NAGANO
長野
長野県飯山市にある、青々とした木々に囲まれた、雄大な北竜湖。
湖畔に腰掛けていた男性に声をかけると、明るく「どうも!」と挨拶が返ってきました。
その方の名は、高野隼人さん。2018年、高野さんが28歳のころ、地域おこし協力隊として、飯山市の隣の野沢温泉村へとやってきました。2020年には移動式のサウナ「The COSMIC SAUNA」を立ち上げ、現在では野沢温泉村を拠点に、アクティビティガイドやコーヒー豆の販売など、様々な事業を手掛けています。今回の取材は「The COSMIC SAUNA」の夏の拠点である北竜湖で行われました。
「ワクワクすることをやっていきたい、好きなことをやっていきたい」と語る高野さん。
東京での仕事を辞め、野沢温泉村に移住することを”選択した“背景には、どんな想いがあったのでしょうか?ときには壁にぶつかりながら、それでも好きなことを選んできた高野さんのここまでの歩みを、じっくりうかがいました。
高野さんの生まれは神奈川県の相模原市。特段自然が近いわけではなかったそうですが、友人家族に渓流釣りに連れて行ってもらったことをきっかけに、自然でのアクティビティが好きになったといいます。
「会社員時代はアクティビティのために週末あちこち飛び回ったり、スニーカーとリュックで通勤したりと、結構浮いてました」(高野さん)
そして、パートナーさんもアクティビティが大好きな方。ということで実は当初、二人でニュージーランドにワーキングホリデーに向かう予定でした。バンに乗って様々なアクティビティをして回ろう、と計画していたそうです。
仕事を辞め、思い切った行動をとることになった理由は、「ある程度先が見えてしまったから」と語ります。
「仲の良い先輩や上司に『この会社で何をやりたいんですか』とか『どういう生き方をしてるんですか』と聞いたら、『生活のため』とか『家庭のため』という答えが多かったんです。自分自身のワクワクする時間のために生きてる人があまりいない印象でした。
もちろん各々の理想の生き方があるとは思うので一概には言えませんが、ワクワクしていない人たちの中で働いてたら、自分も絶対そうなると思ったんです。
役員の方から『会社の中でもいい経験ができるし、残り続けるのも手だぞ』と言ってもらったんですが、そういう経験をしている人はごく一部でした。
会社もすごく楽しかったし、雰囲気も、仲間も、すごく良かった。だけど、もう潮時だなと思ったのが一つの決定打でした」(高野さん)
自分自身のワクワク感を大切にすることにした高野さん。一見アクティブな人柄のように思えますが、実は「守り」に入るタイプなのだそうです。
「会社員時代は、暮らしのため、将来の家族のため、お金も貯めていました。
仕事を辞めるとなったときも、お金の不安はすごくありました。今まで固定でもらっていたものが一切なくなるわけですから。
それに、起業の経験もないし、身近に自営業をやってる人もいなかったし、どうなるんだろうとは思っていました。
そんな不安はありましたけど、最終的には行ったらどうにかなるでしょ!と。もうそこに無理やり落とし込むしかないなとなりました。ワクワクと安定を天秤にかけて、ワクワクを選ぼうと思いました」(高野さん)
なんとかなる精神でニュージーランドに渡る手筈を整えていく高野さん。
ニュージーランドに向かう直前、高野さんは語学勉強のため、友人が暮らすアメリカで1ヶ月間過ごしていました。そこに、日本にいる奥さんから突然妊娠の報告が届きます。
妊娠が発覚したからにはニュージーランドには行けません。既に仕事は辞めてしまいました。そこで高野さんは、もともとニュージーランドから帰ってきたら地方移住しようと考えていたので、それを前倒ししようと考えます。ただ、どこに行く?どうしよう!?
