アウトドア
第二次アウトドアブームが到来していると言われる昨今。ソロキャンプやグランピング・登山など、その盛り上がりはもはや一過性のものではなく、カルチャーとして定着しつつあります。
そんな新しいカルチャーを静かに支え続けている企業が、ここ山梨県富士吉田市にありました。その名は「そらのした」。アウトドア用品のレンタルサービスをいち早く始め、業界内でパイオニアとして活躍する同社が新しく始めたのは、なんとアウトドア用品専門のクリーニングサービス。
独自の発想と技術でアウトドア業界の常識を変え続けている同社に、その秘訣や今後の展望について伺ってきました。
アウトドア用品のレンタルを中心に行っているそらのした。そんな同社が新たに始めた、アウトドア用品専門のクリーニング「ドロップルーフ」とは一体どんなサービスなのか、まずはそのサービスの内容や生まれた背景について伺いました。
「僕たちは大きく2つの事業を展開しています。一つは、アウトドア用品のレンタル、そしてもう一つがアウトドア用品のクリーニングサービスです。クリーニングと聞くと汚れを落として綺麗にするというイメージですが、ドロップルーフではそれに加えて、低下してしまった撥水性(生地に付着した水を球状にして弾く機能)を回復させる弾水コーティングという独自の撥水加工技術を施しています」(室野さん)
「弾水コーティングの開発は、僕たちが取り扱っているレンタル用品に施すものとして始まりました。そもそもの開発のきっかけは、僕自身が感じた悔しさにあります。
あるとき、お客様から返ってきたレンタル用品のチェックをしていたら、雨でびしょびしょに濡れているウェアを見つけたんです。そのとき、これを使っていた方はちゃんと登山を楽しむことができたのだろうか、雨に濡れ寒かったんではないだろうか……?と何とも言えない悔しさを感じ、ただモノをレンタルするだけではないその先にいる人たちのことを考えたサービスを提供しようと決めました。そうした考えをもとにして生まれたのが、レンタル用品の撥水性を回復させるアイデアです」(室野さん)
まずは市販されている防水・撥水スプレーを使うところから始めたという室野さん。しかし、それだけでは期待するような効果は得られなかったのだと言います。
「様々な市販品を試した結果、一般的に流通している防水・撥水スプレーでは、僕たちが目指す撥水性の回復は難しいということが分かりました。市販品はあくまでも通勤や通学といった短時間の雨を想定して作られているもの。
一方で、僕たちが求めているのは一日中雨に打たれるようなシチュエーションでも耐え得る、長時間効果が持続するものでした。当時そういった商品は世の中になかったため、それならば自分たちで新しく開発してしまおうと思ったんです」(室野さん)
そらのしたを始める前には、メーカーで研究開発をしていたという室野さん。そらのした起業時は、アウトドア用品のレンタルのみを行なっていたため、再び研究開発ができるとは本人も思っていなかったそう。
「前職でやっていた研究の姿勢がここでまた活かされるとは思ってもいませんでした。何だか不思議な感じもしていますが、改めて技術力を試される環境に身を置いてみて、やっぱり自分の性に合っているのかなとも感じています」(室野さん)
同社独自の弾水コーティング技術はその後、約2年の開発期間を経て完成。ドロップルーフはそうした技術を自社のレンタル用品だけでなく、一般の方が大切にしているアウトドア用品にも使えるようにという想いから生まれたサービスなのだと室野さんは語ります。
市販の防水スプレーとドロップルーフが施す弾水コーティングの違いを知るために、取材の途中でちょっとした実験を見せていただきました。実験では3枚のペーパーを使用。1つはそのまま、残りの2つにはそれぞれ市販の防水スプレーと弾水コーティングを施します。この状態で水をかけたのが上の写真。真ん中のペーパーが何も加工をしていないものだということは分かりますが、両端の区別はまだ付きません。
そこで続いては、3枚のペーパーをまとめて水の中に入れて30回ほど激しく振ります、その後、取り出したものに先ほど同様に水をかけると……。
結果は一目瞭然。一番右が弾水コーティングを施したものだということが分かります。厳しい環境下でも効果が持続する、室野さんが仰っていたことの意味を身をもって理解した瞬間でした。
撥水加工は、縫製される前の生地に施されるものであり、縫製後に再度加工をするというのは困難な技術。それを可能にするためには「独自の新技術だけでなく、技術を適切に扱える人や環境が欠かせない」と言います。
「僕たちの弾水コーティングは、専門の知識と技術を持っていないと扱えないもの。だからこそ、ここでは一つひとつを作品として捉えて、その都度最適な加工を施すようにしています」(室野さん)
