ものづくり
風鈴の音色が清々しく響く、石畳が美しいまち並み。観光地としても注目を浴びている「富山県高岡市金屋町(かなやまち)」。
かつては城下町として発展し、約400年の歴史を誇る高岡鋳物発祥の町です。
風情ある通りには、今も“ものづくり”の作り手たちが暮らしています。
今回は生まれ育った東京から金屋町の歴史あるお店に嫁いだ、ひとりの女性を取材。子育ての傍ら、錫(すず)を使ったアクセサリーをデザイン・制作する大寺桂さんです。
金屋町で160年以上の歴史を紡いできた「大寺幸八郎商店」。1860年に初代幸八郎が鋳物工場を初めて以来、製造卸業・店舗兼カフェ・ギャラリーと変化を重ね、長く高岡銅器に携わり続けています。
江戸時代初期から始まった高岡銅器は、富山県高岡市で金属を加工してつくられる工芸品の総称。日用品から仏具、梵鐘(ぼんしょう)や大仏といった大型銅器も作られており、日本を代表する伝統工芸のひとつです。
高岡の産業を支えてきた数ある金属の中でも、桂さんが作っているのは、錫を使ったアクセサリー。錫は錆びにくく抗菌作用があり、とてもやわらかいことが特徴。手の力で簡単に曲げることができ、自由に形を変えることが出来ます。
「錫はいろんな表情を魅せてくれます。小さく折り曲げてみると想像もしなかった美しい模様が生まれたり、融点が低いので夏場にはものすごくやわらかくなったり、稀にシャンパンゴールドみたいな色に変色したり。鎚目を付けたデザインの指輪も、時間が経ってくると鎚目がツルツルになることがあります。時間が経ってから分かる魅力もありますよ」(桂さん)
桂さんにとって錫は、驚きと発見を与え続けてくれる不思議な素材。長年扱っていても魅了され続けているそうです。
大寺さんが手がけるアクセサリーブランド「kohachiro」のコンセプトは、「シンプル」。洗練されたデザインの中に、錫の硬質な金属とは違う優しい色合い、やわらかさ、なめらかな質感を感じられ、若い方からご年配の方まで、幅広く愛される商品です。
桂さんが「kohachiro」を立ち上げたきっかけは、大寺幸八郎商店で日頃から行っている「アクセサリー作り体験」がきっかけだったとか。
「アクセサリー作り体験」は、10年程前に桂さんの義母 雅子さんが開始したもの。一枚の錫を切ったり、曲げたり、叩いたり。自分好みのオリジナルアクセサリーを作ることができます。錫の素材を実際に触れて体感できる、大寺幸八郎商店の大人気コンテンツです。
雅子さんは、大寺幸八郎商店の長い歴史の中でも、かなりのアイディアマンなのだとか。
お嫁にきてから、お店でアクセサリーづくりをお客さんに教えている桂さん。教えながら作った作品を「せっかくだからオンラインショップで販売してみてはどうか」と雅子さんがアイディアをくれたことが、アクセサリーを販売し始めたきっかけでした。
「これまでのプロダクトデザインのお仕事では、自分はデザインだけ担当して、制作の工程は別の人が担当していました。でも今は、デザインから制作まで全て自分で行っています。こうしたらどうなるかな?と試してみてうまくいったときや、想いを込めて作った商品が売れるときは本当に嬉しいですね。気に入って手に取ってくれる人たちのためにも、これからも自分にしか作れないものを作り続けていきたいと思います」(桂さん)
最近は地元の職人さんとコラボレーションして、商品作りに挑戦している桂さん。
「わからないことがあったら、すぐに職人さんたちに相談できる環境が高岡にはあります。職人さんたちは個性的でとても面白いです。アポなしで訪ねても、丁寧に相談を聞いてくれたり、こうやってみたらと試作に協力してくれたり。ポジティブに背中を押してくれて、とても心強いんです」(桂さん)
今後は、漆や金箔といった伝統的な素材と錫を掛け合わせたジュエリーラインの展開も考えているそうです。
