ワイン
※本記事は「ローカルライター養成講座」を通じて、講座受講生が執筆した記事となります。(第2期募集もスタートしました。詳細をチェック)
「日本ワインは、世界に勝たなくてもいい」。
そう話すのはソムリエから作り手に転身したiwai-wines代表の岩井穂純さん。
ワインを提供する側だけでなく作る側にもなり、自身の作る日本ワインで世界に挑みたいと思いきや、まさかの答え。ただ、彼の言葉は心の底から楽しんでいるようにしか聞こえない。今回は、岩井穂純の見る「日本ワイン」の世界に迫る。
ーーソムリエから長野に移住してワイナリーを立ち上げるに至る経緯を伺う前に、なぜソムリエになろうと。
岩井:学生時代からジャズをやっていて、大学卒業後に働いていたジャズ&ワインのお店でこの世のものとは思えないワインに出会いました。
岩井:フランスのブルゴーニュ地方のワインで、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティという作り手が作ったグラン・エシェゾーという特別な畑のワイン。1978年もののヴィンテージで、偶然にも私の生まれた年でした。飲んだ瞬間に重力を感じなくなって宇宙を感じたんですよ。香りは鼻ではなくて無限に広がっていくような感覚。この世のあらゆるものがそこに詰まっていると思った。
ワインを仕事にするとこんなに美味しいワインが飲めるんだと思ったことが、ソムリエになったきっかけです。
ーー東京でソムリエとして活躍されていた中で、地方に移住してワイナリーを作ろうと思った理由をお聞かせください。
岩井:ソムリエとして「ワインを出す」役割の中で、ワインはもっと幅広いシーンで楽しめるんじゃないかなという想いが根本にあり、10年ぐらい経って独立しました。
ワインのコンサルタントや講師など、ワインにまつわる仕事をしていましたが、0から1を作り出す仕事はなかったので、一生に一回で良いから触れてみたいという純粋な想いなんです。ソムリエは人が作ってくれたワインを自分が知った上で、その魅力を伝える役割ですが、0から作るコアな部分に自分も触れたいという、もう、思いですよね。
岩井:ワイナリーは畑の状態から自分でぶどうを育てて、ワインを作る仕事。人に左右されない仕事、自分の世界観を持って自分の仕事に生きる、それを皆と共有できるって良いなと思いました。
ーーそれで、ワイナリーの場所を長野県に。
岩井:長野県は妻の出身地ということもありました。あと、どうせやるなら100年先も続いているような畑にしたいと。地球温暖化などの環境問題もありますが、長野県は標高が高く冷涼な気候で、ヨーロッパのワイン産地に似て自分の望む姿に近いものがあったんです。当時専門で扱っていたオーストリアワインに、気候や土地の雰囲気が似ていました。
ーー日本ワインは世界のワインに比べて知名度が低いように思いますが、世界のワインを知る岩井さんが、日本ワインで勝負を挑むことになった訳ですね。
岩井:自分の中で、日本ワインと世界のワインを比べる機会がほとんどなくて。日本ワインは日本ワインの個性を持っていて、海外は海外の個性を持っていて、同じ土俵でワインを考えてしまうと、どうしてもヨーロッパには勝てないんですよ。
岩井:ヨーロッパのワインは何百年、何千年という歴史を持っているし、価格に関しても日本人が日本で土地を買って醸造所を建てると、その費用をワイン代に乗せないといけません。一方でヨーロッパはセラーが何百年も前からあって、畑も代々受け継いだ場所があり、値段も抑えられる。既にその土地にあったぶどうが植えられているので、良いワインもできやすくて、セラーにいる酵母たちが勝手にワインにしてくれる。そう考えると日本ワインは追いつけないと思います。少なくとも僕らが生きている間はね。
ただ、日本ワインには日本ならではの魅力があるとも思っていて。まだ自分の中に答えはないのですが、それを探したいという想いもあるんです。世界に追いつかないというより、追いつく必要がないと思っています。
ーーまだ答えは見えていない、岩井さんが感じる日本ワインの個性とは。
岩井:僕は、ヨーロッパ人が美味しいと言うワインを果たして日本人が美味しいと思っているのか?という疑問を昔から持っていて。日本人には日本人らしいワインに対する評価軸があると思います。ワイン評論家はほとんどヨーロッパの人で、その評論家が美味しいと思うものと、日本人が美味しいと思うものは根本的に違うんじゃないかなって。
岩井:日本人は水もやわらかいものが好きだし、出汁の文化もある。水っぽいと言われるワインをネガティブに評価していないと思います。ただ、濃いワインやしっかりとしたワインが良いと考えてしまうと、ヨーロッパのワインと比較してそれを目指してしまうところがあって。私はそうではなくて、日本人が美味しいと思えるような、仲間が美味しいと思えるような、そんな日本ワインを作りたいと思っています。
皆さんには本で読んだ知識ではなくて、自分の感覚でワインを判断して、自分は何が好きか知ってほしいですね。
ーー岩井さんが勧めるワインとの向き合い方とは。
岩井:電気を付けている時と消してる時、明かりをキャンドルにした時や夕暮れの明かりの時、人間の身体って明かりとか外的要因によって変化するんです。ワインはそういうものを繊細に表現してくれて、味がガラリと変わる。ワインの楽しみ方として、自然と溶け合いながらとか、環境に合わせながらとか、そういう楽しみ方って単純に楽しいじゃないですか。
