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LOCAL LETTER

尖った人材を地域と育てる。信州大学発・イノベーション教育の最前線

FEB. 17

NAGANO

拝啓、教育の分野から地域をさらに引き上げたいアナタへ

「地域社会に変革を起こし、未来を創造する人」

そんな人材を求める声は、全国各地で高まっています。一方で、かれらをどう育てるのか、その議論は、まだ十分に深まっていないのではないでしょうか?

教育の力で社会を変える。
そのためには、一体、どのような「シカケ」が必要なのか?

こうした疑問を持つアナタに、この方のお話をぜひ聞いていただきたいと思います。
今回お話を伺ったのは、国立大学法人信州大学(以下、信州大学)副学長の林靖人さん。地域と手を組んで、トップリーダーになる人を育てるべく、実践的な教育にコミットする林さんは、「社会を変えられる人」をこう考えます。

何か問題が起きたとき、乗り越えるためにどうしたらうまくいくのか考え、自分を変えられる人

主体的に動き、変革を起こす人を育てるのに大事なマインドとは。
社会をリードする大学教育の場・信州大学の取り組みについて、林さんのアタマの中をのぞかせていただきました。

林 靖人(Hayashi Yasuto)氏  信州大学副学長 ・学術研究院教授 / 学内で、全学横断特別教育プログラム推進本部長、キャリア教育・センターサポート長など複数の役職を兼務。信州地域デザインセンター副センター長を務めるほか、学外でも産官学連携事業、地域活性事業や行政計画の策定に多数関わる。1978年生まれ、愛知県出身。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士:学術)。専門は感性情報学。
林 靖人(Hayashi Yasuto)氏 信州大学副学長 ・学術研究院教授 / 学内で、全学横断特別教育プログラム推進本部長、キャリア教育・センターサポート長など複数の役職を兼務。信州地域デザインセンター副センター長を務めるほか、学外でも産官学連携事業、地域活性事業や行政計画の策定に多数関わる。1978年生まれ、愛知県出身。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士:学術)。専門は感性情報学。

「キャンパスでやらない」大学教育

2017年度から始まり年々進化してきた、信州大学の全学横断特別教育プログラム。意欲のある学生に対して、所属する学部での学びにプラスして、専門分野を超えた学習機会を提供しています。中でも地域とダイレクトに関わる実践をするのが、ローカル・イノベーター養成コースです。

「一言でいうと、キャンパスでやらない

地域課題に気づくためのシカケを林さんはこのようにおっしゃいました。このコースでは、フィールドワークの機会をたくさん設けています。

大学の学問で、社会の役に立たないものはないと思っている
とはいえ、気づく機会がなければ、何の役に立つのかわからない。地域に出ることで学生は、大学での学びを社会課題の解決に活かすための糸口を見つけられます。

林さんの専門は、わかりやすい言葉にすると、心理学が近いそう。

人の心が動かないと社会は変わっていかないという前提でいます。どうやったら心のスイッチが入るか、どうシカケを作るか、こうしたことを考える分野が一応、専門です」

今や、副学長・教授・シカケ人と様々な顔を持つ林さん。すべてを支える土台には、心理学があるようでした。

取材で伺った日には、アントレプレナー実践ゼミの授業が行われていました。全学横断特別教育プログラムを履修するためには、受講が必須となる科目です。

半年間かけてプロジェクトベースドラーニングの形で進められるこの授業では、学生同士でチームを組み、地域課題の解決プランを作成。分析や修正を繰り返し、最終的には地元企業の社長が並ぶ前で発表をします。

授業の中で発表する学生。4人程度でチームを組み、地域企業に対して新規事業の提案を行う。
授業の中で発表する学生。4人程度でチームを組み、地域企業に対して新規事業の提案を行う。

最近の例では、前年度のこの授業から生まれた成人式のプラン*が2025年1月にプレスリリースされるなど、学生の提案が実際に企業を動かしています

*アルピコホールディングス株式会社,2025,「信州大学アントレプレナー実践ゼミとホテルブエナビスタの連携で商品化親子で祝う「オーダーメイド・セイジンシキ(成人式)」宿泊プラン販売開始”」PR TIMES,https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000038.000128409.html

実践を通じて経験値を身につけた学生は「地域や企業の側にとって欲しい人材になってるんじゃないかと思う」と、信州大学のキャリア教育も担う林さんは言います。

ローカル・イノベーター養成コースは、2017年の創設からすでに8年が経過。
実際にどんな卒業生が地域社会で活躍しているのかお聞きすると、すぐに「1期生で⚪︎⚪︎市役所のM山くんがいるので訪ねてみて」と名前が挙がりました。

