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LOCAL LETTER

日本を再び“ものづくり大国”に。東北の町工場アトツギが紡ぐ未来への物語

MAR. 24

YAMAGATA

拝啓、受け継いだものの先に、新しい価値を生み出したいと願うアナタへ

受け継がれてきた技術には、積み重ねた時間があります。

けれど、それを守るだけで終わらせず、「今のままでいいのか」と現場を見つめ直し、新しい価値へとつなげていく人がいる。

人口約17,000人*。万年雪を抱く月山や雄大な朝日岳を望む山形県河北町で、家業のものづくりに向き合う髙梨直人さんもその1人です。

*出典:山形県河北町役場 公式HPより

髙梨さんが掲げるのは、ものづくりの入口をひらく挑戦。
技術者のアイデアを形にするうえで欠かせない金型。しかし一方で、その存在は多くの時間とコストを必要とし、挑戦の前に立ちはだかる。髙梨さんは、その現実を現場で何度も見てきました。

「このままではいけない」と思った髙梨さんは、家業が培ってきた技術を土台に、ものづくりのハードルを下げる構想『SoZo Station』を立ち上げます

その挑戦は、中小企業庁が主催するビジネスピッチコンテスト『アトツギ甲子園』第6回大会でイノベーション・環境局長賞を受賞。

いま東北では、こうした挑戦が各地で少しずつ増え、出会いと共有が生まれ始めています。髙梨さんも『アトツギ甲子園』後に仙台で開かれた『TOHOKU アトツギ Meetup in 仙台』に登壇し、自身の挑戦を伝え、つながりを広げてきました。

継ぐことは、既存のレールに乗ることではない。家業の技術で、新しい価値を生み出していくことができる。髙梨さんの言葉を手がかりに、その挑戦の背景を辿ります。

髙梨 直人氏(たかなし なおと)髙梨製作所 取締役 生産技術部長 /
山形県河北町を拠点として、プラスチック射出成形・金型製造を行う株式会社髙梨製作所の事業承継者。射出成形業界で大きな問題となっている金型の壁(製作費用的・製作時間的・保管スペース的)を解決するため、新たな射出成形を確立。アトツギ甲子園(第6回大会)全国大会 において、〈イノベーション・環境局長賞〉を受賞。

大好きなものづくりの世界へ。違和感なく入った家業への道

髙梨家の次男として、ものづくりを家業とする家に生まれた髙梨直人さん。きっかけを「考えたこともなかった」と答えるほど、ものづくりの世界に惹かれてきました。

「一番古い記憶がある頃から、木や段ボールで何かしら作っていました。何がきっかけで好きになったか分からないくらい、ものを作るのが好きだったのかもしれません」(髙梨さん)

そんな髙梨さんにとって“継ぐ”ことは、一般的に想像されがちな“葛藤”とは少し違い、驚くほど自然に決まっていったと言います。

「『今から継ぐぞ』というような明確な意識はなくて、ごく自然な気持ちとして『このままこの会社を続けていく』という感覚がずっとあった気がします。

跡継ぎなので継ぐのは決まっているし、奮起しなきゃというよりは、会社のためにひたすらやっていく、という想いでした」(髙梨さん)

その感覚のそばには、祖父と過ごした時間がありました。

「髙梨製作所は、祖父が立ち上げた会社です。祖父から、会社を立ち上げた理由や経営の大変さを折に触れて聞いていました。経営者としてのマインドが少しずつ刷り込まれていったのかもしれません」(髙梨さん)

髙梨さんにとって“継ぐこと”は、突然背負わされたものではなく、気づけば根づいていったものでした。

プラスチック射出成形・金型製造を行う株式会社髙梨製作所

中学卒業後は仙台高等専門学校へ進学し、電子工学やプログラミングを専攻。卒業後は一度、地元の農業機械メーカーで経験を積んでいきます。

「いつかは戻るだろうと思っていたので、地元の企業に就職しました。東京など離れた場所で働くと、家業の状況が分からなくなってしまう。地元で働きながら、退社後に工場へ顔を出して、システム面で手伝えることがあれば手伝う。そんな生活を続けていました」(髙梨さん)

髙梨さんにはお兄さんがいて、すでに髙梨製作所に入社していました。そのため、「父に『継いでくれ』と明確に言われてきたわけではなかった」と言います。

 それでも髙梨さんは、3年という節目を迎えた頃、父に「家業に戻りたい」と伝えます。

「その数ヶ月後に、父から『戻ってきてほしい』と言われ、入社することになりました」(髙梨さん)

