YAMAGATA
山形
山形自動車道の山形蔵王インターから車を走らせること約30分。
まだ雪の残った蔵王連峰を背に、山形市内を通り抜けると辺り一面に平野が広がり、360度山に囲まれたどこか懐かしい景色が目に飛び込んできます。

ここは山形県河北町。
最上川と寒河江川に囲まれた自然豊かな地形を利用した果樹栽培が盛んで、いちごやぶどう、さくらんぼなどを生産する地域です。かつては「最上紅花」と呼ばれる上質な紅花が全国から集まる集積地で、多くの人と文化が交わり栄えてきました。
そんな河北町で、2025年の10月から「民泊やまねこ」を営むのが菊地航平さんです。大学時代に河北町と出会い、地域おこし協力隊を卒業後に民泊を開業しました。その傍らで、地域商社である「かほくらし社」の一員として、農産物の高付加価値化や地元の高校生と商品開発などに取り組む若手プレイヤーです。

大好きな地域で、自分のやりたい事に向けて挑戦する。一見とても難しい事のように思えますが、菊地さんがこれまで歩んできた道のりを見ると「小さなアクション」を起こしていく事が大切だと気づかされます。
そよかぜのように優しく、目の前の誰かに気づいてもらえる。そんな距離感で地域の魅力を伝え続ける菊地さんが大切にしている、地域との関わり方について深掘りしていきます。
時はさかのぼる事、今から約6年前。上京してスキルを磨くか、それとも地域で挑戦するか、大学時代の菊地さんは就職活動で大きな決断を迫られていました。
「実家は宮城県の名取市で、大学進学を機に山形へ引っ越しました。大学では地域連携型サークルに所属し、地域のボランティアなどを通して山形の良さに気づき、いつか地域づくりに関わってみたいと思うようになりました。
でも、学生の力だけでは出来る事が限られていたんです。今後も地域づくりに携わるのなら、一度上京してスキルや経験を身に着けて戻るのが一番良い方法だと考えました」

上京に心が傾いていた時、菊地さんは河北町の町おこしに関わる方と出会います。
その時にかけられた言葉が「東京にわざわざ出なくても、山形でやりたい事を今やってみればいい」というものです。その後、実際に河北町を訪れ、豊かな地域資源に可能性を感じて移住を決断。新卒として地域おこし協力隊に挑戦する道を選びました。
「最終的に河北町を選んだのは、まずは自分が地域に入り生業を作っていく事で、次に続く若い世代が地域でチャレンジしやすくなると思ったからです。協力隊の受入れ先となる企業も地域で仕事を作り、雇用を生み出していく事を目標にしていたので、学べることが沢山あると思いました」
こうして社会人としてのスタートを河北町で切った菊地さん。当時はコロナ禍という難しい環境の中で、受入れ先となる企業も立ち上げ間もない0からのスタートでした。そこでまずは、まちの課題をヒアリングするために商工会の方の協力を得ながら、地元の酒造や農家を回る事から取り組んでいきました。
菊地さんが協力隊として働き始めたのは地域商社の「かほくらし社」です。現在は東京のアンテナショップの運営や、事業者と連携した商品開発などを行っています。これまでにも「かほくワインプロジェクト」と冠したワイン製造や、農産物のブランディングなど幅広い分野で産業の活性化を手掛けてきました。

菊地さんは「河北町の人は、新しい考え方を受け入れてくれる人が多いので活動しやすい」と語ります。
「河北町は元々商人の町で、まち全体が潤う企画を考える事に柔軟な方が多く居ます。そのため、地域を守るべく新しい挑戦をする地域性があります。これまで地域に興味のある方向けに、河北町の魅力を伝えるツアーも企画し、地域のファンを沢山作る事が出来ました」
一方で、多くの人を河北町に呼び込む中で感じた課題もありました。
「日帰りのツアーを企画しても、まちに落ちるお金は僅かでした。もっとまちにお金を落としてもらうには、宿泊してもらうことが一番良い方法だと思ったんです。でも、河北町には当時宿泊できる場所が1ヵ所しかありませんでした。それなら自分で宿を開いてみようと思うようになりました」
そこで、まずは「空き家を改装して宿をやりたい」という率直な思いを周囲へ発信することにしました。すると、1年かからずして空き家を活用したいという方と繋がり、民泊開業への一歩を踏み始めたのです。
民泊やまねこは、元々「やま商店」という商店で近所の人が集まる憩いの場でもありました。外観は、山形のお土産として親しまれている、おしどりミルクケーキの大きな看板が目印です。
「物件を初めて訪れてから4ヵ月後に物件の契約をしました。他にも見ていた空き家はありましたが、『ここだな』という感覚がありました」