「彼は一つのロールモデルですね。今は卒業して市役所に勤めています。職場では、自分でいろんな企画を立てて、どんどん大学と組んでやってくれてます」

大学生は大学の外に出て、市役所職員は市役所の外に出て。「キャンパスでやらない」現場に出る教育の考えは、様々なフィールドに通じています。こうした姿勢は、産学官連携のひとつのカギにもなりそうです。

尖っている人、ロールモデルを育てたい

ローカル・イノベーター養成コースの定員は、各学年20人以内と少数です。授業数もフィールドワークの機会も多く、高い意欲を持ち、時間も確保できる学生だけが参加できる狭き門

ここに込められた思いとしては「すべての学生を平等に育てることをあまり考えていない。やる気のある人を育てるというところにエネルギーを費やしたい」のだと林さんは率直に語ります。

「言葉がきついんですが」と前置きした上で「優先順位をつけたいなと。学習がなかなかうまくいっていない、そしてやる気もない、そうしたマイナスとも言える状況の子をゼロに持っていく教育も大事だと思います。でもそれでは、頑張って育ててもゼロの段階。そればかりやっていると、日本全体が沈んでいく感じがしています

全体を平均的に上げるのではなく、まずは尖っている「変人」を育成したいと話す林さん。

「1番大事なのはやる気ですね。スキルやアビリティは後の話で、先に必要なのは絶対マインドだと思っています。やる気のないことにはモチベーションも上がらないですから。

私たちは、ゼロから1を生み出し、1から10へとアップグレードできる、そんなトップリーダーを育てる。トップリーダーが育つと、かれらはロールモデルになります。人口減を始め、前例が通用しない今の社会ではロールモデルがいくつかいると、周りの人たちも動きやすいと思うんですよね」

みんなの行動に変化を起こすため、目指す姿を先に示していく。人の心を動かすシカケです。

また、林さんは多くの行政計画にも関わっています。

「この人口減少時代に、定住人口を増やそうとするのはもうやめましょうと言っています。増やしたいのは『連けい人口』です。関係人口に近い概念ですが、連けいの『けい』には『繋』の字を私は当てています。つまり、地域と本当に繋がった人口を意味します」

確かに繋がりさえあれば、どこにいても地域に関われる時代です。

さらに「表現はよくないかもしれませんが、1,000人の何もしない住人、文句しか言わない住人はいりません、地域と深く繋がった一騎当千の人材がいたら、地域に変化が起こせる」と続ける林さん。全学横断特別教育プログラムでは、そんな「社会を変えられる人」を育てています。

そして信州大学の卒業生は、卒業した後にも現地に住み続ける割合が約40%と高く、全国国立大学の中でもトップクラスです。

「場所柄というのもあると思いますけど、私たちのプログラムがあることで、残ってみたい人が増えてるんだとしたら、ありがたいですね。

あえて冗談っぽく言うと、学生たちは“地域と繋がっちゃってる”んですよね。たとえば、学生がまちを歩いてるとあちこちで声をかけられる。まさに地域と繋がっている連けい人口です。それが心地よくて、ここで一緒に何かしたいと思って残る人もいますよね」

プログラムを通し、在学中に地域と関わる機会があることで、信州に対する愛着が育まれているのかもしれません。

時代に左右されない力をつける

プログラム内では、林さん自身の指導のほか、特任教授として地域企業や行政のトップリーダーを招いています

「現在、30人ぐらいの方に委嘱しています」

ここにもあるシカケが。
「話し手が変わると、言葉の意味や価値は変わります。仮に同じこと言ったとしても、大学内部の私が言うのと山田さん*が言うのでは学生へのインパクトが違うんですね」

*山田崇氏 信州大学特任教授…山田さんの過去記事はこちら。「延長線上にない挑戦を。民間へ転職した日本一おかしな公務員の“生き方”」

加えて、学生から地域の方への作用もあります。

「学生は知識量では大人たちに敵わなくても、世代の違いによる考え方の違いが強みになることはある。若いとステレオタイプが少なく、上の世代の常識や思い込みを突破できる場面はありますね」

林さんによると、関わる地域の方々も、この価値を感じてくださっているのだそう。

学生が提案した新規事業をもとに、地元企業と意見交換をする授業の様子。
学生が提案した新規事業をもとに、地元企業と意見交換をする授業の様子。

「チャレンジとか無謀なことをやるのは、今のうちに。大人になってからやろうとすると大変ですからね」

だからこそ、一年生に対してはマインドセットの切り替えに注力します。
林さん自身も若い頃に、師匠に当たる先生たちから、やったことのないことに挑む機会をもらってきました。

