ものづくり
※本記事はLOCAL LETTERが開講する『ローカルライター養成講座』を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。
5年で100以上の官民連携を生み出すプラットフォーム「よこらぼ」や、年間4,000人が訪れる町のコミュニティスペース「エリア898」など、「日本一チャレンジする町」として町内外が活発に挑戦をしている埼玉県横瀬町に、2023年3月新たに五感拡張型クリエイティブ制作室「たてラボ」がオープンした。
ものづくりを通じたコミュニティの活性化を中心に、「五感をフルに刺激するワークショップ型セラピー」や「家具職人によるクリエイティブ活動支援」など、様々な挑戦が巻き起こっていくとされる「たてラボ」に初取材。
中核となって活動する株式会社スキーマの取締役・橋本健太郎さんに、その誕生秘話や思いを伺った。
渋谷にオフィスのある株式会社スキーマで、アプリやWebサイト、紙面など平面のデザインを多く手掛けている橋本さんだが、「いつかどこかでリアルな場を作りたかった」と語る。
それがなぜ今、横瀬町でものづくりの拠点となる「たてラボ」を設立することになったのだろうか?
「僕は元々秩父市出身。最寄り駅は横瀬駅で、数年前からご縁あって、横瀬町でもいくつか活動をしていたんですよ。
例えば、有名なクリエイターの友人を横瀬の中学校に呼んで、『横瀬クリエイティビティー・クラス』という名のクリエイティブソンを行ったり、町内外の人たちの生き様を聞くことで活躍の選択肢を知る授業『はたらクラス』を毎月やったり。自分の地元の活性化をしたい欲がどこかにあったんです」(橋本さん)
そんな折「町外の会社と組んで地域活性につながる何かができないか?」と町から声がかかったことが、たてラボ創設のきっかけだという。
実際に、完成間近のスペースにおかれた設備や制作物を見せていただいた。
「まずは工房です。3Dの加工機『ショップボット』を置いてるんですけど、これで木材の合板を加工します。要はデータを飛ばせば、誰でも理想の形に木材を切断することができる。プラモデルのパーツみたいに切られるので、いろいろな可能性があるんです。たとえば、平面だったポスターを彫刻的に立体的にするなんてこともすぐできる」(橋本さん)
「今までは職人が切っていたので、その生産工程がわからないと同じものを作ることはできませんでしたが、データを送れば別の所にある『ショップボット』でも全く同じものを切り出すことができるので、たてラボでデザインしたものや考えたものを他のエリアでも作ることができます」(橋本さん)
実際に、たてラボでモノを一緒に作るのは、家具職人の加藤さん。
たまたま加藤さんが家具職人1本でフリーランスとして活動することを決めたタイミングで、たてラボの話があり、「加藤さんと組めばリアルなものモノづくりをする場が作れる」と判断して、スタートを決めたと言う。
「ショップボットのことは以前から気になってて、こういう技術を活用してデジタルコミックみたいなテクノロジーとリアルを接続するような取り組みをしたいとずっと思ってたんですよ」(橋本さん)
家具づくりだけにこだわりがあるわけではなく、とにかく質感、手触り感のあるものを自分たちのプロデュースで作りたいのだ、と橋本さんは笑顔で施設を紹介してくれた。
では、「リアルなものづくりの場」として、たてラボを使って橋本さんたちがやりたいことは具体的に何なのだろうか?
