HOKKAIDO
北海道
「古いものを捨てて、新しいものを作る」
私たちの日常の購買行動から、自治体のまちづくりまで、いつしか当たり前に適用されるようになった消費拡大の法則。
気候変動等の実害が生じ始め、持続可能性やSDGsがしきりに叫ばれる時代になってもなお、ヒト・モノ・カネの熾烈なパイの奪い合いは続きます。
しかし、「あるものを最大限活用して価値を生み出すまちづくり」で、これまでの「当たり前」に一石を投じる自治体が北海道にあります。
北海道・十勝平野の西部に位置する清水町。2022年度より「まちまるごとホテル」の取り組みを始め、町内の空き家や使わなくなった公共施設をリニューアルして、観光客を呼び込んでいます。
結果、最初はゼロだった町内の民泊施設が、開始から3年目にして100以上まで拡大。観光客からは、ホテルや旅館に宿泊する以上に町民の暮らしや文化に触れることができる、と好評を集めています。
前編では、このシェアリングエコノミーの取り組みが実施されるまでの流れをお伝えしました。後編では、この取り組みを生んだ清水町のまちづくりの裏側を通して、清水町長の阿部さん流の「時代の波を汲んだまちづくり」の秘訣に迫ります。
「まちまるごとホテル」は、観光客に清水町全体を宿泊場所として楽しんでもらおうという取り組みです。活用するのは、町内の遊休資産の数々。使われていない古民家などの「もったいない」を再活用し、まちの魅力化に繋げています。
空き家問題やまちの財政問題など、いくつかの課題を同時に解消する優れた取り組みです。
「まちまるごとホテル」が生みだされた背景には、町長の「まずはやってみる」という意識がありました。
「まず、すでにあるものにちょっとだけお金かけてリニューアルして、人がいっぱい来られるようにする。手間暇かけて何か始めるより、まずは走り出して、それから考えるというやり方だったと思います」と朗らかな表情で振り返る阿部さん。
例えば、宿泊客に「田舎らしい広い部屋を貸し出したい」となった際には、多くの空室が目立っていた教員住宅に目を付けました。ほとんどの設備は元のまま、簡易的なリノベーションだけを済ませ、町の「移住体験住宅」としてすぐに貸出を始めたといいます。
同施設は、民泊サービス「Airbnb(エアビーアンドビー)」にも掲載されており、2LDKの貸切一軒家として大好評。管理・運営は変わらず町が担う公的な施設のため、宿泊の手続き等は役場職員が担当しています。
「以前までの移住体験住宅は、まちがやっていることもあり、最低限の料金で貸し出しをしていました。利用者さんの多くは『安く泊まれるから』という理由だけで滞在し、中には支払いをせずに帰ってしまうといった方もいました。当時、我々職員は疲弊していましたね。
そこで、まちまるごとホテルの取り組み以降は、利用料金を1カ月10万円に設定しました。大幅な値上げとなりましたが、結果、ここでの滞在を楽しみに来てくださる宿泊者が増えました。私たち職員の負担も大きく軽減されました」(担当職員)
派手なことはしなくても、堅実で小さなことを積み重ねて、今ある資産を最大限に輝かせる。これにより、まちの魅力は確実に届きはじめ、清水町のシェアリングシティの取組みは短期間で飛躍的な広がりを見せました。
また、2ヶ年以降には、民泊から派生する新たな取り組みも数多く生まれています。
例えば「保育園留学」。保育園留学とは1週間から2週間程度、子どもが保育園に通いながら家族で滞在し暮らし体験ができるという、子どもが主役の暮らし体験です。
子育て層も気軽に清水町に宿泊できるよう、園児の受け入れに余裕があった町内の保育園を活用。移住体験住宅に滞在してもらいながら、普段とは異なる生活体験を町外の家族へ提供しています。こちらも想像以上の人気を誇っているのだとか。
「いわゆる観光地ではない清水町では、過度なおもてなしはできない。そのままを出すしかない」(阿部さん)
この飾らない姿勢での受け入れが、町外者の目に魅力に映っているのかもしれません。
また、2024年6月には株式会社タイミ―と連携を開始。まちを訪れた人たちが、ただ滞在するだけでなく、地域で働くことができる体制まで整備され始めています。時間単位での業務提供により、来訪者は旅の延長線上でまちの仕事を体験することができます。
このように取り組みが取り組みを呼び込む形で、シェアリングシティとしての輪郭をはっきりさせていく清水町。
