TATSUNO, NAGANO
長野県辰野町
前回、公務員特集でご紹介したスーパー公務員の野澤隆生氏。
長野県辰野町で18年間、役場公務員を務める野澤氏は、型破りな実行力と、予算0でも注目を集める企画力、18年間の中で培ってきた人脈と巻き込み力、さらには、物事の本質を見極める力を武器に、これまで17つのプロジェクトを実施。
次々と成果を出し続ける野澤氏の「圧倒的成果を出す仕事術」をお読みいただいたアナタに、ぜひ実際に野澤氏が実施したプロジェクトも知ってほしい!
そんな想いで、今回は野澤氏が実施したプロジェクトの中でも特に反響が大きかった「空き家DIY改修イベント」をご紹介。プロジェクト開始後、たった2年で移住世帯数が5倍に伸びた移住施策の仕掛け人、野澤隆生氏の頭の中を覗きました。
どの地域でも行われている移住定住施策。移住する上で、重要視される要素の一つが「家」であり、安価で家を購入/賃貸することのできる空き家バンクは、多くの自治体HPで目にする。
「辰野町でも2014年度から空き家バンクを立ち上げましたが、なかなか登録してくれる地域の方がおらず、登録物件数が上がらないという状態が続きました。実際に地域の方に話を聞いてみると、“自分の空き家に変な人が外から入ってくるのは嫌だ” “どうせうちの空き家はボロ屋だから登録しても誰も入らない” という声をたくさん耳にしましたね」(野澤氏)
ちょうどその時、野澤氏の元に2人の協力者が集まる。辰野町に集落支援員として移住した一級建築士の資格を持つ赤羽孝太氏と、地域おこし協力隊員で移住した二級建築士の資格を持つ溜池のどか氏だ。
「私を含めた3人で、町にたくさんある空き家を宝物(=価値があるもの)として捉え、空き家を改修することを目的にせず、宝物をいい人に来て使ってもらいたいという想いから、何ができるかを考え始めました」(野澤氏)
公務員という立場で行政に精通する野澤氏と、集落支援員や地域おこし協力隊という立場で半官半民の顔を持つふたりがいることを強みだと捉えていた野澤氏。もともと辰野町にあった移住定住促進協議会に着目をする。
「当時の移住定住促進協議会は、移住定住施策の一環として、セミナーの実施をしていたのですが、役場内でも似たようなセミナーを実施していて、何が違うのだろうと思ったんです。だったら、民間の組織にしかできないことを何か仕掛けられないかと考え始めました」(野澤氏)
とはいえ、移住定住促進協議会が握っていた予算は15万円。実行部隊は野澤氏、赤羽氏、溜池氏のわずか3名。何ができるかを模索し続けたという。
「私自身は、常に今ある資源でなんとかするのがいいと思っているので、特に予算や人員を嘆くこともなく、どんなことができるか模索するのはとても楽しかったですね。自分の頭の中にあるピースがどうしたらハマるのかを考え続けました」(野澤氏)
模索を続ける野澤氏が目をつけたのは、当時、誰もが価値がないと思っていた、一般の人が見たら絶対に住めないだろうと思うほどボロボロだったり、家財道具が放置されている直接物件、通称「Z物件」だ。
「辰野町の空き家バンクには特徴があって、通常の不動産業者には流れないような物件(Z物件)を入れているんです。不動産業者の手数料は通常、売却した建物の値段の何%という形なので、安い物件が売れても儲けがほとんど出ません。だから、ほとんどの不動産業者は安いZ物件には手をつけたがりません」(野澤氏)
辰野町では、不動産業者が扱う状態のいい仲介物件は、不動産業者に任せ、業者が間に入らない、Z物件(直接物件)を建築士の資格を持つ赤羽氏と溜池氏に見極めてもらい、基盤がしっかりしており、直せばまだ使えるZ物件を空き家バンクに登録している。
「Z物件は激安です。相場はだいたい家賃が1万円で、畑が1枚500円。お店を始める人は、ランニングコストを低く抑えることができます。そもそも持ち主が価値がない物件だと思っているので、ラッキーなんですよ」(野澤氏)
しかし、空き家改修をするにもお金はかかるもの。辰野町の場合、空き家バンク物件の家財道具処分に最大15万円、物件の改修には最大30万円までの補助を受けることが可能だが、不動産業者が手を出したくないほどの物件となると、改修費は補助金の額を軽く超えてしまう。