いつかと思っていた場所が、父のその一言で急に手触りを持ち始める。髙梨さんにとって、家業はあらためて今、戻る場所になりました。

純粋な“なぜ?”が開く挑戦への扉。0を100にする『SoZo Station』とは

現場に入って、髙梨さんは「業界にとっては当たり前」の中にある違和感に出会います。

「生産担当として金型に触れている時に、なんで金型って、こんなに大きくて高いんだろう?と思ったんです。試作段階からかかる金型のコストの高さが理由で、お客さまが製造を断念する話も、社長からたくさん聞いていました」(髙梨さん)

大きく、重い金型。この金型がなければ、製品を思い描いたかたちに仕上げることはできないという。(「髙梨製作所」公式HPより)

金型とは、製品のかたちを決める“型”。量産を支える一方で、つくるにはお金も時間もかかる。その負担が挑戦の手前でアイデアを止めてしまう。髙梨さんは『金型の壁』を現場で実感していきました。

「金型の分野に関しては正直素人でした。だから金型を作る社員に、『なんでこの形状なのか』『なんでこんなに大きい必要があるのか』など、素人みたいに何度も聞き続けました」(髙梨さん)

金型の壁は仕方がないものと受け入れられてきたからこそ、問い直す人は多くない。そこに髙梨さんは、素朴な“なぜ?”を重ねていきます。

プラスチックの射出成形はチョコレートと同じ原理。金型にプラスチックの樹脂を溶かしたものを流し込み、冷やして固めていく。(第6回アトツギ甲子園 ピッチ資料より)

金型の大きさの理由をたどると、話は『射出成形』という技術そのものに行き着きます。

「従来の射出成形は、強い圧力に耐えられるようにと、金型の構造が複雑になって、大きさが必要でした。でも、低圧射出成形という技術なら、型を小さくできる。ただ、それを使いこなすには、射出成形もできて、金型も作れる企業じゃないと難しいんです。

髙梨製作所は幸い、金型も作れるし、55年の歴史で培った射出成形のノウハウもありました。だから、うまく使いこなせたんです」(髙梨さん)

こうして、自社の持つ技術に新たな挑戦を加えた構想、SoZo Stationが生まれます。

左が従来の金型。右が今回、髙梨さんが考案したSoZo Stationの金型。その大きさは一目瞭然である。

「金型の初期投資の高さ、開発期間の長さ、製造後の保管スペース。この3つの壁を壊して、壁の前で消えていったアイデアを実現できるようにしたい。ものづくりのハードルを下げるのが、SoZo Stationです」(髙梨さん)

髙梨さんが最も届けたいのは、技術そのものより、挑戦の入口をひらくという考え方でした。

「私が思い描いているのは、今ある1を100にするだけじゃなくて、市場がない0の状態から、100になる可能性のあるものをどんどん世の中に出していける未来です。

これまで市場検証が難しかったものも、初期投資を抑えることで形にできる。そのきっかけにSoZo Stationがなればと思っています」(髙梨さん)

金型の3つの壁を壊したSoZo Stationはすでに実装に移っている。注文すれば製品を作ることは可能だという。

SoZo Stationが生まれた背景には、仙台高等専門学校で染み付いた“なぜ?”を放っておかない姿勢がありました。

「仙台高等専門学校は、教わるだけじゃなくて、自分から学びにいく機会を大事にしている学校でした。何に対しても疑問を持って、自分から知りたいことを学びにいく。そういう環境だったから、金型の大きさやコストの高さにも、素直に疑問を向けられたんだと思います」(髙梨さん)

こうして生まれたSoZo Stationは、現場の当たり前を問い直した末に辿り着いた答えでした。

ただ、良いものができても、届かなければ変わらない。そう感じた髙梨さんは、自らが広告塔となって広めることを決めます。その場として選んだのが、アトツギ甲子園でした。

「良いものを広めたい」。仲間の想いを胸に挑んだアトツギ甲子園

「会社の知名度を上げないと、今回考えた技術が世の中に知れ渡ることはない。だからアトツギ甲子園に出場し、この技術を広めていこうと思いました」(髙梨さん)

『アトツギ甲子園』公式Instagramより)

アトツギ甲子園とは、全国各地の中小企業・小規模事業者の後継予定者が、既存の経営資源を活かした新規事業アイデアを競うピッチイベントのこと。髙梨製作所にとっては2度目の挑戦でした。

「昨年の第5回大会に兄が出場して、書類審査で落ちてしまいました。再び出場し、必ず『兄の仇を取ってやる』。その想いも、出場のきっかけになりました」(髙梨さん)

けれど決勝大会に進むなかで、その気持ちは少しずつ変わっていきます。

「私が地方大会で勝った後、一緒に出場した参加者の皆さんは悔しさを抱えながら『決勝頑張ってください』って声をかけてくださいました。

みんなの想いを引き継ぎ、みんなのために受賞したい。そんな気持ちに変わっていきました」(髙梨さん)