パニックになりながら友人に助けを求めると、移住先の条件や今後のビジョンの「見える化」と「具体化」をするよう、アドバイスを受けます。せっかくのタイミングなのだから、これからの生き方の戦略を立てていこうよ、と。
「まず、自分がどういうものを良いと思うのか、という基準を全部抽出して書き出しました。水が美味しいとか、自然のフィールドが近いとか。
抽象的だと想像しにくいので、例えば『渓流釣りのフィールドまで何分の地域』というように数値化もしました。Googleマップを使えば、そういう細かい数字も出せますし。
全て書き出したら、基準とのマッチ度に合わせて、移住候補地にポイントをつけていきました。
このやり方が自分にとってすごく良かったんです」(高野さん)
アメリカから帰国後、移住に向けて候補地に足を運び、実際に目で見て、その土地の移住者などに話を聞いて回ったそうです。条件が完璧にマッチしたわけではないものの、総合的に判断し、最終的に選ばれたのが野沢温泉村でした。
「選んだ基準は、まずは遊べる自然かどうか。野沢温泉村は、アクティビティをする上でのフィールドにアクセスしやすい環境でした。
あとは水が身近だというところです。僕、水が大好きなんです。渓流釣りとか、温泉とか。旅に出たとき、その地域の湧き水を汲んだりもしていました。
野沢温泉村は、暮らしと水の距離感が本当に近いんです。そこは魅力の一つでした」
雄大な北竜湖を背に、高野さんはそう語ります。
2018年、高野さんは、地域おこし協力隊として野沢温泉村に移ります。
村での起業に向けて動き出した高野さんですが、準備を進める中で、自治体とのミスマッチもありました。
「僕は起業するつもりで移住をしたのですが、村としては今ある業務を担う一人になってほしいと考えていたようです。実際に役所の職員にならないかと声もかかりました。
だけど、どうしてもそれが自分の中で描いている働き方とマッチしなかったんです。だから、『定住に向けた起業の準備を進めます』と話はしていたんですけどね。
起業というと『すごい』と言われるんですが、そんな大したことじゃないと思っています。言葉が独り歩きしてる部分が結構あるんじゃないかな」(高野さん)
民泊などで起業したかったものの物件が手に入らなかったり、サウナ事業でも土地の入札に負けてしまったりと、たくさんの壁にぶつかります。うまくいかず一度は村を出ようとも考えたと話しますが、他の土地を見てもピンとこなかったそうです。”好きなもの”を基準に選んだこの村は、高野さんを手放しませんでした。
結局、村からは出ず、紆余曲折を経て、最終的に「The COSMIC SAUNA」を作り上げます。
「お話したように、最初からサウナで起業するつもりではなかったんです。仕方なく行き着いた先で、そのとき自分ができて、なおかつ、これからビジネスチャンスになりそうなものがサウナでした。
ただそれは、僕にとってビジョンを達成するための手段の一つなんです。
サウナをやりたい、ということを目的にすると、作り上げたら終わりじゃないですか。でも大切なことはその先のビジョンなんです。なんでサウナをやりたいのか、何を提供したいのか、どういう価値を感じてもらいたいのか。会社にも経営理念やビジョンがありますよね。それと同じです。
ビジョンを体現するための手段はたくさんあると思うんですけど、僕があの時に選択できたのが、もうサウナしかなかったんです」
移住前、アメリカで考えた高野さんのビジョン――生き方。とはいえ、そのときはまだ漠然としたものだったといいます。
「移住当初、ビジョンはまだぼんやりとしていました。だけど、年数を重ねることで自分がこの地域でできることがだんだんわかってきたり、村の人と会話をしたりして、磨かれていったように思います。
サウナしかり、アクティビティガイドしかり、やればやるほどどんどんビジョンがより明確になってきました。ワクワクすることをやっていきたいだけではなくて、自分の暮らしをベースにして、自分の好きな野沢温泉村の水の良さや、その自然の楽しみ方をシェアしていきたいと。そして、体験してくださる方に感動を仕掛けていきたいと思っています」(高野さん)
