SUMMIT by WHERE
「より良いものへ変化していこう」という想いを抱える人は大勢いると思う。
けれどそんな想いに反して、「現状を良くするために、何が壁になっているのかを把握できない」そういう事態に陥った経験があるひとも多いのではないだろうか。
変化を起こすには様々な形の障壁がある。
そこで今回開催したのは、地域経済を共に動かす起業家たちのサミット「SUMMIT by WHERE」。第一回目は、完全オンラインにて、日本各地30箇所以上の地域から、第一線で活躍する方々が集まりました。
本記事では、樋口宣人氏(株式会社Fracta 日本法人代表)、出口岳人氏(国土交通省 半島振興室長)、太田直樹氏(株式会New Stories 代表)、平林和樹(株式会社WHERE 代表取締役)の4名が、最新技術と自治体の協働、そして今後の地域のあり方について語った様子をお届けします。
平林(モデレーター):トーク前半では、最新技術の活用について登壇者の皆さんの活動を中心にお話を聞いてきました(前半トークはこちら)。ここからは、さらに詳細な内容や、今後様々な地域が最新技術を活用していく上で重要なことをお聞きできればと思っています。太田さん、何かありますでしょうか?
太田氏(以下、敬称略):先ほど、住民自身がテクノロジーを活用して、行政サービスの問題や社会課題を解決する取組み「シビックテック」をご紹介しましたが、海外の「シビックテック」の事例の一つに、ビッグデータを基に食中毒等の危険性の高いレストランを特定し、優先的に検査官を派遣するシステム「Foodborne Chicago」があります。
通常食中毒の調査は、アメリカも日本も保健所が行いますが、この「Foodborne Chicago」では、AIを活用して、日本の食べログのようなサイトの書き込みから逆算して予知をすることで、アナログの手法を使わずとも、デジタルデータから調査することができます。
太田:「Foodborne Chicago」の事例と、最新技術の活用を自治体含めて活発的に行なっている、福島県会津若松市の私の活動を照らし合わせて考えると、最新技術の活用・浸透には3つの要素が重要だと思っていて。
まず1つ目は、AIを学習させるための「教育データの構築」です。ただ、この教育データの構築は、各地域がそれぞれに行う必要はなくて、例えば、AIに詳しい専門家が職員としている会津若松市などの1番つくりやすい地域でつくって、他地域に展開するという形でいいと思っています。
2つ目は「システムの構築」。現時点では、自治体にしっかりとしたクラウドがないんです。しかし、国がクラウドの構築を決定して、自治体にもしっかりとしたクラウドが導入されれば、あとは1つ目と同じように、つくりやすい地域でつくって、他の地域はそこに接続するだけでいいので、1つ目と2つ目の要素は簡単に突破できると思っています。
3つ目は「ルールの構築」です。今は、各自治体ごとに個人情報の利用手続きが違うことから、データ流通の壁ができていると言われていて、乱立する条例の数から「2000個問題」とも呼ばれています。この状況では、企業側も1つ1つの自治体に営業をかけるしかありません。
この「2000個問題」を解決することができれば、1つの地域で構築したデータをクラウドで接続することができます。クラウドでの接続が可能になれば、各地域で個別にシステムを構築する必要がなくなり、サービスとしての契約する形での展開が可能なため、より展開がはやくなると思っています。
平林:太田さんのお話を聞きながら、最新技術を導入していく際には、「徐々にデータ活用に対するリテラシーを上げていく」動きと、「システムが追いついていく」動き、さらにはデータ活用に伴うルールや文化といったものを醸成していく必要があると思いました。
今、新型コロナウイルスによって「30年かけて変わっていく」と言われていた最新技術の浸透が、一気に目の前に訪れた状況もあると感じています。出口さんは、グラデーションのように、徐々に変化させていくという観点で、離島のスマートシティに取組まれていると思いますが、今の状況どのように考えていらっしゃいますか?