「まずは基本的な『物を作って売る』こと、シンプルにこれをやりたい。横瀬の公共の場所とかにどんどんたてラボで作ったものを置いて、町全体をショールーム化していきたいんですよね。気に入ったものがあれば、その場で買えるような仕組みで。横瀬町にはいろんな人が来るから、『いいね!』と言われたら、『その場で買えますよ!』と売り出していくことをやってみたい」(橋本さん)
資材にはなるべく横瀬のものを使いたいんです。町自体の活性化にもつなげたいし、地域資源に価値を付けて、資源への見方を変えたいと思っていて。地域に眠っている資源をちゃんと社会に落とすことをやりたい。橋本 健太郎 株式会社スキーマ
幼少期から好きだったソーシャルゲームからはじまり、これまでクリエイターとして関わった仕事も、これからたてラボでやろうとしていることも、すべて、橋本さんの根底にある「価値のないものに価値をつけられた瞬間、価値変換が好き」という思いが出発点。
例えば、田舎に行けば行くほど、「山が財産として残ってしまったことで、管理や維持費が大変」という悩みを抱える相続者は多い。けれど本来、山は資産になるはず。そんな地域にある資源を加工して、新たな価値に変換できることがものづくりの強みであり、価値交換できる環境がたてラボには整っているのだ。
さらには、たてラボの活動を今の横瀬町で行うことに、ほかの場所では代え難い大きな価値があると橋本さんは言う。
「人口8,000人の小さな町ですが、今この町の知名度がすごい勢いで上がっています。注目されている町には自然と面白い人がいっぱい集まってくるんですよ。町内外の交流が一気に増えていくタイミングだと思っています」(橋本さん)
企業・行政・町内外の人々が活発に動くいまの横瀬町には、クリエイターや、ものづくりに興味がある人がどんどん集まってきて、たてラボに立ち寄ると、地域の人と関わりながら活発にものづくりが行われる。
そして横瀬の資源を活用してつくられたものが町外の人々の目にとまり、ビジネスになることで、人と経済の循環が生まれる。
地域の資源に価値をつけてこのサイクルを回す起点になるのが、たてラボという場所なのだ。
では、たてラボへ実際に訪れた人はどのような体験ができるのか?
「こんなものを作って欲しい」「たてラボを活用して、自分でこんなものを作りたい!」そんな要望に答えるだけが、たてラボが果たす役割ではないと橋本さんは目を輝かせる。
「以前『横瀬クリエイティビティー・クラス』で、中学生が映像作品をつくる勉強会をやったんです。小さい子に、早いタイミングで何か新しいクリエイティブに触れさせることはやりたいですね」(橋本さん)
横瀬クリエイティビティー・クラスでは、中学生たちが目をキラキラ輝かせて熱心に活動する姿を目の当たりにした橋本さん。
ものづくりが人にもたらす良い影響を信じて、大人が「小さいころにこんな経験ができていればな」と思うようなきっかけを、たてラボを使って開催する勉強会や体験会を通じてつくっていきたいと話す。
ものづくりを体験する、という文脈から橋本さんの話は「たてラボ」に込めた根底にある思いと活動へ発展する。
「僕らは、クリエイティブで社会を元気にしたい。その突破口が “ものづくり” だと思っているんです。ものづくりは自分自身と向き合って、自分の内面を表現できるものなんですよ。
例えば家具のヤスリ掛け。ヤスリを一生懸命かけてると、『おお、これ俺のヤスリ掛けのリズムがあるな』と思うことがあったり、絵を書いてても『なんか自分っぽい』とかがあったり。もっとわかりやすいのは陶芸。ろくろ回しやったことあります?『このぐねぐね、俺じゃん』って思ったことありません?
