WAKAYAMA
和歌山
あなたは自分のキャリアについて、一度でも悩み立ち止まってしまったことはありますか?
人生の大部分を占める「仕事」は、自身の生き方とも密接に繋がっているのではないでしょうか。
今回の舞台は、和歌山県の海南海草地域。
主に和歌山湾に面した海南市と山合いの紀美野(きみの)町を指し、大阪市内から車で約1時間30分ほどの距離にあります。
温暖な気候を生かした柑橘類の栽培が盛んで、海南市のみかんの栽培方法は世界農業遺産*にも認定されました。紀美野町には関西随一のススキ野原と言われる生石(おいし)高原があり、県内外から多くの観光客が訪れます。
(*農林水産省「世界農業遺産」より)

そんな海南海草地域の魅力を伝えるべく、2025年2月より地域おこし協力隊として活動しているのが余田実音さんです。普段は和歌山県の海草振興局を拠点に、SNSを中心とした地域の魅力発信を行っています。
それまで一回も足を運んだことのなかった和歌山県でキャリアをスタートさせた余田さん。コロナ禍での大学生活や休学を経験し、たどり着いたのは自由で型にハマらない「自分を表現できる働き方」でした。決めかけていた就職から方向転換し、地域おこし協力隊としての道を選んだ余田さんの生き方に迫りました。

中学の頃から美術部に所属し、立体物を作るのが好きだったという余田さん。大学では雑貨や家電のデザインを学べる長岡造形大学のプロダクトデザイン学科へ入学しました。しかし、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言で入学式は中止。大学2年生までオンライン授業を受ける生活でした。
「先生から出されたテーマに沿って、家の中でひたすら手を動かし制作物を作っていました。わからないことがあれば質問して、また制作の繰り返し。友達は出来ましたが、大切な時期をオンラインで過ごしてしまったなと思います」
それでも徐々に対面授業が復活し、キャンパスにも通えるように。しかし大学4年生の卒業制作を目前に『自分のやりたいことって、本当にこれでいいのかな』と思うようになりました。
「大学生活を振り返ると、自己発信が全く出来ていませんでした。プロダクトデザインは自分の好きなものというより、企画やテーマに沿ったものを作ることが多いんです。自分らしい発想を追求したオリジナリティのある作品を、4年間でもっと作りたかったという後悔が残りました」
余田さんは就職活動が近づくにつれて、卒業後のキャリアについても考え始めます。
「内定をいただいたのはデザイン関連の仕事でした。当たり前のことかもしれませんが、自分の作りたいものを自由に作れるわけではありません。当時の私にとっては、会社とクライアントのニーズに応えるだけの生活になってしまうのではと思えて。私はもっと、自分の好きなものをがむしゃらに作る方が好きだったと気づいたんです」
周りの友人たちが卒業制作を進めていく中で、やりたいことが決まらず焦る日々。「なぜ自分は周りの子たちと同じようにできないのだろう」と落ち込み、休学を決意します。次の日には内定先の会社にも断りの連絡を入れました。
そして選んだのは今いる場所から外へ出ること。この選択が余田さんの人生を大きく変えていきました。
休学を選んだ余田さんは、まず友人と一緒に車で旅をすることにしました。これまで行ったことのないまちへ足を延ばし、ときには地域の常連さんばかりが利用する居酒屋に行ってみたことも。「地域ごとに人柄も方言も違って、とても楽しかった」と当時を振り返ります。休学当初は落ち込んでいた気分も、徐々に前向きになっていきました。
そんな時、ふと見ていたテレビで地域おこし協力隊の特集を目にします。それまでは地域おこし協力隊を知らなかったという余田さん。新しい地域に飛び込み、活躍する協力隊の姿を見て「全く知らない土地にいくのも面白そう」という気持ちが湧き始めました。
さっそく、地域おこし協力隊を検索してみると気になる募集を発見。それは「SNSを通じた魅力発信」という仕事内容でした。

「地域おこし協力隊の活動は、地域の生活と密着した農業のような仕事を勝手にイメージしていたんです。なので、SNS発信のミッションがあることに驚きました。大学では立体物といった3Dデザインを学んでいたこともあり、SNSなどの平面デザインにも興味がありました。
他の自治体の募集も見ていましたが、和歌山には行ったことがなくて。『暖かそうだな、いいな』と、最後は直感で応募を決めました」
地域おこし協力隊として仕事を始めることは、移住を伴いライフステージが大きく変化する一大決心。見ず知らずの土地で生活することに対して不安を抱くのは当然です。それでも余田さんの言葉からは、不安というより新しい地域に行く楽しみの方が勝っているように感じました。
そして、大学を休学してから約1年半。舞台を長岡から和歌山へ移し、余田さんの新しいチャレンジが始まりました。
和歌山の人を「おおらかで、太陽のように明るい人が多い」と例える余田さん。和歌山を気に入った理由も「人」なんだそう。現在は、InstagramやYouTubeといったSNSを中心に投稿を通じて地域の魅力発信に取り組んでいます。
「投稿する動画の内容は、基本的には自分の裁量で決めて良いことになっています。地域で働いている方を取材しながら、お店の発信もしていきたい。自由に行動させてもらいつつ、ある程度方向性が決められた中で自分で内容を考え発信できるのがとても楽しいです」
移住して初めて和歌山を訪れた余田さんは、受け入れ先である海草振興局の方のサポートもあり、徐々に地域に溶け込んでいきました。
「地域おこし協力隊として着任する前のお試し期間に、振興局の方が飲み会に誘ってくれたんです。そこから地域の人との繋がりが出来ていきました。飲み会の席で『何でも相談して良いよ』と言ってくれた地域の方がいて。この人がいれば大丈夫だと思えたし、初めて取材をお願いしたのも同じ方でした」