「依頼品が届いたら、加工をする前に必ず細部までチェックします。弾水コーティングはシビアな加工、そのタイミングで少しでも懸念があれば、お客様と相談してお断りすることもありますね。新しいものを買った方が安く済むこともある中で、それでも今あるものを大切に使いたいという想いで持ってきてくださっているので、そうした想いに寄り添えるようなサービスでありたいと考えています」(室野さん)
室野さんの想いはお客さんにも伝わっていて、「そらのしたさんが難しいというのならそうなんだろう。おかげで諦めがつきました」という言葉をいただくこともあるのだそう。卓越した技術力はもちろんのこと、こういった双方向の信頼に基づいたコミュニケーションも同社の持つ魅力の一つなのだろうと感じます。
現状に満足することなく、さらなる技術開発を続けている室野さん。取材時には特別に、その開発現場も見せていただけました。
「ここでは様々な検証をしながら、より良い弾水コーティングの開発を行っています。一番手軽で分かりやすいのが洗濯耐久について調べる試験ですね。この試験では弾水コーティングを施した布に洗濯を繰り返しおこない、撥水性の持続力を調べています」(室野さん)
「例えば、これは弾水コーティングをしてから一度も洗濯をしていない布です。ピンと張った状態で上から水をかけると、このように綺麗な球状になって水を弾いてくれます」(室野さん)
「一方で、こちらは弾水コーティングをしてから洗濯を繰り返した布になります。先ほどの布と違ってしばらくすると水が滲んできてしまいますが、この2つの中でも滲み具合に差が出てきます。これは洗濯回数の違いに起因しているものです。洗濯耐久試験ではこのように、繰り返し洗濯をした布を比較しながら、どのタイミングで撥水性が損なわれてしまうのかということをチェックしています」(室野さん)
左の布が弾水コーティングをしてから一度も洗濯をしていない布。右の布が弾水コーティングをしてから洗濯を繰り返した布。加工の組み合わせや、ストレスの与え方を変えることで、室野さんは日々加工技術の研究を重ねている。
撥水の機能性を確かめるときによく用いられる洗濯耐久試験ですが、室野さんはその試験自体にもさらなる改善の余地があると考えているのだそうです。
「弾水コーティングをした直後で水を弾くのは当たり前。そこから実際に使ったときにどれだけ効果が持続するかが大切だと僕たちは考えています。僕自身も登山をしているからこそ実感していることなのですが、登山をはじめとしたアウトドアは常に危険が隣り合わせにあります。弾水コーティングはそうした人たちを支える技術なので、検証の段階でもできる限り妥協をせずに追求していきたいんです」(室野さん)
「妥協せずに追求することを考えると、洗濯耐久だけでリアルな耐久性を測ることはできません。現在は外環境に長時間置いたり、水をずっと流し続けたりと実際のシチュエーションに近い状態で検証ができるように、試験方法自体も新しく考えてやっていますね」(室野さん)
世界に誇るアウトドアメンテナンスカンパニーをビジョンに掲げる同社の躍進的な成長は、こうした本物を追求し続ける姿勢によるものなのだと知りました。
「今の常識では不可能だとされていることを実現していきたい」と語る室野さん。実際に、メンテナンスをするよりも新しいものを購入した方が良いと言われていたアウトドア用品の常識は、同社の新技術によって覆りつつあります。
現在のところ、新品と同等の撥水力を回復できている弾水コーティングですが、室野さんが目指すのはさらに先。新品よりも優れた撥水力を持たせることにあるのだそう。今回直接お話を伺ったからこそ、こうした今の常識で不可能だとされていることも、いつか実現できてしまうのだろうなと確信を持って聞くことができました。
そんなそらのしたは現在、独自の撥水加工技術を活かしてアウトドアとは違った分野の企業ともコラボをしているのだそう。今後はそういった異なる分野とのコラボも前向きに取り組んでいきたいと語ります。
「アウトドアとは直接関係のない分野でも自分たちの技術が活躍できるというのは、すごく嬉しいことだなと感じています。お話をいただくことがあれば、ぜひそういった新しい分野での取り組みも一緒にやっていきたいですね!」(室野さん)
常識を覆す本物の技術を探しているアナタへ。より良い技術を追求し続けるそらのしたと共に、新しいチャレンジを始めてみませんか?
Editor's Note
取材中、様々なお話を伺う中で特に印象に残ったこぼれ話をひとつ。社会人になってから登山を始めたという室野さん。初めての登山はあいにくの雨で、そのときに登山と人生は似ているなと感じたのだそう。「山を登っている間、途中でやめる理由がいくつも思い浮かぶんです。逆に登り続ける理由はシンプルで、それは最初に登ろうと思ったから。そのときの経験が今にもつながっている気がしますね」そう楽しそうに語る室野さんの姿から、ひとつの目標に向かって歩みを続ける大切さを学びました。
SHIRAKUMA
シラクマ