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LOCAL LETTER

歌うように、耕すように。時間をかけて生き方を育てる暮らし

FEB. 17

CHIBA

拝啓、迷いながらも小さな一歩を踏み出したいアナタへ

経験も、土地勘も、知り合いも、ゼロ。

そんな場所へ踏み出すことを想像したとき、ためらいがよぎる人も多いのではないでしょうか。

「夫が“牧場は僕のプロジェクトだから僕がやる”と言っていたんです。だから、お互いに好きなことを好きなかたちで取り組めばいいと思いました。できることは一緒にやろう、と」

そう話すのは、ランドスケープデザイナーの高橋裕美さん。一級建築士である夫の小松豪さん、そしてお子さんとともに、東京都世田谷区から千葉県いすみ市へ移住しました。それぞれの仕事を続けながら、里山の開拓と酪農に挑戦し、現在は「うたうファーム」を営んでいます。

高橋 裕美(Takahashi Hiromi) 氏 ランドスケープデザイン事務所 NOHARA主宰。うたうファーム商品開発・コミュニティ担当 / 園庭や学校校庭を設計するランドスケープデザイナー。豆腐屋の孫で薬剤師・医師・生物教師一家に育つ。千葉県いすみ市移住後は地産地消のファーマーズマーケットを企画運営。ヨーグルトやチーズなど乳製品製造に取り組む日々。元気な不登校児2人の母。

知り合いも、酪農経験もない状態からのスタート。里山を自分たちの手で少しずつ整え、地域の人たちとの関係を育てながら、牧場のある暮らしを組み立てていく。

「酪農を軸にした暮らしを、少しずつ形にしているところです」(豪さん)

そんな率直な思いを語るお二人の言葉の奥には、これからの生き方を考えるための、小さなヒントが散りばめられていました。

急がなければ、なんとかなる。里山と酪農でつくる暮らし

うたうファームの牧場は3年前、地図上で見つけた空き地から始まりました。人里から少し離れた場所を探し、現地に足を運び、地域の人に話を聞きながら、約4.5ヘクタールの里山と出会ったといいます。

「元は棚田だったので、粘土質で水はけも悪かったんです。もとの里山のかたちをできるだけ残しながら、笹藪を払って風の通り道をつくり、斜面に沿って小さな堰(せき)を設け、少しずつ水が土に染み込むよう整えてきました」(裕美さん)

小さく手を入れながら、時間をかけて里山を育ててきた場所。
それが、うたうファームです。

実は10年ほど前から「いつか田舎で暮らせたらいいね」と話すことがあったとか。

「移住については、最初は漠然としていたと思います」(豪さん)
「都会で仕事を続けていると疲れるから田舎で暮らせたらいいなと、それくらいの軽い気持ちでした」(裕美さん)

 

小松 豪 氏(Komatsu Go) (株)小松設計代表。うたうファーム牧場担当(写真右) / 建築設計一筋25年。子育て、コロナ禍を経て「人の生活が風景をつくる」ことに改めて気づき、農業林業に興味を持ち始め、そこから一気に考えがジャンプ!2020年に放牧酪農家になろうと決意。現在は2足のわらじを履く。

移住を決意した直接のきっかけは、複数の環境の変化が重なったことでした。コロナ禍で仕事量が減り、時間が生まれたこと。住んでいた場所の建て替え問題があったこと。条件が揃い、動く余地が生まれたといいます。

そして選んだ移住先が、千葉県いすみ市でした。

豪さんはここで、経験ゼロから酪農に挑むことを決めます。

「最初は野菜を作ってみようと、有機農家さんの研修に行きました。肉牛も考えましたが、かわいがっていた子をお肉にすることに、どうしても感情的なハードルがあって」(豪さん)

ではなぜ、“里山×酪農”だったのでしょうか。

豪さんが最初の理由として語ったのは、「感動する里山の風景をつくること」への関心でした。

きれいな里山の風景をつくりたい。その思いがまずあって、あとから牛や乳製品がついてきた感じです。牛を飼えると聞いたときに『感動する風景をつくりたい。牛を飼いながらなら、できるかも』と思ったんです」(豪さん)

耕作放棄地と牛の生態が、豪さんの背中を押しました。

「使われない土地があるのは、もったいないですよね。牛は周りの植物を食べながら、環境をつくってくれる。ゆっくりと時間をかけることで、徐々に自分たちが住みやすい里山の植生ができていくんです」(豪さん)