岩井:容器も同じです。ワイングラスはワインを美味しく飲める形にしてあるのですが、これって誰かがワインを美味しく飲めるように専用のグラスを作ったんです。何かしらの意図が入っているんですよね。そうすると、ワインがこのグラスを作った人のフィルターを通して味わえるようになっている訳です。
もちろんそれが悪いことではありませんが、何の意図もないような容器で飲んだ時にワインをすごくピュアに感じることがあって、そういう違いって楽しい。それって感覚じゃないですか、美味しいとか美味しくないとか、変化に気付くような。
ーー日本人はそんなワインの感覚を楽しむ趣があると。
岩井:分析するテイスティングが果たして本当に良いのかと思うんです。蛍光灯の下でワインを飲んで、色を見て、香りを取って何かに例えて。そうではなくて、ワインから受ける感情とか感覚とか、そういったものを大事にした方がよりワインを楽しめるんじゃないかと。科学的には土壌の味はワインから出ないと言われていますが、化学では分からないことを私たちは実際に感じているんです。
岩井:土があって岩があって、地球があって。その恵みを受けてぶどうが育ってワインになる。神秘的なことに、ぶどうの状態で食べてもその土壌の土地の味って分からないですけど、ワインになると分かるんです。科学が追いつかないところだと思うんですけど、人間の感覚が科学を遥かに凌駕していて、その土地のイメージが浮かんでくる想像力、インスピレーションをワインから受ける。
長野県富士見町に畑があるんですが、標高が高いので霧が出てくる。霧で山が覆われて、でも薄い光が差していて冷たい風が吹いてくる。その風景を感じられるワインを作れたら飲む意味があるというか。何かを目指して作るというより、そこにあるものを形にすることが僕はワインだと思っています。僕が作るワインでその景色を切り取りたい。日本人はその感覚があると思いますね。
ーー私はお酒を飲む機会が多いんですが、ワインが一番遠い存在です。私のような人やまだワインの楽しみ方に気付いていない人に、ワインが楽しくなるアドバイスをお願いします。
岩井:ワインって味を何かに例えないといけなかったり、美味しいとか飲みやすいとかでは許されない世界観があるじゃないですか。気の利いた言葉を言わないといけないとか。「ワインは分からないです」という人も多いですが、日本人がお茶を飲んで「味が分からない」とはならないじゃないですか。ワインも同じで、皆さんそれぞれ何か感じていてそれを例えようとするから分からなくなる。
岩井:大切なのは自分の中から湧き出てくる言葉とかイメージとか感覚を楽しむことです。僕はそれを「感覚テイスティング」と呼んでいます。
あと、お酒は飲めないけどナチュラルワインなら飲めるという人はけっこういるんです。若い人がお酒から離れていると言われますが、単純に美味しくないお酒を飲んでいるからだと思います。添加物が多いお酒だと悪い酔い方もします。ナチュラルワインを若い人に知ってほしいですね。自然なお酒を飲んでお酒の美味しさと楽しさを知ってほしい。
ーー日本ワインを楽しむには、岩井さんに会うのが一番ですね。
岩井:ワインを飲んでいる姿を見て感覚を合わせることをチューニングと呼んでいるんですが、ワイナリーとしてただワインを売るだけになってしまうと、チューニングがずれることがある。だから角打ちという形でスペースを構え、ワインを提供しています。
岩井:チューニングはラジオの周波数を合わせる感じ。この人の周波数と自分の周波数をピタッと合わせると美味しいワインが出せるんです。最近プロデュースしたシードルがあって、地元のリンゴを減農薬、有機肥料で栽培し醸造委託という形で伊那市にある伊那ワイン工房で作っています。それは現地で購入もできますし、今後オンラインでも買えるようにする予定です。
ワインを飲む時に僕がその場にいるということはすごく大事なことだと思っていて、今年オープンしたECサイトでは「岩井スタイル」でおもしろおかしく発信できたらと思っています。SNSでの発信や、東京で対面のセミナーやオンラインセミナーもやっているので、そういうところに参加してもらうのも一つですね。将来的にはここ長野に足を運んでほしい。
ーーまさにこれから自分が理想とするワイン作りを行っていくことになりますが、今後のiwai-winesが描く世界を教えてください。
岩井:ワイナリーを作ることだけが自分のやりたいことの実現ではなくて、ワインをアイテムのように使って楽しい場ができたり、人のつながりができたり新たなインスピレーションを生んでいきたい。ワインは食事だけではなくアートや音楽、歴史などとの融合性を持っているので、あらゆるものとのつながりを作りたいです。
Editor's Note
長年ソムリエとしてワインと向き合い、世界のワインと日本ワインを比べることに意味がないことを知る彼の言葉には、自由や可能性と言ったワクワク感が溢れていた。
「仕事の70%が遊びで残りの30%が仕事、30%の仕事の中の更に70%が遊びでそれがお金になれば良い。全部真剣です。遊びの部分の方が真面目かもしれない」と話す彼の姿に、本気で遊ぶ大人のかっこよさを感じた。
NAOTOSHI SAKAMOTO
坂本 直敏