KAGOSHIMA
鹿児島
「おいしい」「楽しい」「かわいい」「きれい」
そこから何かを好きになり、「もっと知りたい」「魅力を究めたい」と深く入っていく。ますます好きになり魅かれていくと同時に、その世界が直面している課題が見えてきます。
「なにかしたい」「力になりたい」「役に立ちたい」
そう思っても、課題のなかに飛び込むのは怖いもの。
その怖さにすくむことなく、「好き」を原動力に解決に取り組む女性がいます。「ピンクのお酒」で焼酎業界に新風を巻き起こしている、LINK SPIRITS株式会社代表取締役の冨永咲さんです。
今回は、冨永さんが焼酎を好きになったきっかけから、創業の想い、描こうとしている未来までをじっくりとうかがいました。
丸い肩が特徴的でまるで香水のようなボトルに包まれたピンクのお酒「NANAIRO-七色-」が話題になっています。NANAIROは、ロゼワイン酵母を使った本格芋焼酎ベースのスピリッツ。紫芋の天然色素で色づけた華やかなピンク色と花のようなフルーティーな味わいが特徴です。
香りに個性を持ち、2022年に「酒屋が選ぶ焼酎大賞」で大賞を受賞した若潮酒造株式会社と提携して企画。試作を重ねて開発し、2023年4月下旬にオンラインで数量限定販売を開始しました。LINK SPIRITSにとって最初のプロダクトですが、冨永さんは「LINK SPIRITSは焼酎づくりをする会社ではありません」と語ります。
「つくり手は蔵元さんです。LINK SPIRITSの役割は、つくり手と飲み手をつなぐこと。嗜好品としての焼酎体験を飲み手に伝え、新たな価値をつくっていく。言うなれば「焼酎づくりを売る」会社です。蔵元さんたちがやりたくてもなかなかできない部分を、パートナーとして一緒にやっていきたいと思っています」(冨永さん)
人口減少、若者のお酒離れなどを背景に、焼酎の売上高は年々減少しています。さらに、芋焼酎の原料であるサツマイモに病気が蔓延し、業界にさらなる打撃が加わりました。
「色々な課題はありますが、焼酎にはまだ世の中に伝わりきっていない魅力と可能性があると感じています。今まであまり焼酎を飲んでこなかった人が焼酎に触れるきっかけをつくることで、新しい市場をつくっていきたいです」(冨永さん)
冨永さんが提案する新しい焼酎体験の1つがフードペアリング。芋焼酎に合わせる料理といえば鹿児島の郷土料理というイメージですが、NANAIROのペアリングレシピはイタリアン。「ロゼワイン酵母を使っていることもあり、ワインやシャンパン感覚で楽しんでもらいたい」という狙いです。他にも鹿児島の老舗バーとコラボしてカクテルレシピを開発するなどしています。
冨永さんが焼酎の魅力に気づいたのは、香り系の焼酎の走りと言われる、国分酒造の「安田」と出会ったとき。ライチを彷彿させるフルーティーな香りに「焼酎にこんな香りが出せるのか」と驚き、焼酎のことをもっと知りたいと思うようになったそうです。
「芋焼酎の前身は幕末期に鉄砲や機械を動かす工業用につくられていたアルコール。薩摩藩主島津斉彬が『西洋にも対抗できる強い薩摩の国にしよう』と開発した焼酎づくりの技術がその後、飲料用としても応用されたことで芋焼酎の歴史がはじまりました。
『安田』の香りは芋を熟成させることで出たのですが、その根底には、杜氏の安田宣久さんが様々な文献を読み、明治維新の頃に西郷隆盛などが飲んでいた焼酎を再現したり、大正時代の芋の品種を復活させたりするプロセスがありました」(冨永さん)
お祖父様が芋焼酎を飲んでいるのをいつも見ていた冨永さんにとって、芋焼酎は子どもの頃から身近な存在でした。でも、焼酎蔵や銘柄の数がここまで多いとは知らなかったといいます。
「鹿児島には焼酎蔵が112蔵あり、徐々に少なくなってきていますが1つの県の焼酎蔵数では日本一です。銘柄は2000以上あると言われていて多様な個性があります。こういった芋焼酎の蔵数や現状は、鹿児島の人にも意外に知られていません。地元の人たちにとって、あるのが当たり前の存在になっているからでしょう」(冨永さん)
芋焼酎が、もともと薩摩の国を豊かにするためにはじまったものであり、「150年前の明治維新という大きなパラダイムシフトの中に芋焼酎があった」と知ったとき、「次の時代にどうつなげていくのか」と冨永さんは考えます。
そこから、ビジネスとしてではなく、「好きベースで」活動をはじめました。2016年から2代目「ミス薩摩焼酎」として1年間活動。その後、蔵元さんと一緒にイベントを企画したり、東京で運営していたコミュニティスナックで焼酎を伝えたりしてきました。
そして、2020年に新型コロナウイルスによるパンデミックが発生。東京から鹿児島に戻った冨永さんは、飲食店が休業するなか、焼酎業界の苦しみを目の当たりにすることに。
「お酒は人と人をつなぐものなのに、『それ自体がダメ』みたいなことになってしまいました。焼酎は飲食店向けの流通が多くを占めています。そこが止まると、酒屋さんも蔵元も全部止まってしまう。売上が大幅減となり、蔵元も酒屋さんも苦しんでいて」(冨永さん)
そのころは個人向けのEC直販の仕組みがほとんどなく、Stay Homeで家飲みの需要が増えてもなかなか対応できないのではないかと感じました。飲食店が止まると焼酎に触れられる場所もなくなってしまいます。個人向けの流通に課題と可能性があることに気づきました。
「そこを私がやれたら、何か変わるのではないか」
そう思ったことをきっかけに、2022年6月にLINK SPIRITSを創業。
