本屋
書店の棚に並ぶ本を眺めて、「こんな本があるのか」「こういう本も読んでみたいな」と思うのは本との貴重な出会い。
ですが今、その出会いの機会がどんどん減少。1日に1軒以上のペースで街から本屋がなくなり、本屋のない自治体は全国で1/5を超えている。
そんな中、バスに古書を積み込み、本屋のない場所に本を届けに行く『BOOKBUS』が注目を集めている。
2022年5月4日・みどりの日に長野県小諸市で開催されたASAMAYA MARCHE で、 BOOKBUSの運営母体、株式会社バリューブックスの中村聖徳さんに話を聞いた。
BOOKBUSは、インターネット古書販売のVALUE BOOKS のプロジェクトの一つ。移動図書館車を改装し、古本の移動販売車として、全国各地に出店している。搭載できる本は約1,000冊。
出店する先に合わせた本を選んで積んでいく。ASAMAYA MARCHE には、マルシェのテーマである“農を感じる”に合わせ、“農”、“食”、“自然”などに関する本をセレクトして運んできた。
「 “BOOKBUSを呼びたいんです!” と、お声がけいただいて今回のマルシェのようなイベントやブックフェス、音楽・アートフェスなど、拠点の上田市を中心に県内外を問わず、年間で30回くらい出店しています。
BOOKBUSの出店には思いのほか経費がかかります。最近では出店先と古本買取コラボ企画を行い、経費を捻出する様な取り組みも始めました。それ以外では、VALUE BOOKS が手がけている、販売できなかった本を保育園や小学校、福祉施設などに贈る『ブックギフトプロジェクト』で、寄贈先に本を届ける役割を担っています」(中村さん)
中村さんによれば、長野県は本屋のない自治体の比率が全国平均よりも高いそう。それだけに BOOKBUS が活躍する舞台も多いが、機会があれば他県にも積極的に行っている。
BOOKBUS のハンドルを握り、山間部も含め、様々な町や村に本を届けてきた中村さん。その中でも印象的な出会いの一つは、2018年に岩手県陸前高田市を訪れた時だったという。
「VALUE BOOKSでは、岩手県陸前高田市と共に『陸前高田市立図書館ゆめプロジェクト』に取り組んでいます。東日本大震災の津波により全壊してしまい、約8万冊の蔵書・資料のほとんどすべてを失った市立図書館を、VALUE BOOKSでの書籍購入を通じた寄付により再建するプロジェクトです。
再建された図書館の隣接地を含め、市内3ヶ所に出店したのですが、3ヶ所とも大歓迎していただけて。町の方々が本を手に取りながら、津波に襲われる前の町のストーリーを問わず語りのように語ってくださった時のことは忘れ難いですね」(中村さん)
この時の様子の一部は、本記事冒頭の映像に収められている。 もう一つ、思い出深いシーンとして中村さんがあげてくれたのは、やはり被災地でのこと。
「2018年に西日本が豪雨の被害にあったしばらく後に、広島県の被災地に行きました。町のみなさんは生活を立て直すのに必死で、娯楽は後回しになっていたんです。生活必需品ではないけれど、持っていった本を見て、みなさんの目が輝くのが印象的でした」(中村さん)
BOOKBUS が届けているのは、本だけではなく、本と出会い、選ぶ体験。
「特に子どもたちには、大人に与えられるのではなく、自分で本を選ぶ体験を届けたいですね。他所の町からやってくる“バス”が持っている魅力、運ぶ道具としてだけではなく空間としての魅力も含めて、本に出会い、選ぶ体験をまるっと届けたいと思っています」(中村さん)
BOOKBUSの運営母体である古本買取販売の『VALUE BOOKS』は、長野県上田市を拠点に2007年に設立された。4つの倉庫に毎日約2万冊の古本が届き、そのうち半数の1万冊を販売し、残りの半分は古紙リサイクルに回している。
「誰の手にも届かない本がたくさんあるからこそ、そういう本も古紙リサイクルに回すことなく、できるだけ新しい場所で活躍できる可能性をつくりたいんです」(中村さん)
上田市には実店舗「本と茶 NABO」も開設。「本を通して、人の生活を豊かにする」を目指し、『陸前高田市立図書館ゆめプロジェクト』や『ブックギフトプロジェクト』以外にも、寄付により集められた本を、買取相当のお金に変えて社会へと還元する『チャリボン』などを手がけている。
「VALUE BOOKS の倉庫には常時約150万冊以上の在庫があります。本の循環をもっと良くしたい。インターネットを通じて多くのひとに本を手に取ってもらえる環境になりつつあるけれど、書店がどんどん減っていて本に出会う機会のない人もたくさんいるのだから、『本を積んで持っていけばよいのでは?』というアイデアで BOOKBUS が生まれました」(中村さん)
既に移動式本屋を手がけていたBOOK TRUCKの三田修平さんの協力を得て、岩手県で移動図書館として使われていたバスを購入。改修には、他のプロジェクトで繋がりがあった、諏訪市で古材のレスキューと活用に取り組んでいるリビルディングセンタージャパンに協力を仰いだ。
