った広域観光圏です。
雪が降る市町村のため、スキーといった雪国ならではのアクテビティで観光客へアピールするイメージが先行しがちですが、井口さんはその実態は全く異なると話します。
「雪国観光圏は、8,000年前の縄文時代から続く、雪で生まれた知恵『雪国文化』を掘り下げ、その地域の魅力を文化という文脈で再編集して新たなプロダクトして広げていくことを目的に活動してきました」(井口さん)
雪国観光圏は、あえて「温泉旅館に宿泊する」「観光名称をめぐる」「贅沢な旅行」といった、従来の観光スタイルである非日常型観光(ハレ)ではなく、雪国文化を掘り下げるために「古民家宿に宿泊する」「地元の人と触れ合う」「未知を学ぶための旅」という異日常型観光(ケ)を押し出しています。
異日常型観光を押し出し、さらに深堀していくと、新たな市場の可能性が見えてきたと語る井口さん。
「異日常型観光をさらに深堀することで、暮らしと旅の間に新たな市場が生まれる可能性があると考えました。今までの旅行市場のニーズは非日常の観光でしたが、異日常型観光では地域とより深い関わりを持つ “DEEP観光” にニーズがあるんじゃないかと。ですがこれはあくまで観光という枠でしかなく、結果その先を見ようと考えたのが『暮らすような旅』でした」(井口さん)
地域と宿の関係性を考えると、「暮らすような旅」という市場があると考えた井口さん。
「『プチボラ(プチボランティア:単発かつ短時間でできるボランティア活動のこと)ニーズ層』と『プロボノ(Pro Bono Publico(ラテン語):職業上で得たスキルや経験を活かして取り組む社会貢献活動のこと)ニーズ層』にアプローチをかけるため、経営している旅館ryugonにでとある取り組みをスタートさせたんですよ。それが、一部旅館の仕事を手伝う代わりに、宿泊費を免除する『さかとケ』という取り組みです」(井口さん)
新しいお客様と、受け入れる側の関係性を変えるために、仕事や遊びの線引きをボーダーレスにし、『遊ぶ≒学ぶ≒働く≒暮らす』という方程式の元、「家で仕事をして学んで、遊んでいるのであれば、働くを遊ぶに変換できるのではないか」という思いから、お手伝いワークショップというシステムを考案したのだとか。
「オンラインで予約して1時間半の作業を手伝ってくれたら、食事と入浴料が無料になるワークショップを展開しています。一見するとアルバイトのように感じますが、仕事と遊びの差を考えると、これは遊びになるだろうと思ったんです。
たとえば『毎日5時間皿洗いしろ』と言われたらそれは仕事だし義務感も感じる。でも、ワークショップは義務は生じないし、気が向いたときに月に1回や年に1回お手伝いするものは遊びだと思ってもらえるんじゃないかって」(井口さん)
あくまで、労働や仕事という感覚ではなく、非日常のレジャー体験のように楽しめる「異日常」をテーマとしていると話す井口さん。実際に、ワークショップに参加したユーザーも遊び感覚で、前向きに取り組んでくれているようです。
このような異日常を作る取り組みをしながら1年ほどディスカッションを重ね、たどり着いたのが「実家に帰るような旅」。
「お盆と正月には多くの方が実家に帰りますよね。でも、ただ泊まるというのも、親戚や家族がいるなかでは少し忍びないので、子どもたちまで役割を分担して、家事を手伝うじゃないですか。でもそれがむしろ小さな頃の思い出として残っていることもある。この感覚を活かせば『いつでも帰る場所(実家)』を作れるのではないかと考えたんです」(井口さん)
実家がある人の第三の実家や、すでに実家や故郷がない人の新たな実家として「いつでも帰る場所」を市場として作り出せると確信したと話す井口さん。
「共につくる関係性」を築くプロジェクトとして、『さかとケ』が生まれました。
『「場としごと」を共用する』をコンセプトとした拠点『さかとケ』では、普通のホテルや旅館とは違い、祖父母や親戚の家に来た気分で、ハウスワーク(家業)を手伝いながらハウスステイ(宿泊)をします。
ハウスワークを5時間手伝えば料金が無償。普通のホテルではなく、家系の拠点というポジションのさかとケ。ハウスワークを通して、偶発的に人や気づきに出会い、「ただいま、おかえり」の関係性を見つけられることをコンセプトとし、リレーション(つながり)が産まれることを目的としています。
ハウスワークは、旅館の仕事を手伝ったり、部屋の清掃や、家事手伝いなど様々。その対価は、シングルルーム1部屋や温泉の入浴、レンタル自転車や駐車場、ランドリーといった、充実した設備を整えているのが特徴です。
また「個人として話してほしい」という思いから、肩書の持ち込みを不要というユニークなハウスルールもあります。素の自分としてお互いに接することで、仲間としての関係性を育む場づくりを目指していきます。
「ただ無料で宿泊できる旅館になっては意味がないので、会員制としています。また、地元の人と関わって欲しいので、ルームもシングルだけ。友人やカップルで来てしまうと、やはりその2人だけの世界になってしまうので、個々の方が積極的にコミュニケーションを取れるよう意識しています」(井口さん)
関係性の重なりによって、日々進化し続ける場所つくりをしているさかとケ。旅館だけでなく、LINEのオープンチャットやライブ配信も運営しており、本人不在でも関係性が育まれる仕組みを構築。共同キッチンには掲示板を設置し、過去に利用した方の自己紹介やおすすめの店を紹介していて、オフラインでも人々がつながっている感覚を演出しています。
最後に、帰る旅プロジェクトの企画開発で重要視しているポイントを井口さんは話してくれました。
「一般的な企画では、補助金などの関係もあって、利益や結果を求めがちです。ですが帰る旅では、むしろ会社のようにKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)などを決めずにサークルのノリでやろうと思っています。自分たちがやりたいことを主題とし、その思いに共感した仲間が集まることで、『人を巻き込んでいく』のが帰る旅のミッションだと考えています」(井口さん)
新たな市場を作るという意味で旅プロジェクトに可能性を感じていると話す井口さん。
「思いに共感した人から、一緒にいろんな方を巻き込みながら実証実験をしていけたらと思います」と、その言葉からは熱意が感じ取れました。
「場としごと」を共用する、実家のような感覚で集まる拠点。
そんな新たなコンセプトを掲げるさかとケは、人や気づきとの出会いを、今日も提供し続けています。
Editor's Note
「美味しい食事を楽しみたい」「豪華なホテルに泊まりたい」といった、往来の観光スタイルである非日常型観光のものから、普段と会わない人たちと会うという、日常と観光の間であるありそうでなかった「異日常」というジャンルに新しさを感じました。
仕事を遊びに消化させ、新たな需要と地方とマッチングをしていく取り組みは、今後のライフスタイルやワークスタイルにも取り入れられていくのではないかと感じるほど、様々な可能性を秘めているのではないかと感じました。
YUYA ASUNARO
翌檜 佑哉