『アトツギ甲子園』の地方大会、北海道・東北ブロック出場者および審査委員の集合写真。(『アトツギ甲子園』Instagramより)

競う場のはずが、終わってみると「仲間ができた」と感じる瞬間があったと言います。

「大会当日、接点のなかった北海道の出場者の方から『頑張ってください』とメッセージをいただきました。東京の会場まで応援しに来てくださった方もいて、私のためじゃなかったかもしれないけど、すごく嬉しかったです」(髙梨さん)

髙梨さんが「出場して良かった」と振り返るのは、それだけではありません。事業の「やりたいこと」と「届けたい相手」を、明確な言葉にしていけたことでした。

「書類審査の段階から、父の代からお世話になっている荘内銀行さんが伴走してくださいました。『なぜやりたいのか』『誰に向ければいいのか』『どう進めればいいのか』を一緒に整理して、解像度の高いものに仕上げることができた。

そこが、事業としてすごく良かったなと思っています。私が不安になった時も、荘内銀行さんが手厚くサポートしてくれました」(髙梨さん)

準備を重ねるうちに、伝える言葉がそろっていく。その積み重ねの先にあったのが、〈イノベーション・環境局長賞〉受賞という結果でした。反響は、想像以上だったと言います。

「入社してまだ3年弱で、そんなに顔が広いわけでもないのに、会ったことのない取引先の方やお客さまから『おめでとう』とたくさんメッセージをいただき、大変励みになりました」(髙梨さん)

こうしたつながりは一度きりで終わらず、東北で少しずつ広がっていると言います。そのひとつが、2025年3月に開催された『TOHOKU アトツギ Meetup in 仙台』。高梨さんも登壇し、東北地方のアトツギや支援者に自らの挑戦を伝え、「アトツギ甲子園に出たことで生まれたつながりは、自分にとって大きな財産と語りました。

挑戦する人同士が声を掛け合い、情報を共有できる。そんな“ゆるやかなつながり”が育ち始めています。

跡を継ぐ=家系を守ること。家業の軸をつらぬき進む未来

取材の最後に、同じように家業を継ぐ人へ伝えたいことを尋ねると、髙梨さんはこう語りました。

「跡継ぎだから会社を守る、というよりも、もはや『家系を守る』みたいな感覚です」(髙梨さん)

それは、責任の話でありながらどこかあたたかい響きが残る言葉でした。

一般的に跡を継ぐことには責任が伴い、迷いがつきまとう。自分にできるのか、何を守ればいいのか、足がすくむ瞬間もあるかもしれません。

けれど髙梨さんが胸に抱いていたものは、先代への感謝と尊敬の気持ちから生まれた、家系へのまっすぐな愛着でした。

家系にどれだけ愛着があるか、そこが大切だと思います。でも愛着って、おじいちゃんや父の背中を見ていたら、自然と湧いてくるもの。今まで家を守ってくれた人たちへの愛情さえあれば、自分がどうすればいいのかは見えてくると思うんです」(髙梨さん)

写真中央の高梨健一社長と従業員の皆さん。

その愛情は、日々の意思決定の“軸”になっていました。

「うちの会社は、プラスチックで生き残ってきた会社だから、そこの軸はぶらしたくないなと思ってます。昔からやってきてくれたものがあっての今だろうから、そこは捨てないでほしいなと個人的に思います」(髙梨さん)

守りたい軸があるからこそ、次の一歩が踏み出せる。その歩みの先に髙梨さんが描くのは、ものづくりの芽が生まれやすい世界です。

「ものづくりの世界は、0から1を生み出すのがすごくハードルの高い世界なので、そこを壊したいと思っています。0が0のままで終わることを嫌うのではなくて、0が100になる瞬間を次々に見られる世界になったら嬉しいです」(髙梨さん)

家業を大切に思う気持ちは、過去に縛られるためのものではなく、次の時代へ手渡していくための土台になる。髙梨さんの姿からは、そんなことを教わった気がします。

守りたい軸を1本決め、受け継いだ技術を胸に、現場の「当たり前」に小さな疑問を抱いてみる。その一歩から、アトツギの仕事は“継ぐ”だけではなく“つくる”へ変わっていくのかもしれません。

Editor's Note

編集後記

髙梨製作所へ入社後、社員との関係を築くために自分の机を作業場へ移し、毎日必ずすべての従業員一人ひとりと会話を続けたという髙梨さん。その地道さに、家業を継ぐ覚悟を感じました。寸分の迷いなく飛び出した『家系を守る』という言葉。穏やかな受け応えの奥にある、確固たる軸と静かなアツさが確かに伝わってきました。

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