「LINK SPIRITSの“SPIRITS”には、『蒸留酒』と『魂、精神』の2つの意味があります。蒸留酒である焼酎を通じて、人と人をつないでいくという意味と、受け継がれているものをつないでいくという2つの意味を込めて名付けました」(冨永さん)
LINK SPIRITSの最初のプロダクトであるNANAIRO。その1番のポイントは、紫芋の天然色素で色をつけたことです。酒税法上の縛りで、色をつけてしまうと本格焼酎として出せなくなるということもあり、ピンク色の焼酎は、今まで1度も出たことがありませんでした。
「イメージで『芋臭い』と言われることも多い焼酎を『もっと自由に新しい人へ』と考えたときに、色をつけるのは、LINK SPIRITSだからこそできることではないかと思いました」(冨永さん)
NANAIROを出してからも、色々な蔵の方にお会いした冨永さん。「『ピンクの焼酎なんか出して』と否定的に思われていたらどうしようと内心思っていた」と当時を振り返ります。実際に返ってきたのは、真逆の反応でした。
「『うちもこういうふうにやりたいと思ったことがあった。でも、蔵のやり方や取引先の顧客のことを考えるとなかなかできない』と幾つかの蔵元さんから言われました。それを聞いて、やりたくてもできない新しい挑戦を蔵元さんと一緒にやっていくのが、焼酎業界とLINK SPIRITSの価値になるのでは、と改めて感じましたね」(冨永さん)
NANAIROという商品名には「様々な色があるからこそ生まれる豊かさを大切にしたい」という想いが込められています。
「世の中はグラデーションで様々な色があるからこそ、多様性が生まれます。焼酎は男性的なイメージが強いですが、実はいろんな色や伝え方がある。焼酎が持つ豊かな個性を表現することによって、飲む人も固定概念から解き放たれて人生が豊かになったらいいな、という想いを込めています」(冨永さん)
NANAIROの特徴は、色だけではありません。焼酎のイメージを覆すようなパッケージングも特徴の1つです。開発プロセスでは、前例がないからこその苦労もあったとのこと。
「この瓶もキャップも焼酎業界で使った実績がほぼないものでした。ボトル詰めやラベル貼りも通常は機械で行うことも多いですが、NANAIROはレギュラーの焼酎瓶ではないため1つ1つ蔵元さんの手作業です。どの工程でどういう苦労が発生するか、やってみないと分かりません。想定外のエラーが発生して、スケジュールが押したりもしました」(冨永さん)
飲食店でNANAIROのボトルが女性の目に留まり、選んでもらえることが多いと冨永さんは笑みを浮かべます。
「芋焼酎のイメージから飲まないという声をこれまでもよく聞いてきたのですが、女性に選んでもらえると一緒に来た男性にも支持してもらえると思いますし。女性が『良い』と言うものから、新しい流れをつくっていけるという体感があります」(冨永さん)
妊娠や出産、子育てなどによるライフステージの変化のために、アルコールを楽しめなくなることも多い女性たち。冨永さんは、お酒の場になかなか行けなくなったり、行っても「自分は飲めないから」と引け目を感じてしまったりする人が思った以上に多いと感じています。
「私も、LINK SPIRITSをやっている間はずっと『お酒が飲める人』でいないとならないのは違うと思って。将来的には、『お酒が飲める人も飲めない人も共にハッピーになれる』、そういったお酒の価値観をつくっていくことも大切だと思っています」(冨永さん)
冨永さんが次に目指すのは、芋づくりの部分から光を当てた商品開発とNANAIROのシリーズ展開。農家さんと連携して紅はるかを育てており、今年(2023年)の9月に収穫し、焼酎をつくることを計画しています。
「一般的に、蒸留酒はエイジング(熟成)によって価値が高まるという考え方がほとんどです。芋焼酎は、エイジングに向いていないというよりも、新酒でこれだけおいしい。そんな蒸留酒は世界的にみても唯一無二。そこを尖らせて伝えていけたら良いなと考えています」(冨永さん)
「NANAIROで焼酎に興味を持ってくれた人たちに、芋焼酎が農業からはじまっていることを伝え、芋づくりからこだわり、そのプロセスを価値にした商品を提供していきたい」と冨永さんは力を込めます。
「農業の在り方が商業的になり過ぎてしまい、サステナブルではなくなっているなかで、こだわってつくっている農家さんたちに光を当てられたらと思っています」と目を輝かせました。
そんな冨永さんが事業を続ける一番の原動力は「焼酎と、そこに関わる人が好き」ということ。それに加えて、自分が蔵元さんや農家さんから直接話を聞いたり体験させてもらったりしたこと、つくり手とつながっているからこそ知ることができる魅力を自分のところで止めてはいけないという想い。
「おこがましいですが」と言葉を発した後、冨永さんは、一呼吸おいてこう続けました。「1つのマーケットだけではなく、焼酎業界全体の突破口、力になれたらと思っています」
Editor's Note
執筆を担当しました。以前からSNSを通じて存じ上げていた「さきぴー」こと、冨永咲さんに抱いていたのは弾けるように明るいイメージ。一方、取材動画の中の冨永さんは、終始落ち着いた口調で、じっくりと言葉を選びながら話す方でした。経営者に必要なのは「覚悟」と言われますが、そのことをひしひしと感じさせていただきました。
FUSAKO HIRABAYASHI
ひらばやし ふさこ