魅力を伝えるための情報発信は、地域の人との繋がりがあってこそ。実際に余田さんのSNSやYouTubeチャンネルを覗いてみると、地域に住む人たちの温度感が伝わる動画や投稿が印象的です。
「どんなに魅力的な地域の人に取材できても、投稿が単なる人物紹介で終わってしまうと、読み手に良さが伝わりづらいと思っています。なので、観光スポットと人を結び付けられるように工夫しています。観光情報をきっかけに、地域の人を知ってもらえたら嬉しいですね。
取材へ行き、お店をInstagramに載せると皆さんとても喜んでくれます。人づてに『喜んでいたよ』と聞くこともあるし、直接言われることもある。SNSを通してお礼のメッセージが来たこともありました。
最近は、お店の方から直接『うちに取材に来てほしい』と声をかけていただく機会も生まれています。『人との繋がりが増えているな』と思える瞬間がモチベーションに繋がっています」
新しい場所に来たからこそ出会えた仕事や、温かく迎え入れてくれた地元の人たち。休学前に「自分の好きなものをがむしゃらに作りたい」と願う余田さんの思いが、和歌山で芽吹き始めました。

悩みながらも決して歩みを止めることなく、自分の意思を尊重し行動し続けてきた余田さん。休学前と違い、今では周りと比べることも全くと言ってよいほど無くなったそう。言葉の節々から、仕事に対するやりがいを感じます。
「とにかく今が充実しすぎて楽しすぎます。私の生活を周りの人にも勧めたいと思うくらいです」
取材をしていて、一番の笑顔が飛び出したのはこのタイミング。地域に溶け込み、自分のやりたいことや好きなものを、そのまま仕事に活かせているからこそ生まれる言葉なのではないでしょうか。
「急に知らない土地に来て、活動することに不安は沢山あります。でも、不安を感じるということは、この先がまだ決まっていないということ。なんでもできるし、活動の中でたくさんの人に出会うこともできる。身についたスキルを形にしやすい環境です。企業に勤めていては、なかなか実現できない働き方なのではと感じています」
そう力強く語る余田さんは、かつての自分にも思いを馳せます。
「大学にいてどうしようと悩んでいる時は、極端に自分の視野が狭まっていました。思い切って外に出てみたことで、環境が変わり、たくさんの新しい出会いがありました。もし、過去の私に声をかけられるとしたら『ふさぎ込んでるのなら、外に出てみなよ』と言ってあげたいです。
私のようにビビッと来たらすぐに動くのもアリだし、もちろん下調べも大事です。思い付きだけで行動して、うまくいかない場合もあります。その人に合った一歩の踏み出し方で、気になった地域があれば足を運んでみるところから始めてみるのがいいと思います」

環境を変えて自分らしさを取り戻し、心の底から楽しいと思える仕事に出会えた余田さん。かつて「自分のやりたいことが見つからなかった」という姿はもうありません。これからは「小さなウェブメディアを作りたい」と意気込みを語ってくれました。
「小さなコミュニティには、住んでいるからこそわかる良さが沢山あります。私はその良さを伝えていきたいです。そのために、まずは和歌山中を駆け巡りたい。他の地域の情報発信のやり方にも興味があるので、とにかく動き回ります」
人生は、常に決断と選択の連続。生き方が多様化する中で、自身のキャリアやライフプランに悩む瞬間は誰にでも訪れます。理想と現実のギャップに「このままではいけない」と思っても、何かを変えるためには沢山のエネルギーが必要です。
そんな時は一度、抱えているものを手放し、立ち止まっても良いのではないでしょうか。余田さんのように、全く知らない土地に飛び込む選択もあります。人生の主役は自分自身です。誰かに左右されて生きることはありません。
自分の本当の気持ちに向き合い、行動に移したときに「心の底から楽しい」と思える仕事に出会えるのだと思います。まずは今、自分の歩幅で一歩を踏み出してみませんか。
Editor's Note
余田さんはずっと自分の気持ちに正直に生きていたからこそ、自分が輝ける場所を見つけることができたのだと思います。環境を変えて、新しい人や地域に出会い「今が楽しい」と素直に言える人は世の中にどれくらいいるでしょうか。自分の気持ちに蓋をせず、真っすぐに生きていく事が大切なのだと改めて気づかされました。
KOICHI AKANUMA
赤沼 孝一