「突然、お前これやれ、みたいな形で放り込まれたり。それを経験すると何も怖くなくなるんですよ。そうして培ったマインドは、時代が変わっても陳腐化しないと思っています。かれらにも同じように伝えたいんです」

実際に学生の変化は大きく、林さんの知らぬ間に授業外で新しい活動をしていることも。

チャレンジを奨励する林さん。ご自身を「じっくり考えてスタートするのではなく、走りながら改善していくスタイル(Action Learning and Action Research)」だと言います。

「業務改善のフレームワークである『PDCAサイクル』は通常、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Act(改善)で表現しますよね。でも、私はもうひとつ、PDCA2.0』を提案しています」

通常のPDCAは、改善の輪を回し続ける点では有効な仕組み。しかし、「がっつり計画を立てて動くため、変化への適応ができない点で未知の取組には向いてない。そして、改善が前提なので一度始めたらやめられないループ」であることが弱点だと指摘します。

PDCA2.0では、Prototyping(試作)・Design(設計)・Communication(対話)・Accel(加速)またはAway(撤退)を指しています。行けると思えばアクセルで、まずいと思ったらアウェイ=やめることも大事です。

たとえば、ベンチャー企業の世界でも同じですよね。やめ時の見極めができるかが大事。私自身もそう教わってきましたし、学生たちには見極め、意思決定ができる人になってもらいたいですね」

世界に誇る「創生プログラム」を新常識に

また、このプログラムを通して学生が得る価値のひとつが、人とのネットワークが強く広くなることです。

「学生は在学中に本当にいろんな所に行って、たくさんの人に会っています。卒業後に何か新しいことをやろうと思ったときに、自分のネットワークを活かせるという強みを持てる」のだとか。

イノベーションという言葉が意味するところは、『新結合』だと思っています。新しい繋がりがプロセスとなり、結果として革新が起こります。

イノベーションという言葉は、よく『革新』と日本語に訳されますが、私は誤訳だとずっと思っています。もともとオーストリアの経済学者シュンペーターが言っていた意味としては『新結合(New Combine)』なんですね」

「新結合」というちょっと聞き慣れない言葉について、林さんは説明してくださいました。

「繋がりを日本中、世界中に広げていけば、繋がった人たち同士がまた新しいことやってくれるじゃないですか」と、林さんのお話は一気に世界へ。

「私のやりたいことは、いわゆる地方創生だけじゃなくて、どちらかというとまずは日本の創生、世界の創生という基準で考えてます。世界人口もいつか頭打ちが来る。実際に今コラボレーションしている取り組みのある台湾と韓国でも、地方で文化が消えていく、といったことが起きています。これは、世界中で生じるだろうと考えられます」

日本で作った創生プログラムが、世界のロールモデルになっていけば」と林さんは熱弁をふるいます。

「一個人ではできないことも、大学機関と組むとできることが増える。一人のアクションよりも大きな波及効果を生み出せる。それが、世界的な変革にも繋がるんです。日々、楽しいなと思ってやってます

最後に「ありえないプログラムがある」と国内で国立大学が組んでいる事例を林さんが紹介してくださいました。連携するのは信州大学、富山大学、金沢大学の3つの大学。

「かねてより、広域的にやっていくのは絶対に必要だと思っていました。そこで、新幹線や高速道路でつながるこのエリアを、一つの新しい地方創生ユニットとしてやりましょうってことで始めました。ある意味バーチャルに大学が一つになってるような状態で、日本中で今うちしかやっていないプログラムです」

新たな結びつきによって、今まさに私たちの当たり前がアップデートされています。

ぜひいろんなこと一緒にやりましょうよ。繋がった人たちとはどんどん一緒にやっていきたい」取材の中で林さんは、こんな言葉をかけてくださいました。

ロールモデルという言葉が林さんの口から何度も出てきたこの日。前例のないことに挑む林さんと信州大学の歩みに、私たちは勇気づけられました。

LOCAL LETTERではこれからも、アナタのロールモデルになるかもしれない人や地域の取り組みについて、お届けしてまいります。

Editor's Note

編集後記

世界はこうして動いていくのか、と胸が熱くなりました。変人の定義のお話も興味深く。林さんがおっしゃる変人は、勿論ただの変な人ではなく、違和感に気づく人、ちょっと違った視点を持てる人、変革を起こす人であると。私も変人でありたいと思いました。

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