ただ、理想だけでは進みません。牛の健康ひとつとっても、やってみて初めてわかったことがありました。

「1年目は、草だけ食べさせていれば健康でいられると単純に考えていたんです。でもミルクを搾ると、その分の栄養も体から失われてしまう。足りない栄養素は補ってあげないといけません。餌を調整していくなかで、少しずつ健康状態もよくなりました」(豪さん)

牛にやさしく触れる豪さん。眼差しがあたたかい

 

人の手を加えすぎない自然な状態を目指したい気持ちと、目の前の命を守る現実。その間を行ったり来たりしながら、少しずつ「自分たちのやり方」に近づいていきます。

急がなければ、なんとかなる。時間はかかるけど、やり続けていればあとから振り返ったときに、“なんとかなっていた”と思える。そんな気持ちでやっています」(豪さん)

伝えて、見せて、楽しむ。人が集まる場の育て方

試行錯誤の毎日のなかで、移住から1年半ほど経った頃、裕美さんは地域のマルシェを企画・主催しました。もともと、神社や駅で開かれるマルシェが好きだったという裕美さん。いすみ市に移住してからは、マルシェが“生活に密着した場”として息づいていることを、実感したといいます。

「田舎って、都市部ほどお店があるわけではありません。でもその一方で、マルシェに行くと作り手の顔が見える商品や、強い思いを持って作られたものに出会えると感じます。そこに行けば友達にも会えるし、社交の場にもなっている。美味しいものも食べられる。暮らしのなかに根付いているマルシェの雰囲気が、とても好きだったんです」(裕美さん)

そんな経験から、マルシェを企画した理由について、こう話します。

かっこいい農家さんや生産者さんを広めたい、という思いがありました。地産地消を広めるファーマーズマーケットをやってみたかったんです」(裕美さん)

続けていくうちに、思わぬ効果も見えてきたといいます。

「今の時代に牧場を開拓している人は、ほとんどいないと思うんです。酪農を辞めていく牧場が多いなかで、新しくつくるところは本当に少なくて。そのプロセス自体を面白がってくれる人がいるし、過程を伝えていくことが大事なんだと感じました。

活動を続けていくなかで、今は自分たちがつくる商品を届ける場としても大きな意味を持つことに気づきました」(裕美さん)

うたうファームでは鶏も放し飼い。美味しい卵を産むだけでなく、牛糞に集まる虫を食べて牛の吸血昆虫を減らす役割も。虫は鶏自身のタンパク源にもなっている。

そして、場づくりのなかで大切にしていたことがありました。

楽しそうにするって、すごく大事だと思っています。しんどい時もありますけど、やはり笑顔が集まる場所に人は行きたくなりますよねそこは強く意識していましたね」(裕美さん)

伝えること。プロセスを見せること。楽しそうにすること。その積み重ねが、出店者や地域の人とのつながりを広げていきました。

今ではマルシェをきっかけに知り合った人たちが、うたうファームの牧場を一緒につくる「牧場OPEN開拓DAY」に足を運んでくれるようになり、作業を共にするようになったと話します。

うたうファームの開拓に集まった地域の人たちや子どもたち。

生きる術は、自分たちの手で編み直す

お二人の積極的な活動の背景には、いすみ市の住みやすさの“土壌”がありました。

「住んでいるところが移住者向けの住宅なんです。子育て世帯も多くて、日常のなかで自然と人の繋がりが生まれました。それに大家さんがカフェを営んでいて、地域との接点も多い方だったので、いろいろと紹介してもらうこともありました」(裕美さん)

豪さんは、いすみ市には移住者コミュニティがあり、それも最近できたものではないと話します。

「なかには、移住して30年以上の方もいます。薪を分け合うネットワークがあったり、自然に触れながら子どもを育てたい親のコミュニティがあったり。SNSを使えば、さらにつながりは作りやすいと思います」(豪さん)

「小さなコミュニティがたくさんあるので、自分の好きなことでつながれることも、いいところです」(裕美さん)

さらに、東京に近すぎない距離感も大事だと話します。

「東京に近すぎると、仕事はどうしても東京にあって平日は寝に帰るだけの生活になりがちです。そうなると、地域と関わらないままになりやすい。でも、いすみ市は毎日通勤するには遠すぎます。だから、こっちで“なりわい”を見つける人が多いんです。

パンを焼く人、お菓子を作る人、技術を活かして商売をする人。そういう人たちがいる土壌だから、僕たちの取り組みも面白がってもらえるんだと思います」(豪さん)