「愛されるバスにしたい。応援してくれる人たちと一緒に作れたらいいな」という想いから、2017年7月にクラウドファンディングでバスの改装費の支援を集める。リターンには、BOOK BUS を呼べる権利「ブックバス 出店呼び出し権」も。目標金額1,000,000円に対し、支援131人から1,3180,00円の支援を得た。
翌2018年の2月 に『ブックバスプロジェクト』始動。2018年6月には、『ブックバス出店呼び出し権』で呼ばれた秋田県湯沢市やバスが移動図書館として使われていた岩手県二戸市を含む、初の東北ロングツアーを敢行。冒頭の動画は、このツアーの模様を愛知大学文学部メディア専攻特任助教の上田謙太郎さんがドキュメンタリー映像作品として作り上げたものである。
「ASAMAYA MARCHE に出店したきっかけは、1ヶ月ほど前にマルシェの発起人の武藤千春さんから出店依頼のメールをいただいたことです。それまで武藤さんとは繋がりがなかったので、正直びっくりしました」(中村さん)
BOOKBUS に出店依頼を送った理由を、武藤さんはこう語る。
「VALUE BOOKS さんがあちこちに展開されている本棚でよく本を買っているんです。選書のこだわりも感じられて、いい本屋さんだなと思っていました。今回のマルシェでは、単に農産物を買えるだけでなく、アパレルが見られたり、本が買えたりしたらいいなと思ったので、断られるのを承知でBOOKBUS に来てもらえないかという DMを送ってみました」(武藤さん)
武藤さんの期待に応えるべく、中村さんたちは今回もじっくりと選書したという。子どもたちもたくさん来るだろうからと、絵本もたくさん積んできた。
当日は、中村さんたちの予想通り、大勢の子どもたちが、本を選んだり、バスの外壁にチョークで絵を描いたり。買い取り用に本を持ってきた方もおられ、老若男女でバスの内外が一日中、賑わいを見せていた。
BOOKBUS が来ると事前に知っていて来られた方よりは、マルシェに来てバスを見つけて立ち寄ってくれた人が多い印象です。また新しい出会いになって嬉しいですね中村 聖徳 株式会社バリューブックス
「僕自身は本をあまり読んでこなかったんですよ」とはにかむ中村さんは、音響関係の専門学校を卒業し、上田市で関連の職に就いている。VALUE BOOKS でダブルワークを始めたきっかけは、先に入社していた、専門学校時代の同級生佐々木さんの誘い。
本に触れるようになったことで本に対する関心が生まれ、特に絵本が好きになり、今は絵本を見ているだけで気持ちが落ち着くという。2020年には、国立青少年教育振興機構が認定する「絵本専門士」の資格も取得。
VALUE BOOKSでの普段の仕事は、上田市の倉庫での本の整理や、BOOKBUSで小学校などに本を届けることなど。アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した、映画『ドライブ・マイ・カー』の美術協力で、選書も担当した。
「『ドライブ・マイ・カー』以外でも、映画やドラマに協力することはあります。『この登場人物はこういう本を読みそう』と考えながら本を選ぶのが楽しいです」(中村さん)
VALUE BOOKS では300名近い人が働いている。中村さんによれば「面白い人が集まっている会社」とのこと。誰かのアイデアで日々新しい活動が生まれている。
そんな中村さんたち同社メンバーは、最近大きな決断をしていた。
「8月頃からBOOKBUSを都内(世田谷区下北沢)で常設させることに決めました。BOOKBUSを走らせて3年、日本全国を巡りながら僕自身、現地の人に本を直接手渡せる喜びを実感したとともに、本屋さんにない地域へただ訪れるだけでは人が集まらない現実にも直面しました。今回のASAMAYA MARCHEのように、人が集まるきっかけを地域側の人と連携しながらつくる必要があったんです」(中村さん)
手探り状態の中でも前へ前へと進めてきた3年間だったからこそ、得られた中村さんのリアリティ溢れる学び。そしてBOOKBUSはその形をアップデートするべく、下北沢への常設の第一歩を踏み出していく。
「これからは個性が溢れる下北沢というまちで出会った人たちと共に、バスや本の活用方法を探っていきたいと思っています。僕らもまだまだ仕掛けていきたいし、皆さんからのご提案も大歓迎です。下北沢に行けば、必ずBOOKBUSがいるので、ぜひまずは会いに来てください!」(中村さん)
BOOKBUSの常設は2022年8月頃を予定。最新情報はBOOKBUSのHPをチェックしてみてくださいね。
Editor's Note
子どもの頃から本が好きで、読書会を主催していることもあり、「本との出会い」には想い出も思うところもたくさんあります。今回の取材前にBOOKBUSのドキュメンタリー映像を拝見した時、子どもたちの笑顔や人々の目の輝き、ポツリポツリと語る高齢者の方々の姿に涙を堪えるのが大変でした。
イベント出店中の短時間の取材でしたが、 実際にBOOKBUSを体験し、お話をうかがうことができて、益々VALUE BOOKS さんのファンになりました。
FUSAKO HIRABAYASHI
ひらばやし ふさこ