「そこで私が提案したのが “空き家バンク成約物件のDIY改修イベント事業” です。DIYにすれば、まず高額なお金がかからずに済みますし、住む前から作業をしていると地域の方が “何やってるんだい?” と声をかけてくれるので、地域住民との関係もつくることができる。これは一石二鳥じゃないかと、まずは最初の事例づくりとして、始めようと思いました」(野澤氏)
ここで野澤氏は、行政職員である自分自身と、半官半民である赤羽氏、溜池氏、さらには民間の立場である移住定住促進協議会の立場を利用し、明確な役割分担を行なった。
「行政には公平性というルールがあり、補助金を出してある一つの物件だけを改修するためには、相当な理由を説明する必要があります。しかし民間であれば、そこまでの説明は必要ありません。だからこそ、移住定住促進協議会の予算15万円を全て使ってDIYを行うために事業計画書をつくりました」(野澤氏)
実際にDIYを実施し、事例の第1号目として2017年4月にオープンした「農民家ふぇ あずかぼ」の全11回のDIY改修イベントには、地元住民をはじめとした延べ250名の参加者が集まり、築約130年の古民家は通常の5分の1の改修費でリノベーションを実現させた。
「この取り組みがメディアに注目され、テレビやWEBメディア、雑誌媒体、新聞など、多くの人が取材に来てくれました。この一つの事業だけでも広告予算費0円で、2,000万円以上の広告効果がありました。何より、空き家バンクに掲載したくないといっていた地域の方からの登録が相次ぎました」(野澤氏)
メディアに出たことで、地域住民の安心感が増し、地域外には辰野町の空き家バンクが知れ渡ったことにより、辰野町の空き家バンクの成約率はトップクラスを誇り、この一石三鳥のを野澤氏は最初から想定していたというから驚かされる。
とはいえ、最初にZ物件を見に来る人たちは、あまりにボロボロの姿や、引きっぱなしの布団、男性ものの洋服が入りっぱなしのタンスを見て、驚き、不安な表情をみせるという。
「いらっしゃった方には、必ずDIY改修をする前のZ物件と、DIY改修をした後のZ物件を見てもらうようにしています。未来を見せることで、可能性を感じて安心してもらうんです」(野澤氏)
実は、野澤氏は事例づくりとしてDIY改修イベントで4つのZ物件を生まれ変わらせ、その4つの物件に入る入居者に対して、「モデルハウスとして移住したい人やお店をやりたいと検討している人に物件を見せる」という条件を最初に提示していた。
「空き家を見たいという人が来た時には、いつもモデルハウスに暮らしている人に電話して、どんどん見てもらうようにしています。もともとどのモデルハウスも、傾いていたり、窓の中が見えてしまっていたり、壁が壊れていたりと、とても住めるような状態ではなかったところから、お店の営業や暮らしができる物件に生まれ変わっています」(野澤氏)
実際にDIY改修を実施した野澤氏や赤羽氏、溜池氏からすれば、Z物件でも床を剥がして貼り替え、壁を直して塗り替えれば問題ないことが想像できるが、普通の人はそこまで想像ができない。
「だからこそまずはモデルハウスを通じて、可能性を感じてもらうことが重要です。視覚的に未来を見ることができなければ、想像ができず、なかなか決断に踏み切ることができませんから」(野澤氏)
空き家バンク成約物件のDIY改修イベント事業で、間違いなく鍵の一つになっているのは、赤羽氏と溜池氏の二人の建築士の存在。
野澤氏に話を聞いてみると、実は赤羽氏は、野澤氏が地域外から呼んできた一人だった。辰野町に一流、かつ、協力的な建築士が偶然いたのではなく、しっかりと野澤氏が自ら成功を引き寄せていることがわかる。
「空き家バンク成約物件のDIY改修イベント事業は間違いなく、私一人ではできませんでした。建築士のプロがいたからこそできた事業です。私は自分自身が全てできる必要はないと思っています。私は常に自分ができないことは誰かに聞いたらいいと思っているので、人脈と信頼関係を築くことを大切にしています」(野澤氏)
常に物事の3手以上先を考え行動している野澤氏。具体例でみると、より野澤氏の凄さを実感し、鳥肌が立ったのは私だけだろうか。今後、野澤氏が仕掛ける事業が楽しみで仕方ない。
NANA TAKAYAMA
高山 奈々