できることを愚直にやり続け、歩みを止めなかった。だからこそ、好きなことを仕事につなげた高野さん。移住してからの自分自身の変化を語ります。
「経験を重ねてできることが増えてきたり、できないことももちろんあって、失敗をしたり。自分主体で生きていくことで、視座が高くなったり、視野が広がったりしました。
都会でも自分主体で生きていけるとは思うんですけど、僕がそんな生き方をするようになったきっかけは、野沢温泉村に来たことだと考えています。ここまで自分で選んで来たんですから。
アメリカで悩んでいたときも、結局行き着いた答えは、『人生は全て選択だ』ということです。当たり前ですけど、改めてそのときに思い起こされました。
どうしてもコントロールができない、選択できないことは絶対あります。それはもう仕方がない。でも選択できることは、何を選択しても正解不正解もない。ただ選んだことに対しては、プライドを持って、責任を持って、やるべきことは果たす」(高野さん)
思わず、「選ぶことって怖くないですか」と問いかけると、高野さんは真っ直ぐな瞳をこちらを向け、間髪入れずに「怖い」と言い切りました。
「怖い。めちゃくちゃ怖い。けど、選ぶ。
選ばないと僕らは社会のシステムの一つとして埋め込まれてしまいます。だからこそ選ばないと、そこから抜け出せないというのは間違いなくありますね」(高野さん)
自分で選び続ける高野さん。「ワクワクすることをやっていきたい」という言葉のとおり、挫折や苦労もありながらそれを選び続けている印象があります。「そもそも、ワクワクすることはどうやって見つけるんでしょう?」という問いに、高野さんは「とりあえず旅に出た方がいいよ」と答えます。
「旅って、いろんな人たちと交われるんです。そういう人たちの生きざまはすごく面白い。こんな生き方の人がいるんだというのを垣間見ると、心の栄養や刺激になると思うんです。そうすると、いろいろな新しいアイディアも出てきます。
一つの場所に居続けると、考え方とかが凝り固まってくることもあるじゃないですか。だけど離れることによって、その場所の良さも改めて実感できます。やっぱり野沢温泉村って良いよな、って」(高野さん)
”旅行”ではなく”旅”と表現されているところがポイントなのかもしれません。誰かと触れ合い、刺激をもらうための”旅”。
「僕は1ヶ月とか長めに滞在して、その地域の人たちと仲良くなって、一緒に過ごす旅のスタイルが好きです。
あと、ヒッチハイクもおすすめです。若いからできたのかもしれないんですが、そこで人の優しさに触れられました。
秋田空港からヒッチハイクをしたとき、乗せてくれたのが秋田弁のおじいちゃんで。なにをしゃべっているのか全然わからなかったんですけど(笑)。最後に黒飴をくれて、人の優しさに触れられた瞬間でした」(高野さん)
他にも、スイスで日本に縁があるイタリア人にお酒をごちそうになったり、徳島で すだちをたくさんもらったり、数々の旅のエピソードを披露してくれた高野さん。すべて、人との温かさや優しさを感じるやりとりでした。
「もちろん旅には危険なこともあるんですけど」という前置きもしつつ、旅の良さを語ります。
「やっぱり人間は一人じゃ生きていけないんです。人の優しさに触れ合って、心の琴線に触れるようなことが突発的に起こると、人は感動するんです。旅ってそういうものを感じられるものなんじゃないかと思います」(高野さん)
最近心が揺り動かない。ワクワクする感覚がわからない。そう感じる人は、人との触れ合いが足りていないのかもしれません。
今の状況から抜け出したいと思っているアナタへ。旅に出てみませんか。今とは違う”選択”を、してみませんか。
本記事はインタビューライター養成講座受講生が執筆いたしました。
Editor's Note
誰かのため、何かのため、ワクワクする方を選べないことも多々ありました。だけど、選んでいいんだ。最終的に、その選択を正解にしていけば良い。まずは、縮こまって選べなかった道を、選んでみようと思います。
Natsuki Mukai
向 夏紀