良い物件が見つかっても、空き家の賃貸や売買は自分の都合だけで進められる話ではありません。菊地さんは大家さんと実際にどのようにやり取りをしたのでしょうか。
「元々住んでいた方から空き家を買ったのが、今の大家さんです。地元の人が集まれるコミュニティースペースを作る事を目的に買っていたそうで、宿をやりたいという話は大家さんもすぐに応援してくれました。
今は賃貸ですが、将来的な持ち家として修繕への投資ができるよう「譲渡型賃貸」という契約にしていただいています。 家賃も低価格に抑えてくれたので、小さく始めるには十分すぎる条件でした」
宿を始めるにあたり、近隣の方には町内会などの集まりに出て説明を行いました。菊地さんは「かつて人が集まる場所だったところを、再び作るというストーリーは共感を呼びやすかった」と当時を振り返ります。
仕事の合間を縫っての改修作業は、想定していたよりも時間がかかりました。空き家に残っていた荷物は自らクリーンセンターへ運び、何十往復もしたそうです。
「物件に住み始めてから気づけば1年が経過していました。このままでは終わらないと思い、知り合いの大工へ相談しました。どれくらいのクオリティにすれば、宿泊金額はいくらにできるのか全く分からなかったのでかなり悩みました。
本当は全部直したいところですが、その分お金もかかってしまいます。残すところと直すところの判断は難しかったですね」
こだわる所にはお金をかけ、残す部分はそのまま生かす。沢山の決断を下しながら、約1年半をかけて、ついに民泊やまねこがオープンの時を迎えました。

開業後は順調に客足が伸び、現在は約4割が海外からのお客さんだと言います。宿を開いたことで、どのような方が河北町を訪れるのか知ることができたそうです。その中でも、滞在中の思い出として名前が挙がるのが、看板猫である「ちーちゃん」です。
「ちーちゃんはやま商店の時代から、この家に住んでいた猫です。空き家になってからは地域猫になっていましたが、近所の人は全員知っているほど有名な存在です。自分が住むようになってからは、再び家に戻ってきました。
ちーちゃんの存在はとても大きいです。先日は静岡から来たお客さんが、『ちーちゃんに癒されたので、また泊まりに来ます』と話してくれた方も居ます。カウンセラーのような存在ですね」
菊地さんは、宿に泊まった人が「ゆったり滞在できた、河北町は良いところだった」と思ってもらえるように様々な工夫を凝らしています。

「宿を作る時に、一番こだわったのは寝室です。寝室は滞在する際に一番長く使う場所。だからこそ改修にも力を入れました。部屋の名前はNora(のら)とKura(くら)と言います。猫がゆったりとしているようすを『のらくら』と表現するところから名付けています。
最近はフランスから来た2人のゲストがDIYについて、興味を持ってくれて沢山質問してくれました。予想以上に海外から来るゲストが多いのも、宿を始めなければ分からなかったことですね」
そう語る菊地さんの姿はとても嬉しそうで、民泊やまねこがこれから辿る未来を見据える優しい瞳が印象的でした。
地域おこし協力隊として河北町と深くかかわり、卒業後は個人事業として民泊を開業。かほくらし社の仕事もしながらプレイヤーとして行動し続ける菊地さん。「やってみたい」と思った事を、実際に地域で形にしていくにはどんな事が大切なのか伺いました。
「自分は大切にしている事が2つあります。まず1つは、プロセスを大切にしています。目指しているゴールに対して伏線を貼っていくんです。ここでいう、伏線とは地域の人に事前に説明したり、どんな宿なのかSNSなどで伝えていく事ですね」
菊地さんは、地域づくりに関わる上で意識しているスタンスについても言及します。
「2つ目は自分が『間の人』というスタンスを保つ事です。事業を作っていくには、地域に必要なものを見定めていく中の目線と、これまでにないものを作るという外の目線の両方を持つ事が必要だと思っています。民泊やまねこも『河北町にとって必要なもの』の一部です」
新しい事に挑む時、自分の目指している方向が分からなくなる事もあると思います。そんな時は中と外の目線を意識すると、大切なものを見失わずに前へ進んでいけるのかもしれません。

「大学時代は何かしらの能力や専門性を持っていないと、地域で生きていくのは難しいと思っていました。でも実際に地域に入ってみるとそんなことはなかった。若くて、まだ何も知らないからこそできる事があると感じました。その方が応援してくれることもあります。
たとえ失敗をしても、地域は沢山のお金がなくても生きていける場所です。少しづつ失敗しながら学んでいくのも面白いなと思います。これからも個人事業では、大きい事をせず小さく長く、細く長く続けられることをしていきたいです」
河北町にとって必要な事を常に考え、行動している菊地さん。はっきりとした目標を持ちながらも、初めから大きい事をせず、失敗してもやり直せる小さなアクションを起こしていく姿勢は一貫しています。
叶えたい夢に向かって進むとき、大きなゴールばかりを見てしまい、自分の力のなさを感じてしまうこともあるでしょう。でも、それはアナタが挑戦をあきらめず真剣に向き合っている証拠です。
まずは小さく、できることから一歩ずつ。小さな挑戦が、やがて大きな挑戦となり実を結ぶはずです。
Editor's Note
菊地さんの温かな雰囲気と冷静に物事を考えていく姿勢は、自然と惹きこまれる不思議な力を感じました。まずは小さくても良いから、とにかく行動に移していく事が夢を叶えるための近道なのだと思います。失敗を恐れずにこれからも、できることからやっていきたいです。
<菊地さんの活動の様子はこちらから>
民泊やまねこInstagram:@stay_yamaneko
かほくらし社Instagram:@kahokurashisha
KOICHI AKANUMA
赤沼 孝一