ものづくりって、どこかしらに自分が出てしまうものだと思っていて。だからこそものづくりを通して自分と向き合う『クリエイティブ・セラピー』をやってみたいんですよね」(橋本さん)
「今は繋がりを広げようと思えば、SNSを使って無限に広げられる社会になっているからこそ、何を軸に繋がったらいいかがわからず、皆さん疲れてると思うんですよね。であれば、今この社会で、もうちょっと自分と向き合える機会を作りたくて。
自分を縦軸にどんどん掘っていって、掘り切ると自分に出会える、みたいな。それが『クリエイティブ・セラピー』で、自分と向き合った上で新しい世界を見ていく体験をつくりたくて、『たてラボ』という名前にしたんですよ」(橋本さん)
一般的な、これまでの自分の経験を振り返って強みを探す自己啓発とは違い、黙々とものづくりに取り組むことで、自然と自分でも気が付かなかった特性が浮彫りになる。
ものづくりの力を感覚的にも、理論的にも活用して、自己の本質的な部分に迫る体験を生み出そうとしている橋本さん。
「絶対辛いし怖いですよ、ものづくりって。だって価値になるかどうかわかんないものをどんどん掘っていく作業なんだから。でも永遠にできるから、そこから見えるものがあるとも思っていて。とにかく1回掘る、掘り続ける、みたいなことをやって、自分を見つけられたら、世界は変わる。
本当にいろんな人に来て欲しいですよね。ものづくりのハードルが高いと思ってる人にも触れてもらって。ここに来てくれれば、絶対にものは作れるので」(橋本さん)
たてラボが実現するのは、ものづくりで地域の経済を回すことだけではなく、ものづくりの力で人に活力を与える、まさに「クリエイティブで社会を元気にする」ということそのものだった。
最後に、まだまだ実験的な取り組みの部分も含めて、たてラボをオープンした後にやっていきたいことを楽しそうに語ってくれた橋本さん。
僕はテクノロジーが好きなので、田舎だからこそ、最新技術を取り入れた取り組みをいっぱいしていきたいんですよ。橋本 健太郎 株式会社スキーマ
「ARやNFTなどの技術を使って、家具などにデジタルな情報を埋め込んでおいて、アプリをかざしたらこの家具を作った人の情報をみることができるとか、例えば横瀬町からラッパーが生まれたときに音楽や映像を、たてラボで作った家具に埋め込んで『この家具についてるラップがいいんだよ』みたいな新しい体験を産むとか。木でできたiPhoneが作れます、とかね。
田舎だからできないとか、田舎だから遅れを取ることを全然したくないのと、アナログなものほど面白みがあるので、無機質なデジタルにアナログを組み合わせて、表情のある新しいものを作りたいな」(橋本さん)
ただ、それをしっかりビジネスにしていくためには、感覚でよい・楽しいと思うだけでなく、客観的に評価されるものを作る必要もある。
「秩父にはイチローズモルトというウィスキーがあるんですが、このウイスキーは世界でも有数で、秩父といえばイチローズモルトのまち、と言われるほど。だから、たてラボで制作したものが海外で認められるようになると、ちょっと見方もかわってくるでしょうし、距離感が変わってくる。そういった取り組みはやっていきたいですね」(橋本さん)
秩父地域には、木材のほかにもセメントやちちぶ銘仙、お祭り文化など、歴史と価値がある素材がたくさんある。今後、事業が軌道に乗るようなら、他にもまだまだ活用したい地域資源があると橋本さんは楽しげに話す。
「たてラボに一旦大量の木材を集めてみたけど、今はこれがどんな価値になるかわかんないですよね。あの板がこんなに世界で有名になっちゃったの?みたいなことって起こるわけで。価値が眠ってるから、その価値を早く見つけて、それがドーンって盛り上がったらやっぱ面白いじゃないですか」(橋本さん)
小さな町でも世界と戦える。いつの間にかそんな壮大な話になっていたが、たてラボが実現するクリエイティブ・セラピーと、躍動する横瀬町で地域資源を活用したものづくりに参画できる環境ならば、夢ではないなとワクワクさせられる。
2023年3月16日、そんなたてラボがオープンしました。
情報社会で横のつながりの広さに疲れて、一度立ち止まって自分と向き合ってみたい方、ものづくりの可能性を感じてワクワクした方。
一度横瀬町を訪れて、たてラボが起こす新たなものづくりの波に乗ってみてはいかがだろうか?
Editor's Note
「ものづくりは自分と向き合えるもの」、とっても刺さりました。ただのものづくり工場ではないたてラボが横瀬町で担う役割によって、元気になれるクリエイターさんや、社会人の方、将来や進路に悩む学生さん、多いんじゃないでしょうか。自己の縦への深掘りから生まれる新しいものを早く見てみたいし、自分も作ってみたい。想像していたら自然とニヤニヤ笑顔になってしまった取材でした。
KAZUKI AOYAMA
青山 一輝