最初に桂さんが高岡を魅力に感じたのは、毎年秋に数日に渡って開催される工芸の祭典「高岡クラフト市場街」での職人さんたちとの出会い。
「たくさんの職人さんたちが町に出てきていて、訪れる人たちと楽しそうに会話をしていました。今まで生活してきて職人さんたちと会うことなんてなかったので新鮮でしたし、気さくで面白くて魅力的に感じました」(桂さん)
すっかり高岡のファンになった桂さんは、次の年も伝統工芸の工場を巡る「高岡クラフトツーリズモ」に参加するために高岡へ。その時初めて、大寺幸八郎商店にも見学に来たそうです。
自宅の土間をメインに小売店として開放している大寺幸八郎商店。案内を受けてお店の奥に入っていくと、美しいお庭を眺められる縁側があります。
「表だけを見ていてはわからない、素敵な場所が隠れていることに心が躍りました。この場所で生活をしていることにも魅力を感じて。こんなところに住めたらいいなと思っていたら、数年後本当に住むことになるなんてね」(桂さん)
観光だけではなく、人々の暮らしも感じられる金屋町。歴史的な町並みの名所の中でも、穴場スポットなのかも。
アクセサリー工房兼ギャラリー「博選堂(はくせんどう)FUTATABI」が大寺幸八郎商店のお隣に2021年にオープン。
金屋町にひとつでも多く、人が行き交う場所を増やしたい。
そんな雅子さんの想いもあり、工房としてだけでなく「kohachiro」アクセサリーの販売や、作家さんの作品展示を行うギャラリーとして開かれました。
「博選堂FUTATABIの土壁は、地元高岡の左官屋さんに昔ながらの技法で仕上げていただき、障子は県内の和紙職人さんにお願いして作っていただきました。博選堂FUTATABIに訪れた人たちに、富山の昔ながらの技術を紹介できるスペースにしたいと考えています。初めて金屋町を訪れた人たちが、また来たいと思えるような場所にしていきたいですね」(桂さん)
職人さんたちの手仕事を知るきっかけになればいいなと微笑む桂さん。“ものづくり”の作り手への愛が、にじみ出る。
「暮らしていると“金屋町らしさ”という魅力も当たり前に感じてしまいがちですが、外から来た自分だからこそ、しっかりと伝えていきたい。“ものづくり”を観るだけではなく体感できる金屋町に、少しでも多くの人が訪れてほしいです。私自身も金屋町を訪れるひとつの入口になれるように、オンラインショップでのアクセサリー販売やSNSでの発信を続けていきたいです」(桂さん)
伝統は、人の努力があってこそ紡がれていく。大寺幸八郎商店の160年の歴史も、先代や桂さんたちが工夫と変化を重ねてきました。この先も、変わることを恐れずに新しいことにどんどん挑戦していきたいと話す桂さん。
「もの」の魅力は「人」の魅力とも言えるのではないでしょうか。目の前にある完成された「もの」は、どんな「人」がどんな想いで作っているのだろうか。
作り手やプロセスがしっかりと見える「いいもの」を手に取り、良さを伝えていくことで、私たちも“ものづくり”の伝統を紡ぐひとりの担い手になれるのかもしれません。
Editor's Note
私も大寺幸八郎商店のアクセサリー体験をさせていただきました。ハサミで簡単に切ることができたり、金槌で叩くと模様ができたり、スプーンの曲面で磨くと艶がでたり。実際に触ってみないとわからない錫のおもしろさに魅了されました。桂さんの作品のような美しい模様を施すのは難しかったです。出来上がったピアスは、自分だけのオリジナルデザインなので愛着が湧きます。
お店になかなか行けないという方にもお楽しみいただける「アクセサリー体験キット」がオンラインショップで販売中とのこと。みなさんも錫の魅力に触れてみませんか?
KOTOE TOKUDA
德田 琴絵