土を素材に、何層にも重ねてつくったピザ窯。断熱層には牛糞も利用している。

移住当初は都心のライフスタイルと比較してしまい、地域での暮らし方を十分に想像できずにいたそうです。けれど、付き合いが深まるにつれて、複数の仕事を組み合わせながら、自分らしいかたちで暮らす人が多いことに気づいていきました。

「いすみ市には、生き方を自分たちなりに組み立てている人が多いなと感じます。私たちも“設計と牧場”ですしね」(裕美さん)

暮らしはシンプルに。地域に根を張る”いい会社”を目指して

最後に、事業のこれからの話を聞くと、お二人の言葉はとても現実的でした。

「まずは売上を上げて、ちゃんと生きていくことですね。まだ途中なので」(豪さん)

裕美さんは、うたうファームを“いい中小企業”にしていきたいと語ります。

「まずは、うたうファームのヨーグルト製品がきちんと売れて、里山の気持ちの良い景観を事業としてつくりながら、牧場ビジネスを成り立たせていきたいです。それがある程度叶ったら、数年後には“いい中小企業”になりたいですね」(裕美さん)

たうファームの商品。

裕美さんが思い描くのは、地域の素材を使い、人を雇い、まちとも関わりながら、“いい仕事”をしている会社

一方で、豪さんが語ったのは、もっと根っこの部分。
生きる仕組みそのものについてでした。

「今は、暮らしや仕事の仕組みが複雑になりすぎていると思うんです。でも、もっとシンプルに生きられるんじゃないかって。種をまけば芽が出て育つ。そこに生えてる木を使って家を建てる。牛を飼ってミルクを搾って、それを食べられるようにして売る。土地はあるし、牛は増えるし、もっと単純な気がしています」(豪さん)

ただ、実際には簡単ではない場面も多いといいます。

「牛乳は売値が安くなりがちで、どう付加価値をつけるかが難しいです。搾乳して、殺菌して、加工する。農家をしていると、販売まで手が回らないんですよね」(豪さん)

「商品パッケージづくりから、Webの整備、営業まで。『牛を飼って搾ったミルクをアイスにして販売します』と言葉なら2秒で言えることが、実際にやると予想以上に大変です」(裕美さん)

それでも、お二人の言葉から伝わってきたのは、受け止めながら進んでいく姿勢でした。

「牛乳を無駄にしたくない一心で、その時できることを一つずつ、手を動かしてきました。今振り返れば、他にもやり方はあったかもしれませんが、わけも分からないままでも続けていると、気付けば形になっていきます」(裕美さん)

「カバンに乳製品を詰めて、東京に売りに行く。まるで行商のように、商品ができるまでのストーリーも伝えられたら、買ってくれる人がさらに増えるかもしれないと考えています」(豪さん)

うたうファームのロゴ「uf」。ミルクのしぶきや、乳房にも見える曲線に“自由に広がる”イメージが込められている。

自然が人に寄り添うのではなく、自然に人が寄り添うかたちその積み重ねが、仕事の現場だけでなく、日々の暮らしのなかにも表われています。

「子どもたちは野菜が育つところや、卵が産まれるところ、牛糞が土に還るところを見て育つので、『食育』として教え込まなくても、生活のなかでいつの間にか身についている感覚があります。

家族の会話でも、『この野菜は誰が作ったんだよ』という話が当たり前に出てくる。常に自然と向き合って暮らしているところは、いいことだなと思っています」(豪さん)

こうした暮らしや仕事のあり方は、今の生き方を見つめ直している人たちにとっても、何かのヒントになるかもしれません。

「40代くらいになると、これからの生き方を見直す時期がくることがあります。『このままでいいのかな』『何か新しいことをやってみたいな』と感じる人が増えてくる。

そんなときに私たちの取り組みが、少しでも背中を押せたらうれしいですね」(裕美さん)

生き方を選び直すことは、大きな決断かもしれません。
でも、完璧な準備が整ってからではなく、動きながら、変えながら、助けてもらいながら。
急がなければ、なんとかなる。

その言葉は、里山の時間の流れに似ていました。
一気に変わるのではなく、じわじわと、でも確かに形になっていく。

その歩みは、「今」の小さな一歩を重ねていく選択なのかもしれません。

◾️うたうファームのECサイト(2026年2月頃オープン予定)
utaufarm.com

 

Editor's Note

編集後記

里山の空気のなかで交わされる言葉には、結論を急がない余白がありました。正解を探すよりも、対話を続けながら形を探していく。その場に身を置くことで、前に進める時間があるのだと感じた取材でした。

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