出口氏(以下、敬称略):まず、行政の中にICTの基本的な考え方を理解している人が少なくとも、1人は必要だと思います。その上で、最新技術の導入には、初期投資やランニングコストがかかりますし、部署の横断や業務のフローを変える必要もあるので、トップダウン的な意思決定を理解してもらう必要があると思いますね。
重要なのは、部署同士でぶつからないように、きちんと全員に意義を理解してもらうこと。部長クラス以上の人たちには、「ここはみんなで協力してやっていく」という点を必ず理解してもらって、部下に呼びかけてもらうことも必要になると思いますね。
出口:あと、コンピュータやインターネットといった情報技術を使える人と、そうでない人との間で生じる格差(通称:デジタルディバイド)は、自治体の規模が小さければ小さいほど出てくると思っていて。そうすると、最低限窓口で紙でのサービスは残さないといけないという話になって、一定期間、二重投資が発生するんですよ。この二重投資の状態をどう対応するかという問題が残ります。
さらに、RPA *1 やAIOCR *2 など新しい技術導入時には、「新しい物事を面白がってやってくれる人の存在」が行政内にも必要です。行政側でRPAを実践し、効果が出れば、他の人たちも動いてくれると思うんですよね。
*1 RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)
デスクワークの中でも日常的に繰り返される作業(定型業務)をソフトウェアに任せることで、業務の自動化を行う技術。
*2 AIOCR(AI オプティカル・キャラクター・リーダー)
紙媒体の文書をスキャナーで読み込み、書かれている文字を認識してデジタル化する技術。
平林:今までのお話を聞いていると、最新技術の導入には「既存のルール」が、制限になってしまうことが多々あると感じています。だからこそ、太田さんは、テクノロジーを用いて都市の代案を追求していく試み「風の谷」をやられていると思うのですが、詳細を教えてください。
太田:「風の谷」は有難いことに、「根本的にやり方を変えていかないとダメだ」と考えている多くの首長から関心を持ってもらっています。4,5年くらい前までの自治体は、相手が大企業だと安心して、スタートアップ企業だと色眼鏡で見ていた状況が、だいぶ変わってきています。
自治体としての変化もある中で、コロナをきっかけに、今までなんとなく誤魔化してきた自治体の課題が表面化し、チャンスが生まれている時期だと感じています。。一方で、教育現場を見ると、オンライン化が進む一方で、現場復帰の圧力もすごくかかっていて。こうした現場のニーズを認識した上で、何かを批判するのではなく、AIを活用しながら、新しいことを仕掛けていく必要があると感じていますね。
平林:ここからは、登壇者の皆さん「これから乗り越えていきたい」と思われている課題について、お聞きしていきたいと思っています。出口さんが実施されている、離島地域の課題解決に向けた、ICTやドローンなどの新技術の実装を図る取組み「スマートアイランド」について、いかがでしょうか?
出口:「スマートアイランド」は、まだ始まったばかりです。公共交通の問題と遠隔医療、エネルギーを自分たちでどう確保するか、そしてドローンの活用の、4点をテーマに検証しています。
平林:検証は、行政だけで進めていく形でしょうか?
出口:いえ、行政だけで物事を解決できる時代ではないので、民間企業や住民と連携しながら進めています。住民の声を聞きながら進めないと、絶対に定着しないので、地元の人の声を聞きながら、民間企業のノウハウを借りて、試行錯誤することを大事にしています。
平林:ありがとうございます。樋口様の方は如何ですか?
樋口氏(以下、敬称略):Fractaでは、僕らが持っている「劣化診断」を通じて、使い続けることのできるインフラを考えています。「劣化診断」というと、「劣化を発見する」ということにフォーカスされがちですが、年次が経過していても劣化が進んでいないインフラってかなりあるんです。なので、これを上手く見つけて、工事を先送りにすることで、支出を調整できると考えていて。
例えば、日本全国の水道管の更新費用は、僕らの技術を使えば、毎年2,000億円ほど減らせる可能性があるんです。ここで浮いた予算を新しい福祉やまちづくりに活用すれば、きっと今とは違う世界がみえてきますよね。
とはいえ、これを自治体だけで行っていくことには限界があると思うので、出口さんもおっしゃっていた通り、民間企業や住民と連携することが大事です。結局、住民の方の想いがどこまで行き届いているかによって、自治体の動きも変わるんです。
樋口:コロナをきっかけに、「まちの在り方」が、ネットワークも構想も、全て変わり始めています。その中で、「何がベストなのか」を模索するためには、でデジタル環境が必要不可欠です。だからこそ、既存のインフラへの必要以上の投資分を、デジタル環境への構築にあてられないか、そんな状況を生み出したいと考えています。
平林:ありがとうございます。一昔前だったら、隠されていてもおかしくない「劣化」というマイナス面を逆に利用していることが、視点として面白いですね。
樋口:みんなで批判し合うことは、何も生みません。良いことも、悪いことも、リスクとも向き合って、その上で方針をきちんと決めて動けば、決して変なことにはならないと思います。ネガティブなことばっかり考えずに、勇気を持って踏み出していく、そういうムーブメントをつくりたいですね。
平林:本当にそうだと思います。その上で、オープンにすることが必要だと感じていて、ここは、住民がデータに参画するという意味で、太田さんのおっしゃっていた「シビックテック」に近いものがありますよね。