一般的に行政の施策は安定性を重視するあまり、前例踏襲的になりがちなイメージがあります。清水町でここまで軽やかに、次々と新たな施策が生みだせるのは一体なぜなのでしょうか。
1つには、町役場の組織づくりに工夫がありました。
「まずは、役場の職員が常にアンテナを張って、自由にアイデアを出せる状況を作りたかった。だからこそ、アイデアマンのような人達を部門の管理者に置いてみるなどの工夫をしました。
もちろん、まだまだ役場全体の風通しが良い状態という訳ではありません。けれど、重要な課題が次々に移り変わる時代だからこそ、それに柔軟に対応して次の目標を設定していけそうな人を担当者レベルから期待して選ぶようにしています」(阿部さん)
また、職員のアイデアをアイデアで終わらせない町長の姿勢にも、特筆すべきものがあります。
「やっぱり自分自身が、新たな構想にワクワクすることが大切。職員から上がってくる構想も、それを自分自身が実行することも、心から楽しめています。だからこそ、さらにワクワクするようなものへと繋げていけました」と、阿部さん。
ワクワクを基軸に、町の職員が一丸となって、トップダウンとボトムアップのバランスを取ってきたからこそ、清水町の先進的な事例は生み出されたのです。
しかし、清水町の新たなまちづくりが全て順調に進んできたというわけではもちろんありません。
既存の遊休資産を活かすという現在の方向性に至る前は、外部企業に頼ってまちを活性化させようとした結果、挫折を経験したこともありました。
「例えば…」と、30年前にスーパーマーケットが参入した際のことを語り始める阿部さん。
「当時はまだ人口も多かったから、清水町の購買力や消費力が評価されて、いくつか大きなスーパーが町内に出来ました。でも、人口がどんどん減って経営が成り立たなくなると、スーパーは、1つまた1つと出て行ってしまいましたね」(阿部さん)
残されたまちはというと、昔はあったはずの地元の小売店などの多くは潰れてしまっていました。スーパーが出来る前よりも、買い物に苦労する場面が増えてしまったと言います。
この反省を生かして現在は、地域内でのお買い物にお得なプレミアム商品券を発行するなど、今地元に残って頑張っている人を応援し、大切に守っていく政策に力を入れています。
今年3年目を迎える「まちまるごとホテル」の取り組みにおいても、商店街の空き店舗をいかに活用していくかという点に注力していく予定だそう。これからも清水町の取り組みから目が離せません。
最後に、この清水町のような事例を他の地域でも横展開することは可能なのでしょうか。
もともと交通の要衝として、人通りには恵まれていた清水町。今回のようなシェアリングシティの取り組みは、そのような土地的な優位性を持たない他の地域でも取り入れ得るものなのか、阿部さんに伺ってみました。
「他の地域のことはもちろんよく分かりません。でも、力の入れ方次第で結果はいかようにも変わっていくと思います」と阿部さん。
何を軸に地域活性を測るのかは様々でも、まずは自他ともにワクワクできるような企画を実現するために動いてみる。「初めは細い幹でもよいから、続ける中でそれを徐々に太い幹にしていくことが大切」だと言います。
「100%町民が満足する政策なんてありません。だからこそ、きちんとデータを使って、見せ方や説明の仕方を工夫して、少しずつバランスを整えていく。そうして、出来る限り町民の納得いく形で進められるよう努力してきました」(阿部さん)
新しい取り組みを始める以上、当然反対や批判の声が上がることもあります。
しかし、データに裏付けられた小さくとも確実な根拠をもとに「この方向で大丈夫だよ」と根気強く示し続けた結果、「まちまるごとホテル」は多くの町民を巻き込んで、大きな成果を上げることができたのです。
革新的に見えるシェアリングエコノミーの取り組みも、実現までの背景には、そんな堅実で小さな積み重ねがありました。
この清水町の事例を発端に、これから日本中の自治体でどのような取り組みが生まれてくるのか、楽しみでなりません。
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Editor's Note
ただ旅行に行っても、地域の方々と関わるのには多少のハードルがあると感じていたので、清水町のように、移住体験という形で地域に入り込むきっかけをいただけるのはとてもありがたいなと感じました。私も近いうちに清水町を訪問してみたくなりました。
HONOKA MORI
盛 ほの香