樋口:そうですね。さらに、漏水の発見や検出に関しては、住民の方々の声が活きることが多くあります。他の分野でも、住民から集めながら取組むことに非常に大きな意味があるのではないかと思っています。
太田:会津若松市役所って「オープンソース *3 」「オープンデータ *4 」が大原則なんです。少し話が飛びますが、以前、『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリさんと台湾のIT大臣を務めるオードリー・タンさんの対談を見たことがあって。そこでハラリさんが「コードは、プログラミング界だけでなく、世界のルールだ」と言われていて、感銘を受けました。
*3 オープンソース
人間が理解しやすいプログラミング言語で書かれたコンピュータプログラムであるソースコードを広く一般に公開し、誰でも自由に扱ってよいとする考え方。また、そのような考えに基づいて公開されたソフトウェアのこと。
*4 オープンデータ
政府。地方公共団体や業者が所有しているデータを他者が利用可能な形で公開すること。
太田:「オープンソース」とは「世界のルールを自分たちが書き換える」ことであり、会津若松市の公務員さんとは「今は何年に1度しかプログラミングを書き換えられないが、様々なものをオープンソースにしていくことでが、住民がアクセスし、ルールを話し合いながら変えていける世界が来る」という話をしました。
さらにお話すると、今の自治体のシステム予算って、4,000億円あるんです。それ以外に、インフラ維持、教育、医療など様々な用途に使われる予算が60兆円ほどあります。これらを行政だけが担っていくのは不可能な状況だからこそ、オープンソースを取り入れ、60兆円の予算に民間企業が入りながら、官民で新しい挑戦をしていくことが重要で、今後は「オープンソース」が重要なキーワードになると思っています。
平林:最近だと、中高大の学生の方が、ITに対する感度や考え方を持っていそうですよね。
太田:そうですね。若者がIT業界に参加することで、「自分たちが未来をつくっていけるんだ」という感覚を持てると思っていて。残念ながら、年齢別のアンケートを見ると、世界中の18歳と比べて、日本の18歳は極端に「未来に自分たちが影響を与えられる」という項目の点数が低いんです。これは直視しないといけないひとつの日本の問題です。
平林:今の若者がIT業界に参加できつつあるのは、どういった要因があるのでしょうか?
太田:ひとつの要因に、「コミュニティ」の存在があると思っています。一般社団法人 コード・フォー・ジャパンでも行われている取組みなのですが、若者もお互いを知らなければ、なかなか繋がって協力することはできませんが、若者がコミュニティに入り、共通言語を持つことで、社会に貢献する仕組みを文化としてつくっていくことが大事だと思います。
平林:最後に「官民がお互いに協力していくためにできること」という観点で、ぜひ登壇者の皆さんから視聴者へ向けて、メッセージをお願いいたします。
出口:官民連携を進めていくためには、イノベーションを起こす必要があります。イノベーションを起こすために必要なこととしてよく言われるのは、世代交代ですが、僕自身は、世代交代をしなくてもイノベーションは起こせるとも思っていて。
イノベーションを起こすためには、世代が上の人たちが、次の世代の人たちのために「このまちを預かっている」という感覚で、行政運営や政策戦略づくりを行う必要があります。
出口:さらに、「今後どうやって地方分散型を進めるか」という問題意識の下、「変えていくべきところは、変えていかなければいけない」という、ある意味の覚悟を持つ必要があるとも思っていて。その上で、「まちを未来に繋いでいこう」という意識のある人たちが、エネルギーとなって、まちを愛して繋げていく流れをつくっていきたいですね。
樋口:冒頭でも申し上げましたが、どうしても社会インフラは長い時間軸の話になってしまうからこそ、「どうやってコスト削減しながら、次世代にインフラを受け継ぐか」という話になりがちです。主体者が、現世代ではなく、次世代、次々世代になってしまうんですよ。
未来の人たちのために、夢と希望を持って、何をするかを考えてもらわないと意味がなくて。全ての物事は、次世代・次々世代のためだという認識で考えると、違った視点が生まれると思っています。僕はこの視点を促進していきたいんです。
太田:おふたりがおっしゃる通り、「世代間ギャップを乗り越える」というのは僕も本当に大事なテーマだと思っています。その上で、僕からは「世代間」という縦のコミュニティに対して、「人間関係」という横のコミュニティの重要性を伝えたいです。
「コミュニティ」はよく使われる言葉ですが、変革の時により一層大事になると思っていて。その際には、いかに「ちゃんと相手との関係をつくっているか」が、セクターや立場に関わらず大事になると思っていますね。
草々
Editor's Note
お三方が、違う立場から一つの大きなテーマについて離す中でとても印象的だったことが一つある。最終的なメッセージが「縦(世代)と横(コミュニティ)の人間関係が重要である」だったことだ。1時間のIT技術やそれに付随する既存のルールの問題についての議論していたにも関わらず。
IT技術の話を聞いていると、AIが発展した結果どういう世界が生まれるのか?という受動的な未来像についての話を聞くことがよくある。今回の対談では人々が、技術を使ってどういう未来を責任もって描いていくのかを考えるためには人間関係が重要である。というより力強いメッセージを受け取ったと感じている。
KAITO SHIMOURA
下浦 魁人